ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
レイジたちは新人たちの師匠となったわけだが、防衛任務や学業などで忙しく時間に余裕があるわけではない。
特に京介はいくつものバイトを掛け持ちしている高校生だから、修の訓練に充てる時間は十分とはいえないのだ。
レイジや小南も同様で、そういった場合はツグミや栞が新人たちの面倒をみることになる。
それぞれが訓練の支度をしていると、京介の携帯電話にバイト先から緊急連絡が入った。
「ツグミ、悪い。今、店長からバイトのシフトを代わってほしいって連絡があった。これからすぐに行かなきゃならない。修のこと頼む」
京介はそう言ってバイト先のスーパーマーケットへ出かけてしまった。
そして残された修は申し訳なさそうな顔でツグミに頭を下げる。
「霧科先輩、よろしくお願いします」
「わかったわ。でもわたしがキョウスケを差し置いて指導するわけにもいかないから、今日は参考にするっていう意味でわたしの戦い方を見せるわね。その後は軽く模擬戦。それでいい?」
「はい…。お手柔らかにお願いします」
階級こそB級だが実力はA級レベルのツグミ。
師匠の京介ですら「本気を出した彼女には
そんな彼女が相手となれば修が気弱になるのも仕方がない。
「心配しなくて大丈夫よー。
ツグミはそう言って笑う。
さらに彼女は修の参考になりそうな戦いを見せるためにトリガーのセットを少し変更した。
メインに
そして訓練室に入ると「やしゃまるレインボー」を出現させた。
姿はモールモッドそのままだが、レインボーというだけあって7色の横縞柄だ。
これは黒くてテカテカしている
「これはわたしが普段の訓練に使ってる『やしゃまるシリーズ』の中で一番の強敵『やしゃまるレインボー』よ。ノーマルなモールモッドに比べて装甲や耐久力、攻撃力や速度の数値が約3倍なの」
「3倍…」
修はこれまでに相対したことのない強力な敵を前に息を呑む。
「そんな不安そうな顔をしないで。別にあなたにこれを倒せっていうんじゃないから。あなたはまだ新人だから正隊員がどういう戦い方をしているのかあまり見たことがないでしょ? 今からこれをわたしが倒すから見ててね」
ツグミはそう言うと
もちろんそれくらいのことでやしゃまるレインボーはびくともしない。
続いて弱点の目に狙いをつけて右手で
ゼロ距離射撃で弱点を突いたものだから、彼女にブレードを立てる間もなくやしゃまるレインボーは活動停止した。
その時間わずか3秒。
「すごい…」
修は見たことのない戦い方に感心している。
「オサムくんの
「はい…」
「で、オプショントリガーのスラスターを起動すると…今みたいに体当たりして距離を詰めたり、逆に敵から逃げる時にも使えるわ。わたしはこうしてレイガストを
ツグミは新たなやしゃまるレインボーを出現させると、右手に弧月を握った。
突撃してくるやしゃまるレインボーのブレードをレイガストでさっと受け流し、左脚を弧月でなぎ払う。
バランスを崩したやしゃまるレインボーの隙を突いて、彼女は弧月で目を一気に貫いた。
これも4秒という短時間で終了。
ツグミのハイレベルな戦い方に修は見惚れてしまった。
「ボーダー隊員は
ツグミに訊かれて修は答える。
「えっと…
「正解。でもそれだけじゃなくて、単に
「……」
「そこで工夫をしてより効果の出る技を生み出すのが重要となるわけ。
「本当ですか…?」
半信半疑の修。
「あはは…わたしはキョウスケと違ってふざけた嘘言わないわよ。ただしトリオンを弾として撃ち出す
「先輩…ありがとうございます!」
「お礼を言われるまでもないわ。本当のことを言っただけだし、先輩として当然のことだもの。…じゃあ、何か質問ある? なかったらさっそく模擬戦でもしようか」
すると修はここぞとばかりに食いついてきた。
