ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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588話

 

 

玄界(ミデン)のお客人、よう参られた。われがリコフォス女王カロリーネじゃ」

 

カロリーネは年齢が45歳ということだが、ツグミには30代前半くらいの若さに見えた。

色白で線の細い美しい女性で、触れたら壊れてしまいそうなガラス細工のような印象を受けた。

 

「お目通りが叶い誠に光栄に存じます。わたしは界境防衛機関ボーダー総合外交政策局局長霧科ツグミ、そしてエウクラートンのツグミ・オーラクルでございます」

 

ツグミはお辞儀(カテーシー)をした。

 

「客人と会うのは十数年ぶりじゃ。ゆっくりしていくがよい」

 

「ありがとうございます」

 

ツグミがカロリーネに招かれてソファに腰掛けるとすぐに14-5歳くらいの少女がティーセットを運んで来た。

彼女もまた透き通るような青白い肌に銀糸と見紛う美しく長い髪を持っている。

そして驚いたことに両目はルビーのように真っ赤で「アルビノ」と呼ばれる先天性白皮症の症状と酷似している。

ただ玄界(ミデン)の場合は先天的なメラニンの欠乏により体毛や皮膚は白いのだが、虹彩は淡い青や灰色などであって真っ赤になるのは白いうさぎや蛇のように動物だけだ。

カロリーネも良く見ると目が赤紫色をしていて、遺伝によるものだということはわかる。

そうなると彼女たちが日の入らない暗い神殿の奥で暮らしていることにも納得がいく。

先天性白皮症の人は紫外線が大敵であり、虹彩で眼球に入る光量の調節ができずに必要以上の光が眼球内に入ってしまうので必然的に光を嫌う傾向があるからだ。

日に当たらないから白いのではなく、病気で仕方なく暗い場所で生活しているのだということがわかるとツグミは彼女たちを少し哀れに感じてしまった。

 

「ツグミ、娘のイェリンじゃ。次の女王となるため、われの身の回りの世話をしながら女王としての資質を磨いておる」

 

カロリーネがイェリンを紹介すると、彼女はツグミに向かってお辞儀(カテーシー)をしながら挨拶をした。

 

「お初にお目にかかります。イェリンにございます」

 

するとツグミも同様に挨拶をした。

 

玄界(ミデン)からまいりました界境防衛機関ボーダー総合外交政策局局長霧科ツグミ、そしてエウクラートンのツグミ・オーラクルでございます」

 

「ツグミ様のことは叔父上から伺っております。ツグミ様もエウクラートンの次期女王だということで、各国の王家を訪問して親善外交を行っているとか。わたしは生まれてから一度も外に出たことがありませんから外の世界がどのようなものかは知りません。ですのでツグミ様が羨ましいです」

 

外に出たことがないというのは太陽の光が彼女には恵みではなく害となるものであるための当然の措置であるが、事情を知らない彼女はそのことを不満に思っており、ツグミが自由に外の世界を旅することができると聞けば羨ましいと思うのは仕方がないことだ。

 

「わたしからすればイェリン様の方が羨ましいと感じます。外の世界には楽しいことや珍しいものなどございますが、それ以上に辛く悲しいことや醜いことが多いのです。そういった煩わしいものを知らずにいることで心と身体は健やかでいられるのですから。人とは自分にはなく他人が持っているものがより魅力的に思えるものなのですよ」

 

「そう…なんですか。わたしは市井の民がどのような暮らしをしているのか知りません。それは女王である母も同様です。ですが女王とは国民のために存在しており、どのようにしたら良いのかはすべて宰相である叔父上から指示をしてもらわなければなりません。わたしはこの目で実際に国民の生活を見て何が彼らのためになるのかを知りたいと思うのですが、それは間違っているのでしょうか?」

 

イェリンの考え方は正しいのだが、彼女に「あなたは病気だから外には出られない」と言うことはできない。

本人の身体のための措置だというのに残酷な現実を突き付けてしまうことになるからだ。

ツグミなら現実を知った上で自分にできることを精一杯やりたいと考えるが、イェリンがショックに耐えられるとは思えない。

だから彼女にとってはこの神殿が世界のすべてであると思わせておいた方が彼女には幸せだと言える。

だからツグミは答えた。

 

