ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
無事に三門市に帰還した使節団一行は修と千佳を玉狛支部へ送り届けてから残りの4人で本部基地へと向かった。
本部基地に到着するとまずは城戸の留守中に総司令官代理を勤め上げた忍田に帰還の報告をし、そのまま総司令執務室で少し早めの昼食を取ることになった。
メニューはスーパーマーケットで売っているパックの握り寿司で、城戸の「寿司が食べたい」というひと言で本部基地への途中で買ったのだった。
半月近くの
そこに城戸のひと言があって、寿司屋の開店を待っているのももどかしいということで
ちなみに拉致被害者市民も長い間
そしてインスタントの味噌汁と緑茶をツグミが用意をし、4人でテーブルを囲んでのささやかな昼食となる。
三門市到着が午前9時くらいになるということで朝食を抜いて早めの昼食にする予定だったため全員お腹がすいていて、安物の握り寿司であっても満足できるものだった。
しかしそれくらい
日本はその後者であったために「不味いものでも美味しく食べられるように。美味しいものはより美味しく食べられるように」と試行錯誤を重ねてきた。
「和食」がユネスコ無形文化遺産に登録されているのも先人の苦労の結果によるもので、新鮮な食材の持ち味を活かして栄養バランスに優れた料理が季節それぞれに違う形で食べることができる。
それはとても幸せなことで、当たり前のように享受できることを感謝しなければなるまい。
日本でもすべての人間が生活に余裕があって食文化が花開いたのではなく、貧しい庶民であっても自然に存在する新鮮な食材を素材の味を大事にして調理方法や味付けを工夫してきたのだから
現にラグナでは畑で育つ野菜だけでなく山野で採れるキノコや山菜を豊富に使い、薄味ながらも素材の持つ旨味を引き出した美味しい料理を庶民階級でも普通に食べていた。
ならば他の国でもできないことではないのだ。
そこでツグミの仮説を検証する必要性が出てきた。
仮説とは「個人のトリオン能力にはその食生活が大きく影響を与えている」というもの。
トリオンを多く含む食物を継続的に摂取することでトリオン器官はより一層成長するのではないかというものだ。
彼女がこれまで訪問した国に限られるが、
そのためにアフトクラトルでは「トリガーホーン」という技術を生み出してトリオン能力の底上げをしなければならなかったくらいだ。
この仮説が事実であったなら、
おまけに生まれる食材が美味しいもので、それをさらに美味しく調理できるのであればまさに一石二鳥である。
医療面の充実を図れば人口も増え、トリオンをたっぷり含む食料を摂取することで国民のトリオン能力が全体的に上がっていき、その国のトリオンの総量が増えることになるのだから。
トリオンに依存する
この仮説を立証するためにツグミはラグナから小麦、ジャガイモなどの穀物だけでなく数種類の野菜、キノコと山菜を数種類、そして飲料水をサンプルとして持ち帰っており、その成分分析を開発室に依頼してあった。
今回もアフトクラトルから同様のサンプルを持ち帰ったのでそれを分析して比較してもらうつもりでいる。
まだサンプルが2つだけだが、これからキオンやエウクラートン、メノエイデスなど交流のある国だけでなく途中で立ち寄った国でもサンプルを集めてデータを増やすことができれば仮説が正しいかどうかわかるはずだ。
ただし開発室長の鬼怒田の機嫌を損ねるようなことになれば検証は後回しにされてしまうため、ツグミは普段の
「将を射んと欲せばまず馬を射よ」という言葉もあるように、
さらに今回はアフトクラトルからの大きな「土産」もあることだから鬼怒田も嫌な顔はしないだろう。
◆◆◆
午後2時から上層部幹部会議が急遽開かれ、城戸による帰国報告がされた。
その際にまだ未編集の同盟締結調印式と祝賀パーティーの映像を披露し、それを見た留守番組の忍田、鬼怒田、根付はハイレインの発言に驚いた。
唐沢だけは「まあ、当然かな」という顔で平然としていたが、これがハイレインの独断であると知ると意外そうな顔をした。
アフトクラトルが三門市民に受け入れてもらうにはそれ相当の謝罪と被害を受けた市民に対しての補償は不可欠である。
とはいっても被害者個人にできることはなく、ボーダーに何らかの形で市民の還元できることを前提としてトリガーの技術を供与することにしたのだ。
ハイレインの言う「トリガー」とは武器に限らず
またラグナでは労働者がトリオン体で作業をすることで仕事の効率を上げている。