「質問ならいっぱいあります! …でもこういうことを訊いてもいいのかわからないんですけど、先輩個人のことについて訊いてもいいですか?」
「わたし? 内容にもよるけど、何?」
「先輩はボーダーに入ってどれくらいなんですか? 千佳から聞いた話だと、先輩も小さい時に
「うん。入隊したのはわたしが9歳の時だったからボーダー歴7年ってとこね」
「9歳!?」
驚く修。
「まあ、その年齢で入隊はしたけど今で言うC級隊員扱いで、実戦に参加させてもらったのは第一次
「はあ…すごいですね」
驚いたり感心したりと修は忙しい。
「先輩にも師匠がいると思いますが、どんな人ですか?」
「狙撃はこの前話した東さんっていう現在B級6位東隊の隊長。ボーダーで初めて
「霧科先輩とレイジさんの師匠…。なんか凄そうな人ですね」
「もちろん。それに狙撃だけではなくて戦術についての師匠でもあったの。今でこそB級の隊長だけど昔はA級1位の隊長で、大勢の隊員から尊敬されている立派な人よ。わたしが旧東隊にいた時のチームメイトだった三輪隊の三輪さんとか、B級1位二宮隊の二宮匡貴(にのみやまさたか)さん、わたしが辞めた後に入ったA級6位加古隊の加古望(かこのぞみ)さん、といった現在隊長を務める人たちの
会ったことはなくともA級6位やB級1位の隊長を率いていたと聞けば優秀な隊員であると想像できる。
さらにツグミの言葉に修は驚嘆する。
「わたしのサイドエフェクトが『強化視覚』だったから、狙撃とは相性がいいのよね」
「先輩にもサイドエフェクトがあるんですか!?」
驚く修にツグミが答える。
「そっか…オサムくんにはまだ話してなかったわね。実はそうなのよ」
「その『強化視覚』っていうのはどういうものなんですか? 目がいいってことなんですよね?」
「そう。普通の視力の基準でいくと20.0くらいだと思う」
「20.0!? 想像つかない…」
「まあ当然よね。視力検査の時に使う視力表のランドルト環…アルファベットのCみたいなアレの1.0のヤツが100メートル離れた場所から見えるっていうレベルだから」
「……」
「サイドエフェクトと認定されたのは9歳の時。強化五感といわれるタイプのサイドエフェクトは生まれつきのものだから自分自身では全然わかってなくて、他の人も同じように見えるってずっと思ってたわ。だから他人から指摘されてやっと『ああ、そうなんだ』ってことになるのよ」
「でも先輩は普段はメガネをかけてますよね?」
「うん。日常での生活の中では見えすぎるのを抑えるために特別製のメガネをかけているの。それをかけておけば2.0くらいになるから」
「わざわざ視力を落とす必要があるんですか?」
「見えすぎるのも問題があるのよ。人間が五感で得る情報量の約8割が視覚からと言われている。だから良く見えるってことは普通の人よりはるかに大量の情報が入ってくるってことで、目を瞑っている時以外は常に情報が入ってきて、脳内での処理がオーバーワーク気味になる。便利なようでけっこう厄介なのよ、この力って。日常生活の中でなら2.0で十分。でもこの能力は戦闘の時にはものすごく役に立つわ。だから戦闘体の時には今みたいにメガネを外して、その代わりにゴーグルをする。目を保護するのと同時に、テレポーターを使用する時に視線を悟られないようにするためにね。まあ、わたしのトリオン能力とサイドエフェクトを合わせればイーグレットで1000メートルくらいまでの狙撃は楽勝。わたし専用のスラッシュっていう狙撃用トリガーなら1500から1800メートルくらいなら問題ないし、動かない的なら2000メートルもいけるかな。これは東さんでもできない技術なんだから」
「すごいですね…」
「で、剣術の師匠はなんと忍田本部長よ」
「忍田本部長…? あの人って戦闘員だったんですか!?」
