ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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568話

 

 

玄界(ミデン)におけるツグミの役目はひと段落し、その他の雑務も片付いたところでアフトクラトルへ向かう準備を始めることができた。

今回は鬼怒田と寺島と冬島の3人がトリガー技術を学ぶためにアフトクラトルに2週間ほど「短期留学」をするのでその護衛のための渡航である。

国家の最重要機密の集積されている研究室(ラボ)に他国の人間が入室するという前代未聞の「事件」となるわけだが、ハイレインはアフトクラトル国王としてそれを()()()決めた。

今の彼にはそれだけの「力」があり、これまで戦争のみに利用してきた技術をボーダーに託すことでアフトクラトルの技術者(エンジニア)たちだけでは不可能な平和的利用を可能とするための英断なのだ。

多くの罪のない人間を殺めたり傷つけたりしてきた償いと言えばそのとおりだが、それ以上に近界(ネイバーフッド)から争いをなくしたいという彼の「本心」があってのこと。

ハイレインもツグミ同様に「自分を信用してもらうには、自分が相手のことを信用しなければ叶わない」と考えているからで、そうでなければアフトクラトルの「頭脳」を他人に見せることなど絶対にありえない。

鬼怒田はまだ疑っていてハイレインのことを信用していないが、アフトクラトルのトリガー技術に触れることができるとなれば技術者(エンジニア)魂に火が点かないはずがない。

ハイレインはボーダーにトリガー技術を供与するとは言ったが、欲しいならアフトクラトルまで来いと言う。

それはボーダーを試しているかのように思えるが、それくらい貴重な情報を譲るということなのだ。

結局は鬼怒田も未知のトリガーへの魅力には勝てずに渡航することになった。

出発は6月20日と決まり、ツグミの他には迅が同行する。

できれば千佳にも一緒に来てもらいたかったのだが、それでは彼女の価値がトリオンタンクとして()()ないと認めるようなものだと言ってツグミが反対した。

それに今回は総合外交政策局としてではなく開発室のメンバーの護衛の面が強いのだから局員は最小限のツグミと迅のふたりで十分であるということを主張したのだった。

できることならゼノン隊メンバーには参加してもらいたかったのだが、アフトクラトルへの配慮として彼らは修たち同様に留守番とした。

そうなると艇のトリオンをどうするかということになるのだが、往路はタンクを満タンにしてそれとは別の同規模の予備タンクを設置することでトリオン補給をせずに済むように艇のエンジンとタンクの大改造をしたのだった。

これはツグミが「チカちゃんにも普通の高校生の時間を可能な限り楽しんでもらいたい」と鬼怒田に言ったことがきっかけで、千佳に甘々の彼なら間違いなくやってくれるだろうという確信があった。

たった5人の少数だが定員30人の最大の艇を使用するのはトリオンの無駄遣いをするようだが、今後の拉致被害者市民救出計画の際に役立つということで城戸たち幹部もこの改造には賛成した。

復路ではアフトクラトルでの滞在が2週間もあるのでタンク2つ分のトリオンの充填はアフトクラトル政府の協力を得ることができれば可能である。

こうして艇のトリオン問題は解決し、20日の早朝に三門市を発ったのだった。

 

 

◆◆◆

 

 

通常は近界(ネイバーフッド)を旅している途中、遠征メンバーはそれぞれ自分の好きなように時間を使うことになっている。

修たち学生は長期で欠席するため担当教師から「宿題」をもらっていてそれをやるとか、不得意な教科をツグミから教わるなど勉強がメインだ。

ボーダー推薦で入学して任務がある場合は欠席早退などいろいろ融通を利かせてもらっているが、ある程度のレベルの学力がなければ進級・卒業は叶わない。

したがって勉強できる時間があるならやっておこうというのがツグミの考えで、修たちもそれに同意してコツコツと自習をしている。

学生ではないメンバーは特にやるべきことはないのだが、だからと言って遊んでいることはない。

生身の身体を衰えさせないためにトレーニング機材を持ち込み、それを使って身体を鍛えていることが多いゼノン隊や迅などの大人組。

ツグミも自主トレをするが、それよりもツグミは自律トリオン兵(ジュニア)により多くの「データ」を蓄積させるために玄界(ミデン)の歴史や文化などを教えている。

ジュニアの存在は秘密のため自室で親が子供に教えるように説明をするのだ。

そうすれば三門市に戻ってからレプリカと情報共有することでレプリカにも同じデータが移植される。

日常生活でも彼女の経験値がそのままジュニアにも溜まっていくため、レプリカと違って料理のレシピ、三門市内の美味しいスイーツの店、全国の動物園や水族館の情報など彼女の好みや性格に直結した情報の集積システムとなっていた。

