ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

60 / 721
59話

 

 

ツグミは二宮に紅茶のおかわりを淹れると、別室で待機している千佳を呼びに行った。

千佳は初対面の二宮に対して無意識に警戒の表情を見せるが、ツグミは彼女を安心させるように二宮を紹介する。

 

「チカちゃん、怖がらなくてもいいわよ。この人は超イケメン集団二宮隊隊長の二宮匡貴さん。射手(シューター)ランク1位で個人(ソロ)総合ランク2位。才能ある人だから自分と同じように才能ある人物に対しては好意的だけど、そうでない人には歯牙にもかけない。そして無愛想で辛辣な口を利くものだから他人から誤解されやすいの。でも自分にも他人にも厳しいだけで、本当はとても優しくていい人なのよ」

 

「無愛想で悪かったな」

 

仏頂面で言い放つ二宮。

 

「何を言うんですか? イケメンだってちゃんと先に褒めたじゃないですか。それに無愛想というのは別に貶しているのではありませんから」

 

ツグミが言い訳のように言うものだから、二宮は下笑んだ。

 

二宮はツグミが他の人間とは違って非常に聡明であることを知っている。

このふたりには二宮のトリオンキューブの扱いに関する「誰も知らない秘密」があった。

二宮には立方体(正六面体)のトリオンキューブを6つの正四角錐に分割するという特徴がある。

一般の射手(シューター)は8分割や27分割といった立方数(六面数)の立方体に分割するから彼の分割は特殊なものであり、理由を知らない隊員たちは単に「カッコつけ」だと思っているようだが、これにはきちんとした根拠があった。

トリオンキューブを分割する際に「同質量であれば表面積が大きいほど威力が高くなる。ただし複雑な形になるとトリオンの安定性が崩れるので、もっとも安定して威力が高くなるのは四角錘である」とツグミは気が付いたのだ。

そしてそれを二宮に告げると、彼はそれ以来ツグミに対して一目置くようになった。

独学でトリオンキューブの効率的な分割を研究して実践している二宮と、その理由を自身の利発さと経験によって理解したツグミ。

二宮は彼女が自分と同じものを持っていると感じたのだろう。

だから4歳も年下の彼女の言葉にいくらかの嫌味や皮肉が含まれていても特に気にせず、むしろすすんで耳を傾けるようになったのだ。

そういうこともあって、ツグミと二宮の仲は非常に良好なものであった。

 

そんなふたりの様子を見ていた千佳は緊張を解いて二宮に挨拶をする。

 

「はじめまして。玉狛支部所属三雲隊の雨取千佳です」

 

ぺこりと頭を下げる千佳に、二宮はぶっきらぼうに言う。

 

「そこに座れ」

 

千佳は二宮の向かい側のソファにちょこんと座る。

そのタイミングで玄関のドアが開く気配があって、ツグミは応接室を出て行き、すぐに修と遊真を連れて来た。

修は千佳のように怯えることはないが、警戒をして部屋の入口で立ちすくんでしまう。

そんな彼に二宮が声をかけた。

 

「二宮隊の二宮だ。突っ立ってないで座れよ、三雲」

 

修はツグミから二宮が会いたがっているとだけは聞いていたが、その理由については知らされていなかったから落ち着かないのは仕方がない。

おまけに次のランク戦の相手が二宮隊で、その隊長が自ら出向いて来ているのだから何事かと思うわけだ。

修が千佳の隣に座り、ツグミと遊真は部屋の隅で立ったまま話を聞くことにした。

そして二宮は口を開いた。

 

「長居をするつもりはない。手短に用件を言う。雨取麟児(あまとりりんじ)…この名前を知ってるな?」

 

千佳と修の表情がこわばった。

 

「…わたしの兄です」

「ぼくは…家庭教師をしてもらってました」

 

ふたりはそう答える。

 

「麟児さんが何か…?」

 

修が訊くと、二宮はジャケットの内ポケットから1枚の写真を取り出して修たちに見せた。

その写真には鳩原が写っている。

 

「この女に見覚えは?」

 

「いえ…知らない人です」

「ぼくも覚えがありません」

 

「本当だろうな? よく見て思い出せよ。作り笑いが顔に張りついた冴えない女だ」

 

元部下に対して容赦のない言い方だが、それだけ裏切られたという気持ちが強いのだろう。

 

「この人は誰なんですか?」

 

修の問いに二宮が答える。

 

