ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
リコフォス遠征の前日、玉狛支部では送別会が開かれた。
これは玉狛第1と修たち旧玉狛第2のメンバーが遠征に参加するからなのだが、その席にツグミと迅とゼノン隊の3人も招待されていた。
送別会をやろうと言い出したのは陽太郎であり、それを林藤が許可をしたという流れらしい。
その時に林藤が「そうだ、修と千佳ちゃんの家族も呼ぼう」と思い付いたことで、香澄と千佳の両親もゲストとして招待されることになった。
以前から保護者に玉狛支部での暮らしの様子を見てもらいたいと考えていたのだが千佳は両親がボーダー入隊を快く思っていないということで両者の関係は良好なものとは言えず、また麟児の存在によって余計に関係が拗れてしまっていたのでそれは叶わずにいた。
しかし千佳の勇気ある行動のおかげで雨取家
パーティーの前に修と千佳と麟児、香澄と雨取夫妻の6人を支部長室へ招き、普段の生活の様子やボーダーでの仕事ぶりなどを林藤が説明をした。
修と千佳が入隊したきっかけはともかく、入隊してからは他の隊員と比べても遜色ない働きをしていて、今や三門市民が注目している総合外交政策局の仕事をしっかりと務めていてボーダーに欠かせない人材となっていると知った香澄と雨取夫妻は安心したようであった。
そしてその話を聞いた上でパーティーに参加したことから、修たちがボーダーの先輩たちに可愛がられていて、彼らの絆が強いものであることは保護者として安心するだけでなく自分の子供たちが仲間に恵まれたことを心から喜んでいるようであった。
また
それどころか「ウチの子供
◆◆◆
パーティーが盛り上がっている中、迅は遊真が部屋の隅で少し沈んだ表情をしながらひとりで料理を食べている姿を見付け、周りに気付かれないようにして遊真を誘い、ふたりで屋上へと向かった。
「遊真、何か心配事でもあるのか?」
迅はあえて明るく訊くと、遊真は首を横に振って答える。
「別に心配事なんてないよ、迅さん。ただ…」
「ただ?」
「おれはオサムやチカが総合外交政策局に入ったからってだけで一緒に局員になった。別に防衛隊員でなければ嫌だというんじゃないからそれはいいんだけど、おれはこの身体のことで十分に役目を果たせていない。おれはオサムやチカを守るために戦う戦闘員としてなら自信はあるけど、今は仮想空間での模擬戦しかできない状態だから実戦では戦えない。そんなおれが一緒に行ったところで何の意味があるのかなって考えてたんだ」
遊真の生身の身体の治療は不可能だということで諦め、トロポイへ行って現在のトリオン体の維持のためのトリオンを有吾の
そのおかげで有吾の
生身の身体の方が寿命を迎える時期がいつになるのかは想像できないが、トリガーホルダーの中に収納されている間は時間の経過が通常よりも遅くなるのだから現状でできることはすべてやったことになるのだ。
そして仮想戦闘モードであればトリオンを消費しないのでいくらでも模擬戦はできるのだが、実戦は禁止されていないものの「自分で自分の首を絞めるようなことはするな」と暗に周囲から言われている状態である。
したがって自分の存在意義について不安になるのは当然で、仲間たちに心配をかけたくはないので遊真が誰かに相談するとしても相手はレプリカしかいない。
そのレプリカはいろいろサジェストするが、最後にはお決まりのように「それを決めるのは私ではない、ユーマ自身だ」と言う。
自分で決めたいと思ってもそれができないのでモヤモヤした気持ちを抱えていたというわけだ。
「おれは戦うことしかできない人間で、そんなおれがいざという時に戦えないのなら意味なんてないじゃないか。レプリカはおれがいるだけでオサムやチカは心強いんだって言うけど、おれはオサムたちが戦っている時に何もできないなんて嫌なんだ」
遊真の気持ちはわからないでもない。
幼い頃から父親である有吾に連れられて
その中では常に戦いに身を置き、人生の半分以上は傭兵のような暮らしをしてきた彼にとって戦いこそが日常であり、今の三門市での毎日は退屈なくらい平和で恵まれている。
だからなのか防衛隊員を辞めた彼には退屈で、影浦や村上たちとの仮想空間での模擬戦が平和で退屈な世界での唯一の楽しみとなっていた。
別に平和であることが嫌だというのではないし、修や千佳と一緒にいることは苦痛ではない。
ただ自分の価値が戦うことだけだと思っているから自虐的になってしまうのだ。
そんな彼に迅は言う。
「そんなことで悩んでいたのか」
「そんなことって…おれには深刻な悩みなんだよ」
遊真は口を尖らせて反論するが、迅は彼の頭をもしゃもしゃと撫でながら続けた。
「わかってるって。だけどそれは意味のないことだぞ。自分には戦いしかない。戦えない自分には価値がないなんて考えること自体がくだらない。メガネくんや千佳ちゃんはおまえのことを戦闘の時に役立つから仲良くしているんだと思うか? あいつらはおまえが友達だから仲良くしているんであって、利用しようと考えてるんじゃない」
