ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
エウクラートンに到着したツグミと迅。
ツグミは国賓であるが王家の一員であり、迅はその配偶者であるから待遇は特一級となる。
それは他の国賓にはしない豪華な扱いというのではなく、身内なのだから堅苦しいことはしないで楽にいきましょうということ。
出迎えの衛兵や迎賓館の職員たちにも最低限の礼は欠かさないが、緊張せず肩の力を抜いて接してもかまわないということになっている。
ツグミたちは何度もエウクラートンを訪問しているから王宮の関係者とも顔なじみになっており、歳の近い衛兵見習いや女中などは未来の女王から気軽に声をかけてもらえることを光栄に思っているらしい。
いつものように迎賓館の部屋 ── すでにツグミの専用ルームとなっている一室 ── に荷物は運ばれ、ツグミと迅はそのまま政庁のリベラートの執務室へと向かった。
そこでツグミと迅はリベラートに形式的な挨拶をするとすぐに3人で神殿へ行くことになった。
神殿は女王であるエレナが居住しているだけでなく、生後3ヶ月のロレッタと母親のイレーネが暮らしている。
王家の女児は生後1年を神殿で暮らすという習慣があるそうで、女王候補として大事に育てられるということだ。
そのため父親であるリベラートは愛娘の顔を見るために毎日王宮と神殿、そして政庁をぐるぐると歩き回っているらしい。
神殿は原則として男性は入ることすらできないのだが王族であればOKであるため、ツグミと正式に結婚した迅も入ることを許されたのだった。
第一王位継承権を持つツグミの夫であれば、いずれツグミが女王に就任すると王配としてエウクラートンのために生きることになるのだからエレナとしては会っておきたいと思うのは無理もない。
これまでは立場上不可能であったが、ツグミと迅が正式に夫婦となったのだから可能となったのだ。
神殿に着くとまずエレナに挨拶をし、その後すぐにイレーネとロレッタが暮らしている部屋に行く。
そこは10畳ほどの広さでの部屋と、隣にドアでつながっている8畳ほどの広さの部屋の2部屋で構成されていて、広い方がリビングでもうひと部屋の方が寝室となっている。
ツグミたちが訪ねるとイレーネがリビングルームにいて、ロレッタは寝室にあるベビーベッドですやすやと眠っていた。
イレーネは産後の肥立ちも良く、栄養のあるものを十分に食べているせいか以前に会った時よりも健康そうに見えた。
母乳の出も良いらしくイレーネはロレッタは母乳で育っているという。
念のためにと
3ヶ月前、ロレッタの誕生が知らされると国民は大喜びで祝宴が3日3晩続いた。
リベラートには長い間子供ができなかったために後継者問題は国民の間でも心配の種であった。
しかし女児が生まれたことで彼女が女王になるだろうと安堵する者と、彼女が女王になるまで安心できないという者が現れる。
少なくともあと10年は現在のエレナが女王を続けなければならないが、彼女は54歳で
またロレッタが女王の資質を受け継いでいなかったとしたら、再び後継者問題で悩むことになる。
以前にオリバがリベラートの息子であり次期女王はオリバの娘であるツグミだと発表をしていた。
しかし女王の交代の時期は未定だったため、改めて彼女が20歳になった時にエレナが女王の座を譲ることになっていると宣言をした。
これでロレッタに女王としての資質があるかどうかの不安は先送りでき、約1年半後に新しい女王が即位すると決定しているとなれば国民の不安は払拭されるというものだ。
リベラートが隠し子の存在を公に発表することで王家に対するイメージを壊す恐れもあったのだがそれは杞憂に終わったようで、むしろ正直に話したことによってリベラートの好感度が増した…らしい。
過去に最愛の女性がいて愛し合った末に生まれた男児がいたことを知らず、孫娘からその事実を知らされたという純愛と悲劇の物語が国民のツボにはまったようなのだ。
少々脚色はしたようだが9割以上が事実であったために王家の側にも国民に正直に話したという気持ちもあって、トータル的には成功であったということになる。
ただしロレッタが将来国民に尊敬される女王になり、国が栄えることにならなければ本当の意味で成功とは言えない。
ツグミが女王になるのはエウクラートンの人間による国の存続のための「中継ぎ」であり、一時的な措置でしかないからだ。
彼女は王家の血筋ではあるが
◆◆◆
ひとまずツグミと迅はロレッタの誕生を祝うための訪問という表向きの仕事を終えると本来の訪問の目的をリベラートに伝えた。
リベラートはツグミの口から王家のみに伝わる伝承のことを聞かされるとは想像もしていなかった。
当然のことだがリベラートもリコフォスのサルシドのように
偶然とはいえツグミが重要なことを他国の王家の人間から知らされたということでリベラートは少しショックを受けたようであったが、オーラクル家に伝わる「歴史」についてとさらに5つの王家に関わる物語を話すことにしたのだった。
「我々
リベラートはそう説明する。
