ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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61話

 

 

ツグミの日常は、午前中はインターネット通信を介して高校の授業を受け、午後はボーダーの活動というパターンが多い。

午後の授業分は録画されているものを空き時間に見ることですべての授業に()()したことになる。

ボーダー隊員なら任務や訓練で授業に出られなくても出席扱いされるわけだから、無理して全授業の動画を見る必要はない。

それでも彼女が時間のやり繰りをして全授業()()にこだわるのは「ボーダーの活動を言い訳にして学業を疎かにしたくない」という強い意思によるもの。

いくら彼女が成績優秀であっても定期考査と月1回のレポート提出ですべてが判断されるために普段の学習の手を抜くことはできない。

もちろんそのためには様々な犠牲があるのだが「大きな目的を達成するためには小さな犠牲はやむなし」と彼女は割り切っている。

 

この日の午後は本部基地で狙撃手(スナイパー)の合同訓練があるのだが、訓練場にツグミの姿はない。

大規模侵攻までは彼女の肩書きが狙撃手(スナイパー)であり、合同訓練の参加は義務であった。

しかし完璧万能手(パーフェクトオールラウンダー)となったことで参加が義務ではなくなったものの、訓練には可能な限り参加していた。

理由は本人曰く「狙撃手(スナイパー)の技術は『撃つこと』によってのみ上達するし、玉狛支部の訓練場でひとり黙々と的を撃つだけではつまらないし手応えもない」である。

そんな彼女が合同訓練に参加できないのには理由があった。

午後から防衛任務が入っていて、夜の交代まで市内巡回をすることになっているからである。

 

 

(チカちゃん、大丈夫かな? なにしろ狙撃手(スナイパー)の男性陣がなかなかの曲者揃いだもの。でもまあ、出穂ちゃんと茜ちゃんがいるし、師匠がレイジさんだと知って身震いしたくらいだから心配はいらないわよね)

 

自分が千佳をボーダーに引っ張り込んだと考えているから、ツグミは何かと彼女に関しては過保護になってしまう。

狙撃手(スナイパー)の女子は4人しかおらず、そのうちツグミを除く3人が中学生である。

年長の男性隊員がからかい半分で手を出すのも自然の成り行きなのだが、特に玉狛のトリオン怪獣(モンスター)と呼ばれる千佳に興味本位で近付く隊員は多い。

過去のいきさつで他人との交流が苦手な千佳を怯えさせないために、そういった不届きな輩をツグミは蹴散らしてきたのだ。

その甲斐もあってか最近ではトラブルも減り、ツグミの心配事はなくなりつつある。

 

(そういえばオサムくんは出水さんや嵐山さんたちに射手(シューター)の技術を学びに行くって言ってたっけ…)

 

修はRound3の時に自分が1点も取れず、自分の力不足が遊真に負担をかけさせていると考えて、師匠の京介に本格的な射手(シューター)の訓練を願い出た。

そこで京介は修に基礎の大切さと「武器がないからこそ用心深くなる」ということを説明して今はまだその時ではないと諭したのだが、それでも修の意気込みを買い、京介は()()である出水や嵐山に彼の訓練を依頼したのだった。

 

(向上心があるのはいいけど、今の状態で小ワザを覚えたらついそれを使いたくなってしまう。そしたらせっかくのオサムくんの良さがなくなっちゃうんじゃないかな…。個人戦(ソロ)と違ってチームプレーのランク戦なんだから、自分で点を取るよりも仲間に点を取らせることが大事だって気付くといいんだけど。チカちゃんよりこっちの方が心配…。心配いらないのはユーマくんだけね)

 

遊真が近界民(ネイバー)であることを知っている隊員は玉狛支部を除けば太刀川隊・冬島隊・風間隊・三輪隊、そして嵐山隊という(ブラック)トリガー強奪未遂事件に関わった人間だけである。