「それはわかってるよ」
「だったら悩む必要なんてないだろ?」
「そりゃそうだけど、もし遠征中にオサムやチカが戦うことになって、そん時に何もできずに指を咥えて見ているだけなんて嫌なんだ」
「だから戦いのない世界を創ろうとしているんじゃないのか?」
「え?」
遊真は迅の顔を見上げた。
「戦争なんてものは実際に前線で戦う人間が始めるんじゃなくて、その上の偉いヤツが自分の損得勘定で始めることが多い。末端の兵士は戦うことなんかよりも家族と一緒にいる方が良いに決まってるからな。トリオン体で戦うから命を落とすケースは少ないが、おまえのように命に係わる大怪我をすることもありうるし、敵国の捕虜になれば一生祖国に戻れないこともある。戦争なんて実際に戦っている連中は誰も好き好んでやってるわけじゃない。安全な場所で見ているだけの戦争を
「……」
「乱暴に言えば
「きりしな先輩が戦争をなくそうとしていることはわかるし、
「たしかにトリガー使いが必要のない時代が来るって考えるのは無理もないな。でも最低限の国防のための軍備は必要だし、ボーダーだって防衛隊員の数は減らしてもゼロにはならない。訓練だって続けなきゃ腕は鈍るし、ウチの太刀川さんみたいにボーダーで戦闘員を続けるしかないって人もいるだろう。ツグミはそんな未来のことも考えていて、
「なんか面白そうだな、それ。きりしな先輩の考えることはおれたちの想像を超えていることが多い。たしかにボーダーのランク戦みたいに各国の代表が
「そうそう。ボーダーのノーマルトリガーを基本とした同じ条件の戦闘とか、各国のオリジナルトリガーを使用しての戦闘でその技術力を競うというのも面白いだろうってツグミは言っていたな。
「おお、そうか! 仮想空間ならトリオンを使わないんでこの身体に影響はないし、強いヤツと戦う楽しみが増えるな」
「それにおまえにだってトリガー使い以外の人生だってあるんだぞ。将来このままボーダーに残って後輩の指導をするというのもいいが、ボーダーを辞めて自分のやりたいことを探す旅に出るというのも面白いと思う。だから今は余計なことを考えて悩むよりも目の前のやるべきことをひとつひとつ確実にクリアしていくしかない。そしておまえの役目は ──」
「オサムとチカのお守りになる、だろ? 万が一のことがないことを祈ってるが、もしその時が来たらおれはできる範囲内でみんなをフォローする。それは直接戦闘をするだけじゃなく、後方から全体を見て指示を出すってことでもいいわけだ」
「そうだ。おまえにはレプリカ先生もいて、情報の分析と過去の
迅が自信満々に言うものだから、遊真の表情にも笑顔が戻ってきた。
「うん、わかった。迅さん、ありがとう。おれの居場所はやっぱここだ」
遊真は有吾の
「親父を元に戻せないってわかった時、おれは
「有吾さんはこちら側の世界の人間だったから戦争とは無縁な人生を送ってきた。でもそんな日常が退屈で、
「うん。おれも戦うことは嫌いじゃないけど、戦争で仲間が哀しんだり苦しんだりするのは嫌だ。
「大丈夫だ。俺たちはそのために頑張ってるんだ、いずれ結果は出るさ。さあ、メガネくんたちが心配して探しに来る前に戻ろう」
「ああ」
遊真の表情は晴れやかだ。
迅の「俺の
(おれはずっとこの嘘を見抜くサイドエフェクトを忌まわしいものだと思ってきた。誰もが保身のためや損得勘定で嘘をつく。だけどこっちの世界に来てから玉狛のみんなやボーダーの仲間は思いやりで嘘をつく。不安なのに大丈夫だと言ったり、辛いのに平気だとか本心じゃないことを言うけど、それは仲間に心配をかけたくないからで悪意があるものじゃない。嘘も悪意によるものだけじゃなくて優しいからこそつく嘘もあるって教えてくれたのがこっちの世界の人たちだ。やっぱこっちの世界に来て良かった。おれはこのまま親父の故郷のこっちの世界で生きることにする。まだ何をやりたいとか、何ができるのかはわからないけど、みんながいてくれるからきっと大丈夫だよ、親父)
◆◆◆
パーティー会場に戻って来た時にはスッキリとした表情になっていた遊真。
ツグミはその変化にすぐ気が付いて、迅が遊真になんらかの助言をしたのだろうと想像していた。
ボーダーのために修や遊真を利用しているという後ろめたさのあった迅は彼らのために可能な限り手を貸していて、特別扱いをしていると言われても否定できないほど面倒見の良い先輩を演じていた。
しかしもうその役目から身を退いても問題のないようだ。
迅が導かなくとも修と遊真は自分の足で歩き、自らの判断でやるべきことを決めることができるようになったのだから。
もちろん彼らから相談を持ち掛けられたら断ることはなく相談に乗ってやるが、もう必要以上に関わってやる必要はないだろう。
ツグミは迅の意味ありげな笑みを見てそう感じていた。
(ユーマくんが何か悩んでいたようだけど吹っ切れた感じだからもう心配はいらないわね。そして悠一さんの背負っていた荷物も少しは下せたんじゃないかしら。そして
ツグミの望む未来にまた一歩近付いたようであった。