「そう。旧ボーダー創設時のメンバーの中で忍田本部長と林藤支部長はバリバリの戦闘員だったのよ。本部長は『ノーマルトリガー最強の使い手』って呼ばれていて、A級1位太刀川隊の太刀川さんも本部長の弟子。太刀川さんというのは
「……」
修は高密度のデータを一気に入力されたようなもので、次第に脳が処理できなくなっていった。
「ちなみに
「なんとなく…?」
「たぶん他の
「そうなるとぼくじゃ無理そうですね…」
うなだれる修にツグミが言う。
「わたしはそんなことはないと思う。むしろあなたに向いているかも」
ツグミはノーマルなモールモッドを出現させた。
「ちょっとこれと戦ってみて」
「はい!」
修はレイガストを構えるが、モールモッドの一撃を受けて跳ね飛ばされてしまった。
「じゃあ、今度はわたしがやるわね」
やしゃまるレインボーを出現させたツグミは左手にレイガストを
「威力75、射程20、弾速5に設定して…
細かく分割された遅い弾を撃ち出すと、ツグミの前方約20メートルに
そこにもの凄いスピードで突っ込んでくるやしゃまるレインボー。
当然、弾に衝突しダメージを受けるが致命傷にはならず、スピードを落としながらもツグミに突進する。
そこへ彼女がスラスターで勢いをつけたレイガストで目を突き刺した。
弱点を突かれた やしゃまるレインボー は沈黙する。
それを見ていた修は目を見張った。
「速度がある敵を倒すにはこうやって対象の勢いを落として戦うというのもひとつの戦法よ。
「はい、わかりました」
「いずれランク戦に参加して他の隊員の戦闘スタイルを見ていくうちに自分で技を開発できるようになるわ。…じゃ、他に質問は?」
「えっと…さっき先輩のトリガーを見せてもらった時に、イーグレットがセットしてあるのにバッグワームが入っていなくて変だなって思ったんですけど」
「ええ。使わないから入れていないわよ」
「
ツグミは修の質問に笑いながら答えた。
「だって一回狙撃すれば狙撃ポイントがバレバレになるんだし、居場所がバレたからってわたしには何の不都合もないから」
「そういうもの…ですか?」
信じられないという顔の修。
「通常
「はあ…」
ポジションが
しかしなぜだかその戦い方に魅力を感じ、自分にはできそうにないがもっと知りたいと思うようになっていた。
さらにツグミのレクチャーは続く。
「さっきわたしはあなたに他の隊員の戦闘スタイルを見ていくうちに自分で技を開発できるようになるって言ったけど、わたし自身は他人の戦い方を見て、その技に対抗する技を編み出す…という趣味があるのよね」
「趣味…ですか?」
「そう、趣味。本部時代の
そう言ってツグミは100メートル級バムスターを出現させた。
その圧倒的な大きさに修は腰が引けてしまう。
「でかい…」
「大きいだけじゃなくて、装甲もノーマルなバムスターの3倍はあるからものすごく堅いわよ。弧月でも傷を付けるのがやっとなくらい。見てて」
ツグミはそう言って弧月を握りバムスターに斬りかかった。
しかしトリオン兵の中で最も堅い装甲を持つバムスターの3倍の硬度を持つから、弧月で何度も斬りつけても傷は付くがダメージは見受けられない。
「そこで
ツグミは両手の
並の
それをバムスターの腹の部分に叩き込むと、
「……」
凄まじい威力に修は開いた口が塞がらない。
そんな彼にツグミが言う。
「もっとも合成弾っていうのは合成に時間がかかるから、実戦で使う人はほとんどいないわね。わたしと二宮さんと出水さんと那須隊の那須さんくらいかな。わたしも
「まだ聞きたいことはたくさんあるんですけど、今日はこれくらいにしておきます。先輩の話を聞いていると驚くことばかりで…」
「うん、そうかもね。
「その時はよろしくお願いします」
その後、修はツグミに模擬戦の相手をしてもらうが、トリガーを弧月しか使わない彼女にひとつも攻撃を当てることができず、20連敗したところで修は精魂尽き果ててしまったのだった。