ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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596話

 

 

「オサムくん、あなたにはわたしの持つ局長権限を期間限定であなたに移譲しますので、次の第5次拉致被害者市民救出計画アウデーンス遠征を全部仕切ってもらいます。城戸司令にも許可をもらっていますので、あなたの思うようにやってかまいません。はい、これが命令書です」

 

ツグミは驚き困惑している修に対してにこやかに命令書を手渡す。

その書面がボーダーの正式な書面であることは一目瞭然で、ツグミが冗談ではなく本気で自分に仕事を任せようとしていることが修には理解できたものの自信はない。

修が返事に迷っているとツグミが言った。

 

「あ、それ自信がないって顔ね? でもわたしと城戸司令はあなたなら()()()と判断したからこそ任せようという気になったのよ。あなたには局長権限を渡しても全責任を負うのは局長のわたしだから心配しなくてもいい。それにあなたにはわたしを含めてこの総合外交政策局員を自分の手足のように使うことができるんだし、鬼怒田室長や根付室長といった人たちに対しても同格の立場となるから多少の無理や融通は聞いてもらえるようになるわよ」

 

「ですけど…」

 

「あなたはこれまでわたしの一番近くにいてわたしの仕事をずっと見てきた。わたしは不在の時には局長代理として立派にその責任を果たしたじゃないの。それは城戸司令だけではなく他の幹部の人たちも認めている。もちろんここにいるみんなも同じだわ。そうですよね?」

 

ツグミは部屋にいる遊真たちに訊いた。

 

「ああ、もちろん。オサムはおれたちのリーダーとして立派に務めを果たしている。だからおれたちもついて行こうって思えるんだ」

 

遊真がそう言うと、千佳が続けた。

 

「そうだよ。修くんはやると決めたことは絶対にやり遂げようとする人だもの、だからわたしも修くんならできるって思う」

 

麟児は何も言わないが黙って同意とばかりに頷いた。

ゼノンたちも修の仕事ぶりについては納得していて、ツグミの留守中のことはすべて彼女に報告をしていた。

その報告が満足できるものばかりなので、ツグミは彼らの意見も参考にして今回のミッションを任せようとしたのだった。

 

「オサムくん、これをB級ランク戦のひとつだと考えてみるといいわ。あなたは総合外交政策局という部隊(チーム)の隊長としてランク戦に挑むの。チームメイトの戦力は十分に把握しているはず。敵の戦力についてはまだ不明だけど、ゼノン隊メンバーや麟児さんという優秀な近界民(ネイバー)の諜報員から情報収集はできる。レプリカだって彼が知っている範囲であれば全面的に教えてくれるでしょう。それに必要だと思うものはいくらでも手に入れることができる。戦闘員が足りないなら忍田本部長に依頼して必要な防衛隊員を招集してもらえばいいし、欲しい物資があるなら予算の範囲内でいくらでも手配すれば手に入るわ。それもあなたは指示を出すだけでいい。実際に動くのはわたしや局員たち。いずれあなたにはわたしが辞めた後の局長の任を引き継いでもらうつもりだから、今のうちに人を使うことを覚えてほしい。もちろんあなたが嫌だというのなら総合外交政策局を辞めてかまわないわよ」

 

「辞めるだなんて…」

 

「そうよね。あなたは自分が『そうするべき』ことが第一次近界民(ネイバー)侵攻で拉致された三門市民の救出だと自分で決めたんだもの、それから逃げ出すようなことはしないはずだものね。それに自信がないからと逃げようとするなら、それは仲間たちの信頼を裏切るってことにもなる。ユーマくんたちが信じてあなたについて行こうと言うのに、あなたが彼らを見捨てて自分だけ逃げてしまえばどうなるかはオサムくん自身が一番わかっていることだもの」

 

「……」

 

