ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

619 / 721
600話

 

 

続いて修が向かった先はミーティングルームである。

京介はレイジと同室なのだがあの部屋にいなかったということは別の場所にいるということで、他に行きそうな先はミーティングルームしかない。

案の定、京介はミーティングルームにいた。

遊真たちは空気を読んで自分の部屋に戻ってしまったことで、京介はひとりで椅子の背もたれに深く身を預けてぼんやりとしていた。

 

「烏丸先輩、こんなところで何をしているんですか?」

 

修は通りがかったところに京介がいたから声をかけてみたといった感じで声をかける。

 

「ああ、修か。何をしていたというわけじゃない。俺とレイジさんは相部屋だろ? なんとなく一緒にいると気まずい感じだったんで、一度は部屋に戻ったんだけどレイジさんがシャワールームから出て来る前にここに戻って来たんだ。おまえたちも遠慮して自分の部屋に戻ったみたいだし、消灯時間までここにいようかと思ってさ」

 

「そうですか…。まあ、あれは小南先輩の虫の居所が悪かったせいでとばっちりをくったようなものですから気にしなくても ──」

 

修がそう言うと、京介は真剣な顔で答えた。

 

「いや、あれは俺も悪かったと思ってるんだ。たぶん小南先輩は俺と同じようにあることに気付いて、それで悩んでいたのかもしれない」

 

「それって烏丸先輩も何か悩みを抱えているってことに聞こえるんですけど」

 

「そうだ。…実は俺、だいぶトリオン能力が衰えてきた」

 

「……」

 

修はツグミから防衛隊員たちが訓練をしているというのにトリオン能力の低下がみられることを知らされていたから、京介もそれに気付いて悩んでいたと聞いても驚きはしなかった。

 

「夏休みになってすぐのことだった。俺は本部に行った時に出水先輩たちと模擬戦をやったんだが、その時に出水先輩が俺にガイストを使ってくれと言うんでそのとおりにしてみた。すると以前はトリオン満タンで最長284秒だった起動時間が200秒を下回っていた。それは俺のトリオン量が減ってきているという証拠で、間違いであってほしいと思いながら何回か試してみたがそれが現実だった。年齢のせいではないと思うんだが、トリオンの量が減っているというのは事実だ。だからこのまま防衛隊員を続けるのだとしてもこれまでと同じようには戦えなくなるだろうな」

 

「……」

 

「それで俺はこのままボーダーに残るか、もしくはどこかに就職しようか決めかねていたんだ。俺は5人きょうだいの一番上だってことはおまえも知っているだろうが、来年の4月に上の弟と妹がそれぞれ高校と中学に入学する。下の弟も中学2年で一番下の妹は小学4年だから、これからいろいろとお金がかかるのは明らかだ。いくら俺がバイトをしても十分とは言えず、弟や妹たちにはお金のことで不自由をさせたくないからもっと割のいいバイト先を探そうかと思ってもそうはいかない」

 

「……」

 

「家計は常に厳しい状態だから俺がボーダーを続けることに親は反対していないが賛成という様子でもない。できることならボーダーを辞めて普通の会社に勤めるとか公務員になってほしいという感じで、その方が稼ぎは増えて弟妹に新しい服を買ってやるとか塾に行かせてやれるから俺もそうした方が良いとは思う。だけどボーダーを辞めると言い出しにくくて、林藤支部長にもどうするのか訊かれてもハッキリとした返事ができなかった」

 

「……」

 

「家族のためになんて偉そうなことを言ってるが、所詮俺は家族のために頑張っている自分のことが好きなんだ。ボーダー隊員として三門市のために戦っていて、家族のために自分を犠牲にして頑張っている姿を他人に評価してもらいたいちっぽけな俺。そんな自分の価値を高めているボーダー隊員という肩書を捨てきれない俺はなんて情けない人間なんだ、ハハハ…」

 

自虐を繰り返す京介に修は唖然としたが首を横に振って言う。

 

「烏丸先輩、それ嘘ですよね。全部が嘘というわけではないでしょう。トリオン能力の減退やボーダーにいるよりも給料の良い仕事に就きたいというのは本当のことでしょうけど、家族のために頑張っている自分のことが好きだなんて嘘に決まってます。そんな嘘では小南先輩だって騙されませんよ」

 

「修、おまえ…」

 

「自分の勝手でボーダーを辞めるからレイジさんや小南先輩に申し訳ないって思って言い出せないんですよね? ボーダー最強の部隊と呼ばれる玉狛第1が自分のせいで解散となってしまえば罪悪感を覚えてしまう。それが嫌でボーダーを辞めるという決断ができずにいる。違いますか?」

