ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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576話

 

 

リコフォス遠征の前日、玉狛支部では送別会が開かれた。

これは玉狛第1と修たち旧玉狛第2のメンバーが遠征に参加するからなのだが、その席にツグミと迅とゼノン隊の3人も招待されていた。

送別会をやろうと言い出したのは陽太郎であり、それを林藤が許可をしたという流れらしい。

その時に林藤が「そうだ、修と千佳ちゃんの家族も呼ぼう」と思い付いたことで、香澄と千佳の両親もゲストとして招待されることになった。

以前から保護者に玉狛支部での暮らしの様子を見てもらいたいと考えていたのだが千佳は両親がボーダー入隊を快く思っていないということで両者の関係は良好なものとは言えず、また麟児の存在によって余計に関係が拗れてしまっていたのでそれは叶わずにいた。

しかし千佳の勇気ある行動のおかげで雨取家()()の関係は修復され、このチャンスを逃してはならないとばかりに林藤は家族も呼ぶという英断をしたのだった。

パーティーの前に修と千佳と麟児、香澄と雨取夫妻の6人を支部長室へ招き、普段の生活の様子やボーダーでの仕事ぶりなどを林藤が説明をした。

修と千佳が入隊したきっかけはともかく、入隊してからは他の隊員と比べても遜色ない働きをしていて、今や三門市民が注目している総合外交政策局の仕事をしっかりと務めていてボーダーに欠かせない人材となっていると知った香澄と雨取夫妻は安心したようであった。

そしてその話を聞いた上でパーティーに参加したことから、修たちがボーダーの先輩たちに可愛がられていて、彼らの絆が強いものであることは保護者として安心するだけでなく自分の子供たちが仲間に恵まれたことを心から喜んでいるようであった。

また近界民(ネイバー)に対してまだ少なからず嫌悪感を持つ雨取夫妻もゼノンたちがボーダーの人間と親しくしている姿を見て、彼らが手を取り合って同じ目標に向かって進んでいることを知ると、麟児がなぜ受け入れられているのかも理解できたようであった。

それどころか「ウチの子供()()のことをお願いします」と林藤たちに頭を下げて帰ったくらいだから、雨取家の問題はすべて解決したと考えてもよさそうだ。

 

 

◆◆◆

 

 

パーティーが盛り上がっている中、迅は遊真が部屋の隅で少し沈んだ表情をしながらひとりで料理を食べている姿を見付け、周りに気付かれないようにして遊真を誘い、ふたりで屋上へと向かった。

 

「遊真、何か心配事でもあるのか?」

 

迅はあえて明るく訊くと、遊真は首を横に振って答える。

 

「別に心配事なんてないよ、迅さん。ただ…」

 

「ただ?」

 

「おれはオサムやチカが総合外交政策局に入ったからってだけで一緒に局員になった。別に防衛隊員でなければ嫌だというんじゃないからそれはいいんだけど、おれはこの身体のことで十分に役目を果たせていない。おれはオサムやチカを守るために戦う戦闘員としてなら自信はあるけど、今は仮想空間での模擬戦しかできない状態だから実戦では戦えない。そんなおれが一緒に行ったところで何の意味があるのかなって考えてたんだ」

 

遊真の生身の身体の治療は不可能だということで諦め、トロポイへ行って現在のトリオン体の維持のためのトリオンを有吾の(ブラック)トリガーからではなく周囲にいる人間のトリオンを少しずつ集めてそれを使用するというシステムに改造してもらった。

そのおかげで有吾の(ブラック)トリガーがトリオン切れで寿()()()()()()までの時間を大きく稼ぐことができ、遊真のトリオン体も以前よりはるかに長い間維持できるようになっている。

生身の身体の方が寿命を迎える時期がいつになるのかは想像できないが、トリガーホルダーの中に収納されている間は時間の経過が通常よりも遅くなるのだから現状でできることはすべてやったことになるのだ。

そして仮想戦闘モードであればトリオンを消費しないのでいくらでも模擬戦はできるのだが、実戦は禁止されていないものの「自分で自分の首を絞めるようなことはするな」と暗に周囲から言われている状態である。

したがって自分の存在意義について不安になるのは当然で、仲間たちに心配をかけたくはないので遊真が誰かに相談するとしても相手はレプリカしかいない。

そのレプリカはいろいろサジェストするが、最後にはお決まりのように「それを決めるのは私ではない、ユーマ自身だ」と言う。

自分で決めたいと思ってもそれができないのでモヤモヤした気持ちを抱えていたというわけだ。

 