ジュニアの元になったのがレプリカのAIであり、製作者のトリュスがオリバのデータを入力したためにおしゃべりで小煩いところがある。

レプリカにはなかった「知識欲」を持たせたのでどんな分野でもかまわず知りたがり、ツグミを辟易させるところはその名のとおり息子(ジュニア)だ。

 

今回の旅もツグミと迅はいつもどおりだが、技術者(エンジニア)組の3人は少しばかり違っていた。

彼らは本部基地にいればやることが山ほどあるので常に働いていて、研究室(ラボ)と仮眠室を往復するだけの毎日が続いている。

特に鬼怒田に関しては単身赴任だから家に帰っても意味がないとばかりに本部基地に住み着いてしまっているくらいだ。

冬島はA級2位の冬島隊隊長だというのに防衛隊員としてよりも技術者(エンジニア)の方が合っているらしく研究室(ラボ)に入り浸り。

もっとも最近では三門市にトリオン兵が現れないので防衛隊員は暇を持て余しているくらいなので何も問題はないのだが。

そうしたワーカホリックな3人を何もできない環境に置いて数日間であっても十分に身体を休ませることも今回の旅の目的のひとつであった。

ツグミが栄養のある料理を作って食べさせ、迅が適度な運動をさせる。

彼女たちの仕事は技術者(エンジニア)3人の護衛というものだが、他に「健康的な生活パターンを取り戻させる」というものもあった。

これは城戸の指示によるもので、鬼怒田たちには内緒である。

とはいえ復路はアフトクラトルからの()()()を山と積んでいるから、それをどのように使おうか考えるのが楽しくてまた睡眠不足になってしまいそうだがこれは仕方がない。

とりあえずアフトクラトルまでの往路は静かに過ぎていき、鬼怒田の目のクマが消えた頃にようやく目的地に到着した。

 

 

◆◆◆

 

 

ツグミや迅はアフトクラトルの王城に何度も足を踏み入れたことはあったが、研究室(ラボ)に案内されるのは初めてである。

なにしろ国家の最高機密が集積されている場所であるから、アフトクラトル国民であっても限られた人間しか立ち入ることはできない「聖域」ともいえる場所だ。

ベルティストン家を含めたかつての四大領主はそれぞれ自分専用の研究室(ラボ)を持っていて、そこで独自に武器(トリガー)やトリオン兵の開発・製造をしていた。

ランバネインの雷の羽(ケリードーン)とヒュースの蝶の楯(ランビリス)はベルティストン家の研究室(ラボ)で製作されたものである。

しかし地方領主の研究室(ラボ)ではトリオンの量に限界があるため優秀な技術者(エンジニア)がいても()()が出ないことはあり、逆に国王になれば王城にある研究室(ラボ)(マザー)トリガーが使い放題となるためアフトクラトルだけでなく近界(ネイバーフッド)全域を支配しようという気にもなるし、実際にそれだけの「力」を手に入れることになるのだ。

そんなアフトクラトルの頭脳ともいえる場所を見学させてもらうとしてもそれだけで超特別待遇なのだが、ボーダーの技術者(エンジニア)がここでトリガー技術を学ぶことができるというのだからハイレインの本気度がわかるというもの。

そして彼がこれまで蓄えた軍事のための技術を平和利用したいと考えているからこそボーダーに()()()()()()のだった。

ディルクに案内されながら王城の地下にある研究室(ラボ)に入室したツグミたち一行は室内にいる技術者(エンジニア)たちに紹介された。

そこにいた技術者(エンジニア)は4人で、全員が「角」なしの近界民(ネイバー)だ。

トリガー使いではないためにトリガーホーンを移植する必要性はなく、試作段階の武器(トリガー)はトリガー使いに試用させるので問題はないらしい。

エウクラートンではミリアムやオリバのように技術者(エンジニア)がトリガー使いでもあったために試用は自分自身で行っていたが、それは国民の多くがトリオン能力の高い国だからできることで、アフトクラトルのようにトリオン能力の低い国民がほとんどの国ではそうもいかないようだ。