三門市でもスマートシティの工事現場内での使用に限定されているが作業員がトリオン体に換装して働いていて、危険な作業でも安全かつスムーズに行うことができるようになった。
警察や消防、自衛隊などで危険な現場に赴く時には非常に役に立つだろうから政府や行政などがボーダーの活動に注目しており、同盟締結調印式の映像を放映すればお偉いさんたちが我先にと本部基地にやって来るのは目に見えている。
これまでも彼らから自分たちの組織でもトリオン体を活用したいと言われ続けてきたが、それは唐沢が上手くあしらっていた。
しかしハイレインの発言が公式なものとして広まればさらなる
そこでこの会議は民間人にどのように発表するかを決めるために上層部メンバーが緊急招集されたのだった。
「アフトクラトルの技術供与は大歓迎だが、それを民間人に発表するのはもう少し先にすべきである」という意見と、「そのまま事実を歪曲せずに発表し、今後の活動は世論の意見を反映させる」という意見が上がった。
ハイレインの意思を尊重するなら当然そのまま放映すべきだが、その後の影響の大きさを考えれば内緒にしておくという道もある。
ツグミはともかく他のメンバーはハイレインに対して全面的に許したわけではなく、彼の気持ちよりも自分たちの立場や市民からの評判を優先するのは無理もないことだ。
現在ボーダーの最優先事項は第一次
これも
またエクトスから拉致被害者市民を購入した残りの6ヶ国の政府もボーダーとの交渉を断ることはなくなり、帰国事業も容易に進むと思われる。
アフトクラトルのトリガー技術は魅力的だがそれは後回しにしてもかまわないことであり、面倒事を抱え込むようなことをしたくはないというのがツグミを除く上層部メンバーの本音であった。
ツグミも城戸たちの気持ちはわからないでもない。
しかしハイレインは本気で償いたいという気持ちがあって、それを三門市民に伝えたいがために家臣たちが反対するのとを承知で独断専行した。
それを評価しているから、ツグミは彼の気持ちを尊重したいと思っている。
(たしかにアフトのトリガー技術を供与されると知れば大騒ぎになるだろう。だから内緒にしておきたいという気持ちはわかるけど、トリオンやトリガーの技術が軍事だけでなく日常生活の中でも役に立つものであることを理解してもらうためにスマートシティ建設現場でトリオン体を使った
トリオン体の有用性は証明されているため、換装用トリガーの製作と使用を望む声は多い。
すべての人間が善人であれば心配はいらないのだが、悪用しようとする人間がいることは否定できないわけで、現在のところはボーダーが使用者と使用場所の制限を行っていて、トリガーの管理もしっかりしているからトラブルは生じていない。
しかしこれは世間に対するデモンストレーションで、本格的に導入しようとすればいろいろと問題が生じるのはわかっていたことだ。
警察や消防、自衛隊などの人命救助のために使用するとしてもその数は万単位に及ぶのだから、ボーダーがトリガーの管理をすることは不可能。
ならばそれぞれの組織で厳重に管理してもらうしかないのだがまずは法令で縛ることから始め、その後は信頼できる人間に使用を限定するだけでなく第三者に奪われた時の対応やセキュリティ対策など想定しうる状況に対応できるよう準備をしておかなければボーダー側も安心してトリガーを提供できない。
(たぶん唐沢部長も同じことを考えているんだろうな。対外交渉はあの人の仕事だもの当然ね。
唐沢は自分からは何も言わずに他のメンバーの様子を見守っていて、そんな彼の表情からツグミはこんなことを考えていた。
すると彼女の視線に気付いたのか、唐沢が彼女の方見て訊く。
「おれの顔に何か?」
「いえ、何でもありません。失礼しました」
ツグミは謝罪するが、唐沢はニヤニヤしながら続けた。
「何でもないってことはないだろ? きみのことだからおれの表情を見て何を考えているのかを想像していた。違うかい?」
「…はい、そのとおりです。たぶん唐沢部長ならとってもいいアイデアを考えていて、それをすぐに言い出させるのにタイミングを見計らっているのかな、って」
「どうしてそう思うんだい?」
「この状態なら自分から言い出すよりも城戸司令から『きみならどうする?』って訊かれるまで黙っていた方がいいと考えているからです。わたしの立場なら差し出口を挟むよりも黙って待っている方が賢明だと判断しました。たぶん唐沢部長と同じようなことを考えているんですけど、そんなわたしが考えることを唐沢部長が思い付かないはずがありません。部長も何か理由があって黙っているのかなと思ったんです」