「おれは戦うことしかできない人間で、そんなおれがいざという時に戦えないのなら意味なんてないじゃないか。レプリカはおれがいるだけでオサムやチカは心強いんだって言うけど、おれはオサムたちが戦っている時に何もできないなんて嫌なんだ」

 

遊真の気持ちはわからないでもない。

幼い頃から父親である有吾に連れられて近界(ネイバーフッド)を旅してきた。

その中では常に戦いに身を置き、人生の半分以上は傭兵のような暮らしをしてきた彼にとって戦いこそが日常であり、今の三門市での毎日は退屈なくらい平和で恵まれている。

だからなのか防衛隊員を辞めた彼には退屈で、影浦や村上たちとの仮想空間での模擬戦が平和で退屈な世界での唯一の楽しみとなっていた。

別に平和であることが嫌だというのではないし、修や千佳と一緒にいることは苦痛ではない。

ただ自分の価値が戦うことだけだと思っているから自虐的になってしまうのだ。

そんな彼に迅は言う。

 

「そんなことで悩んでいたのか」

 

「そんなことって…おれには深刻な悩みなんだよ」

 

遊真は口を尖らせて反論するが、迅は彼の頭をもしゃもしゃと撫でながら続けた。

 

「わかってるって。だけどそれは意味のないことだぞ。自分には戦いしかない。戦えない自分には価値がないなんて考えること自体がくだらない。メガネくんや千佳ちゃんはおまえのことを戦闘の時に役立つから仲良くしているんだと思うか? あいつらはおまえが友達だから仲良くしているんであって、利用しようと考えてるんじゃない」

 

「それはわかってるよ」

 

「だったら悩む必要なんてないだろ?」

 

「そりゃそうだけど、もし遠征中にオサムやチカが戦うことになって、そん時に何もできずに指を咥えて見ているだけなんて嫌なんだ」

 

「だから戦いのない世界を創ろうとしているんじゃないのか?」

 

「え?」

 

遊真は迅の顔を見上げた。

 

「戦争なんてものは実際に前線で戦う人間が始めるんじゃなくて、その上の偉いヤツが自分の損得勘定で始めることが多い。末端の兵士は戦うことなんかよりも家族と一緒にいる方が良いに決まってるからな。トリオン体で戦うから命を落とすケースは少ないが、おまえのように命に係わる大怪我をすることもありうるし、敵国の捕虜になれば一生祖国に戻れないこともある。戦争なんて実際に戦っている連中は誰も好き好んでやってるわけじゃない。安全な場所で見ているだけの戦争を()()()()人間が兵士をチェスの駒のように動かして勝ち負けを競っているだけだ。おまけに近界民(ネイバー)の戦争に俺たちは巻き込まれたんだから、玄界(ミデン)の人間が近界民(ネイバー)を憎むのは無理もない」

 

「……」

 

「乱暴に言えば近界民(ネイバー)同士が争って自滅してくれたらいいと思うのがこちら側の世界の人間の当然の感情だ。だけどすべての近界民(ネイバー)が悪人なんかじゃなく、友情が芽生えた相手だっているんだから戦争をやめさせる方法があればやめさせたいとツグミは行動している。あいつの願いが叶えばメガネくんや千佳ちゃんが危険な目に遭うことはなくなるし、おまえが戦わなければならない相手もいなくなる。それが容易じゃないってことはあいつもわかっているが、それでも何もしないで世の中はそんなものだと諦めるくらいなら、その結果が無駄になったとしてもいいからやれることをやってみようというのがあいつらしいな。今はあいつが俺たちを巻き込んでジタバタしている真っただ中だから近界(ネイバーフッド)を旅していればどこかで戦争に巻き込まれる可能性はある。だからその時のことを考えてこうして戦闘員を連れて遠征を行うわけで、戦わずに済む方がいいに決まってる。そしてそのためにいろいろ事前調査をして、可能な限り安全な方法で目的地へ行く計画を立てた。それでも万が一ということもあるからで、戦闘前提としたアフト遠征とは違って最低限の戦闘員だけで臨んでいる。ツグミの計画にはおまえが戦うことは勘定に入れていない。それでも俺たちが無事に目的地のリコフォスに着くようになっているんだから、おまえの存在はメガネくんや千佳ちゃんの精神安定剤のようなものだ。またはお守りのようなもの、かな。そこにいてくれるだけで心強いし安心できる。それなのに自分が役に立っていないって思うなら、おまえ自身がメガネくんや千佳ちゃんの気持ちを理解できていないってことになる。俺はそう考えるんだけどな」