トリガー使いとしての才能があるとわかれば子供の頃に角を植え付けられて強制的にトリオン能力の底上げをさせられる。

しかし数十年前までは誰でもトリガー使いになれるレベルのトリオン能力を有していたという。

それがある頃から国民のトリオン能力の減退がハッキリとわかるようになってきたことからトリガーホーンの技術が生み出されたのだった。

かつてはヴィザのようにトリオン能力と戦闘力の高いトリガー使いはざらにいたらしいが、今となっては伝説的存在となってしまったくらいだ。

その「ある頃」とは当時の国王が周辺の中小の国々を武力支配するために軍備を拡大し始めてから3-4年後で、アフトクラトル国内の農業生産が右肩下がりになったタイミングとリンクしていた。

ツグミは「個人のトリオン能力にはその食生活が大きく影響を与えている」という仮説を主張しているが、アフトクラトルにおける軍備拡大と国民のトリオン能力の低下の因果関係が明らかになれば彼女の仮説がさらに真実味を帯びてくるというもの。

鬼怒田たちがトリガー技術を学んでいる間に調べてみようとツグミは考えた。

そのためにはハイレインの許可がなければダメで、逆に言えばOKとなれば国王の許可が出たということで自由に行動ができるようになるはずだ。

 

 

ツグミがハイレインへの謁見を申し出て数時間後、その許しが出たという連絡がエリン邸に届いた。

鬼怒田たち技術者(エンジニア)組は王城内の研究室(ラボ)に近い場所が良いということで迎賓館に、ツグミと迅は城下のエリン邸での滞在となっていた。

そんな彼女のもとにハイレインからの呼び出しが来たので、彼女は単身で王城へと向かった。

 

 

◆◆◆

 

 

国王との謁見にはさまざまな手続きが必要で、時間もかなりかかるのが通例なのだが、ディルク経由でありツグミの()()()となれば優先事項として扱われるのは無理もない。

ハイレインは彼女のことを恩人だと思っているから彼女の頼みなら可能な限り叶えたいと思うのは自然なことだ。

もちろん国政が最優先だが運良くそういったものがなく時間に余裕があったからなのだが。

そしてツグミが王城の玄関前に着くとなぜかハイレインがそこで彼女を待っていて、おまけに国王が使用するには相応しいとは言い難い質素な馬車が停まっていた。

 

「ツグミ、少し遠出をしよう」

 

事情がわからずに戸惑っているツグミにハイレインはそう声をかけ、紳士的な態度で馬車にエスコートした。

向かい合って座るとすぐに馬車が走り出す。

 

「きみから会いたいという連絡をもらい嬉しかったよ。俺もきみと話したいことがたくさんあるのだが、公式の場では話せないこともある。だからこうして第三者の横槍が入らない場を設けたのだ」

 

「だからわたしにひとりで登城するよう指示をしたんですね?」

 

「ああ。きみの婚約者は気に入らないだろうが、これから俺が話すことは非常に私的な部分があるのできみとふたりきりで話したいと思ったのだ。もし嫌だと言うのなら今からでも町へ引き返すが…どうだろうか?」

 

「嫌であったら馬車に乗る前にお断りしました。乗ったということはその時点で納得しているということです」

 

ハッキリと肯定するツグミにハイレインは安心したようでようやく微笑んだ。

 

「きみならそう言ってくれるとは思っていたが、本人の口から直接聞くまでは不安もあった。…俺はこれまで冷徹な態度で何人もの部下に犠牲を強いてきたし、友人と呼べるほど心を許せる人間はひとりもいない人生を送ってきた。だからどうしたら相手に好かれるかなどわからず、自分が良かれと思った行為が相手にとってどう受け止めてもらえるのかもわからない。だから何をするにしてもいろいろ考えてからするのだが、それでも上手くいかないことが多い。ただきみなら俺が情けない姿を見せても失望しないと思ったのだ」

