ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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589話

 

 

「第5次拉致被害者市民救出計画では目的地がアウデーンスと決定はしていますが遠征部隊の出発はまだ先になるはずです。その間にキオンとエウクラートンそれぞれの王家を表敬訪問したいと考えていますので許可をいただきたい。これは総合外交政策局長としてではなく霧科ツグミ個人の希望です」

 

ツグミは城戸に報告書を提出しリコフォスでの報告を口頭で簡単に済ませると本題に入った。

 

「個人、か。理由を説明してもらえるかね?」

 

「それはボーダーの総司令官として個人的な近界(ネイバーフッド)渡航は許可できないということでしょうか?」

 

「いいや、許可をしないとは言っていない。それに司令としてではなく私個人が知りたいだけだ」

 

「理由を説明しないと許可は得られない…となればお話ししますが、これはセンシティブな内容であり本来なら他人の耳には入れたくはないことですので、そのことを承知の上でお聞きください」

 

「あ、ああ…心得た」

 

ツグミはリコフォスで知った近界(ネイバーフッド)の始祖となった5人の王と5つの国について説明をした。

記録にないため詳しい経緯はわからないが、玄界(ミデン)の人間が近界民(ネイバー)の先祖であることに間違いないということや、玄界(ミデン)から持ち込まれたものをトリオンで複製して広めたことなどを話したが、5つの国に点在する「箱」と「鍵」の存在については触れなかった。

そして王家の人間、特に女王や巫女と呼ばれる存在の女性は(マザー)トリガーを操作するという役目があるため神殿から出ることすら許されず、いずれツグミも同様にエウクラートンの神殿の奥で暮らすことになる。

その前に各国の王家を表敬訪問したいのだという「嘘」ではないが「真実」でもない話をしたのだった。

幸い城戸は深く追求せずにいてくれた。

 

「またエクトスか…。近界(ネイバーフッド)の起源については玄界(ミデン)から渡った人間が創り上げたというおまえの仮説が事実だったということで特に驚きはしないが、第一次侵攻で関わったエクトスがこんな形で玄界(ミデン)との繋がりが判明するとは少々驚いた。エクトスの王族はそれを承知の上で三門市に侵攻して来たというのなら、どんな気持ちでいたのか知りたいものだ」

 

城戸はそう言ってため息をついた。

 

「もしかしたら王族…真実を知る者は()()で何が起きているのか知らされていないののかもしれません。リコフォスでも女王や女王候補の人間は神殿の中にいて外のことは宰相であるサルシド閣下の報告だけで他に知る手段はありません。だから麻疹(はしか)の流行で大勢に国民が亡くなったことも知らされていません。それは精神的な健康を守るという名目で、都合の悪いことは耳に入れないということなんですけど。ですからエクトスの女王も知らないことなのかもしれません。女王といっても所詮は(マザー)トリガーを操作することができるから敬われているだけで、一部の例外を除いて実際に権力を握っているは宰相など別の肩書を持つ男性ばかりですからね」

 

「いずれエクトスへも行って第一次侵攻のケリをつけなければならぬな」

 

「はい。そのことはわたしも考えていますが今のところは優先順位が低いので後回しにします。エウクラートンのエレナ様は健康状態も回復をしてきたようですからご機嫌伺いで済みますが、キオンの女王陛下にはまだお目にかかったことはありません。ですのでわたしが女王に就任する前にぜひ一度はお会いしておきたい。そこで健康状態など問題が生じているのでしたら玄界(ミデン)の技術で解決して差し上げる。それがわたしの()()役目だと思うんです」

 

「おまえがそう信じているのなら好きにすればいい。しかしボーダー総司令という立場の私はおまえがプライベートで渡航することに許可はできない。したがってボーダーの任務の一環として渡航してもらうことにする。そうでなければ艇の操縦士兼護衛として迅を同行させることができないからな。何かあればエウクラートンとの関係が拗れてしまうのだ、おまえの身の安全が保証される状態でなければ渡航はさせられない。わかるな?」

 

「そこまで自分の立場のことまで深く考えておらず軽率な発言をして申し訳ありません。たしかにわたしは自分が勝手な行動を許されない立場であったことを失念していました。それに迅職員を同行させるのですからプライベートな渡航というわけにはいきませんよね」

 

ツグミはそう言ってバツが悪そうに笑う。

 

「まあな。ところでトロポイにも行くのだろ?」

 

「もちろんです。ですがエウクラートンやキオンとは方向が違いますので、第5次拉致被害者市民救出計画が終了したら訪問したいと考えています。そしてこの第5次計画では三雲局長代理に頑張ってもらう予定です。もちろんわたしがサポートしますが、相手方との交渉もわたしのやっているところを何度も見ていますからそろそろ実践してもらってもいいかな、と。彼もやる気満々でいますから心配は要りません」