「決めるのはわたしではない。オサムくん自身よ。そして悠長に考えている暇はないわ。近界(ネイバーフッド)にはわたしたちが迎えに行くのを信じて待っている三門市民が大勢いるんだもの。たった1日遅れただけで取り返しのつかないことにもなりかねないわ。近界(ネイバーフッド)のいたるところで戦闘が繰り広げられていて、安全な国だと思っていてもいつ命を脅かされるかわからない状態だから。戦闘に限らず危険はどこにでもある。リコフォスでも流行したのが麻疹(はしか)で拉致被害者市民には全員に耐性があったから彼らから犠牲者は出なかったけど、これが未知のウィルスであったらどうなっていたかわからないわ。近界(ネイバーフッド)での医療知識や技術はこちら側の世界の数百年前みたいなもので、ウィルスや細菌などの病原菌の存在は知らないし、予防医学という概念すらない。だから一刻も早く救出に行かなければならないのよ。それに三門市で待つ家族にはタイムリミットが迫っている人がいる。それはわかるわね?」

 

「はい」

 

修は小さい声でそう返事をすると黙ってしまった。

そして少し考えてから迷いのない目でツグミをしっかり見て答える。

 

「どこまでできるのかわかりませんがやれるだけやってみます。ぼくも霧科先輩みたいに何もしないでいて後悔する人生よりも全力でやったことを誇れるようになりたいです」

 

「いい覚悟だわ。じゃあ、任せたわね。わたしは別件で動かなければならないけど用事があるならいつでも呼び出してOKだし、わたしに頼みたい仕事というのなら何でもやるわよ」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

「じゃあ、さっそく始めてもらえるかな? 過去の記録を引っ張り出せば何から手をつければいいのかわかるから。必要な書類のフォーマットはメインのPCの『拉致被害者市民救出計画』のフォルダーに入っている。あと取引に使う消耗品等の発注先と担当者のリストも同じフォルダーに入っているからわかると思う。それでも何かわからなかったらすぐに電話ちょうだい」

 

「わかりました。…先輩、ひとつ訊いていいですか?」

 

「何?」

 

「先輩が2日前まで近界(ネイバーフッド)へ行っていたのはその別件のせいですか?」

 

「ええ、そうよ。ただこれは拉致被害者市民救出計画とは無関係なことで、わたし個人に関わる部分が大きかったから表向きは同盟国の王族へのご機嫌伺いということになっている。でも近界(ネイバーフッド)で起きたちょっとしたトラブルが後々大きな争いごとに発展する可能性があったから早めに()()()に走ったということ。火種はほぼ消えたから心配は要らないわよ。だからオサムくんたちは気にせず拉致被害者市民救出計画に専念してね」

 

「…はい」

 

気にするなと言われても無関心ではいられない。

だから返事も歯切れの悪いものになってしまった。

 

(話してくれないということはぼくが知る必要のないことなんだろうけど、何だか気になるな…。今年になってもう5回も近界(ネイバーフッド)へ行っていて、ラグナへ行った時なんて1ヶ月以上も三門市を離れていた。いくら先輩にしかできないことだっていっても働きすぎだよ。拉致被害者市民救出計画をぼくに任せなければならないほど仕事がたくさんあるからじゃないのか? 最近の先輩は前にも増して働きすぎな気がする。前みたいに無理をして倒れなきゃいいけど。ま、迅さんがそばにいてくれるから本当に心配は要らないのかもな。昔の先輩は周りに心配をかけまいとしてひとりで抱え込んでしまっていたけど今は違う。先輩だってぼくたちの手助けが必要なら、その時にはきっと話してくれるさ)

 

ツグミと迅が部屋から出て行く後ろ姿を見送った修は気持ちも新たに自分の仕事のことだけを考えることにした。

 

「さあ、みんな。作戦会議を始めよう!」

 

 

◆◆◆

 

 

「メガネくん、まだ少し不安があるみたいだが、それでも以前に比べて顔つきが凛々しくなってきたな」

 

本部基地の廊下を歩きながら迅がツグミに言う。

 

「ええ。前は何かあるとすぐに冷や汗を流していたけど、最近ではそういう顔を見なくなりましたね。やっぱり()を得るためにはその場しのぎの小手先の技術を覚えるだけではダメ。アフト遠征までは常に追い詰められた状態でいて、B級ランク戦も1戦ごとに絶対に勝たなければ上位2位までに入れないって焦ってばかりいて、その時の勝負に勝つためのことしか考えていなかったから()()()()()というものに気付けなかった。もしB級ランク戦で2位になれなかったらまたルール違反でも何でもして遠征部隊に潜り込もうとしたでしょうね。でも遠征経験を経て、さらに麟児さんたちが戻って来たことでオサムくんは目的を失ってしまった。でもそのおかげで精神的な余裕が出てきて、自分が『そうするべき』ことも見付かった。今が一番彼にとって生き生きとしているんじゃないかって思います」

