ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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566話

 

 

アフトクラトルとの同盟締結調印式の様子を「こちらボーダー広報室」で放映したところ三門市民の反響は大きかったものの、それ以上にスポンサーたちのボーダーに対する期待値が高まった。

なにしろアフトクラトルからトリガー技術の供与が行われると聞けば自社の利益につなげたいと思うのは当然である。

慈善事業で「寄付」をしていたのではなく、営利企業が自社の利益になると考えたからこそ多額の「投資」をしてくれていたのだ。

新体制になってから6年以上も経つのだから何らかの形で「返礼」をしなければ見限られてしまうというギリギリのラインだったが、唐沢が上手い具合に相手を説得してくれていたからこそ続いていたと言える。

そしてようやく出資した分以上の見返りがありそうだということになったため、各社がそれぞれ唐沢に連絡を入れ始めた。

ボーダーのスポンサーは金額の差はあるが30団体ほどある。

須坂誠吾が会長の清涼飲料水製造など食品関係の企業、小笠原雪弥が代表取締役の建設関係の企業など分野は多岐にわたり、それぞれが近界民(ネイバー)たちの持つテクノロジーに興味を持ってボーダーに協力をしていた。

須坂の場合は行方不明の家族を探してほしいという個人的な希望もあったが、それが叶ったことにより以前よりも支援額が増えている。

それは社長に復帰した元拉致被害者の誠司が近界民(ネイバー)の世界で暮らしてきたことで玄界(ミデン)におけるトリガーの()()を良く理解しているからであろう。

すでに雪弥の愛信建設を含めた建設業者は三門スマートシティ建設現場でトリオン体による作業を行っていてその恩恵をいち早く受けている事実があり、他業種のスポンサーも乗り出したというところだ。

医薬品メーカーは近界民(ネイバー)が医療後進国で玄界(ミデン)の医薬品を大量に欲していると知って近界(ネイバーフッド)における独占販売を狙っているし、同様に家電メーカーは自社製品を近界民(ネイバー)に普及させたいと考えている。

そして「電気」を使用することでトリオンを節約できると近界民(ネイバー)が知ったのだから、自然環境から発電するシステムが必要となることは明らかで、大手の太陽光発電システムのメーカーも動き出している。

とにかく新しい顧客を得ることになり、その客もボーダーを通してになるが相手は国家なのでローリスク・ハイリターンの()()()()商売ができるというわけだ。

スポンサーの中には同業他社が複数あってそれぞれカルテルを作って抜け駆けしないように話し合いがついているようで、スポンサーのグループ内での小競り合いはなさそうだという点ではボーダーはありがたいと考えている。

そこで城戸はスポンサー企業を集めて説明会を行うことに決めた。

開催日は6月6日の午後で、責任者及び担当者に本部基地へ集まってもらうことになった。

ボーダー側からは城戸、唐沢、鬼怒田、根付、そしてツグミの5人である。

 

 

当日、会議室に集まったのは30社46人の人間で、唐沢の説明を黙って聞いていた。

今のところはまだアフトクラトルのトリガー技術がどのようなものかわからないために具体的な「見返り」は教えることができないと言うとあからさまに不満げな顔をする者もいた。

しかし自社の商品の販売拡大につなげたいと考える企業の人間はそれでは引き下がらない。

そこで唐沢に代わってツグミが事情を説明する。

 

「現在のところヒエムス、レプト、ラグナの3ヶ国に関しましては拉致被害者市民を帰国させる代価として医薬品等の消耗品を譲渡しておりますが、それらはすべてここにいらっしゃる企業の製品で、無関係な他社のものは一切しようしていません。今後もスポンサーのみなさまのライバルとなる他社の製品を使うことはありえないとだけ確約させていただきます。これは食品、家電、その他消耗品及び耐久消費財に関しましても同様です。今のところボーダーが窓口となっておりますが、今後長期にわたって近界民(ネイバー)と交流していくことでいずれは民間人のみなさまに安心して近界(ネイバーフッド)へ渡航していただけるようにする所存でおります。しかし現状ではそれができないのは事実。いくらキオンやアフトクラトルが同盟国となってくれても絶対に安全であると保証できないからです。また現在ボーダーは政府に働きかけてトリオン体やトリガー使用に関する法令の制定をお願いしております。現在トリオン体の使用が許されているのはボーダーの防衛隊員及び三門スマートシティ建設現場で働く作業員に限定されており、いわば特区として認められているようなものです。トリオン体がどのようなものかはみなさまも良くご存じでしょう。非常に有用なものではありますが、使い方を一歩間違えれば戦争を引き起こすことにもなりかねない危険なシロモノです。みなさまにはボーダー(わたしたち)を信じて時が来るのを待っていただきたいとしか申し上げることができないことを心苦しく思っております。どうかご理解とご協力を賜りますようお願い申し上げます」