 

「おまえがそう言うのなら私には異論はない。おまえがエウクラートンへ行ってしまった後もボーダーは存在するのだし、総合外交政策局の仕事は今後増えていくのは明らかだ。重要な部署なのだから後継者の育成は不可欠。今後は可能な限り総合外交政策局への便宜を図り、おまえが以前に提出してくれた提案書のとおり職員の数を増やして仕事の細分化をしようと思う」

 

「ぜひお願いします。業務内容によっては唐沢部長のお力をお借りすることになりますから、外務・営業部との連携も考慮に入れていただけると助かります」

 

「ああ、わかっている」

 

「それからもうひとつ。リベラート殿下とイレーネ妃殿下の第一子が6月に誕生されたという連絡をいただいていましたがアフトとの同盟締結の件やリコフォス遠征の件でお祝いのお手紙とささやかな品物を送っただけで済ませたきりでした。ですので訪問して未来の女王陛下となるかもしれない赤ちゃんと対面してきたいと思っています。彼女の存在はわたしの人生にも大きく関わってくるんですから」

 

6月の末にエウクラートンからの使者が三門市へやって来て、リベラートとイレーネの間に第一子となる女児が生まれたという手紙をツグミに渡した。

1月にツグミが訪問した時に妊娠5ヶ月であることを知り、無事に出産ができるようにと帰国する際に女医のトゥーナと軍医見習いのクルトのふたりを連れて帰って来た。

そして弓手町の寮でツグミたちと生活を共にし、約1ヶ月の間三門市立病院で研修をして2月中頃に万全の態勢でエウクラートンへ戻って行ったのだった。

ツグミが受け取った手紙によるとロレッタと名付けられた女児の健康に何ら問題なく、母親であるイレーネも産後の回復は順調であったという。

玄界(ミデン)から持ち込んだ紙おむつ等の医療・衛生消耗品も役に立っているようで、短期間ではあったが産科の専門的な勉強をしたトゥーナの知識や技術が役立っているということだ。

ロレッタに女王としての資質があるかどうかは8-9歳になるまでわからないということだが、もし彼女に資質があれば純粋なエウクラートン人である彼女こそ女王として相応しい人物となる。

ツグミはエウクラートン人の血が半分だけというハーフでリベラートの孫という続柄となるが、ロレッタはリベラートの娘であるから彼女が女王を継ぐ方が国民にとっても歓迎すべきことなのだ。

しかし現女王のエレナは高齢であり健康状態も好ましいとは言い難いし、ロレッタが女王になれるかどうか判明するにも時間がかかるだけでなく彼女が無事に育つかどうかも保証がない。

そうなるとツグミがその()()()をしなければならず、今後皇太子夫妻に子供ができなければ中継ぎでは済まなくなる可能性もある。

したがってツグミにとっては他人事ではない。

なにしろロレッタは彼女にとって実父の妹(叔母)となるわけで、血のつながりのある親戚であることは間違いないのだ。

 

「同盟国の慶事であれば訪問すべきだ。これまでは忙しくてできなかったわけだが、今なら時間に余裕がある。行ってきなさい」

 

城戸が快諾してくれたことで、9月中旬から下旬を目処にボーダーの任務としてエウクラートンとキオンの2ヶ国への訪問が決定した。

 

 

◆◆◆

 

 

リコフォスからの帰国者36人のキューブの解凍と健康診断はスムーズに進んでいき、翌日の午前には家族との面会が叶った。

昼には恒例の帰国パーティーが開かれ、その日のうちに三門スマートシティ内の集合住宅へ移動して記者会見が終わるまで仮住まいをしてもらうことになっている。

記者会見は11日の午後からいつものように三門市民体育館で行うため、マスコミ関係、行政、スポンサー各位といった関係者に記者会見を行う旨の連絡、移動用のバスの手配も済んだ。

さらに三門市で暮らすための家や就学・就職の斡旋についてはサポートセンターへ引き継ぎをし、リコフォスに戻って近界民(ネイバー)の家族と暮らすという女性たちもいるため、彼女たちの帰国後の生活に役立てるための物資の購入や遠征艇への搬入などの細々とした仕事も滞りなく進んでいた。

これらはすべて修をリーダーとした旧玉狛第2改め「チーム玉狛」の仕事で、これまでツグミのやっていた仕事を()()()成し遂げたという事実はボーダー上層部の目に届き、彼の評価を上げるものとなったのだった。

第4次拉致被害者市民救出計画終了時点で拉致被害者市民の約46パーセントの189人が帰国もしくは一時帰国したことは三門市民に評価され、ますますボーダーへの信頼度と期待度が高まっている。