「なかなかの洞察力だ。実はここだけの話だが、きみたちが留守中に鬼怒田さんと根付さんと意見の食い違いがあってちょっとしたトラブルが生じた。いや、本当に些細なものだからきみは心配しなくてもいい。それであの人たちが反対していることに対しておれは賛成に手を挙げて解決法を提示すればスカッとするかなって、さ。…それでちなみにきみの案は?」
「警察などの組織に対してはトリガーの提供の前に法整備をしっかりさせなきゃダメだと言って断る方法もある…と」
ツグミの提案に唐沢は微笑みながら大きく頷いた。
「やっぱりきみもそう思うか。それが正解だよ。こちらは提供する側で、与える側の責任を取らなきゃならない。そして受け取る側にも責任を取る義務がある。トリガーを安全に使用する方法を提示してもらわなきゃこっちの責任が果たせないから渡せないって断ればいいのさ。難しいことじゃない」
「ですよね。…あ、ふたりで何をコソコソ話しているんだという顔で城戸司令がこっちを見ていますよ」
ツグミが言うようにふたりで内緒話をしていたものだから、城戸の視線が彼女たちの方へ向けられた。
「唐沢部長、霧科局長、ふたりで何を話しているのかね?」
城戸がそう訊いてきたものだから、唐沢が答えた。
「みなさんは慎重派のようですが、おれと彼女はそのまま放映した方がいいと判断をしたんですよ。それで発表した後の面倒事を一刀両断できる方法をふたりとも思い付きましてね、それでどっちが手を挙げようかと話をしていたところです」
「ほう…それできみたちはどんな名案を思い付いたのかね?」
すると唐沢はチラリとツグミを見るが、ツグミは「どうぞ」と言う意味で微笑んだ。
「そうか。それならおれに任せてくれ」
唐沢はツグミにそう言ってから城戸と他のメンバーに向けて答えた。
「そう難しいことじゃありませんよ。単に受け入れ態勢が整っていない組織に大切なトリガーは渡せないということです。向こう側に正しく使用できる根拠がなければ安心して託すことができません。まずは国で法整備を進めてもらい、それが最低限の条件だと言えば向こうも文句は言えないでしょう。武器のない換装用トリガーであっても使い方によっては凶悪犯罪に利用できますからね。そう言って脅しておけばしばらくはおとなしくしてくれると思って。それに外務はおれの仕事です。みなさんには迷惑はかけませんよ」
唐沢の言い分はもっともで、それに反論する者は誰もいなかった。
おまけに外務は彼の仕事であり口出しできない立場なので全面的に彼に任せるしかない。
そして彼の言い方がさも「簡単なことですよ」と言いたげな感じであったために鬼怒田と根付は少々悔しそうであった。
その様子を見てツグミは悟られないよう心の中で苦笑した。
(どんなトラブルだったかわからないけど大人げないオジサンたちよね。でもこれで唐沢部長が自分が責任を取るって言えば話はこれでおしまい。案外丸く収まるようこの展開に導いたのかも? 唐沢部長ならそれくらい簡単だもの。…大人になると素直に『ごめん』って言えなくなるみたいだけど、こんなことをしなくてもよさそうなのに。これで鬼怒田室長と根付室長は唐沢部長にいいところを持っていかれたことで悔しいだろうけど、面倒事は全部お任せってことで溜飲は下がる。唐沢部長は鬼怒田室長と根付室長に対してマウントをとることができた。これで気分は晴れたのかな?)
細かいことはともかくアフトクラトルで撮影した映像は少々編集しただけでハイレインの意思はそのまま三門市民に届くよう放映されることに決まった。
放映日は29日の日曜日の午後8時からの1時間を三門ケーブルテレビに頼んで内容を変更してもらうことになり、テレビ局スタッフからツグミにゲストとして出演してもらうことで話はついた。
なにしろ最近では嵐山隊よりも彼女の方がマスコミ受けが良いらしいのだ。
嵐山隊は通常の月2回の「こちらボーダー広報室」に出演して隊員の訓練の様子を報告したり市民サービスのイベントに出演するなどこれまでとあまり変わりはないのだが、ツグミは拉致被害者市民救出計画や同盟締結など
そして若いながらも総合外交政策局長という肩書を持ち、
ツグミが登場すると視聴率がアップするらしく、テレビ局としては彼女に出演してもらいたいと思うのは当然で、これも「win-win」であると彼女は承知している。
もちろん快く引き受け、調印式の様子だけでなく彼女がアフトクラトルで見聞きしたことやハイレインの人となりなど「秘話」として語ることになったのだった。