ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
洋の東西を問わず、いやこの場合は
アフトクラトルの
なにしろ鬼怒田が謙虚に「教えてください」と頭を下げたものだから、アフトクラトルの
鬼怒田も
それに三門市を発つ時にはもう覚悟ができていて、ボーダーと三門市民のために自分が我慢をすればいいと決めていた。
ただ実際に
トリオンやトリガーに関しては
ここで相手を敵視してしまったらそこでおしまいなのだが、
アフトクラトルの
ところが気分転換や現実逃避でこっそりと無関係なものを作っており、同様にボーダーでも開発に行き詰っていた
それがお互いに同じ魂を持つ者だというシンパシーを感じて打ち解けるのに時間はかからなかったのだった。
そして記念すべき
その名のとおりアフトクラトルで使用していたトリオン兵「モールモッド」の前足の「刃」の部分を鍬のような形状に変え、プログラムを変更することで自動的に畑の土を耕してくれるものとしたのだ。
アフトクラトルの
そこでトリオン兵に戦闘以外の機能を与えたらどうかという話から、モールモッドに畑の土を耕す部品を付けてプログラムを変更したのだった。
おまけに部品を取り換えることで整地や草刈りもできるという優れもので、実用化されたなら農家の仕事の負担は大幅に減ることだろう。
さらに現状はトリオンがエネルギーであるものの、背中にソーラーパネルを設置することで太陽光をエネルギーとして使うことも可能となる。
完成した試作品は王城の花壇の一角で動かしてみたが、想像以上に上手くできたためにハイレインに献上する前にツグミに連絡があったのだった。
なぜツグミに連絡をしたのかと言うと直接ハイレインに言えばその反応がどうなるか予測も付かないが、彼女であればどんなものでもハイレインにも上手く取りなしてくれるだろうという判断である。
なにしろ王城の中ではツグミはハイレインのお気に入りだと噂が広まっていて、口さがない連中は彼女がハイレインの愛人だなどと言って面白がっている。
そのことをツグミとハイレインも知っているが事実ではないためにそんな連中は無視していた。
そういうのはゴシップ好きの頭の悪いヤツか、ハイレインに対して恨みのある輩しかいないので放っておいても実害はない。
いざとなれば簡単に
面白いものができたということで、ツグミは喜び勇んで
そして試作機の「モールモッド型全自動耕運機」を見ると彼女は歓喜の声を上げる。
詳しいことは鬼怒田から説明してもらい、作製の経緯を聞くとますます喜んだ。
戦争のために先代のコヴェリ王が作製したモールモッドが数百匹、それを「卵」の状態で軍総司令部の地下倉庫に保管してある。
トリオンに還元することなくそのままにしてあったので、その
そしてこれは
ただし相当なトリオンが必要となるために
それにもっと優先すべきことがたくさんあるのだから、既存のもので十分なものをあえてトリオン製のものに置き換える必要はないのだ。
もちろんそれは鬼怒田たちも承知しており、三門市への「土産」となるものは他に用意されている。
鬼怒田たちはこの数日間でボーダーで独自に試行錯誤した時間 ── 約7年間の数十倍数百倍の経験を積んだと語った。
なにしろボーダーの人間でも
それが軍事大国アフトクラトルのトリガー技術となればそれを有効活用することによって
その主要人物となりうるのだから彼らも気合が入っている。
その「土産」とはアフトクラトルでは開発されたものの実用化はされなくてお蔵入りになったものであった。
アフトクラトルでは役に立たなかったものだが、鬼怒田たち優秀なボーダーの
◆◆◆
鬼怒田たちがトリガー開発に専念していた頃、迅は別の役目を担っていた。