 

そしてツグミが深々と頭を下げるものだから、彼女の親や祖父の世代の大人たちは何も言えなくなってしまう。

彼らはボーダーの若者たちがいろいろなものを犠牲にしながらも三門市防衛という崇高な任務に就いていることを承知している。

特にツグミがボーダーの活動を優先してせっかく入学した六頴館高等学校を中退したという話を唐沢がさりげなく伝えていたものだから、彼女に対して大人のエゴを押し付けるのは憚られるのだ。

それにトリガーという未知のテクノロジーを使用するにあたって制限を設けたり、違法に使用した場合の罰則を定めておかなければ危険であるという彼女の言い分も理解できる。

もしこれでまだスポンサーたちから異論が上がるようであれば城戸が頭を下げて待つように頼むつもりであったのだがそれは杞憂に終わったようだ。

こうしてスポンサー絡みの問題は一旦保留となり、次は三門市を含めた行政関係への事情説明となる。

こちらは唐沢とツグミが先方の担当者の都合に合わせてふたりで個別訪問することになった。

唐沢だけでも良さそうなものなのだが、話を上手く進めるために近界民(ネイバー)近界(ネイバーフッド)の事情に詳しい彼女を同伴するのは当然である。

それに年長の男性に好かれるタイプの女性であるツグミはこういう場で重宝されるのだ。

実際にスポンサーへの説明会でその()()を発揮したのだし、城戸たち上層部メンバーに異論はない。

まずは最も身近な三門市役所へ行き、市長、副市長、市議会議長の3人にボーダーの方針を説明した。

そして政府による法令の制定が決定するまでは保留することになると言うと相手は黙るしかない。

法治国家では「法」が基本である。

それを定めないうちはトリガーを導入すると犯罪に使用される可能性が非常に高いことは説明をせずともわかることであり、三門市がトリオン兵ではなく人間によって滅茶苦茶にされてしまうと思えば導入にストップをかけるのは当然だ。

さらに三門市だけに限らず日本国内、さらには全世界にトリガーによる殺人や強盗等の凶悪犯罪が蔓延することにもなりかねない。

その発生源が三門市であり、ボーダーが反対したのに行政が無理を押し付けたとなれば全世界から批判を浴びるのは市長である。

そう言って少々脅しておけばおとなしくなるもので、市長は仕方がないという顔になって黙り込んだのだった。

 

 

同様に警察への説明へ県警本部を訪問するが、こちらは非常に楽であった。

県警本部長が緒方策之助というボーダーの()の支援者であるから説明も形だけのもので済んだ。

さらに県庁を訪問して県知事にも同じことを説明したのだが、「県」は三門市のように直接影響はないために他人事のように聞いていた。

また政府のように全責任を負う的な立場ではないので、彼らの存在を無視せずに報告・連絡・相談、つまり「報連相」を怠らなければ機嫌を損ねることはない。

時間にして30分ほどで終わり、県警本部への訪問と合わせて余裕で日帰り出張で済んだほどであった。

 

 

そして最後に政府への説明なのだが、こちらは誰にどのような形で面会をするかによって結果は大きく違ってくる。

いくらなんでも直接総理大臣に会うなどということは不可能で、地元の国会議員に会うことから始まり、それから()()に影響力のある人を紹介してもらうという順序になることはツグミも承知している。