今のところひとりも死亡者が出ていないことと、戦争ではなく交渉という平和的手段を用いたことで後顧の憂いがないという点が高く評価されているのだ。

強引に奪い返したのであれば再び近界民(ネイバー)が三門市民をさらおうとして侵攻してくるだろうが、話し合いで穏便に済ませていてその心配がないというのだから三門市民にとっては安心できるというもの。

戦闘という若者を危険に晒すことなく界境防衛の役目を果たしているのだから当然であろう。

 

ボーダーにおける総合外交政策局の役目が拡大して市民が注目すればその責任者に視線が向けられる。

これまでは「人類初の近界(ネイバーフッド)往還に成功し、近界民(ネイバー)が人類であることを確認した」ツグミが局長をやっていてその肩書に相応しい結果を出してきた。

だから余計に市民の関心が総合外交政策局の仕事に向けられるわけだが、その仕事を修が継ぐとなれば失敗は許されない。

修は訓練生用トリガーを使用して敵に重要な情報を与えてしまったことで有名人になってしまった過去がある。

さらに大規模侵攻後の記者会見に乱入して極秘であった近界(ネイバーフッド)遠征を暴露してしまうというセンセーショナルな()()()()をして、その顔や言動が三門市民の注目を浴びることになった。

その後はアフトクラトル遠征に参加することになり、結果として彼の公約どおり拉致されたC級32人を無事に帰国させたのだが、まるでそれが彼の功績であるかのように市民に思われているふしがある。

そして前回のラグナ遠征ではツグミの代理として拉致被害者市民を無事に三門市まで連れ帰り、記者会見でも堂々と局長代理の務めを果たした。

今では三雲修の名を知らない三門市民はいないというくらいに有名人になっており、大規模侵攻時にA級戦犯のような扱いだった彼は英雄(ヒーロー)にまで祀り上げられていると言っても過言ではない風潮だ。

また城戸をはじめとした上層部メンバーにとってこれは想定外のことで、当初の問題発言や行動によって評価を爆下げしていた彼がボーダー内でも欠かせない人材として認められるようになっている。

今の彼の仕事ぶりを見て過去の隊務規定違反行為を持ち出して否定したり嫌味を言うような人間はボーダーにも三門市民にもいない。

プライベートで街の中を歩いていれば市民から気軽に声をかけられるし、中にはサインを求めてくる人もいるらしい。

嵐山隊並の人気で、修本人は冷や汗を流しながら市民に笑顔を向けているのだそうが、これは本人の努力だけでなく意図的に創り上げられたものである。

 

迅は()()()出会いによって修がボーダーに未来に大きな影響を与える人物だと知り、修の行動に注視していた。

そして入隊試験の結果に不満があって上層部に直談判をしようとしたことも迅には未来視(サイドエフェクト)で知り得たことで、警戒区域内に侵入してバムスターに食われそうになった時に颯爽と現れて修を救出する。

城戸には修が入隊することによってボーダーの利益になることを説き入隊させた。

それによって修が隊務規定違反を犯すことも、そして公の場で遠征という秘密の暴露することもすべて迅には視えていたが秘密にしていた。

修の起こす問題行為が最善の未来へのフラグとなるため、本人には辛いことになるとわかっていても見守るしかできなかったのだ。

迅にとって修は遊真をボーダーに入隊させるための()で、このふたりの行動は現状に甘んじて停滞していたツグミが活動を再開するために必要なフラグであったのだからもう彼らには用はない。

しかし用がなくなったとはいえ巻き込んだのだから責任はある。

一方、ツグミは玉狛支部という家族の一員になってしまった修と遊真に仲間以上の愛情が湧き、彼らにはトリガー使いではない未来を示した。

そもそも修はトリオン能力の低さで戦闘員には向いていないのだし、遊真は戦闘員としては優秀だがそれが自らの命を削っている。

総合外交政策局の仕事 ── 近界(ネイバーフッド)玄界(ミデン)の友好の架け橋になる手助け ── をしてもらうには玄界(ミデン)の人間である修と近界民(ネイバー)の遊真は最適の人材だ。

ツグミがそうなるように誘導したものの本人が納得して働いているのだから結果オーライである。

だから迅も心の底から安堵していた。

何かのために誰かを犠牲にすることは「仕方がない」で済ますことが多い。

他人の犠牲の上に成り立つ幸せに意味はないとまでは言わないが、犠牲などなくとも誰もが()()()()()幸せを享受できる世界を目指す努力はできる。

ツグミの行動を見ていると迅にはそう思えるようになっていて、心穏やかに()()()幸せな未来を目指していた。

 