「重要規律違反の容疑者だ。トリガーを民間人に横流しして、そのままそいつらと一緒に行方を晦ました。(ゲート)を抜けて()()()()へ行ったと上層部は結論付けている」

 

「…!? 民間人と一緒に…!?」

 

「この女のトリガーの反応が(ゲート)の中に消えた時、一緒について行ったトリガー反応が3人分ある。だがその3人はボーダーの人間じゃない。その日、この女以外に消えた隊員はいないからな。つまりトリオン能力を持つ外部の『協力者』が少なくとも3人、この女と同行したことになる。民間人にトリガーを()()のは、記憶封印措置も適用になる最高レベルの違反行為だ。本部も即座に違反者捕縛の追手を出したが、そいつらはすでに消えた後だった。俺はこの女の『協力者』について調べている。雨取麟児はその候補のひとりだ」

 

「協力者…」

 

修はその言葉で9ヶ月前の出来事を思い出した。

麟児は修に自分が「協力者」たちと一緒に(ゲート)の向こうを調べに行くのだと言っていた。

修も一緒に行きたいと告げたが、麟児は彼を連れて行くことはなかった。

そして事件のあった日、雨取家を訪ねた修は玄関先にいた黒服の人物を目撃しており、そのうちのひとりが二宮であった。

あの時点でボーダーは麟児が「協力者」もしくはそれに近い人物だと断定し、事情聴取のために来ていたのだ。

しかし麟児は家族には何も話していなかったことで、何も情報を手に入れることはできなかった。

 

「もしチカの兄さんがその『協力者』だったらどうするつもりなの?」

 

それまで黙って聞いていた遊真が訊く。

 

「…別にどうもしない。いまさら捕まえようもないからな。上層部もこの件は表沙汰にしていない。下手に突いて拡散する方がデメリットがあると考えている」

 

「…じゃあどうして二宮さんはこの件を…?」

 

修にしてみれば済んだ話をいまさら蒸し返すこともないだろうと思うのは当然だ。

 

「この女は二宮隊狙撃手(スナイパー)・鳩原未来。当時の俺の部下だ。…本部は鳩原が主犯だと考えてるが、俺に言わせればこの馬鹿がそんな大層なことを計画できるわけがない。馬鹿を唆した黒幕が必ずいる。俺はそれが誰なのか知りたいだけだ」

 

「…それはきっと兄だと思います」

 

千佳が自信ありげな口ぶりで言う。

 

「…なぜそう思う?」

 

「兄にならそういうことができます」

 

「それじゃ根拠にならない。もっと具体的な話をしろ」

 

そこで修は自分の知っていることを正直に話すことにした。

ここで情報を隠すよりも自らすすんで提供することで、二宮の信頼を得て彼の持っている情報を手に入れた方が賢いと判断したからだ。

 

「ぼくは麟児さんから少しだけその計画を聞きました。麟児さんはボーダーのトリガーを持ってて…『協力者』と一緒に(ゲート)の向こうを調べに行くって…」

 

「それを証明する物は?」

 

()はないです。けど…麟児さんたちが目星をつけた(ゲート)の発生予測地点(ポイント)は大体覚えてます。鳩原さんが消えた地点(ポイント)と一致するはずです」

 

「…なるほどな」

 

「…ただ『唆した』っていうのは違うと思います。麟児さんは協力者たちと『取引をした』って言ってました。つまりその…鳩原さんにも何か目的があって利害が一致したから手を組んだんじゃないでしょうか」

 

「……」

 

二宮は無言で写真をポケットに戻すと立ち上がった。

 

「…情報、感謝する。邪魔したな」

 

帰ろうとする二宮を修が引き止める。

 

「待ってください! その…鳩原さんや他の『協力者』の調査はどこまで進んでるんですか!? 計画の詳しい情報とか…」

 

「おまえたちに話しても仕方ない」

 

「ぼくたちは…麟児さんを捜すのを目的のひとつにして遠征部隊を目指してます。麟児さんに繋がる情報は少しでもほしい…!」

 

「情報を聞いてどうする?」

 

「え…?」

 

「昨日おまえたちの試合を見た。おまえたちのレベルで遠征部隊に選ばれることはない。使い道のない情報を手に入れてどうする気だ? 鳩原の真似をして向こう側に行くつもりか? …もし本気で雨取麟児を捜したいなら、こいつをどこか別のA級部隊(チーム)に入れるんだな」

 

二宮は遊真を指して言う。

 

「まともな手順で近界(ネイバーフッド)に行く気なら、それが一番マシな選択だ」

 