ボーダーの遠征艇の復路のトリオンは現地調達を前提として計画が組まれていたのだが、トリオンの供給者は軍に属する若いトリガー使いで、彼らに交代で駐艇場まで来てもらう。
もちろんそれはハイレインの勅命であり、軍総司令官のヴィザが彼らに直接指示しているものだから誰も嫌とは言えない。
毎日数人のトリガー使いが渋々トリオン提供に向かう…と思いきや、実際には我も我もと押しかけそうな勢いであった。
その理由は簡単なものだった。
艇には迅が待機していて作業を手伝っており、その時にやって来たアフトクラトルのトリガー使いにトリオン供給が終わると1袋ずつ「ぼ〇ち揚げ」をプレゼントしたのだ。
献血ならぬ献トリオンのお礼のようなものだ。
アフトクラトルに限らず
これは迅のおやつ用とは別にツグミが20袋入りの箱を20ケースも追加で積み込んでいたもので、土産ではなく世話になった人へのちょっとしたお礼として使うつもりでいたのだ。
醤油や出汁といった日本人の味が外国人にも好まれるように
ヒュースの例もあるが
若くてたくさんのトリオンを使うトリガー使いだからすぐにお腹がすくのだが、食事は質素なものが1日3回のみだから
そして初回のメンバーが「
ぼ〇ち揚げの噂はヴィザの耳にまで届き、とうとう彼までもがやって来たのだった。
「
迅が艇の入口に配布用のぼ〇ち揚げの箱を積み上げていると、そこにヴィザがひとりでやって来たものだから迅は驚いてしまった。
それも三門市で戦った時とはまったく違う雰囲気なので、すぐには彼がヴィザだとは気が付かなかったくらいだ。
おまけに平民と同じ服を着ているから街中で見かけたとしたらまったく気が付かないくらい庶民オーラが滲み出ていた。
「あ…もしかしてヴィザ閣下、ですか?」
迅が訊くと、ヴィザはにこやかに答えた。
「はい。私の部下が交代でこの艇のトリオン供給を手伝っているということですので、この私も手伝いをしようかと伺いました」
「いや、閣下にまでお手数をおかけするわけには ──」
慌てる迅にヴィザは言う。
「閣下と呼ぶのはおやめください。今の私はタダのジジイです。ただトリオン器官は衰えておりませんので、若い連中よりもたくさんのトリオンを蓄えているのですよ。…私はミカド市のみなさんにご迷惑をおかけしました。その償いとしてわずかでもご協力できたなら私の気が収まるのですから、どうかお願いします」
「…わかりました。どうぞよろしくお願いします、ヴィザ翁。ご案内します」
迅はヴィザを連れて艇の奥にあるエンジンルームへと向かった。
「なるほど、これがキオン製の艇のエンジンですか…。我らのものとは造りがだいぶ違いますな」
ヴィザが物珍しそうに言う。
「キオンのスカルキ総統からいただいた設計図を元にしてボーダーで作製したものです。エンジンの出力を2.5倍にし、タンクの大きさを変えずに容量を従来の1.75倍にしたということです。おかげでトリオンタンクを2つ満タンにしておけばこの国まで途中でトリオン補給をせずに済むので往路はたった8日しかかかりませんでした」
「それはすごいですな。キオンはいち早く軍備増強から手を引き、それ以外のトリガー開発に力を入れていたようですから、
「はい。彼は長い間探していた
「そのせいで我らはボーダーの遠征部隊に散々な目に遭ったわけですからボーダーとキオンは憎むべき相手のはず。ハイレイン陛下はボーダーに対して報復遠征をするのではないかと考えていました。二度も苦渋を飲まされて矜持が傷つけられたのですから悔しくないはずがありません。しかしその後のあの方の変わりように我らはあの方の御心を知ることになりました。陛下は
「場合によってはボーダーを含めた
迅はヴィザに椅子に座るよう勧めると、ヴィザは老人っぽく「よっこいしょ」と言わんばかりに腰掛けた。