茶野隊も大規模侵攻の際に敵性近界民(ネイバー)だと勘違いした一件があるが、それも今はまったく問題ない。

さらに正体を知ってもなお米屋や嵐山隊のメンバーは彼に対して非常に友好的であるし、最も敵視していた三輪ですら大規模侵攻の後に様子が変わってきている。

正体がバレたら大騒ぎになるだろうが、その恐れはなさそうだ。

 

(ユーマくんはずいぶんと鋼さんと仲良くなったみたいね。今日も個人(ソロ)ランク戦をするって張り切ってたし。シュンくんといい、鋼さんといい、陽介さんといい、強い人たちはユーマくんの強さに惹かれるみたい。やっぱり刃を交えることでお互いを認め合うってことなのよね。いいわよね…好敵手って書いて『とも』と呼ぶあのカンジ。…そういえばボーダーって某週間少年漫画雑誌の『友情・努力・勝利』ってキーワードがピッタリの組織じゃないの)

 

ツグミ自身が次の生駒隊・王子隊との試合の心配をしなければならないというのに、考えることは後輩たちのことばかり。

遊真から「面倒見の鬼」と揶揄される修に「面倒見が良い先輩」と称されるツグミ。

迅が修や遊真のことを気にしているように、ツグミも彼らのことに親身になり、玉狛第2が遠征部隊に選抜されるように祈っている。

なにしろこの日の防衛任務も各自がトレーニングに励んでいる玉狛第2のシフトを交代してやったくらいで、今の彼女にとっては自分のことよりも修たちのことが優先されるのだ。

 

 

◆◆◆

 

 

ツグミが防衛任務から帰って来ると、まだ修たちは玉狛支部にいた。

それぞれが本部基地での訓練を終えて玉狛支部に帰って来たところでレイジの作った夕食を食べ、その後はミーティングをしていたのだ。

しかし彼らの表情は暗く、何か問題を抱えているようである。

そこでツグミはミーティングに加わって事情を聞くことにした。

 

千佳が不安げな顔で口を開く。

 

「今日の合同訓練で絵馬ユズルくんという人と仲良くなったんですけど、訓練後に話をしていてわたしが人を撃てないことを彼に喋っちゃったんです」

 

絵馬ユズル(えまゆずる)というのはB級2位影浦隊の狙撃手(スナイパー)で、14歳の中学生隊員である。

非常に高い射撃センスを持ち、更に鳩原によって鍛えられた射撃の精密度の高さは将来のトップ狙撃手(スナイパー)を期待させるものがある。

そして玉狛第2の次の試合の対戦相手のひとつが影浦隊であるから、彼に自分の弱点を話してしまったとなれば千佳は不安にもなるわけだ。

 

「そっか…ユズルくんと仲良くなったのね」

 

「はい…」

 

「ユズルくんって鳩原さんの弟子で、その関係でわたしも彼とけっこう仲が良いのよ。彼にバレたということは次の対戦相手すべてに知られたことになるわけだけど、いずれはバレることだから気にすることないわ」

 

ツグミはそう言って千佳を励ますが、彼女は沈んだ表情のままだ。

 

「それに彼と親しくなることはあなたにとって損にはならない。むしろ後々役に立つことになると思う」

 

「どういうことですか?」

 

「ユズルくんはライバルで次のランク戦の敵部隊(チーム)の隊員だけど、同じ目的を持って一緒に戦う仲間だもの。そして鳩原さんの苦悩を誰よりも良く知ってるから、あなたのことも放っておけないと思う。ユズルくんはとても優しい子だから。きっと彼はあなたの弱点を克服するための鍵になってくれるはずよ。わたしの未来視(サイドエフェクト)がそう言ってるわ」

 

迅のように自信満々に言うツグミ。

その姿を見て千佳がようやく微笑んだ。

 

「ありがとうございます、ツグミさん。なんだか気持ちが楽になりました」

 