 

「そうだな。元々メガネくんは人間同士が戦うなんてことには無縁な世界にいた。戦争だけじゃなくスポーツやゲームといったものにも興味がなく、むしろ競うということが嫌いなのに人一倍正義感があるからトラブルに巻き込まれることも何度もあった。まあ、そのおかげで遊真の面倒をみようという気になったんだし、それが必要だから俺は見て見ぬふりをしていたんだ。俺がメガネくんを初めて見たのは入隊試験の時だったんだが、それ以来彼の動向からは目が離せなかったよ。なんとも危なっかしくてね」

 

「今の彼を安心して見守ることができるのは、彼が争いではなく対話によって近界民(ネイバー)()()ことが自分の役目だと理解したからだと思う。本人も迷っていたからこそいつも焦っていたわけで、その迷いを吹っ切ったから凛々しく見えるようになった。しっかりとした目的を持って生きている人間は誰でもみんな顔つきが凛としているもの。悠一さんみたいにね」

 

ツグミに顔つきが凛としていると言われ、迅は恥ずかしくて顔を背けた。

 

(しっかりとした目的を持って生きている人間は誰でもみんな顔つきが凛としている…か。100人の他人に認めてもらうよりもツグミ(こいつ)ひとりに認めてもらえることの方がずっと嬉しい。…俺は未来視(サイドエフェクト)なんてものを持ってしまったことで知らず知らずに自分に()()をかけてしまっていた。未来を変える力を持ったようなもので、この力を使って大勢の人間にとって最善の未来へ導かなければいけないという義務感にいつも囚われていたんだ。でも重要な場面で俺は大切な人を喪ってしまった。母さんが逝った時もそうだし、最上さんたち旧ボーダーのメンバーが死ぬとわかっていてもそんな未来を変えることはできなかった。それって当然のことだ。俺は神様じゃない。それなのに大勢の人間の人生の責任を持つなんて、考えてみりゃものすごく傲慢だった気がする。それでいて常にトロッコ問題を抱えていて、それで悩んだり苦しんだりする姿をツグミ(こいつ)に見せてしまい、心配をかけてばかりだった)

 

迅は自分の半歩前を歩くツグミの横顔を見た。

彼女は真っ直ぐに前を見つめ、足取りもしっかりとしていて自分の進むべき先を見据えて迷いなく歩いている。

 

ツグミ(こいつ)に迷いがないのは目的が定まっているからだ。それも俺に苦しんだり哀しんだり胸を痛める未来を見せたくないってすごく個人的な理由で、俺みたいに大勢の人間を最善の未来へ導かなければいけないなんて傲慢なものじゃない。でも結果的には俺を救い、玄界(ミデン)近界(ネイバーフッド)というふたつの世界にも良い影響を与えている。俺も初めからツグミ(こいつ)を守るためだけに未来視(サイドエフェクト)を使うってことで良かったんだ。そうすれば結果として俺も大勢の人間のために役立っていることになったに違いないんだから)

 

迅の未来視(サイドエフェクト)の能力はある時から確定した未来しか視えなくなっていた。

それも不幸になるというものではなく、多くの人間にとって幸いをもたらすものしか視えないために彼の精神的苦痛はなくなった。

そして1年ほど前からは確定・未確定に限らず未来のあらゆることが視えなくなっていた。

それは視えなくなったというよりも視る必要がなくなったことで力を失ったのではないかと迅は考えている。

近界民(ネイバー)に怯え、ボーダー隊員が戦うことでしか三門市民の平穏な日常を守ることができないとなれば、彼の力は非常に大きな()()となる。

だからなくてはならない力であった。

ところが三門市に平和な日常が戻り、迅が心を痛める原因 ── 近界民(ネイバー)による侵攻がなくなったことでその役目を果たしたということなのかもしれない。

 

(力がなくなったことをまだツグミ(こいつ)に言ってなかったな。いずれ話そうとは思っていたがいつも忙しそうにしていたから言いそびれていた。でも今ならいい機会かも。未来視(サイドエフェクト)が消えたと言えば喜んでくれるかな?)

