ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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575話

 

 

記念すべき一夜を高級リゾートホテルのスイートルーム過ごしたツグミと迅は2日間の特別休暇を満喫し、住み慣れた自宅とも言える弓手町の寮へと戻って来た。

事情を薄々感じているゼノンたちは特にふたりの留守の間のことを追及はせず、いつもと変わらない様子で出迎えると笑顔で「おかえり」とだけ言った。

その方がツグミと迅にはありがたく、3人に感謝して日常生活に戻ることができた。

結婚式を挙げたところで特に変わることはなく、これまでどおりに三門市民の生命と財産の守護者として、そして近界(ネイバーフッド)玄界(ミデン)の架け橋となるために自分にできることをやるだけである。

 

ツグミたちがアフトクラトルへ行っている間に第4次拉致被害者市民救出計画の目的地の選定が進んでおり、いくつかの条件でリコフォスもしくはアウデーンスの2ヶ国に絞られていた。

この2ヶ国はほぼ同数の拉致被害者市民が住んでいるというだけでなく、玄界(ミデン)からの距離もほぼ同じで片道約10日の比較的近い場所にある。

ただし方向が大きく違うためにどちらかを選び、第5次としてもうひとつの国に行くことになる。

問題はリコフォスとアウデーンスのどちらも航路の途中でどうしても寄港しなければならない国があって、その国が戦争中であるということだ。

もちろん戦争中の国に立ち寄らないで行く方法もあるのだが、そうなるとかなり遠回りをしなければならず現実的ではない。

では残りの4ヶ国はどうかというとまだ詳しい調査が行われていないので、調査を終えてからということになるとずっと先になってしまうということだ。

途中が危険であっても目的地は国情が安定しているのでたどり着くことができれば交渉は可能ということで、今回はどちらの国に決まっても戦闘に巻き込まれることを前提として遠征部隊を選抜するという方針であった。

ツグミも総合外交政策局長としてその方針には賛成で、アフトクラトル遠征に参加したメンバーを基本に近界(ネイバーフッド)での戦闘に耐えうる精鋭を選抜することになる。

そのため総合外交政策局からはゼノン隊の3人、迅、麟児が戦闘要員で、それ以外はA級B級隊員から最大で10人を選ぶということになるだろう。

遠征部隊の選抜は忍田に任せ、ツグミはリコフォスとアウデーンスのどちらを先にするかをゼノンたちと相談して最終決定するという仕事に取り掛かった。

 

 

 

 

「リコフォスは数百年前には非常に栄えた国だったけど、現在では国民が激減して見る影もない…ということなんですね? でも人口減の理由は何かわかっているんですか?」

 

ツグミは資料を見ながらゼノンに訊く。

 

「やはり他の国と同じように女性の数が少なくて子供が生まれない。生まれても育たないうちに死んでしまうという悪循環によるものが大きいのだが、一番の原因は『神』に恵まれなかったことだろう。アフトのようにトリオン能力者を厳選して『神』にする国もあれば、その時に国民の中で一番トリオン能力が高い人間を生贄にするこの国のような例もある。できれば自国の人間を犠牲にしたくはないのだが、だからといって他国へ攻め込んでさらってくるということもできないレベルの軍事力しかない国では他に道はない。そうしているうちに『神』に相応しい人間のレベルがどんどん低下していき、『神』の寿命が短くなればまたすぐに生贄を捧げなければならないという悪循環に陥る。実際にこの国は過去100年の間に『神』が3人も()()()()()()。それだけ国民全体のトリオン能力が低下しているということで、あと十数年でまた新しい『神』が必要となるだろう。何年か前に俺たちゼノン隊も潜入していろいろ調べたが、この国がどうしてエクトスから30人以上の玄界(ミデン)の人間を買うことができたのかわからずにいる。あの国にそんな価値のあるものはないはずだからな」

 

「昔栄えていた国というのであれば、その時の遺産的なものがあればそれと引き換えにするという方法もあるのでは?」

 

「たしかに遺産と呼べるものはあるが、それは今となってはあまり価値のないものばかりだ。この国は他国とほとんど関わりを持たない鎖国をしている国で、昔は優れたトリガーを開発して国も豊かだった。そうなると他国の侵攻を受けることになるので、防衛のために国全体にトリオン障壁で(ゲート)を強制封鎖していた。ところがこれはトリオンを大量に喰うから常時稼働させているというわけにはいかない。そこで俺たちのような諜報員をいくつか国に派遣して有事の際にのみトリオン障壁システムを作動させていたようだ。他国を侵略しない、他国から侵略されないという真っ当な国だったがずっと鎖国を続けていたために最先端の技術力を持つ国だったのがいつの間にか他の国に追い越されてしまっていたんだ。だからこの国のトリガー技術にはもうほとんど価値はないと考えていいだろう。そして諜報員となって派遣された人間は現地の女性と結婚してその国に根付いてしまった」