 

修の指摘が的確なものであったらしく、京介は白状した。

 

「そのとおりだ。それに転職する理由が金欲しさなんだから堂々と辞めると言い出せないんだ。もし俺に明確な人生の目的があって、そのためにボーダーを辞める必要があるというのならこんなに悩まないんだが、俺にはそれがないからこうして悶々とするしかない。おまけに弟子のおまえに心配されては世話ないな」

 

「弟子だから師匠のことを尊敬し、役に立てるのなら何でもしたいと思うんです。実は烏丸先輩()悩んでいるんじゃないかって思って、それでぼくが力になれるのならとここへ来たんです」

 

「そうだったのか…。心配かけて悪かったな、修」

 

京介は憑き物がとれたかのようにスッキリとした顔で言った。

 

「ぼくがこんなことを言うのは生意気かもしれませんが、レイジさんたちに本当の気持ちを言えばそれでいいと思います。ボーダーを辞めると言えば残念がるでしょうが、烏丸先輩のためになるのなら賛成だと言うに決まっています。レイジさんは亡くなった父親のようにレスキュー隊員になりたいと言っていました。もし立場が逆でレイジさんがそのためにボーダーを辞めたいと言ってきたら、烏丸先輩は引き留めることはしませんよね? むしろ頑張ってと応援するんじゃないかってぼくは思うんですけど、どうでしょうか?」

 

「…たしかにそうだな。仲間が夢を叶えようとしているなら笑顔で送り出してやりたいと思う。ただ引き留めてもらえないのは少し寂しい気もするな。だから俺ならもう一度考えてみてそれでも辞めるなら仕方がないって言うかもしれない」

 

「もしぼくがボーダーを辞めると言ったら、烏丸先輩は同じことを言ってくれますか?」

 

修が冗談半分で言うと、京介は修の頭を軽く小突いた。

 

「ば~か、訊くまでもないだろ。…出会ったばかりの頃はこんなに弱い面倒くさい奴を押し付けられたと思ったが、おまえが目的を果たすために努力している姿を見ていたら応援したくなってきた。レイジさんや小南みたいに時間がたっぷりあるわけじゃないから忙しいことを理由にして他人任せにしてしまったところはあるが、それでも俺を師匠と慕って信じてくれるおまえが逞しくなっていく様子を見ていて、師匠とか弟子とかじゃなく対等な仲間として一緒に戦いたいと思えるようになっていった。迅さんがおまえたちを玉狛支部に連れて来たことはたぶん未来視(サイドエフェクト)で最善の未来のために必要なことだと判断したんだろうけど、そのおかげで俺は充実したボーダーライフを過ごすことができた。だから迅さんにも感謝している。本人には言わないけどな、恥ずかしいから」

 

「たしかに迅さんに面と向かって感謝の気持ちを伝えるのはちょっと恥ずかしいですね。なんか今さらってカンジで。でも言わなくてもわかってくれていると思いますよ」

 

「ああ。迅さんだからな。…あー、なんかおまえに話したらすごく気が楽になってきた。ひとりでウジウジしていたのがバカみたいだ」

 

「お役に立てて光栄です」

 

修がそう言うと、京介は何かを思い出したかのように笑いながら言った。

 

「おまえ、なんだかツグミに似てきたんじゃないか?」

 

「え? ぼくが霧科先輩に、ですか?」

 

「ああ。仲間の悩みや不安に関して敏感で、どうすればいいのかわからないでいるとあいつが適切な答えを教えてくれる。いや、ずばり答えを教えるというよりも自分で答えにたどり着くように導くという方がしっくりとくるかな。答えを押し付けられるんじゃなくて自分で見付けたものだから納得できるし、仮にその答えが結果的に間違いだったとしても自分が選んだのだからと諦めもつく。今のおまえがそんな感じだった。まあ、トリガー使いの師匠は俺だが、ツグミは人生の師匠みたいなものか。だから似てきたのは当然かもな」

 

ツグミに似てきたと言われた修は笑顔で答えた。

 

「はい、ぼくもそう思います」

 

レイジたちがそれぞれ悩みを抱えてストレスを抱えており、そのせいで不協和音を奏でてしまったことで修は自分がどうすればいいのか困ってしまった。

自分ひとりではどうすべきかわからずにいた時ツグミが適切なアドバイスをしてくれて、それに従っただけなのに京介が自分のことを褒めてくれている。

このまま黙って自分の()()にしてしまってもいいのだが、まじめな修は正直に話すことにした。

 