 

そんなことを考えながら迅はツグミに声をかけた。

 

「ツグミ、大事な話があるんだけどいいか?」

 

迅の顔はいつにも増して真剣なものなのでツグミは少し驚いたが黙って頷いた。

 

「実は俺…力がなくなったみたいでさ、だからもうどんな未来も視えないんだ」

 

「え?」

 

「もう俺を苦しめる原因はなくなった。だからおまえも俺のために頑張らなくてもいい。これまで俺のためにありがとな」

 

そう言って微笑む迅に感無量で何も言えなくなってしまったツグミは黙って抱きついた。

 

「おいおい、誰かに見られたらマズいんじゃないか?」

 

するとツグミは首を振る。

 

「ここなら滅多に誰も通らないから大丈夫、とか?」

 

「違います。見られたからって恥ずかしいなんていう気持ちはもうありません。だってわたしたちは夫婦なんですし、誰かが冷やかしたりからかうようなことになってもわたしは堂々としていられますから。…それにこの複雑な気持ちを言葉に表すことができないから、こうしてあなたを抱きしめて喜びを伝えているつもりなんです」

 

「複雑な気持ちって?」

 

「悠一さんが苦しんだり哀しんだり胸を痛める未来を見せたくないから平和な世界にしようって努力をしていたのに、それが叶う前にあなたの能力の喪失によって願いが叶ってしまったんですから。喜ばしいことですけど少し悔しくて複雑な気持ちなんです」

 

「そうか…」

 

「でもやっぱりあなたが苦しまなくてもいいんですから嬉しいに決まってます。もうあなたが他人の人生のことで悩むことも辛い思いをすることもないと思うとこれ以上の幸せはありません。そうだ、今日はふたりだけでお祝いしませんか?」

 

「お祝い?」

 

「ええ。寮のみんなで夕食を済ませた後に夜のデートをしましょう。だって今夜は満月ですから夜にお出かけしても楽しそう。寮の周りは建物だらけで見えないでしょうけど川まで行けばまん丸のお月さまが良く見えると思いますよ」

 

「わかった」

 

こうして夜のデートの約束をして、ふたりは再び普通に並んで歩いて行った。

 

 

◆◆◆

 

 

夜空に浮かぶ月は白金(プラチナ)のように白く金属的な光を放っていた。

雲ひとつないために街灯がない場所でも足元が良く見え、涼しい風が空き地に生えているススキの穂を揺らしている。

街中と違って誰もいない場所なので、愛し合う男女がデートをするには相応しいシチュエーションだ。

レジデンス弓手町を出たツグミと迅は腕を組み、仲睦まじい姿を誰にも見られることなく河川敷にある公園までやって来た。

デートをするといっても特に何をするというわけではなく、ふたりだけで寄り添っていれば十分らしくベンチに並んで腰掛けると肩を並べて月を見上げた。

ふたりの間に会話はなく、月の光を浴びているだけなのだがその表情はとても安らかだ。

そのうちに自然とふたりの距離は縮まり、どちらともなくふたつの唇が重なり合った。

愛し合うふたりにとってその一瞬は永遠であり、ふたつの身体が溶けて交わりひとつになってしまうかと思えるほど熱く火照っていた。

しばらくしてその熱が少しだけ冷めたところで迅がツグミに言う。

 

「ツグミ、おまえがトロポイに行く時には俺も一緒に連れて行ってくれ。トロポイのルールはわかっているが、俺はおまえの配偶者としてエウクラートンの王族の一員と認められたのだから行く権利はあると思うんだ」

 

「もちろん一緒に行ってもらいます。わたしもそのつもりでいましたから。今回の訪問はボーダーの代表ではなくエウクラートンの王族、次期女王となるわたしが公式訪問をすることになりますのでその夫が同行するのは当然ですもの。そのためにリベラート殿下には例のものを作ってもらったんですから」

 

