ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
幼い頃からボーダー隊員としてずっと戦い続けていて、
それをどうすることもできず、ただ自分のトリオン能力の減退に手をこまねいていることしかできない無力な自分が悔しくみじめだと小南は感じてしまった。
たしかに誰かに相談したところでトリオン能力の低下を止めることはできないのは確かで、プライドの高い彼女がこんな情けないことを誰かに言えるはずがないのだ。
それをレイジにだけは告白したのだから、よほど彼のことを信頼しているのだろう。
もう二度と同じ過ちを繰り返さないというレイジの覚悟が小南に届いたにちがいない。
「つまりトリオン能力の減退でトリガー使いではない自分の将来に不安を感じていたということなんだな?」
「そうよ。あたしは人生の半分以上をトリガー使いとして生きてきた。誰よりも長い間戦ってきたし、強くなりたいから毎日訓練もした。ボーダー内であたしに勝ち越せるのは太刀川か風間さんくらい。あたしは強い。強いから周りの人も一目置いてくれている。それなのにトリオンが減って戦えなくなったらあたしには何も残らない。そうなったらあたしはどうしたらいいのかわからないのよ」
小南はトリガー使いとしての時間が長すぎた。
それは旧ボーダー時代からの仲間であるレイジや迅、そしてツグミも同じなのだが彼女は常に「強くなければいけない」という強迫観念にとらわれていて「強い=善、弱い=悪」という思考を持っている。
「あたし、弱いやつはキライなの」と豪語するのは自分が強いという自負があるからで、弱くなるどころかトリガーが使えなくなってしまったら自分が見下してきた人間以下の存在になってしまうことが耐えられないのだ。
強いことに拘るのは例の遠征で仲間の半分が犠牲になったことが原因である。
激しい戦闘があって大勢の人間が死んだことは記憶にあっても、仲間がどのように戦って死んだのかは記憶の奥底に封印されていて思い出せないようになっている。
小南が生き残ったのは最上をはじめとした年長者の犠牲があったらかで、彼女が死んだ仲間たちよりも強かったからではないし、もちろん最上たちが弱かったのでもない。
しかし仲間が自分をかばって死んだという記憶がないことで、「みんなは弱いから死んでしまった。強ければ死なずに済んだ」と思い込んでいて弱い人間を否定するようになったのだ。
そして死ぬことを無意識に恐れているから常に強くありたいと本人なりの努力はしていたのだが、現実は彼女に厳しかった。
トリオンを使って戦う以上はトリオン能力の低い者は戦闘でも苦戦を強いられる。
彼女のトリオン能力は
彼女も日常の訓練の中で自分のトリオン能力の低下を感じていて、戦闘可能な時間が短くなっていることで自分が強い人間でいられなくなって負けてしまうという恐怖を感じていたのだった。
同時に誰よりも強いことが彼女の矜持であり心の支えであったというのに、それが失われつつあることでこれまで否定していた弱い人間へと
ボーダーを続けるとしたら少ないトリオンで戦うという不利な状況に陥り、これまでのような火力重視の戦い方は難しくなる。
ボーダーを辞めれば自分の唯一の取柄を失ってしまい、ただの民間人 ── 守られる弱い人間となってしまう。
彼女にとって民間人は弱い側の人間であるから、自分がそちら側の人間になるのは自分で自分を弱い人間であると認めざるをえない。
今さらトリオン器官を鍛えるために仮想戦闘モードを使わないようにしたところで焼け石に水なのは明らかで、もう事態の改善は見込めないことも彼女はわかっているらしい。
だから前にも後ろにも進めず、誰にも相談できずにひとり苦しんでいたのだった。
そしてその気持ちは同じトリガー使いであるレイジにも理解できるもので、いずれ自分にも進退を決めなければならない時が来るのは間違いない。
ならば今がその時でもいいのではないかと考え、隊長である自分の責任を果たすことに決めた。
「小南、おまえの悩みはわかったが俺が解決してやれるものではない。トリオン能力の減退によるものであれば、それは今さらトリオン器官を鍛えようとしたところで復活は望めない。ならば現状を維持し限界まで戦うか、ボーダーを辞めた後のことを考えて──」
「ボーダーを辞めたらあたしは何にも残らないのよ! だからあたしは…」
レイジの言葉を遮ってまで言ったというのに、小南は途中まで言いかけて口を噤んでしまった。
口に出せば出すほど自分を追い詰めることになり、ますます自分で自分が嫌になってしまうのだ。
