ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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60話

 

 

夕食を終えた修たちはツグミの部屋に招かれた。

それは誰にも聞かれてはならない話をするからである。

 

「これから話すことは本来口外してはいけないことだから、絶対に誰にも言ってはダメ。この事件のことが公になるとマネをして近界(ネイバーフッド)へ密航しようとする輩が現れるかもしれない。そういう理由で上層部以外では二宮隊、鳩原さんの師匠の東さん、東さんの弟子だったレイジさんとわたし、事件の調査に携わった風間隊しか知らないことなの。いいわね?」

 

ツグミはそう念を押してから、言葉を選びつつ話を始めた。

まずは鳩原未来という女性が心優しく、非常に優れた狙撃手(スナイパー)であったこと。

優しすぎて人を撃つことができなかったために、自分をダメな人間だと卑下することが多かったこと。

ツグミと彼女は共に師匠が東であり、女子の狙撃手(スナイパー)が少ないこともあって特に親しくしていたこと。

そんな彼女が自分には何も相談せずに、民間人と共に近界(ネイバーフッド)へ行ってしまったこと。

事件後、友人であったことから事情聴取を受けたこと。

そして二宮隊は隊員から重要規律違反の容疑者を出してしまったことから、連帯責任としてB級へ降格となってしまったのだと話した。

修たちは真剣に彼女の話を聞いていて、二宮の言動についても納得がいったという顔をしている。

そして修と千佳にとっては初めて見つかった麟児の手がかりであり、これでますます遠征部隊を目指すモチベーションが上がったようである。

 

「ありがとうございました、霧科先輩。これでいろいろと現実味を帯びてきました。二宮さんが情報をくれるかどうかはともかく、あとはぼくたちが遠征部隊に選ばれるだけです」

 

「うん、オサムくんの言うとおりね。あなたたちはランク戦を勝ち抜いていってA級を目指す。そして遠征部隊選抜。それだけを考えて前に進むこと。でもそう簡単なことじゃないわよ。次の対戦は二宮隊・影浦隊という不動のツートップに東隊という強敵との四つ巴戦になる。二宮隊と同じように影浦隊も元A級だから、実質A級の2部隊(チーム)と名将・東春秋率いる部隊(チーム)という最凶な敵と戦うことになるっていう覚悟はしておいてね」

 

「はい!」

 

ツグミはいい機会だと思い、千佳に例のことを告げた。

 

「それから…チカちゃん、あなたの人を撃てないという弱点はもうバレているわよ。鳩原さんと同じ弱点を持っているわけだから、二宮さんはもう知っていたし、鳩原さんの師匠である東さんもRound2の解説をしてくれた段階で気が付いていると思う」

 

千佳も自分の弱点を認めてなんとか克服しようとは努力していたのだが、これといった名案はなくレイジも困り果てていたところなのだ。

そんな千佳は同じ狙撃手(スナイパー)でもあるツグミに訊いた。

 

「ツグミさんは初めから人を撃つことができたんですか?」

 

「ええ。戦いというものは迷えばそこで負ける。負けるということはすなわち自分が死ぬこと。そして仲間を死なすこと。迷うなら戦うな。…という覚悟でボーダーに入隊したから、撃たなければならない…というか撃つべき状態になれば人であっても迷わず撃つことができる。それに狙撃を学ぶ以前にわたしは攻撃手(アタッカー)であり射手(シューター)でもあったから、照準器(スコープ)の向こう側で起きることに心を揺らせることはまったくなかったわね。むしろ初めて剣で人を斬った時の感触…。あれは慣れるまでにちょっと時間がかかったけど」

 

「……」

 

「でもチカちゃんや鳩原さんのように人を撃てないというのが人間として当然の感情なのよ。普通なら人って斬られたり撃たれたりしたら死ぬもの。逆に斬ったり撃ったりした人は人殺しになってしまう。人の命を奪うという行為はとても罪深いことだから、誰でも無意識にストッパーをかけて踏み止まるわ。…だけどボーダーの訓練やランク戦ではどれだけ派手に戦っても人が傷付いたり死ぬことはない。実戦でも緊急脱出(ベイルアウト)の機能があるからよほどのことがないかぎり犠牲は出ない。そのせいでわたしも含めてみんなが()()()()()()に慣れきってしまっているのね。バーチャルリアリティのゲームをしているみたいに。だから平気で人を撃てるようになりなさいとは言えないけど、遠征部隊を目指す以上は克服しなきゃならない。二宮さんもそう言ってたわよ」

 

「……」

 