「間違ってはいないと思います。国民がどのような暮らしをして何を望んでいるのかを知りたいという気持ちは当然です。ですが宰相閣下がその役目を果たしてくださっているのです。自分の目で確かめたいと言うのは宰相閣下の目を疑っていることになりませんか? もちろんイェリン様にはそのような気持ちは一切ないと思いますが、宰相閣下からすればそう誤解されても仕方のないことなんです。宰相閣下のお役目が女王陛下の目となり耳となること。そして宰相閣下は女王陛下が心身ともに健やかでいらっしゃることで国民のために最善だといえる仕事ができるのです。わたしはそう考えています」

 

「それはわたしがこの神殿の中にいて清く正しく生きることこそが国民にとって最善の道であるということなんですね?」

 

「はい、わたしはそう思います」

 

「ですがあなたはエウクラートンの次期女王だという同じ立場なのにわたしとはまったく違います。女王になるには素質が重要で、その素質を持つ者は限られていると聞きます。我がリコフォスで女王の資質を持つのはわたしと母のふたりしかいません。たぶんエウクラートンでも同じだと思います。あなたが近界(ネイバーフッド)を旅することで危険な目に遭うこともあるでしょう。もし命を落とすようなことにでもなればエウクラートンの国民の未来は閉ざされてしまいます。あなたも神殿で女王陛下と共にあるべきではないでしょうか?」

 

同じ次期女王という立場で自分とはまったく違う人間が目の前にいればそう訊ねたくもなる。

現にエウクラートンの女王となれる候補者はツグミしかおらず、彼女に万が一のことがあれば(マザー)トリガーを操作できる人間を失うこととなり国が滅びてしまうことにもなりかねない。

 

「わたしの場合はいろいろと事情がありまして、次期女王と決まったのは2年ちょっと前のことです。それまでわたしは玄界(ミデン)で生まれ育ち自分がエウクラートンの王家の血を引く人間だなどとは想像もしていませんでした。ずっと普通の女の子として暮らしてきましたから、今さら神殿の奥で密やかに生きていくなどということはできません。いずれ住み慣れた玄界(ミデン)を離れてエウクラートンへ行くのですから、それまでにやってしまわなければならないこともありますので、女王陛下のお許しを得て行動させてもらっています。そしてわたしには頼りがいのある伴侶がいますから、彼がわたしのことをどんな状況からも守ってくれるので大丈夫です」

 

「伴侶…婚姻済ということですか。身も心も許せる殿方がそばにいれば安心ですものね。同じ次期女王という立場であっても置かれた状況が違うのであれば生き方も違うのは当然です。わたしにはないものを持っているツグミ様に少し嫉妬してしまったようです。お恥ずかしい」

 

「恥じることはありません。わたしだってたまに他人を羨んだり嫉妬することもありますから。そもそも他人と自分を比べること自体が愚かしいこと。自分が良いと思えばそれで十分で、他人が持っているものまで自分のものにしたいと考えるのは欲張りというものです。そう考えると今ある幸せを守るために考え、そして行動するだけで十分だとわたしは気付きました」

 

「ではあなたが女王になるまでにやってしまわなければならないことというのも、あなたの今ある幸せを守るためゆえなのですね?」

 

「そうです。玄界(ミデン)にはわたしの大切な人やものがたくさんあって、そばにいればこの手で守ることができますがエウクラートンへ行ってしまえばそれはできなくなります。ですから今のうちに彼らに災いが降りかからないよう近界(ネイバーフッド)の争いを鎮めたい。そのためにわたしはいろいろな国へ行って同志となる国を増やしているんです。そしてやれるだけのことをやったのであれば安心して玄界(ミデン)を離れることができ、エウクラートン国民の幸せのために働くことができるというもの。おわかりいただけましたか?」

 

「ええ。神殿の外に出ることは叶いませんが、叔父上のおかげで民が幸せに日々を暮らしている様子はここにいても手に取るようにわかるというもの。民の幸せがわたしの幸せ。ならばわたしは良き女王となるためにここで修行を続けることが自分のためにもなるということですね。余計なことを考えずに今を大切にしたいと思います」

 

「それが良いと思います。人にはそれぞれ与えられた役目があり、それをきちんと果たすことによって世界が上手く回っていくのだと考えればイェリン様のお気持ちこそ女王として最も大切なものであることは間違いありません」

 