「トリオン抽出には小一時間かかります。もし俺でよろしければ話し相手になりますよ」
「それはありがたい。
「そうですね、
迅はヴィザと会話をしながら装置のセッティングをするとスイッチを入れた。
すると「ブーン」という小さな音を立てて装置が起動する。
「さて、これでよし。もしよかったら
「いただきましょう」
迅は厨房でふたり分の緑茶を淹れて運んで来ると、ぼ〇ち揚げの封を開けてヴィザに勧めた。
「どうぞ。こんな駄菓子でもなかなかイケますよ」
「おお、これが今話題のぼ〇ち揚げですか。若い兵士たちが
ヴィザはぼ〇ち揚げをひとつ摘み上げると口に入れた。
そしてバリバリと良い音を立てながら嚙み砕き、味わうようにして飲み込む。
「…ほう、これは醤油という調味料の味ですね。いろいろな料理に使われていたものですが、こうして菓子にも使うとはなかなか面白い。この甘辛い味は
そう言いながら次々に食べていくヴィザ。
「気に入ってもらえて良かったです。俺もこれが大好物で、どこへ行くにも手放せないんですよ」
迅も同じようにぼ〇ち揚げを食べながら話しかける。
意気投合したふたりは他愛もない話を続け、あっという間に1時間が経ってしまった。
「いや、若者と話をするのはいつも楽しいのですが、あなたとの会話は興味深いものばかりで年甲斐もなく胸が躍る心持ちでした」
「俺も楽しかったですよ。やはり人生の重みが違うというか、話のひとつひとつに味わいがありました」
「では、また明日も ──」
ヴィザが明日も来るようなことを言い出しそうであったため、迅は言葉を遮った。
「いえ、そういうわけにはいきません。ヴィザ翁に何度もトリオン供給をさせるなどツグミに知られたら叱られます。それよりもよろしければ次は剣の指南をしてもらえませんか? ヒュースから聞いた話ですとあなたはアフト随一の剣豪で、一度でいいのでお手合わせ願えたらと思っていたんです」
「それくらいならかまいませんよ。私も最近は軍総司令官などという肩書を与えられてしまいましたので、若い兵士と共に剣を振るうこともなくなり身体が鈍っていたところです。あなたも相当な腕の持ち主とお見受けします」
「いや、それほどではありませんよ。ヒュースを捕えることができたのは剣の腕ではなく俺のちょっとした能力のおかげですから」
迅が「能力」と言ったことでヴィザは大きく頷いた。
「それがツグミの言っていた
「そうですが、あいつはそんなことまであなたに話していたんですね?」
「はい。自分の大切な人には未来を視る能力があって、ボーダーはそのおかげで助けられていた。でも自分の見たくもない悲しいことや辛いことまで視えてしまい苦しんでいる。
「……」
「私は60年以上も生きてきて、そのうちの50年は戦場で戦いに明け暮れていました。私は未知の相手、特に強い者と戦うことが好きですから戦場を渡り歩くことを嫌だとは感じていませんでしたが、いつの間にか年を取っていて家族もいない独り身になっていました。しかし私には弟子と呼べるトリガー使いが大勢いて、ヒュース殿だけでなくディルク閣下も私の弟子の中では特に優秀な剣士に育ってくれました。だから家族はいなくても孤独ではなかったのです。いずれあなた方は結婚されて家族となるのでしょう。彼女のことを大事にしてあげてくださいね」
「は、わかっています。…俺のことを一番理解して寄り添ってくれているのはあいつですから」
ヴィザは穏やかな笑みを浮かべながら立ち上がるとゆっくり歩きながら艇の入口へと向かって行った。
すると迅はそこに積んであった箱の中からぼ〇ち揚げの袋を取り出してヴィザに手渡す。
「トリオンを提供してくれた人全員に渡しているものです。お持ち帰りください」
「ありがとう。ではまた明日」
そう言ってヴィザは艇の
その姿は映画のワンシーンのようで、迅はその後ろ姿を見送りながら