防衛隊員(わたしたち)の主な仕事はトリオン兵の掃滅だけど、ランク戦や模擬戦といった対人戦闘訓練をするのはどうしてだと思う? それはこの前の大規模侵攻のように人型近界民(ネイバー)と戦わなければならない状況もありうるから。近界民(ネイバー)であってもわたしたちと同じ人間。トリオン兵と違って姿形はわたしたちとほとんど同じで、会話によるコミュニケーションもできる。武器(トリガー)を向けるのを躊躇ってしまう人の気持ちがわからないでもないけど、一瞬の隙や油断によって取り返しのつかないことになる世界にわたしたちはいる、ということを忘れてはならないわ。敵がこちらの命を奪おうとして刃を向けてくるならこちらも応戦しないと殺されてしまう。だからいざという時のために人を斬る、人を撃つことができるよう腕を磨くと同時に心の準備をしておかなければならない。そうしないと自分だけでなく仲間の命が失われることになるかもしれないから。チカちゃんもそれはわかるわね?」

 

「…はい」

 

「もちろんボーダーのトリガーが完璧に近いシステムであっても100%安全であるという保証はないわ。緊急脱出(ベイルアウト)の機能が作動しなかったという例は過去にないけど、だからといって今後も絶対にないとは言い切れない。そうなった時のことを考えると怖くて人を撃つことができなくなるのも仕方がないことだけど、それを恐れていたら戦うことなんてできはしない。わたしはこのシステムを作った鬼怒田さんや開発室の人たちのことを信じているからこれまで戦ってこられたし、これからも戦うことができる。ボーダーで戦うと決めたら彼らや一緒に戦う仲間を信頼するしかないのよ。だからチカちゃんにもわたしと同じ気持ちでいてほしいんだけど、こればかりは強制できない。個人の心の問題だから」

 

そして満を持してといった感じで言う。

 

「でもね、チカちゃん向けの狙撃の方法がないこともないのよ」

 

「本当ですか!?」

 

千佳は目を輝かせて身を乗り出した。

 

「でもそれをわたしが教えることはできない。それはわたしが意地悪をして教えないんじゃなくて、これは自分で乗り越えなきゃならない壁だから。簡単に壁を乗り越えちゃったら、今度もっと高い壁が立ちはだかった時に自分の力で乗り越えられなくなるでしょ? 他人を頼ること自体は悪くないけど、頼ることに慣れてしまうと自分で解決することができなくなってしまうから。そういうことで人が撃てるようになる努力をしながら、並行して自分なりの狙撃方法も探すのね。狙撃手(スナイパー)の先輩たちはライバルではあるけど仲間でもある。真面目に合同練習に参加して彼らと交流しているうちにヒントが見つかるわよ、きっと」

 

「はい、わかりました」

 

「うん、チカちゃんは素直でいい子よね…。つい教えたくなっちゃうけど、ここは我慢。…ところでオサムくんとユーマくんに訊きたいんだけど、ふたりは高校どうするのか決まってるの?」

 

修と遊真は中学3年で、来月には卒業を迎える。

ボーダー隊員の多くはボーダー提携校に進学する。

もちろん提携校以外の高校に進む人もいるが、防衛任務やいろいろな理由で提携校である普通校の三門市立第一高等学校か進学校の六頴館高等学校のどちらかを選ぶ場合が多い。

ボーダー推薦の場合は書類審査と面接だけで済むというのが一番の理由もあるわけだが。

ちなみにツグミの場合は通信課程を希望していたので、推薦ではなく一般入試を受けている。

 

「ぼくはボーダー隊員を続けるつもりですので、第一高校への進学を考えています。担任の先生からは六頴館を勧められましたが、ボーダーの活動と学業の両立は難しいかな、と思って。両親もぼくの意思に任せると言ってくれています」

 

「おれは学校へ行って勉強したいとは思わないから高校へは行かないよ。こっちの世界ではほとんどの人が高校へ行くらしいけど、おれは近界民(ネイバー)だから関係ないし」

 

修は普通校へ進学し、遊真はボーダー活動オンリーで進学する気はないようだ。

 

「そう…。たしかに学校は勉強する場所だけど、それ以外にもいろいろ楽しい経験ができるわ。オサムくんと同じ学校へ行って、こちらの世界をもっと満喫してもいいんじゃない? まあ気が変わったら早く言ってね。ボーダー推薦の締切期日は今月末だから。後見人なら支部長(ボス)がなってくれるはずだし、学費は奨学金があるから心配いらないわよ。そして一番重要な勉強のことならオサムくんやわたしが協力すればなんとかなるから」

 

「うん。ありがとう、きりしな先輩」

 