平民の多くが
封建制の敷かれている国の多い
貴族の子供は貴族として生き、農民の子供は畑を耕して一生を終える。
それが当たり前の世界では庶民はどんなに望んでも、いくら努力をしても報われないのが事実だ。
そんな彼らが
だからこそ支配階級の人間はそんなもの ──
つまり「すべての
「
リベラートはツグミに問うが、ツグミには答えを口にすることはできなかった。
国家を形成する要素のひとつは「国民」だが、そちらはすでに存在している。
しかしもうひとつの彼らが安心して住まうことのできる「国土」はまだなかった。
ではその国土を形成するために必要なもの、つまり
ツグミにはその答えの見当はついている。
人の命とトリオンと強い意思を元にして造られる
そして5つの国土ができあがると5人の王は民を100人ずつ引き連れて行ったというが、そこには「5人の妃」の存在が消えてしまっている。
意図的に触れないようにしていると考えると、彼女たちが
「フッ、きみにはわかっているようだね。そう、
「はい。だからこそ
「だから忙しい身だというのにわざわざ関係国を訪問してエクトスの陰謀を伝えて回っているというんだな」
「はい。核の恐ろしさを知っている
「しかしそんな危険なものであれば解体したウランを処分し、製造方法も残すべきではなかったのではないか?」
リベラートは素朴な疑問を口にした。
「ええ、そのとおりですね。でもそれができなかったのは責任を取るためなのではないでしょうか」
「責任?」
「
「なるほど…」
「とにかくリコフォスでは大きな犠牲が生じてしまいましたが、今から警戒すればエウクラートン、キオン、トロポイの3ヶ国は防衛することも不可能ではありません。エクトスが同じ方法を使うかどうかはわかりません。偶然にもわたしたちがリコフォスに行ったことで結果的には失敗しましたが感染症を広げることで国内を混乱させるという手は有効だと証明されてしまいました。
どういう仕組みなのかはわからないが、
小麦や塩、砂糖などもトリオンで複製できるのだが安易にトリオンを使うことはコスパが悪いので、非常時か金や宝石のような価値の高いものだけしかこの方法は使わない。
医薬品も同様で、通常は
逆に言えば
「ああ、助かるよ。おまえが私の孫というだけでボーダーにはずいぶん便宜を図ってもらっている。その礼をしたいと思ってもなかなかできないのがもどかしい。だからせめておまえがやりたいと思うことには手を貸したいと思う。遠慮なく何でも言ってくれ」
「はい。では早速ですがお願いがあります。実は…」
ツグミがリベラートにお願いをすると、彼は快諾してくれた。
「わかった。キオンに発つまでには仕上げておこう」
「ありがとうございます」
「それでは疲れているだろうから晩餐の時間まで部屋に戻ってゆっくり休みなさい。晩餐は神殿に運ばせて女王陛下とイレーネを交えた会食にする予定だ」
「はい、わかりました」
ツグミと迅はリベラートの執務室を出るとふたりだけで迎賓館へと向かった。
もう何度も訪れているから政庁や王宮の中はボーダー本部基地と同じくらい詳しくなり、自由に歩き回ることも許されているのだ。
「ロレッタちゃん、可愛かったですね」
ツグミが迅にそう言うと、迅は微笑みながら答える。
「ああ。赤ん坊なんて珍しい存在じゃないが、普段の生活の中では案外お目にかかれないからな」
「イレーネ妃殿下も母親らしい顔つきになっていて、何か羨ましいって気になりました」
「羨ましい?」
「ええ。だって愛する人の赤ちゃんを生んで、愛情のすべてをその子に注ぐことが彼女の仕事なんですもの。今は狭い部屋の中で不自由な生活のはずなのに、あんなに幸せそうな表情で心穏やかにいられるんですから羨ましいに決まっています。わたしも早く赤ちゃん欲しいって思いました」
ツグミがそんなことを言うと、迅は困ったような顔をする。
「どうかしたんですか?」
「あ…いや、おまえの願いは叶えてやりたいが、いちおう忍田さんとの約束があるからまだしばらくは我慢してもらわなきゃな、って」
「?」
ツグミには迅の言っている意味がすぐにはわからなかったが、わかると顔を真っ赤にして慌てて訂正をする。
「わ、わたし、そういう意味で言ったんじゃなくて、ただロレッタちゃんみたいに可愛い赤ちゃんを抱っこしたかったというか…別に赤ちゃんを作る過程とかそういうのを考えて言ったわけじゃありませんから!」
常に冷静で想定外のことが起きても動じないツグミが慌てる様子は滑稽で、迅は笑いを押さえきれずに政庁の廊下で大笑いをしてしまった。
「ハハハ…わかってるって。だけどおまえが愛する人の子供を生んで育てることに憧れがあるように、俺も早く自分の子を抱いてみたいという希望はある。だけど忍田さんとの約束だけでなく現状がそれを許さないでいるわけで、その現状を作っているのがおまえだ。別にそれを責めるつもりはないんだが、おまえが『わたしも早く赤ちゃん欲しい』なんて言うからちょっとからかっただけさ」
「ば、バカ…」
ツグミは照れ隠しなのかそう言うと迅の腕にしがみついた。