 

「きりしな先輩が戦争をなくそうとしていることはわかるし、近界民(ネイバー)が戦争なんかしなくてもいい世界を望んでいることもわかる。みんなが笑顔で楽しく生きられる世界が一番だってこともわかるけど、そうしたらトリガー使いは仕事がなくなってしまうぞ。他の仕事をするといってもこれまで訓練をして腕を磨いてきたことが全部無駄になってしまうと思うとなんだか悔しいな。おれもボーダー隊員を辞めたとしても、このあと何をして生きていけばいいのかまるっきりわからん」

 

「たしかにトリガー使いが必要のない時代が来るって考えるのは無理もないな。でも最低限の国防のための軍備は必要だし、ボーダーだって防衛隊員の数は減らしてもゼロにはならない。訓練だって続けなきゃ腕は鈍るし、ウチの太刀川さんみたいにボーダーで戦闘員を続けるしかないって人もいるだろう。ツグミはそんな未来のことも考えていて、近界(ネイバーフッド)の国々をどんどん同盟国に加えていって、何年かに1回その国のトリガー使いを集めてオリンピックかワールドカップみたいなスポーツとしてのトリガーの腕前を競う祭典を開催したらどうかって言っている。日本には自衛隊って組織があって、有事の際には武器をもって戦うんだが、日常は訓練や災害時の民間人救出や国際世界においての人道的援助などをやっている。だから近界民(ネイバー)にも国軍を自衛隊と同じような組織にして、トリガー使いとしての訓練も続けて近界(ネイバーフッド)玄界(ミデン)で一番強いヤツは誰だ、って大会を開くことでモチベーションを保つというのはどうかと俺に話してくれたよ。それが叶うのはずっと先のことなんだろうけど、そんなことまで考えてあいつは行動しているんだ」

 

「なんか面白そうだな、それ。きりしな先輩の考えることはおれたちの想像を超えていることが多い。たしかにボーダーのランク戦みたいに各国の代表が部隊(チーム)個人(ソロ)で戦って順位を決めるのはアリだな」

 

「そうそう。ボーダーのノーマルトリガーを基本とした同じ条件の戦闘とか、各国のオリジナルトリガーを使用しての戦闘でその技術力を競うというのも面白いだろうってツグミは言っていたな。玄界(ミデン)でもライフル銃など本来なら戦闘に用いる道具を使ってそれをスポーツとしているケースもある。元は殺し合いの道具でも使い方次第で平和的なスポーツの道具にもなるんだ。武器(トリガー)だって同じ。さすがに(ブラック)トリガーの使用は無理だろうが、ヒュースの蝶の楯(ランビリス)やランバネインの雷の羽(ケリードーン)に対抗する武器(トリガー)がどこかの国にあるかもしれないから、そんな武器(トリガー)を使うトリガー使い同士で戦うならそれはエンターテイメントとして大勢の人間が喜んで見物するんじゃないかな。もしそんな大会を開くとしたら仮想空間での戦闘になるから、おまえだって出場したいっていうならトリガーの訓練を続けておいた方がいいだろう」

 

「おお、そうか! 仮想空間ならトリオンを使わないんでこの身体に影響はないし、強いヤツと戦う楽しみが増えるな」

 

「それにおまえにだってトリガー使い以外の人生だってあるんだぞ。将来このままボーダーに残って後輩の指導をするというのもいいが、ボーダーを辞めて自分のやりたいことを探す旅に出るというのも面白いと思う。だから今は余計なことを考えて悩むよりも目の前のやるべきことをひとつひとつ確実にクリアしていくしかない。そしておまえの役目は ──」

 

「オサムとチカのお守りになる、だろ? 万が一のことがないことを祈ってるが、もしその時が来たらおれはできる範囲内でみんなをフォローする。それは直接戦闘をするだけじゃなく、後方から全体を見て指示を出すってことでもいいわけだ」

 

「そうだ。おまえにはレプリカ先生もいて、情報の分析と過去の近界民(ネイバー)との戦闘経験による知識でサポートするという方法はおまえにしかできないことだ。おまえの近界(ネイバーフッド)での経験が役立つ時が必ず来る。俺の未来視(サイドエフェクト)がそう言っている」

 

迅が自信満々に言うものだから、遊真の表情にも笑顔が戻ってきた。

 