「後輩のことを気にするのは先輩として当然のことだもの気にしないでいいわ。あ、そうだ…オサムくんとチカちゃんのご両親にお会いするのは12日の夜ってことになっているけど、それでいい?」

 

「はい、ぼくの方は問題ありません」

 

「わたしも同じです」

 

「じゃあ、夕食の後にオサムくんの家へ行って、その後にチカちゃんの家に行くってことでOKね。家に帰ったらそのことを伝えておいてちょうだい」

 

それは修と千佳が玉狛支部で暮らすという話の続きで、彼らの両親の説得に行くと約束していた件である。

ツグミ自身は大歓迎なのだが、彼らの両親のことを思うと複雑な気持ちになる。

自分が忍田家を出てここで暮らしているからこそ、子供を心配する親の気持ちがわかりすぎるほどわかるのだ。

 

それからしばらくしてレイジが防衛任務から戻って来たので、修と千佳のふたりを車で送って行った。

遊真は彼らより一足先に玉狛支部での暮らしを始めていて、ツグミと一緒に修たちを見送る側である。

 

 

 

 

「次はユーマくんの話を聞かせてもらおうかな。ヒュースを本部に連れて行ったのは城戸司令たちが彼を尋問するためだったんでしょ? ユーマくんはヒュースが嘘をついていないかの確認のためで」

 

「まあね。でも何も話してくれなかたよ」

 

「でしょうね。ああいう忠誠心が強いタイプは拷問を受けたって絶対に口を割らない。だから痛めつけてもこっちの心が痛むだけ。逆に保身に走るようなヤツはペラペラと喋るけど、それが本当か嘘かはわからない。適当なことを言って誤魔化すこともあるから。特に情報源がそいつひとりしかいないと確認のしようがないものね」

 

「うん。それで別のヤツから役に立つ情報を手に入れることができたよ」

 

「別のヤツ?」

 

「本部に侵入してシノダさんたちに倒された(ブラック)トリガーがやたらに協力的でさ、今回の遠征の目的とか話してくれた」

 

「でもその(ブラック)トリガーって仲間割れで殺されたんじゃなかったっけ?」

 

「きぬたさんの話だとそいつの角をラッドに移植して復活させたらしい。やつらの角には移植された人間の生体情報(データ)を収集する機能があるらしくて、人格とか記憶とかが保存(バックアップ)されていたんだとか」

 

「へえ~そんなことができるんだ。それで遠征の目的って何だったの?」

 

「もうじきアフトクラトルの『神』が死ぬからだそうだ」

 

「神…?」

 

近界(ネイバーフッド)の『国』は星のような形で何もない空間に浮いているんだけど、その星はトリガーを使って作ってあるんだ。(マザー)トリガーとか女王(クイーン)トリガーとか呼ばれてる巨大なトリガーで、そのトリガーに生贄として放り込まれて死ぬまで星のお守りをするのが『神』なんだそうだ。その『神』がすごいトリオンの持ち主なら広い国になるが、『神』のトリオンがしょぼいと国もしょぼくなる。そしてトリガーと同化して何百年も寿命が切れるまで星の面倒を見ながら生きる。その『神』が死ねば星も死ぬ。だからアフトクラトルはあちこち遠征して次の神を探してるってことらしい」

 

「なるほど…。チカちゃんがしつこく狙われたのは彼女が『神』に相応しいトリオン能力者だったからなのか。でもその(ブラック)トリガーがそんな大事なことを喋るということは、仲間の裏切りに対して相当腹を立てているみたいね」

 

「きぬたさんも妙に協力的すぎてうさん臭いと思ったからおれを呼んだんだって。あいつは自分を殺した元仲間に復讐したいらしい。全部が本当のことじゃなくて部分的にウソをついてるけど、こっちの味方をするって言ってるのは本当っぽい。だからこれからも尋問をする時には本部に行くことになってる。ヒュースの身柄を玉狛に一任する代わりにおれがきぬたさんたちに協力するってことになったんだってさ」

 

「そうなんだ…。お疲れさまだったわね。まあ、いずれアフトクラトルへの遠征部隊を送ることになるんだから、国の内情を知るためには必要なことだもの。ランク戦と防衛任務、それに学校もあるから忙しいだろうけど、鬼怒田さんたちに力を貸してあげてね。ああ見えてすごく優秀な技術者だし、見た目や普段の言動はアレだけど、根はいいおっちゃんだから」

 

「うん。今日も少し話してなかよくなったぜ、たぶん」

 

「それはよかったわ。じゃ、そろそろ戻ろうか」

 

ふたりはそれぞれ自分の部屋に戻り、ツグミは慌ただしかった一日を振り返ったのだった。

 

 

 

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