 

「祖国を裏切ったというんですか?」

 

「まあ、そう考えるのが当然だが、諜報員という人間はその国のエリートだ。その価値に見合うだけの報酬が得られるのなら祖国に対して忠誠を尽くすだろうが、そうでなければ自分の才能を高く買ってくれる方に寝返るのは無理もないのさ。長期で滞在して情報を国へ送る場合はその国の人間として溶け込んでしまうわけだが、元が優秀なトリガー使いだから軍の中に入ってしまえば重宝がられる。そして十分な報酬を貰えるなら本国には適当に情報を送っておけば残された家族にも害は及ばない。急に連絡が途絶えたとしても仕事中に何らかの事情で命を落としたと判断され、家族には年金も与えられるから心配はいらない。もっとも家族に会うことはできなくなるがな」

 

「そうして欠員が出たら別の諜報員が派遣されて…の繰り返し。そして『神』の交代の時期が近付いたらトリオン能力の高い人間なら別の国に高飛びしてしまう。トリオン能力が遺伝するかどうかの因果関係は不明ですが、貴族階級の人間にトリオン能力の高い人間が多いということは、能力者同士が結婚することで子供のその能力が引き継がれていると考えるのが妥当。そんなことが数百年も続いていたとなればトリオン依存の近界(ネイバーフッド)の国では致命的なダメージとなるわけですね」

 

「そうだ。だからリコフォスが何を対価として支払ったのかわからないが、エクトスが三門市民36人を売却したのは事実だ。案外国内に適合者のいない(ブラック)トリガーであってそれを手放したのかもしれない。それにエクトスは知識や技術などの形のないものであっても価値があると認めれば売買する。我々の知らない価値のある知識や技術、もしくは情報があったのかもしれない」

 

「なるほど。(ブラック)トリガーのように情報ひとつで戦況がひっくり返ることもあるから、その情報に価値があればエクトスは取引に応じる、か…。その代価となったものは気になりますが、それより彼らが何を欲しているのかが重要です。やっぱり医薬品や食料などが不足しているようですから、これまでと同じやり方で問題はないと思いますが、やはりポイントは航路の途中にある戦場となっている国ですね。攻め込む側も守る側も緊張状態にあるから、そこに第三勢力が加わるとなると戦況が大きく変わることもある。味方でないのなら敵だと判断して攻撃してくるのが自然ですから、遠征部隊が到着すればすぐに余裕のある方から攻撃を仕掛けてくるはずです。以前にメノエイデスで規模は小さいながらも戦いがあってボーダーの遠征部隊はそれに巻き込まれましたから、上層部はそのことを警戒していて拉致被害者市民救出計画も慎重に進めようとしているんですよ」

 

メノエイデスでの事件はツグミとウェルスが出会うきっかけとなったものなのだが、ここで対応を間違えればメノエイデスは玄界(ミデン)の敵国となっていた可能性がある。

ツグミが捕虜となったウェルスの逃亡を手伝ったことで当時は彼女が罰せられたものの、結果としてはそれが最適解であったことは証明されている。

だからボーダーにとって争っている2国は現在のところ敵でも味方でもない第三国だが、接し方によっては敵をつくることにも味方にすることにもなるということだ。

これはもうひとつの国のアウデーンスを目的地とした場合も同じだが、この国の国情はリコフォスとは大きく違う。

調査報告書を見ながらツグミが言う。

 

「アウデーンスは現在上り調子の国で、人口もわずかながら年々増えてきているようですね。でも上り調子だから場合によっては現状を変えることを望まずに三門市民を返したくないと言うでしょう。もちろんその代価によっては交渉に応じてくれるでしょうけど、突っ張り通されたらキツイですね。腰を据えて長期戦に持ち込まれたらこちらは不利ですから」

 

「そうなんだがひとつ良い情報がある。この国の元首というのが20代半ばの若い王で、スカルキ閣下と同じく好奇心旺盛な変革者であるということ。玄界(ミデン)の珍しい()()ひとつでこちらの印象は大きく変わると思うのだ。カップ麺やレトルト食品、自転車なんかも効果あると思うぞ」