「うん、わかった。迅さん、ありがとう。おれの居場所はやっぱここだ」

 

遊真は有吾の(ブラック)トリガーである指輪に触れながら言う。

 

「親父を元に戻せないってわかった時、おれは近界(ネイバーフッド)へ帰るつもりでいた。だけどオサムたちや迅さんがおれに居場所を作ってくれたおかげでこうして楽しい毎日を送ることができた。玄界(ミデン)に来たことは正解だった。親父は自分が死んだら玄界(ミデン)へ行けと言っていたけど、それはモガミさんを頼れというだけでなく玄界(ミデン)で新しい人生を送れっていう意味だったような気がしてきた。近界(ネイバーフッド)で戦いに明け暮れてどこかの国で野垂れ死にするくらいなら玄界(ミデン)へ行って仲間や友人に囲まれて戦闘とは無関係な生き方をしろと言いたかったのかもな」

 

「有吾さんはこちら側の世界の人間だったから戦争とは無縁な人生を送ってきた。でもそんな日常が退屈で、近界民(ネイバー)が接触してきた時に自分からすすんで近界(ネイバーフッド)へ渡ったらしい。そして戦えば戦うほど平和のありがたさが身に染みて、おまえにはそんな平和な世界で幸せになってもらいたかったんだと俺は思う」

 

「うん。おれも戦うことは嫌いじゃないけど、戦争で仲間が哀しんだり苦しんだりするのは嫌だ。近界(ネイバーフッド)での暮らしも悪くはないけど、みんなが笑顔で生きられるこっちの世界の方がいい。それに近界(ネイバーフッド)でも戦争がなくなればみんなが笑顔で生きられるようになって、カルワリアのイズカチャやヴィッターノたちが幸せになれるならおれもうれしい」

 

「大丈夫だ。俺たちはそのために頑張ってるんだ、いずれ結果は出るさ。さあ、メガネくんたちが心配して探しに来る前に戻ろう」

 

「ああ」

 

遊真の表情は晴れやかだ。

迅の「俺の未来視(サイドエフェクト)がそう言っている」が嘘だとわかってもそれが自分のためについた優しい嘘だとわかっているから気付かなかったフリをした。

 

(おれはずっとこの嘘を見抜くサイドエフェクトを忌まわしいものだと思ってきた。誰もが保身のためや損得勘定で嘘をつく。だけどこっちの世界に来てから玉狛のみんなやボーダーの仲間は思いやりで嘘をつく。不安なのに大丈夫だと言ったり、辛いのに平気だとか本心じゃないことを言うけど、それは仲間に心配をかけたくないからで悪意があるものじゃない。嘘も悪意によるものだけじゃなくて優しいからこそつく嘘もあるって教えてくれたのがこっちの世界の人たちだ。やっぱこっちの世界に来て良かった。おれはこのまま親父の故郷のこっちの世界で生きることにする。まだ何をやりたいとか、何ができるのかはわからないけど、みんながいてくれるからきっと大丈夫だよ、親父)

 

 

◆◆◆

 

 

パーティー会場に戻って来た時にはスッキリとした表情になっていた遊真。

ツグミはその変化にすぐ気が付いて、迅が遊真になんらかの助言をしたのだろうと想像していた。

ボーダーのために修や遊真を利用しているという後ろめたさのあった迅は彼らのために可能な限り手を貸していて、特別扱いをしていると言われても否定できないほど面倒見の良い先輩を演じていた。

しかしもうその役目から身を退いても問題のないようだ。

迅が導かなくとも修と遊真は自分の足で歩き、自らの判断でやるべきことを決めることができるようになったのだから。

もちろん彼らから相談を持ち掛けられたら断ることはなく相談に乗ってやるが、もう必要以上に関わってやる必要はないだろう。

ツグミは迅の意味ありげな笑みを見てそう感じていた。

 

(ユーマくんが何か悩んでいたようだけど吹っ切れた感じだからもう心配はいらないわね。そして悠一さんの背負っていた荷物も少しは下せたんじゃないかしら。そして未来視(サイドエフェクト)のせいでずっと苦しんできたけど、その力も衰えつつある。ボーダーのためとはいえ常にトロッコ問題を抱えていて、彼ひとりがその責任を負わされていたようなものなんだから、もうそんな呪いのような副作用から解放されてもいいはずよ。これでやっとあの人に心の平穏が訪れる。ようやく他人の人生に責任を持たなくても済むようになるんだわ)

 

ツグミの望む未来にまた一歩近付いたようであった。

 

 

 

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