ツグミはイェリンに対して少々罪の意識を覚えていた。

実を言えばツグミと女王の謁見の目的はツグミからイェリンに「余計なことを考えずに今を大切にする」ことが大事なのだと自分自身で気が付くよう誘導することであったのだ。

外の世界に興味を持ち始めた少女に現実を突きつけるようなことはできないため誰かがやんわりと諭すことにしたのだが、その誰かとはサルシドしかいなかった。

しかし彼はそういったことが苦手であり、先延ばししていたところに今回の事件が起きた。

麻疹(はしか)の大流行で全人口の4割が死亡したという悲劇を知ればイェリンは心を壊してしまうことだろう。

そこで次期女王という同じ立場であり年齢も同じ ── ツグミはイェリンを14-5歳と感じたが実際には18歳という同い年であった ── ためにサルシドはツグミにその役目を押し付けたのだった。

 

(イェリンに嘘をついているわけではないけど残酷な現実を教えず綺麗事を並べ立てているのは事実。この様子だと女王陛下も何も知らされていないようで、神殿という鳥かごの中で健やかに()()()()()()()。外の世界で生きてきたわたしには耐えられないけど、生まれて一度も外に出たことのない彼女たちにとってはそれが幸せなことだと思うしかない。それに外に出てしまえば先天性白皮症(アルビノ)の彼女たちは皮膚がん発病のリスクは高まるだろうし、今は意識していないだろうけど弱視であることも気が付いてしまうと思う。それは彼女たちにとって別の意味で辛い現実を突きつけることになる。知らない方が幸せだというのなら、彼女たちを騙すという罪を背負ってでも幸せな世界を守ろうとするサルシド閣下の気持ちにわたしも応えたい。そう思ったからこんな茶番に付き合ったんだけど、やっぱり胸が痛むな…)

 

 

それからツグミはカロリーネとイェリンと3人で「女子会」をすることになった。

当然のことながらツグミには外の世界のことをいろいろ訊かれるのだが、それを当たり障りのない答えではぐらかして誤魔化す。

そんなことを1時間ほど続け、カロリーネの()()()()()()()()の時間になったためにそこでお開きとなった。

それはあえて長時間にならず途中で切り上げることができるようサルシドが対面の時間を調整していたからで、名残惜し気なカロリーネとイェリンに別れを告げてツグミは神殿を後にしたのだった。

 

 

◆◆◆

 

 

ツグミたちがリコフォスを発つ日がやって来た。

想定外の事件が起きていたもののほぼ予定どおりに帰国ができたのは幸いで、拉致被害者市民のキューブ化が完了すると直ちに遠征艇を発進させた。

別れ際にサルシドがツグミの手を握って「どうぞよろしくお願いします」と言ったのだが、それには一時帰国の女性たちを無事に連れ帰ってほしいという気持ちだけでなく、5つの国に点在する「箱」と「鍵」の存在を無関係な人間には口外しないでくれという意味もある。

もちろんツグミには他言するつもりは毛頭ないが、当事者であるエウクラートン、キオン、トロポイの王家にリコフォスでの事件を伝えることだけは必要だと考えている。

「箱」と「鍵」の件は王家の人間でも自由に行動できる彼女にしか手が付けられない問題であるため、ひとまずリコフォスの拉致被害者市民を帰国させたら次の遠征の準備が完了するまでの間にエウクラートン、キオン、トロポイの3ヶ国を訪問するつもりでいる。

その際には城戸に事情を話す必要があるのだが、「箱」と「鍵」のことは内緒にしなければならないので3国訪問の理由に頭を悩ませていた。

 

 

出発してしまえばあとは一刻も早く帰国するだけなのだが、問題は復路でも寄港しなければならないソリトゥスとプセフティスの戦争の状況だ。

往路でプセフティス軍と接触があって敵ではないことを認識してもらっているが、ソリトゥス軍とはまだであるから警戒しておかなければならない。

そしてプセフティスのカミルに玄界(ミデン)へ行く気があるのかを確認するという仕事も残っている。

往路でソリトゥスに寄港した時に出会ったプセフティス軍の兵士である彼を助けたが、彼は現状に納得がいかないので玄界(ミデン)へ亡命したいと言い出した。

しかしツグミたちにはリコフォスへ行くという本来の役目があり、第三国の戦争(トラブル)に介入したくはないために一度は断った。

ただ復路で立ち寄った時にまだその気持ちが失せていなかった時には連れて行くと約束をしたので、ツグミは再びプセフティス軍の駐屯地へと赴くことになっている。

 