「実は…こうして烏丸先輩と話をする前にぼくは霧科先輩にレイジさん、小南先輩、烏丸先輩の3人がそれぞれ悩みを抱えているのに誰にも相談できずにいるんじゃないかって言われたんです。ぼくは3人の様子がおかしいことにすら気付かずにいて、さっきの諍いでおろおろしてしまいました。先輩たちが仲違いをしたままではいざという時に100パーセントの力が出せないかもしれない。ならばこの遠征の現場責任者のぼくがなんとかしなきゃいけないと思うんですけど、どうしたらいいのかわからずにいました。そうしたら霧科先輩がいくつかの情報から推測して小南先輩はトリオン能力の減退、烏丸先輩は就職について悩んでいるんじゃないかという仮説を立てました」

 

「相変わらずツグミの勘は鋭いな。推理力と言った方がいいかも? それでおまえは俺のところに来たってわけか」

 

「はい。その前にレイジさんとも話をしてきました。レイジさんはレスキュー隊員になりたいという夢があるものの、そのタイムリミットが迫ってきているのにボーダーを辞めることは玉狛第1を解散すること、つまり自分だけの問題ではなく小南先輩と烏丸先輩にも関わることだからなかなか言い出しにくいということでした」

 

「レイジさんらしいな。俺たちに遠慮するなんて不要だっていうのに」

 

「はい。それで結局自分の夢を大事にするってことですので、近いうちにレイジさんから玉狛第1の解散について話が出ると思います。その時にはレイジさんの決断を支持してあげてください。…いいえ、ぼくがそんなことを言わなくても烏丸先輩なら認めてあげますよね」

 

「ああ、もちろんだ。…しかしそうなると俺にとっても都合がいい。玉狛第1…木崎隊が即解散しても3月までフリーのA級でいて、それまでに就職先を見付けて4月からはどこかの正社員として働く。そうすればこれまでよりも収入はアップするし、両親も安心してくれるはずだ。小南先輩だって部隊(チーム)が解散するとなれば自分の進退についても考えざるをえない。あの人にもボーダー隊員ではない可能性ってものがあるんだし、むしろボーダー隊員に拘り過ぎるのはあの人にとって可能性を潰していることにもなる。とにかく3人で話をすることが先決だな」

 

「今頃はレイジさんが小南先輩と話をしているでしょうから、それが終われば烏丸先輩にも声がかかると思いますよ」

 

「そうか」

 

「じゃあ、ぼくはこれで失礼します」

 

修はミーティングルームを後にし、ツグミの居室へと足を向けた。

 

(やれることはやった。あとはレイジさんたち3人の問題で、3人が納得して出した答えならそれがどういうものであってもみんなが認めてくれるはずだ)

 

手応えを感じたのか、修の足取りはしっかりとしたものであった。

 

 

◆◆◆

 

 

レイジが小南と話をすべく彼女のいる居室のドアをノックすると、中から不機嫌そうな声がした。

 

「放っておいてよ。今、あたしは誰にも会いたくないんだから」

 

「そういうわけにもいかないだろ? そこはおまえひとりの部屋ではないんだぞ。雨取はどうする?」

 

「ツグミの部屋に行けばいいじゃないの。あの倉庫みたいなぐちゃぐちゃの部屋でも片付ければベッドのひとつくらい空くでしょ」

 

「それで今夜はそれでいいとして、これからどうするつもりだ? 誰にも会いたくないと言っても食事やそれ以外のことでみんなと顔を合わせることになるんだ。時間が経てば経つほどわだかまりが深くなる。早いうちにスッキリとさせてしまった方がいい」

 

「……」

 

「俺はこんな男だから年頃の女の子の考えていることや悩みに気付いてやれない。そのせいでおまえ()()にいらぬ不安を与えてしまったかもしれないが、そうだというのなら許してほしい。そして今からでも間に合うなら俺は隊長として…いや、おまえよりも少しだけ先に生まれた人生の先輩として相談に乗りたいと思う。いや、話すだけでも気持ちが楽になるということもあるから、問題が解決するかどうかわからんが聞き役としてなら役に立つかもしれない。とにかく俺自身が悩みを抱えていてそのせいでみんなに迷惑をかけてしまったのは事実だ。だからその俺に最後のチャンスを与えてはもらえないか?」

 

すると小南は返事の代わりに居室のドアを開けた。

 

「…入っていいのか?」

 

レイジの問いに小南は小さく頷く。

そしてレイジが中に入ると小南は鍵を閉めた。

 

「鍵を閉めるのか?」

 

「だって誰にも聞かれたくないことだもん」

 

「だけど俺と個室にふたりきりで鍵まで閉めているなんて…怪しまれないか?」

 

レイジがそう言うと、小南は呆れた顔で答える。

 