ところが唐沢は彼女の思惑を良い意味で裏切ってくれた。

ツグミは唐沢の()()について詳しいことは知らないが、アンダーグラウンドな組織の一員だったということだけはなんとなく雰囲気で気付いてはいた。

深く知ろうとすれば自分の身に碌なことはないとわかっているから無関心を装っていたのだ。

その唐沢が「おれに任せておけ」と自信満々で、先方とは12日の日曜日に会うということだけしか教えてくれなかったものだからツグミは不安でいた。

相手がどんな人物かわかればそれに合わせて()()を用意しておくのだが、わからなければ未知の近界民(ネイバー)武器(トリガー)を相手に戦うことと同じだ。

彼女にしては珍しく前日の夜はなかなか寝付けずにいて、ヒエムスのマリからお土産に貰ったカモミールティーの助けを借りてようやく眠ることができたほどである。

そして当日になってその本人と面会するまで唐沢が彼女に教えなかった理由がやっとわかったのだった。

 

 

◆◆◆

 

 

当日の朝、ツグミは唐沢と一緒に東京へと向かった。

彼の運転する車は()()()ではなく、都心を抜けて千葉県へと入って行く。

そして外房と呼ばれるエリアのとある小さな漁港に到着した。

 

「さあ、ここからは歩きだ。なに、そんなに長く歩くことはない。目的地はそこに見える防波堤の先だからね」

 

そう言って唐沢は車のトランクから釣り竿と折り畳み椅子とアイスボックスを取り出してそれらを手にすると防波堤へと歩き出した。

これでは政府の要人と面会するというよりも日曜日のレジャーとしての釣りに来たといった感があり、面食らったツグミは唐沢の後を追いかけるように歩く。

 

(そういえば着ていく服はボーダーの制服じゃなくて汚れてもかまわないアクティブな恰好にするよう言われていたけど、ここに来ることが決まっていたからなんだ。ということは相手がどんな人かはわからないけど非公式な面会しかできない事情があるということで、わざわざこんな()を選ぶというんだから相手はそれなりに影響力のある人物だってことかも? もしかしたらわたしでも知っているような有名人だったりして)

 

そんなことを考えながら歩いていると、300メートルくらい離れた防波堤の先端に近い場所で釣りをしている人物の姿を見付けた。

彼は菅笠を被り、折り畳みの椅子に腰掛けて釣り糸を海に垂らしている。

ただし笠のせいで顔は見えず、その姿から男性で老人であることまでしかわからない。

 

(今は国会の会期ではないから地元でのんびり休養ってところなのかな? まあ、プライベートな時間を割いてもらうということなんだから失礼のないようにしなきゃ)

 

そしてツグミと唐沢が声を掛けられるくらいまで近付いたところで目的の人物がふたりに気付いて顔を上げた。

その顔はツグミもテレビで見たことのあるもので、その肩書を思い出した瞬間足が止まり同時に息も止まりそうになった。

彼は普通にテレビのニュースを見たり新聞を読む人間なら知らないはずのない人物で、政治家としてのイメージと目の前にいる老人との差が大きすぎて信じられないほどであった。

 

(嘘…でしょ? この人はたしか与党の自進党…自由進歩党の幹事長の大迫壮二郎じゃないの! テレビで見る時にはブランドもののスーツをぴしっと着込んでいてスマートな人だけど、今はそのオーラを消してしまうほど田舎の老人の姿になっていて全然違和感がない。幹事長のそっくりさんといった方が信じられるくらいだけど、唐沢部長がそんなバカなことをするはずないから本人に間違いはないはず。でも幹事長本人だとしてもどういうつながりで面会できるようになったんだろ? それにしても大迫幹事長といえば現首相の高島俊道を陰で操っているという噂がある切れ者だけど、ここにいるおじいちゃんがそんなできる大物には見えない。まあそれはいいとして実質日本国政府のナンバーワンと会えるなんてすごい。心の準備はできていなかったけど、考えてみればキオンやアフトでも国のトップと何度も会ってるじゃない。へーき、へーき)

 

そんなことを考えていると大迫がツグミに声をかけた。

 

「霧科ツグミくんだね? 儂は大迫壮二郎、きみのお祖父さんの高校時代の親友だった者だ」

 