 

ゼノンの言うように相手の興味のあるものを手土産にして懐に飛び込むという手法はツグミのキオン訪問で使った手だ。

 

「それに情報収集をしていれば玄界(ミデン)キオンやアフトと同盟を結んだということを知っていて、その()()を理解できるだけの頭脳はある。敵にしたくはない相手だということが理解できれば無茶な要求もしてこないとは思う。これは私見だがな」

 

「戦争中の国の情報はありますか? 当該国がどんな国かによってこちらの対応も変わってきますから」

 

ツグミがゼノンに訊くと、もちろんだという顔で頷いた。

ツグミの近界(ネイバーフッド)行きに同行しない時にはゼノン隊の3人はそれぞれ自己判断で近界(ネイバーフッド)の情報収集を行っていた。

第一次近界民(ネイバー)侵攻における拉致被害者市民がいる国は判明しているのだから、その国の情報だけでなく計画に関わってきそうな国の情報も集めている。

 

「4つの国のどこも中小の国で戦争といっても規模はそれほど大きくはない。アフトによる三門市侵攻と比べてもトリオン兵の数は半数以下で、トリガー使いも1ヶ国が10人から30人くらいだな。なお(ブラック)トリガーは確認されていない。こちらが戦争に介入する気がないとわかれば手を出してはこないだろうが、到着のタイミングと場所によっては両方からいきなり攻撃される可能性もある。遠征艇はイルガーの特攻にも耐えうる装甲になっているから攻撃されてもダメージはないだろうが、早く敵ではないと認めてもらわなければ延々と攻撃を受けることになるから面倒だ。ここで戦闘員を出せばもう引き下がれない。ボーダーは専守防衛の意味であっても相手はそうは思わないだろう。いきなり戦場に現れたとなれば単に立ち寄っただけですなどと言い訳しても聞く耳を持たない連中だからな。戦闘員を同行させるのは最悪の場合のためであり、積極的に戦うためではないのだ」

 

「そうですね。ここで戦闘になってしまえばボーダーが同盟国を増やそうとしているのは近界(ネイバーフッド)に進出して最終的には自分たちの支配下に置くためだと勘違いされてしまうでしょう。トリオンタンクをふたつ分満タンにしても途中でトリオン補給の他に飲料水や酸素生成用の水を現地で調達する必要がありますから、どうしても寄港しなければなりません。戦争中の国は気持ちに余裕がありませんから、ちょっとしたことでトラブルが発生して取り返しのつかないことにもなりうる。リコフォスやアウデーンスとの交渉よりも気を引き締めて準備をしないといけませんね」

 

「ああ、そうだ」

 

今回の渡航ではトリオン補給も千佳がいればそれほど心配する必要はないのだが、人数が多いために酸素も多く必要となる。

遠征艇内の酸素は国際宇宙ステーション(ISS)で使用されているロシア製の酸素発生装置「エレクトロン」によって供給されている。

水を電気分解によって酸素と水素に分離して酸素を艇内に放出して水素を艇外に廃棄するシステムだ。

艇内で使用する生活水を節約してその排水を使用するとしてもそれだけでは十分な酸素を生成できないために途中の国で水を補給しなければならないというわけである。

その補給の途中で戦闘に巻き込まれそうになった場合は戦って身を守るしかないが、それを可能な限り避けるためには事前の準備が重要なのだ。

 

「これで大方の状況が掴めました。リコフォスは接触するまでに手間取りそうですが、交渉に持ち込めばこれまでと同じ流れで済みそうなのでこちらを先にした方がいいかもしれません。会議で正式決定してから本格的に準備に取り掛かりましょう」

 

「了解だ」

 

 

そして幹部会議で第4次拉致被害者市民救出計画の目的地はリコフォスに正式決定し、総合外交政策局ではそれぞれが自分の分担の仕事をやるために直ちに行動を開始した。

 

 

 

 