「バッカみたい。あたしとレイジさんのことを疑う人なんていないわよ。みんなそれくらい付き合いが長いってことで、キオンの3人組だって一緒に暮らしていたこともあるし、何度も一緒に遠征に行っているのよ。家族みたいなものじゃないの」

 

「家族…だから知られたくないこともある、か」

 

「…ええ」

 

「そんなおまえが俺には打ち明けてくれるということなんだな?」

 

「だってレイジさんは頼りがいがあるから。相談をするにしても他にそういう人はいないでしょ?」

 

小南から「頼りがいがある」と言われてレイジは胸が痛んだ。

 

(俺はそんな人間なんかじゃない。手先が少し器用で年長者、面倒見がいいと思われているからみんながそう勘違いしているんだ。本当の俺はもっと矮小で人間としては完璧万能手(パーフェクトオールラウンダー)なんかじゃないんだ)

 

それでも小南が心を開いてくれるのが自分だけというのなら何とかしてやらなければと気合を入れ、小南の座るベッドの向かい側のベッドに腰掛けた。

 

「小南…俺は女性のデリケートな悩みなんて想像もできない無骨な男だ。だからおまえがどんなことで悩んでいるのかどころか悩んでいること自体に気付いてやれなかった。だがさっきの様子だと少なくとも誰にも相談できない悩みがあって、そのせいでイライラしているということはなんとなくわかる。誰だって悩みのひとつふたつはあるものだが、おまえが抱えているものはかなり深刻な問題であるようだ。それで俺は玉狛第1の隊長としてだけでなく仲間として何とかしてやりたいと思うようになった。まあ、それも自分からそういう気になったわけではなく修から背中を押されたという情けないものだが、おまえがひとりで悩んでいるならその胸の内を打ち明けてはくれないか? 俺は雨取の時に失敗をしてしまった。時間が解決してくれるだろうなんて浅い考えでいたからツグミに悪役をさせてしまった。本当なら俺が雨取の本心を察し、遠征に参加したいなら人を撃てるようになるまで厳しく接するべきだったんだ」

 

「……」

 

「本人の意思でなんとかなるものであれば時間が経つことで気持ちも変わるだろうから解決するかもしれない。しかし気持ちをコントロールできないとか気の持ちようでは解決しない問題もあって、その場合は誰かの助けが必要だ。雨取も自分では人を撃たなければいけないと思いながらも撃って誰かを傷つけてしまうのではないかという不安と、それ以上に傷つけてしまったことを誰かに責められるのが怖いという勝手な思い込みをしていた。そんな心の中の葛藤を解決しなければいけないというのに、俺は慣れればそのうちに人を撃てるようになるなど暢気にかまえていたのは事実だ。それは師匠としての役目を放棄していたも同然で、ツグミに無責任だと責められたのは当然だと思っている」

 

「……」

 

「だから同じ過ちを繰り返したくはないんだ。おまえが男の俺に話せないというのならツグミや雨取もいるし、三門市に帰れば玉狛に宇佐美やゆりさんもいる。ひとりで抱えて苦しんでいるくらいなら全部吐き出してスッキリするんだ。俺もさっき修と話をしていてずいぶんと救われた気がした。問題が解決したわけではないが、何かそのための糸口が掴めたような気にはなった。…それに俺自身がおまえたちに相談したいことがあって、一度京介を交えて3人で腹を割って話すべきじゃないかと思う。そしてそれが今なんじゃないかと気付いたんだ」

 

レイジが告白すると小南は意外だという顔で言った。

 

「レイジさんがあたしたちに相談?」

 

「ああ。俺だって人間なんだぞ、悩みだってあるさ。その悩みも個人的なものであればいいんだが、おまえたちにも関わることとなれば放っておくこともできない。だからまずはおまえの悩みを聞いておきたい。どうだろうか?」

 

「……」

 

小南も自分の態度が悪かったことを反省していた。

自分の個人的な問題なのにそのイライラを修たちにぶつけてトラブルが生じたのだから、その原因を作ってしまった自分が悪いのだとはわかっている。

しかし勝気な彼女は自分の否を素直に認めたくなくて、レイジや京介を悪人にして自分は悪くないのだと自らに言い訳をしてしまう。

それで逃げ出したことが悔しくて自室で悶々としていたわけだ。

謝罪しようにもプライドがそれを許さずにいたが、レイジがそのきっかけを作ってくれるというのなら渡りに船である。

 

「…わかったわ。だけどここだけの話にしておいてちょうだい。他の人に知られたくないんだから」

 

そう言って小南はレイジに自分のトリオン能力の減退と将来への不安を吐露したのだった。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。