ところがツグミたちがソリトゥスに到着した時にはすでにプセフティスとの戦争は終結していた。

いや、正確に言うとプセフティス軍が全軍撤退したことで勝者も敗者もいない中途半端な状態となり、休戦ということでもないために再びプセフティス軍が攻め込んで来るかもしれないということであった。

その話はソリトゥスの住民の噂話であるからどこまで信じても良いものかわからないが、少なくとももうこの国にはプセフティス軍がいないということで、ツグミはカミルとの約束を果たせないままソリトゥスを発つことになったのだった。

 

 

◆◆◆

 

 

三門市を発ってちょうど4週間後、ツグミたちリコフォス遠征部隊は無事に任務を終えて帰国した。

途中で第三国の戦闘に巻き込まれることもなく、出発前の緊張感が無駄になった平穏な旅となり、リコフォスにいた36人全員を帰国させることができたのだから100パーセント成功だと言えよう。

途中の寄港地でプセフティス軍と接触したことは想定内であったものの、リコフォスにおけるエクトスの諜報員による麻疹(はしか)流行という事件に関わってしまったことはさすがのツグミでも想定外のことであった。

それでも普段から常人の斜め上のことを考える彼女だから慌てずに対処し、エウクラートンの王家の人間だから王族に関わる問題も対応することができたのだ。

ただしそのせいで大きな問題をひとつ抱え込んでしまったのだが、それも緊急を要するものであるため総合外交政策局の仕事の大部分を再び局長代理の修に任せることにしていた。

前回のラグナ遠征の時にはツグミが不在となるために彼女がすべてお膳立てしたものを修に託した。

修は彼女を満足させる仕事をして城戸や忍田といった上層部メンバーの信頼も得るようになっていて、今回は拉致被害者市民の健康診断から家族との面会、帰国パーティーと帰国報告記者会見といういくつもの()()()()をすべて仕切ってもらおうというのだ。

もちろん丸投げをしてしまってノータッチというわけではなく、ツグミ自身が修の部下のひとりとして彼の指示に従うことになる。

だから記者会見での説明はツグミが行うし、必要とあらばパーティーでの配膳等の雑務でも何でもするつもりでいる。

これも修にとって「修行」のようなもので、暫定的だが総合外交政策局のトップとなってツグミがボーダーを辞めた後に責任者としてやっていけるようにとのことなのだ。

ラグナの件で周囲の信頼を得ているので今回は仕事がやりやすくなっているはずで、ツグミは修に「すべての責任はわたしが取るから安心してやりなさい」と言ってある。

そのおかげで復路の遠征艇の中で修は帰国後のタイムスケジュール作成や各種手配、パーティーや記者会見に出席してもらうメンバーの選出など前回の報告書を見ながら行っていた。

タイムスケジュール作成はまず自分の目標とその達成に必要なタスクを明確にする必要があり、タスクをリスト化することから始まる。

そしてタスクの重要度と緊急度を考慮して優先順位を付けて時間を割り当てるのだ。

もちろん予期せぬことが起きることを想定し、スケジュールに余裕を持たせておくことも重要である。

しかし修は目の前のことに夢中になると自分の身体のことに無頓着となるため、その点は遊真と千佳と麟児に彼の健康管理やその他のサポートをお願いしていた。

おかげで三門市に到着した時にはツグミが満足してOKを出すまでに至り、第4次拉致被害者市民救出計画の()()()は修に一任することになった。

ツグミには最低限のことをやってもらうとし、修は帰国パーティーでの挨拶と帰国報告記者会見への出席を彼女に依頼した。

それ以外の一連の流れは自分が責任者としてやり遂げると力強く宣言した修。

第3次の時にツグミ不在でも記者会見までやり遂げた自信が彼を強くしているのだろう。

 

 

 

 

時間に余裕ができたツグミは修の作ったタイムスケジュールの合間にエウクラートン、キオン、トロポイの3ヶ国を訪問するための準備や根回しを行うことにした。

まずは総合外交政策局長としての城戸に報告を行い、記者会見までの一連の流れはすべて修に一任したことを伝えた。

すると城戸は穏やかな笑みを浮かべて言った。

 