ツグミの脳裏にはかすかにしか覚えていない祖父の顔が浮かんだ。

彼女が4歳の時に他界した文蔵の友人が与党の幹事長であるという事実。

これまでにも文蔵の偉業についてはいろいろな人物から聞かされていたが、さすがに政治の中枢にも祖父の知り合いがいると知れば驚くのは無理もない。

しかしすぐにいつもの彼女に戻り、丁寧に挨拶をした。

 

「はじめまして。ボーダー総合外交政策局長の霧科ツグミです。本日はお忙しい中 ──」

 

「堅苦しい挨拶は無用だ。さあ、きみもここで釣りを楽しむといい。唐沢くん、道具は持って来てくれたようだね」

 

「はい。すぐに準備します」

 

唐沢は持って来た道具を手早く並べ、大迫の隣に折り畳み椅子を置いた。

 

「ツグミくんは釣りはやったことがあるかね?」

 

大迫に訊かれ、ツグミは首を横に振る。

 

「いいえ、初めてです」

 

「そうか、それなら一から教えてやろう。ここのアジは素人でも釣れるから初めてでも釣果は期待してもいいぞ」

 

大迫は笑顔で言うがツグミは戸惑うだけだ。

 

「こんなことを言うのは心苦しいのですが、わたしはボーダーの近界民(ネイバー)絡みの事案について専門に扱っている部署の責任者です。今日は政府への陳情のために上京したはずなのですが、なぜか千葉へと連れて来られて釣りをしなけれならないのですから困惑しています。おまけに幹事長が休暇をお過ごしの場所まで押しかけてまで仕事をしなければならないと思うと申し訳なく思っています。そしてわたしには幹事長が何を考えていらっしゃるのか全然わかりません」

 

ツグミが真面目な顔でそう答えると大迫は言った。

 

「ならばやはりここに座って釣りをしよう。儂は日頃いろいろ忙しいものだから休みの日くらいはのんびりとひとりで過ごしたいと思っておる。だから基本的に休みにはここまでやって来て釣り糸を垂らすのだ。釣りはひとりで何も考えずにいるにはちょうどいい。まあ離れた場所にSPがいるのだから厳密にはひとりとはいえないのだが、これは立場上仕方がないことだ」

 

「……」

 

「そんな休みの日に仕事の話をするからにはきみがそれに相応しい人間かどうか確かめさせてもらいたい。やるかね?」

 

「ここまで来たからにはわたしも半端な仕事はできません。どのような基準で判断されるのかわかりませんが、霧科ツグミという人間を見定めてもらいます」

 

「良く言った。さすがは文蔵の孫娘だ。さあ、来なさい。釣り方を教えてやろう」

 

ツグミは大迫と並んで釣りを始めた。

大迫の説明によると「サビキ釣り」という特別な知識やテクニックは必要なく、高価な釣り道具や特殊なエサも必要ないという誰にでも釣れるフィッシングだそうだ。

ターゲットはアジ、サバ、イワシなどの青魚で、本来なら朝や夕方に多く釣れるのだが、この港では日中でも意外と釣れるらしい。

もっとも釣れるかどうかではなく、その過程を楽しむために釣り糸を垂れているのだと大迫は言った。

釣れても釣れなくても天気の良い日に一日中ぼんやりとしているのが楽しいのだそうだ。

そしてツグミと大迫が釣りをしていると、唐沢は少し離れた場所でコンクリートの上に寝転んで昼寝を始めた。

ツグミ以上に忙しい彼だから、休める時には休んでおきたいということなのだろう。

 

「さっき儂がきみのお祖父さんと親友だったと話したが、高校1年の夏休みに彼と儂はここでこんなふうに釣りをした。当時の彼は勉強こそ中の中だったが周囲から一目置かれる存在で、常に人の輪の中心にいる人気者だった。それに比べて儂は少しばかり勉強ができたものだから都会の学校へと進学したので友人らしい友人はいなかった。そんな儂に初めてできた友人と呼べる存在が文蔵だったのだ」

 

「わたしは祖父のことをほとんど知りません。わたしが4歳の時に亡くなりましたので、顔をうっすらと覚えている程度です。よろしければ祖父の若い頃のお話を聞かせていただけますか?」

 

「ああ、いいとも。旧友の話ができるのは儂にとっても大歓迎だ」

 

大迫は嬉しそうな顔で昔話を始めた。

 

 

 

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