「…おまえは小さい頃からずっとボーダーの中で生きてきた。だからボーダー以外の人生について考えたことがなく、やりたいことがあってもボーダーの活動があるからという理由で我慢することも多かっただろう。それが今になってボーダー隊員ではない生き方をしろと言われても何ができるのかわからない。何をしたいのかを考えてもどうすればいいのかわからない。トリガー使いとしては誰にでも自慢できるだけの実力があるもののそれ以外に誇れるものがないからトリガー使いであり続けることに固執していて、そんな未練たらしい自分に嫌気がさしてしまう。だから何も考えたくない。考えれば考えるほど過去のトリガー使いとして輝いていた自分を思い出し、元には戻れないと思うと悔しいし哀しい。そうなんだろ?」
「…わかってるならもうそれ以上言わないでよ。あたしに厳しい現実を突き付けて、それでどうしろって言うの? あたしはいつまでも玉狛支部のみんなと一緒に楽しくボーダー隊員を続けたいだけなのに、どうしてあたしだけがみんなと一緒にいられなくなってしまうのよ!」
半ばヒステリー状態で叫ぶ小南にレイジは優しく言った。
「一緒にいられないのはおまえだけじゃない。個人によって早いか遅いかの違いだけで、いずれ誰もがみんな玉狛支部を去って行くことになる。いつまでも一緒にいたいという気持ちは俺も同じだ。しかし現実は厳しく、楽しいことだけを積み上げて生きていくことはできない」
「そんなことはわかってるのよ。 …でもボーダーを辞めたあたしに何をしろっていうの? あたしはレイジさんみたいに器用じゃないもの、できることなんてないわよ」
「それはおまえがそう思い込んでいるだけだ。それに何をしろと言うつもりはない。何かやりたいことを探して、そのために必要なことがあるのなら俺たちが手を貸すぞ」
「あたしにやりたいことなんてないわ。だって考えたこともないんだもの」
「だったら今から考えればいいじゃないか。10年以上もボーダーで戦っていたといってもこれからの人生の方がはるかに長いんだ。トリオンが減っているといっても今のところは特に影響は出ていないんだし、短大の卒業までまだ時間はあるんだからゆっくり考えればいい」
「……」
「それにいつかは
「……」
「おまえだって今まで我慢をしていたことがあるはずで、ボーダーを辞めることで何でもできるようになると思えばそんなに辛いことではないと思うがどうだろうか? なに、今すぐに何をしようか思い浮かばなくたっていいさ。これからは意識してトリガー使いではない自分を想像してやりたいことを探せばいい。そのための時間はまだ十分あるんだからな」
「そうね…。あたしたちがこうして
レイジに諭されているうちに気持ちが落ち着いてきたようで、小南はひとりで悶々としていたことが嘘のようにスッキリしてきた。
もちろんこれですべてが解決したわけではないのだが、ずっと抱えていたモヤモヤが晴れてきたのは事実だし、なによりもレイジが自分のことを心配して相談に乗ろうとしてくれたことが嬉しかったのだ。
レイジは玉狛支部のリーダー的存在で頼りがいはあるものの、個人の悩みや不安などに鈍感…というほどではないが気付いていないので彼の方から積極的に相談に乗ってくれることはない。
こちら側から持ちかければ拒否されることはないのだが、小南のような性格では悩みを打ち明けることはないのでこのままではずっと彼女の苦しみに気付いてやることはできなかったことだろう。
「トリガー使いでいられなくなるタイミングとトリガー使いが不要となるタイミングがほぼ同じだったということは、俺たちの役目が終わるということなんだと思う。10年以上も戦い続けてきて苦しいことや哀しいことがたくさんあったが、それ以上にやりがいを感じていたからこそ辞めたくはないという気持ちになれるんだ。俺たちの人生はこの後の方がずっと長い。過去に引きずられるよりも今までの経験を良い思い出に変えて新しい人生を送っていくと考えれば、ボーダーを辞めるという選択は前向きにとらえることができる。これからは
「そうよ、あたしたちが戦ったからこそ第一次侵攻やアフトの大侵攻から三門市を守り抜くことができたんだもの、トリガー使いを辞めたからってその事実は変わらない。あたしの価値だってトリガー使いでなくなったからといってゼロにはならないんだわ。これまで築き上げてきたものがたくさんあるんだから」