「うん、よかったわ。じゃ、次はオサムくんの話を聞かせてもらえるかな?」

 

すると修は訓練の様子を話してくれた。

嵐山隊では嵐山と時枝が丁寧に教えてくれたと嬉しそうに話す。

しかし太刀川隊へ行った時にいろいろあったらしい。

 

「太刀川隊へは出水先輩に合成弾のことを教えてもらうために行ったんですけど、素人が使うと隙だらけだと言われて…。そこで実戦経験を積んでからということで、唯我先輩と戦って100勝したら教えてくれることになりました」

 

「唯我、か…。A級最弱、太刀川隊のお荷物くん、ね」

 

「先輩、知ってるんですか?」

 

「もちろん。去年の4月に1週間という短期で太刀川隊に入隊することがあったのよ。その時に彼とは…ね。それよりA級最弱の唯我ならB級のオサムくんといい勝負だったんじゃない? 結果、どうだった?」

 

「はい…。10戦やって2勝8敗でした」

 

申し訳なさそうに答える修。

 

「あと98勝か…。先は長いわね。でもやると決めたからには最後まで挫けずに頑張ってね」

 

「はい!」

 

「じゃ、最後にユーマくん。あなたは何か収穫はあった?」

 

ツグミが遊真に訊くと、待ってましたとばかりに話し出した。

 

「今日はむらかみ先輩にかげうら先輩を紹介してもらった。『感情受信体質』とかいうサイドエフェクトを持ってるらしい。あれは大変そうだけど、戦闘では便利だな」

 

「そうね。自分に向けられている他人の意識や感情が肌にチクチク刺さる感覚があるらしいけど、負の感情ほど不快に感じるんですって。姿を隠している相手からの感情もわかるらしくて、彼には不意打ちとか遠距離の狙撃なんかも通用しないみたい。そういうことで普段から様々な感情をぶつけられて機嫌が悪いことが多いし、怒りの沸点が低いらしくていろいろな人とトラブルを起こしているそうよ。前に根付さんを殴って8000ポイントを没収されてしまったことがあって、そのせいで攻撃手(アタッカー)ランキングでは20位くらいに落ちてしまったの。実際は五指に入るほどの実力者なんだけど」

 

「うん、4位のむらかみ先輩が勝ち越せない相手だって言ってた。だから今度戦うのが楽しみだ」

 

「余裕があるのは良いことだわ。でも影浦さんの『マンティス』は要注意よ。彼はスコーピオンの両持ちで、それを2本連結して引き伸ばし、鞭のようにしならせるという独自の技を持っているの。言ってみれば弧月での旋空と幻踊を掛け合わせたような技で、射程は旋空と同じくらいになるみたい」

 

「それも見た。そうか…スコーピオンを2本連結してムチみたいに使ったのか。なかなかやるな」

 

「影浦さんは暴力行為が目立って恐い人に思われがちだけど、鋼さんとか、荒船さんとか、同じ部隊(チーム)北添(ゾエ)さんとか友人は多いのよ。実家がお好み焼き屋で、その店がボーダー隊員のたまり場になってるそうだし。たぶんユーマくんと影浦さんは気が合うんじゃないかな? ふたりの戦い方とか強さって何となく似てる気がするから」

 

「うん。むらかみ先輩にも同じこと言われた。こないだの試合でおれと戦った時、雰囲気がかげうら先輩に似てるって思ったそうだ」

 

遊真は強い相手と戦うことを臆するどころか楽しみにしているようだから何の問題もないし、千佳もツグミの説明で特に不安はない。

やはり問題は修である。

 

(でもオサムくんだって自分の指揮官としての役目を忘れてはいないだろうし、自分でも点を取れるようになりたいと言うんだから良い傾向だと思わなきゃ。でも、やっぱり不安だな…)

 

不安な気持ちを抱えながらも、ツグミは後輩たちの成長を見守るしかないのだ。

 

 

 

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