「B級隊員だった頃の三雲くんは目先のことしか考えず自分の行動がどのような影響を周囲に与えるのかなど考えもせずに突っ走っている危うさがあったが、総合外交政策局員となってからは安心して見守ることができるようになった。ずいぶんと人間として成長したものだ」

 

「ええ。彼はB級…アフト遠征以前の彼は遠征に参加することしか考えずにいて、誰もが手順を踏んで進んでいくものを彼は一気に駆け上がろうとするものだから自分が『そうするべき』と思ったらルールを無視したことも平気でやってしまいました。それはRPGなどのゲームにおいて本来そのステージをクリアするだけのレベルに達していないのに強引にゲームクリアしようとするのと同じ。遠征参加も周囲のレベルの高い仲間が手伝ってくれたからクリアできたようなもので、彼単独では即ゲームオーバーでした。人には向き不向きがあって彼は戦闘員としてよりも後方支援、頭を使って戦場を動かす方が合っていたんです。今は彼の才能を役立てることができる環境にあるからわたしを含め周りの人たちも安心して、彼の指示に素直に従おうという気になれます。彼は自分のことよりも他人のことばかり心配している面倒見の鬼ですから、守ってあげたい手伝ってあげたいと思ってしまうんですよ」

 

「フッ…おまえが彼のことを面倒見の鬼と呼ぶか。まあいい、彼もようやくこれで自分の道を見付けることができたということで、迅のヤツが強引に彼を入隊させた意味が証明されたということだ。あいつにはこういう未来が視えていたのかどうかわからないが、ボーダーと三門市にとって最善の道へと導いてくれたのは間違いない。いずれ近いうちにあいつとおまえには礼をせねばなるまいな」

 

「礼なんて不要ですよ。だってわたしとジンさんは城戸()()からたくさんのものを貰っているんですから」

 

ツグミがそう言うと城戸は怪訝そうな顔をして訊ねた。

 

「私がおまえたちに何を与えたというのだ?」

 

「あなたは厳しい父親として常にそばにいてくれました。織羽という血の繋がった父親だけでなく真史叔父さん、林藤さん、最上さん、そして城戸さん。普通ならひとりしかいない父親が5人もいるという贅沢をさせてもらいました。その中でボーダー隊員としての強さだけでなく人としてのあるべき姿など大事なことを教わり、そのおかげでボーダー内での立場も得られたので今わたしは亡き父たちの遺志を継いで『近界(ネイバーフッド)玄界(ミデン)の友好の架け橋になる組織を作りたい』という創設時の父たちの夢を自分の夢として叶えることができるようになったんです。もうこれ以上は何も要りません。それでももし何か礼をしたいと思うのなら、わたしの願いをひとつ叶えてもらえますか?』

 

「おまえの願い?」

 

「はい。城戸さんには仲間との約束に縛られないで自分の人生を生きてもらいたいんです」

 

「…!」

 

「最後に残ったひとりだから自分がすべて背負うだなんてやめて、わたしやジンさんやにも分けて楽になってください。わたしとジンさんは昔の豪快に笑うあなたの姿をもう一度見たいんです。わたしたちを褒めてくれる時には思い切り頭をもしゃもしゃと撫でてくれる優しい城戸さん。叱る時には竹刀を持って追い掛け回す容赦のない城戸さん。哀しい時には自分の心に素直に泣くことのできる城戸さんに戻ってほしい。そしてボーダーの総司令ではなく城戸正宗というひとりの人間に戻って自分自身の夢を叶えてくれることこそがわたし()()の願いでもあるんです」

 

「……」

 

「わたしだけでなく他の人たちも自分にできることを頑張っています。結果も少しずつですが出ていますし、ボーダーに理解を示す人も増えてきている今、この道を正しいと信じて踏み外すことがなければみんなの願いは叶います。近界民(ネイバー)に怯えることはなくなり、トリガーの技術を平和利用することで世界はもっと優しいものになるとわたしは信じて行動しているんです。いつかそんな未来が来たら、その時には城戸()()から城戸()()に戻ってくれますよね?」

 

「…ああ、おまえがそれを望むなら、私が背負っている荷物を降ろそう。しかしもう少し先になると思う。第一次侵攻の始末をこの手でつけてからだ」

 

城戸は机の上で組んでいた手を力強く握ってそう言うのだった。

 

 

 

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