二宮の言うとおりであるから修もそれ以上言い返すことはできない。

しかし立ち去ろうとする二宮の背に修は食い下がった。

 

「ぼくたちが遠征部隊に選ばれたら教えてもらえますか? その情報を」

 

「…選ばれてから言え」

 

二宮はそれだけ言うと応接室を出た。

ツグミは彼を追って出て行く。

 

「待ってください、二宮さん。そこまでお見送りします」

 

 

断る理由のない二宮が黙って歩いていると、その隣を歩くツグミが言った。

 

「相変わらず厳しいですね。でもあなたは見込みのない人間にはああいう言い方をしません。黙って軽蔑の視線を向け、睨まれた人は縮み上がってしまう。『選ばれてから言え』ということは『選ばれたら教えてやる』という意味にも聞こえます。つまりあなたも三雲に期待をしていることですよね?」

 

「フン…。そんなことを言うためにわざわざ追いかけて来たのか?」

 

「いえ、そういうわけではありません。お客様がいらした時は誰であってもきちんとお見送りをしています。…あの、ひとつだけ訊いていいですか?」

 

「何だ?」

 

「三雲隊の戦いを見ているのならもう気付いていることと思います。雨取のことですけど…」

 

「ああ、人が撃てないのだろ」

 

「ええ、そうです」

 

「たぶん東さんも気が付いているだろうし、他の連中もよほどのボンクラでなけりゃいずれ気付く。いくらトリオン能力が高くても人が撃てない狙撃手(スナイパー)では役に立たん。遠征部隊を目指しているなら克服させろ。そうしないとあの女の二の舞になる」

 

「はい」

 

ツグミはそう答えると微笑んだ。

 

「何を笑っている?」

 

「だって三雲だけでなく雨取にも期待してくれているんですもの。二宮さんの優しさはわかりにくいから、他人に誤解されやすいんですよね」

 

すると二宮が顔を真っ赤にして動揺する。

 

「ば、馬鹿を言うな! 俺が優しいだと…?」

 

「ええ。鳩原さんのことをボロクソに言ってましたけど、それって愛情の裏返しのようなものじゃないですか。誰よりも彼女に期待していたから、裏切られたという気持ちが大きすぎてつい悪く言ってしまう。でも彼女のことを悪く思いたくないから、黒幕が他にいて彼女は唆されただけなのだと思いたい。違いますか?」

 

「……」

 

「わたしも真実が知りたくなりました。わたしも彼女のことを友人だと思っていたのに何も相談してくれなかったことがすごく悔しい。でも友人だったからこそ何も言ってくれなかったのだと思います。だとするとなんだか切なくてやりきれません。今さら事実を知ったところでどうなるものでもないと思っていましたが、三雲たちの話を聞いて真実に一歩近付いた感があります。だからうやむやにせず気持ちの整理をしたい。二宮さんもまだ心の片隅で鳩原さんのことを信じているから、はっきりとさせたいんじゃありませんか? もっともわたしやあなたの願いが裏切られる結果になるかもしれませんけど」

 

「フッ…。おまえにはかなわないな」

 

「え?」

 

「いや、何でもない。しかし言っておくが俺は優しくなどないぞ」

 

「はいはい、わかりました。わたしが勝手にそう思い込んでいるだけだということにしておきます。…ではお気を付けてお帰りください。おやすみなさい、二宮さん」

 

「ああ、おやすみ」

 

ふたりは橋のたもとで挨拶をすると別れた。

そしてツグミが応接室に戻ると、修と千佳そして遊真が沈んだ顔で座っていた。

 

「先輩…」

 

修がツグミを見る。

 

「わかってる。わたしの知っている範囲で教えてあげるわ。でもその前にごはんにしましょ。お腹空いてるでしょ?」

 

 

 







【ご注意】

二宮がトリオンキューブを正四角錐に分割する理由については、当作者による勝手な考察です。
彼が「カッコつけ」だけであのような分割をするとは思えず、正四角錐にする正当な理由があるということにして考えてみました。
すると「同質量であれば表面積が大きいほど威力が高くなる。ただし複雑な形になるとトリオンの安定性が崩れるので、もっとも安定して威力が高くなるのは正四角錘である」という結論に達したわけです。

なお、加古がキューブ状ではなく球体の弾を出現させるのは「キューブだと決まった数にしか分割できないが、球体ならちぎるような形で分割すれば数は思いのままである」という理由にしています。

(原作及びBBFにはトリオンキューブの分割に関する記述はありませんので、設定を捏造させていただきました)



  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。