ツグミの言う「例のもの」とは今も迅の腕に嵌められているバングルである。

月の光と同じ光を放つプラチナのバングルにはツグミのチョーカーの(ぎょく)と同じ青い石がついている。

サファイア(サッピールス)の石の持つ意味は「5人の王」の直系の王族であれば知っているわけで、それを持つ迅はエウクラートン王家の人間であることを示しているというわけだ。

 

「トロポイは戦争を放棄したために他国からの侵略に対して国交を断って鎖国の状態にありましたが、今の国王のエルヴィン陛下ならわたしだけでなくあなたのことも歓迎してくださるはずです。それにイェルンさんとトリュスさんにもあなたをわたしの夫だと紹介したいですし。今のところは『5人の王』の直系の子孫の国の王家のみへのご挨拶ですが、いずれわたしが正式に女王に即位したら近界(ネイバーフッド)中に広まるでしょうね。玄界(ミデン)の迅悠一という青年がエウクラートンの女王の王配となったと知れば、近界(ネイバーフッド)玄界(ミデン)のふたつの世界は仲良くやっていくことができるって理解してもらえると思います。わたしは女王になるとエウクラートンを離れることができなくなりますが、その時にはあなたに親善のための外交をお任せしたい。何年か経てばオサムくんがボーダーの外交のリーダーとなって近界(ネイバーフッド)を駆け回っているでしょうから、彼と協力して今以上に誰もがささやかな幸せを当然のように享受できる世界を()()()()()()()創ってください」

 

「ああ、約束する。…そうだ、あの月に誓おう。どんな時でも俺はおまえと共にあり、たとえ物理的な距離があったとしても心はひとつだ」

 

迅はカッコよく言うが、ツグミの表情は明らかに不満顔であった。

 

「何か不満でもあるのか?」

 

迅がそう訊くと、ツグミは芝居のセリフのように大げさに抑揚をつけて言う。

 

「ああ、月に誓うのはやめてください。移り気な月はひと月ごとに満ち欠けを繰り返します。あなたの愛がそのように不誠実になってほしくはありません」

 

意味のわからない迅は呆気にとられているようで、何も言えずにツグミの顔を見ている。

 

「シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』のセリフです。悠一さんの言葉に嘘はないことは承知していますけど、あなたの言葉を聞いていたら昔読んだ物語を思い出してしまったんです。ちょっと意地悪してみました」

 

そう言ってツグミは小悪魔的な笑みを見せた。

 

「だったらこれはどうだ? …月が綺麗ですね」

 

迅は自信ありげに言うと、ツグミはニコニコしながら言う。

 

「夏目漱石ですね。彼が英語教師をしていた時、生徒たちが「I love you」を「我君を愛す」と訳したそうです。それを聞いた夏目漱石は『日本人はそんなことは口にしない。月が綺麗ですねとでも訳しておきなさい』と言ったとされる逸話から『月が綺麗ですね=I love you』になったらしいです。でもその話って眉唾ものらしいですよ。彼自身の作品に登場してはいませんし、『月が綺麗ですね』ではなく『月がとっても青いなあ』という説もあるんですって」

 

「へえ~、そうなんだ。おまえって昔からたくさんの本を読んでいたけど、いろいろ物知りなんだな」

 

「子供の頃からボーダーで戦っていましたから遠くに旅行に行くことはできませんでした。だからいろいろな本を読んで頭の中で旅をしていたんです。地理や歴史の本はもちろんのこと、文学や哲学書なども読み漁りました。どれを読んでも興味深いものばかりで、図書館で借りればお金もかからないですからね。おかげでたくさんの役に立つ知識やどうでもいい雑学までここに入っています」

 

ツグミはそう言って指で自分の頭を指さした。

 

「それに…くしゅん!」

 

何かを言いかけた瞬間、ツグミはくしゃみをしてしまった。

すると迅は自分が羽織っていたジャケットをツグミにかけてやる。

 

「ちょっと冷えてきたみたいだな。まだ寒いってほどじゃないがおまえが風邪をひいたら困る。もう帰ろう」

 

「ええ。名残惜しいですけど、これからはずっとあなたのそばにいることができるんですからワガママは言いません」

 

ツグミと迅は立ち上がり、お互いのぬくもりを求めて手を繋いで歩き始めた。

 

 

 

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