 

これまで「力」で押さえつけて人々を従わせてきたハイレイン。

国王となった以上は誰も逆らうことなどないのだからそのままで良さそうなのに、逆に彼は他人への配慮や思いやりができるようになってしまったために悩むということになってしまったようだ。

もっとも冷徹な態度は演技であり、国王になるという目的を果たしたのだからもうそんなことをする必要はなくなったことで本来の優しい性格が戻ってきただけなのだ。

もちろん公の場での国王としての毅然とした態度は崩すことはないが、だからこそプライベートでは気を抜きたくもなるし信頼できる相手には胸襟を開いて本音を語りたくもなるというもの。

ランバネインには唯一の家族として相談をしたり悩みを打ち明けたりはするが、友人と認めているのがツグミだけとなればふたりだけになって話をしたいという気持ちになるのは当然だ。

それを国王命令としないところがハイレインの本来の性格なのだろう。

そんな彼が可愛いと思ってしまい、ツグミは優しく微笑んだ。

 

「ええ、もちろんです。他人の心の中なんて誰にもわかりません。自分をより良く見せるために装ったり、都合の悪いことは知られたくないから黙っているなんてことは誰でもやっています。ですから表面上の様子だけで何をすることが相手にとって良いことなのか悪いことなのかわからないのは当然です。もしかしたらわたしだって陛下のご機嫌取りだけでニコニコしているのかもしれませんよ…なんて言えば不安になるでしょうね。でも大丈夫です。このようなことを言えば身の程知らずだとお怒りを受けるかもしれませんが、わたしは陛下のことを友人だと思っています。出会いこそ最悪なものでもそれがきっかけとなり、こうして今は親しくさせていただいているのですから。そしてわたしのような者を頼ってくれることがとても嬉しいのです」

 

「……」

 

「陛下の本質は家族思いの優しい人です。他人を傷つけたくないから触れることにためらい、相手のちょっとした態度や表情に過敏に反応してしまっている。それは国王になるまで『力』で周囲の人間を従わせてきたのですから、彼らは今の陛下が別人のように思えてまだ信用できずにいるのでしょう。だから相手が喜ぶことをしても素直に喜ぶべきなのかわからず、これは策略のひとつで罠に嵌めようとしているのかもしれないなどと疑ってかかってしまうこともあるかもしれません。わたしだって陛下の本心を知るまでは疑ってしまう気持ちを捨て切れずにいました。ですがあの夜に陛下が形振りかまわずすべてを吐き出してくれたから、わたしは陛下のことを信用しても大丈夫だと判断したのです。だからわたしの言葉や態度は本心からのものです。信じてくださってかまいませんから」

 

「ツグミ…」

 

ハイレインは泣きそうな笑顔でツグミの名を呼んだ。

それは自分を無条件に受け入れてくれる彼女の優しさが嬉しくて、名を呼んだだけで胸がいっぱいになってしまったようだ。

 

「そんな顔はわたしとふたりの時だけにしてくださいね。ランバネイン閣下だと『情けないぞ、兄者。もっとしっかりしろ』とか言いそうですから」

 

「そうだな。あいつはいいヤツだががさつで気配りが足りない男だからな、笑われてしまいそうだ」

 

「でもそんな彼のことが大好きなんですよね?」

 

「ああ。俺にとって唯一の家族だからな」

 

「そうですね。でもいずれはお妃をお迎えになって新しい家族ができるのですから ──」

 

「待て。そのことで今日はきみに相談をしようと思っていたのだ」

 

そう言ってからハイレインは一度口を噤み、迷っていることが明らかだという表情で再び口を開いた。

 

「実は…俺は一生結婚はしないつもりでいるのだ。俺にはすでに伴侶がいて、その女性を残酷にも裏切った。そんな俺が別の女性と再婚して幸せになることなど許されるはずがない。そうは思わないか?」

 

ハイレインの言う伴侶とはミラのことで、彼女を「神」にするために彼女を騙して形だけ結婚をしたことになっているのだ。

そのことを後悔はしていないが彼女に対する罪の意識がハイレインを苛んでいて、ツグミが事情を聞いてその魂を解放してやったことで解決したはずであった。

しかしハイレインがそのために結婚をしないと決めたとなると、本人の気持ちだけでなくアフトクラトルの未来に大きな影響を及ぼすことになる。

 