まだツグミにすら言っていないが未来視(サイドエフェクト)の力を()()()ことで、ボーダーとそれに関わる人間の未来に責任を持たなくても済むようになっていた。

物心ついた時から自分には他人にない特別な力があって、その力を使えば不幸な事態を避けられると知ると周囲の人間の姿を見て未来を視ることに努めた。

そのうちに周りの大人たちは彼の能力に喜び、未来の不幸を回避できると彼を褒める。

そうなると迅も大人に褒められたくてますます未来を視ようとするのだが、その未来が回避できるものだとしてもできなかった時の不幸な現場を見てしまうことは避けられない。

彼は11歳の時に視た光景が未だに忘れられずにいる。

その光景とはツグミがいつものように徒歩で登校している時に交通事故で死ぬというもので、その日の朝に迅は本人にそのことを告げずわざと彼女の登校準備の邪魔をして、遅刻しそうな彼女を忍田が車で送って行くということで最悪の未来を回避した。

ツグミに何もなかったのだから良かったのだが、迅の「視た」という事実は変えられず、時々悪夢となって蘇ってしまうのだ。

未来を視て回避しようとしても人間の手ではどうしようもないこともあり、最上の最期も迅には視えていたが回避はできなかった。

そういったことの積み重ねが彼の精神を少しずつ蝕んでいったが、そんな彼の異変に気付いたのはツグミだけだった。

異変といっても見過ごしてしまうくらいの些細なものだったが、彼を兄と慕うツグミであったから気付いたのだ。

しかし未来視(サイドエフェクト)は本人の意思で調整できるものではなく、まして子供のツグミにできることはなかった。

だからこそ「迅が未来視(サイドエフェクト)で辛い思いをしなくなる未来」を創りたいと奔走していて、それが迅の能力の喪失という形ではあるが願いは叶ったのだった。

 

そんな迅とツグミの働きによって本人たちだけでなく彼らを取り囲む世界は変わりつつある。

変わろう、変えようという強い意思と行動が周りの人間にも影響を与えて波紋のように広まっていくのだ。

例えるなら迅とツグミは水面に投げられた小石のようなもので、波紋が生まれたからにはもうその役目は終えたようなもの。

あとはその波紋がどこまで広がっていくかを見守るだけでいい。

どうせ1年ちょっとでツグミは嫌が応でもボーダーを去りエウクラートンへ行かなければならず、「世界を変える引き金(ワールドトリガー)」は別の人間に委ねられることになる。

その「別の人間」として修と遊真のふたりを選んだのがツグミと迅だ。

後継者の育成は順調に進んでいて、このままならばツグミと迅は憂うことなく玄界(ミデン)を離れることができるだろう。

 

 

◆◆◆

 

 

リコフォスからの帰国者による記者会見も無事に済み、15日の夕方に修、遊真、千佳、麟児、ゼノン、リヌスの6人で一時帰国の女性たちを送り届けるために三門市を発った。

その翌朝、ツグミと迅も小型艇で三門市を発ち、エウクラートンへ向かっている。

 

ツグミがこのタイミングでエウクラートンとキオンを訪問することについては城戸だけでなく迅にも説明をしてある。

そして迅はツグミの伴侶、つまりエウクラートン王家の一員であるため詳しい事情を話すことに支障はないと5つの「箱」と「鍵」の存在についても説明してその上での訪問だということを教えた。

遠い昔に些細な諍いがきっかけで使用してしまった核兵器を玄界(ミデン)に残してはおけないと異世界に持って行ったものの処分に困って解体し、二度と復元できないように5つの国に分けて保管している。

仮に復元するとなれば5つの国の王家が意見の統一を図らねばならないわけで、少なくともツグミが女王であれば絶対に賛成はしないから近界(ネイバーフッド)における核の使用は実現しない。

ただエクトスのような国が存在する以上は警戒しなければならず、関係者であるエウクラートンとキオンに知らせに行くのだと話すと迅は大きくため息をついた。

 

「またエクトスか…」

 

この時の迅の言葉(気持ち)はツグミが城戸に話をした時の城戸の言葉(気持ち)と同じものであることは間違いない。

しかし避けては通れない道だということも理解していて、ツグミのやることに反対はせずなくむしろ積極的に手を貸そうと考える。

エウクラートンがリコフォスと同様の災厄に見舞われる可能性がある以上は当然のことで、エウクラートンがツグミのルーツともなればなおさらだ。

 

「ま、1ヶ国でも反対すれば復元は不可能だし、エクトスがどんな国かわからんがキオンの王家に手を出すことはまず不可能だろう。心配は要らないが念のためっていうおまえの気持ちはわかる。おまえが親父さんの故郷のエウクラートンを大事に思う以上に俺はおまえのことを大事に思っている。安心しろ、俺がおまえをあらゆる災厄から守ってやるからな」

 

そう言って迅はツグミを抱きしめた。

 

 

 

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