参加メンバーと出発日が決定するとそれに合わせた食料や飲料水などの準備が始まる。

総合外交政策局では遠征参加者個人の好みの調査をしており、可能な限り彼らの要求する食料や嗜好品を用意している。

危険を伴う上に狭い艇の中で長時間過ごさなければならないためにストレスが溜まりやすく、少しでも艇内で快適に過ごすことができるようにと配慮をしているのだ。

前回のヒエムス・レプト遠征はレプト軍の攻撃からヒエムス軍を守るという目的があったために戦闘員だけでも20人を超え、他に機関員や技術者(エンジニア)も参加した。

しかし今回は人員も艇の定員の半分なので余裕があるために窮屈な思いはせずに済むだろう。

他にも食事のメニューや調理当番を決めるなど雑務は多い。

そういった雑務は局員である修たち旧玉狛第2のメンバーに任せ、ツグミは迅と一緒にリコフォス政府との交渉用の医薬品やその他の消耗品を提供してくれるメーカーを訪問して回っていた。

使用する消耗品はほぼスポンサー企業の商品で、無償か非常に割安な価格で譲ってもらっているため定期的なお礼と拉致被害者市民救出計画の進行状況の報告は欠かせない。

ボーダーのスポンサーは食品や医療品の製造販売、建設土木、家電メーカーなど多岐にわたる。

彼らがボーダーに金銭的な援助を行うのは自社の「宣伝」のためで、ボーダーの活動を逐一チェックしている。

したがって外務・営業担当の唐沢が主に回っているのだが、拉致被害者市民救出計画に熱心な企業にはツグミが自ら足を運んでいるのだ。

1日で1社か2社しか回ることができないのでツグミの担当だけでも5-6日はかかってしまうが、その役目を果たすことで拉致被害者市民救出計画が順調に進んでいるのだと考えれば苦にはならない。

早朝に寮を出て迅の運転する車でスポンサーを回り、夕方か夜になって帰って来るという日々が続くうちにミカドシティコミュニティドームのお披露目会当日がやって来た。

 

 

◆◆◆

 

 

お披露目会当日はボーダーからツグミと迅、嵐山隊の5人、そして付き添いとマスコミ対応のために根付が出席をした。

お披露目会の主催は三門スマートシティプロジェクト事務局なのでツグミたちはお手伝いとなっている。

ミカドシティコミュニティドームが近界民(ネイバー)の技術を使ったボーダーの仮想訓練室の応用であるためボーダーの人間が説明した方がわかりやすいのだから当然のことだ。

そして司会や詳しい説明は嵐山隊の役目で、ツグミと迅はモデルを務めることになる。

マスコミ関係者約120人、抽選で選ばれた市民約500人が午前と午後の2回に分けて内部の見学と説明を受けた。

メインホールをいくつかの仮想空間に変更をする様子を見せ、そこでツグミと迅が結婚式の時と同じ花畑とチャペルの仮想空間にウェディングドレスとタキシードの姿で現れると観衆から歓声やため息が聞こえ、さらに別の衣装の登録をしておいたトリガーでトリオン体に換装して衣装交換をする。

それを嵐山がどういう仕組みになっているのかを説明し、その後何パターンか衣装の変更をして見せた。

これは民間人でもトリオン器官があって換装するだけのトリオンがあれば誰でも同様にトリオン体になることが可能だというデモンストレーションである。

さらに数人の市民を選んで小学生から高校生の男女が嵐山隊の隊服に、成人男女のカップルにはタキシードとウェディングドレスに体験換装をしてもらい記念写真の撮影をするというサービスまで行った。

これまではボーダー隊員のみに許されたトリオン体への換装だが、今後希望者は誰でも可能になるというのだから世界中から注目を浴びることになったはずである。

現状ではこの施設内でのコスプレレベルでしかないのだが、いずれは日常生活でもトリオン体は有効活用されることになる。

生身のままでは危険な場所での作業は可能になるし、肉体強化をするために重いものを簡単に運ぶなど作業効率が格段にアップするなどトリオン体が民間人にも普及するとメリットが大きいということを知ってもらうため、そしてその一端に触れるためにはこのミカドシティコミュニティドームちょうどいいPR施設なのだ。

もちろんトリオン体になったからといっても武器としてのトリガーは装備していないので特に危険はないものの、使用方法によっては犯罪にも利用される可能性は拭いきれない。

だからこそボーダーがきちんと管理をして治安を維持することを最優先とするため、まずは三門市内を特区として使用を限定することから始め、トリガー使用に関する法律が整ったところで順に全国展開していくものだと説明もした。

 

そしてお披露目会の様子は三門ケーブルテレビがその日の夜の「こちらボーダー広報室」で放映し、マスコミ用に配布されたPR動画 ── ツグミと迅の結婚式の様子を撮影したもの ── も三門市民のお茶の間に流れたのだが、誰ひとりとしてその映像が()()であるとは想像もしていなかった。

 

 

 

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