「結婚なさらないのであれば次の国王には誰がなるのですか?」

 

「それはそのうち結婚するランバネインの子供を養子に迎え、その子を次期国王にしようと思う。それが正しいのかどうかをきみに判断してもらいたいのだ」

 

「それは…正しいとか間違っているとかの問題ではありません。陛下のミラさんに対する気持ちがそうさせるというのならわたしには止める資格はありませんし、そうするべきだとお勧めする気もありません。…ただ、この先どうなるかわかりませんよ。陛下が心から愛する女性が現れて、その女性が陛下のことを愛して一生添い遂げたいと言うかもしれません。あなたが他の女性に目を向けずにミラさんのことだけを思い続けるとなれば彼女にとって思うつぼでしょうが、すべては陛下御自身の気持ちです」

 

「それでは…」

 

「養子を迎えるにしてもそれはランバネイン閣下とその家族にも関わることですから陛下だけの判断ではできません。その前に無関係なわたしに相談をして決めようと考えたのでしょうけど、わたしには陛下に対して()()は出せません。仮に出せたとしてもそれはわたしにとっての正解であって陛下の正解かどうかは別物だからです。聡明な陛下ならお判りいただけると思います」

 

そう言われてはハイレインも退かざるをえない。

 

「わかった。ここでダダをこねればきみに見限られそうで怖い」

 

「見限りはしませんが国王としての資質を疑ってしまいます。…ミラさんへの償いの気持ちはわかりますが、陛下御自身が幸せになることを諦めてしまってはダメです」

 

「自分が幸せになることを諦めてはダメ…?」

 

「はい。わたしの行動原理はまず自分が幸せになることが第一で、周りの人たちも同じくらい幸せにならないと満足できないという欲張りなものですから。まずは自分の幸せを求め、それが周囲の人の幸せにつながるよう行動しています。だから自分の幸せを犠牲にして他人のために働くなどということはできませんし、他者を犠牲にして自分だけ幸せになることもできません。初めのうちは自分の手の届く範囲…家族や仲間たちのことしか考えていませんでしたが、いろいろな経験を積んでいくうちに近界民(ネイバー)の友人も増えて彼らの人生にまで関わってしまいましたから、この両腕では抱えきれないほど大勢の人たちのことまで考えるようになってしまいました。ハイレイン陛下、あなたもそのうちのひとりです。陛下がアフト国民のことを大切に思うのなら、わたしも彼らのことを大事にしたいと考えます。だってアフト国民が疲弊していてその顔から笑顔が消えてしまったら、陛下はきっと悲しい思いをするでしょう。そうなったらわたしも悲しいです」

 

ハイレインにとってツグミの言葉は常に()()となっていた。

彼女の答えが正解であろうとなかろうと自分のために心を砕いてくれているとなればそれで十分なのだが、彼女は欲しいと思っている答えをいつでも与えてくれるのだから。

 

「わかった。やはりきみに相談して良かったよ。あらゆるものに答えがあるとは限らず、あってもそれがひとつだけだということもない。そしてこのような悩みには正解が出ることよりも、相談に乗ってくれる相手がいて一緒に考えてくれることで十分なのだな。ありがとう、ツグミ」

 

「どういたしまして。わずかでもお力になれたのなら光栄です」

 

「きみがそうやって笑顔を見せてくれることで俺は気が付いた。アフトの全国民が同じように笑顔で毎日を過ごすことができるような国にすることが俺の幸せにつながるのだと。俺だけが満足する国であってもダメで、俺が自分を犠牲にして国民に尽くすのでもダメなのだな。まずは俺が笑顔でいられるためにがきみのような女性がそばにいてくれることが重要なのかもしれない」

 

「そうです。ですからこの件は急いで答えをだすのではなく、なりゆきに任せるのが一番でしょう」

 

「うむ。では今度はきみの()()()について話をしてもらおうか」

 

「はい」

 

その頃、馬車はどこへ行くのかはわからないが城門を出て郊外へと向かっていた。

 

 

 

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