「うん、おまえがそういう気持ちになれるのならもう心配はいらないな。元来おまえはポジティブで快活なところが長所なんだから、ネガティブにならずもっと楽しいことを考えればいいんだ。それにボーダーを離れることで新しいコミュニティに参加できるようになる。おまえも短大に行っているとはいってもクラブやサークル活動はしていない。それはボーダーでの活動が忙しいから中学や高校で学校の授業自体も休みがちだったし部活動ができなかったことの延長だ。たぶんおまえにもやりたいことはあっても我慢していたはずだ。友人関係もほとんどがボーダーの人間だったが、これからおまえの世界は広がっていき、友人と呼べる人間ももっと増えるだろう。そうすればそういった人間の影響を受け、自分がやりたいことやできることに気が付くだろう。それはおまえにとってボーダーに居続けるよりも価値のあることになると思うぞ」
小南がボーダー隊員ではない自分もあるのだと前向きになってくれることで、レイジも玉狛第1の解散についても言い出しやすくなり安堵していた。
(これで俺が
◆◆◆
レイジが自分の居室に戻ると、そこにはひと足早く戻って来た京介の姿があった。
「ちょうど良かった。京介、ちょっと話がある」
レイジがそう言うと、京介は納得しているという顔で頷いて返事をした。
「はい。小南先輩との話は終わったみたいですね。俺も話したいことがあったのでちょうどいいです」
「そうか。それなら小南を呼んで来る。そこで待っていてくれ」
それからすぐにレイジが小南を連れて来て、玉狛第1の3人はレイジたちの居室で将来について話し合うことになった。
「こんな時に言い出すのは…いや、こんな時だから言うべきだということで、俺は以前から決めていたことをおまえたちに報告したいと思う。俺は来年度の消防士試験を受けるため、年度末の3月までにボーダーを辞めることにした。したがって玉狛第1…木崎隊は解散することになるが、いろいろあってなかなか言い出せずにいた。それについては不甲斐ない俺に全責任はある。俺がハッキリとした意思を示していればおまえたちも悩むことはなかったかもしれないと思うと胸が痛む。すまなかった」
そう言ってレイジは小南と京介に頭を下げた。
「レイジさんがお父さんのようにレスキュー隊員になりたいって思っていたことはみんな知ってるのよ。いつ言い出すのかって思ってたけど、なかなか言わないから少しじれったく感じていたわ。でもレイジさんが辞めるってことは隊を解散するんだってすっかり忘れてた」
小南はそう言ってから続けた。
「ちょっと前のあたしだったらレイジさんを責めたと思う。でも今ならレイジさんの気持ちはわかるから頑張ってって応援できる。いつまでも仲良くボーダーを続けることができない以上ひとりずつ別の道を歩き始めるんだから、その時がきたら笑顔で見送ってあげなきゃいけない。レイジさんが子供の頃からなりたいって思ってたレスキュー隊員だもの、ボーダーを辞めるなら絶対に試験に合格してよね」
「そうですよ、レイジさん。俺みたいにもっと稼ぎのいい仕事にジョブチェンジしようっていうんじゃなくて夢を叶えるんだから最後までやり遂げてください」
京介の言葉に小南が反応する。
「とりまる、あんたジョブチェンジってボーダーを辞めるつもりでいたの!?」
「そうですよ。俺もボーダーを辞めて就職活動しようかと思ってます。…といってもさっきまでどうしようかと迷っていたんですけどね」
「まあ、あんたの場合はまだお金のかかる弟妹がいっぱいいるから仕方がないのよね…。ってことは3月には3人それぞれの道に進むってことになるのね。あたしもそれまでに身の振り方を考えなきゃ」
「……」
京介は小南の意外な態度に驚いていた。
(レイジさんに説得されたんだろうけど、俺が想像していた反応とは全然違ったな。小南先輩なら自分にも関わる重要なことを勝手に決めたといって大騒ぎするかと思ってたが、なんだか隊の解散についても納得しているってカンジで冷静に受け止めていた。小南先輩もトリオン能力の減退でそろそろ身の振り方を考えなきゃいけない時期に来ていて、レイジさんに相談に持ってもらって気持ちの整理ができたんだろうな)
そして最後に小南が自分の決意を口にする。
「あたしはまだいつボーダーを辞めるのかは決めてないけど、みっともないマネはしたくないから適当なところで身を引くことにする。その後は…その時に考えるわ」
レイジ、小南、京介の3人は自分の将来という同じ悩みや迷いを抱えていて、きっかけとなるものがなかったからそれぞれが悶々としていた。
だがちょっとしたアクシデントによって3人とも上手い具合に解決の糸口を掴んだようだ。
まさに「雨降って地固まる」で、その手助けをしたのが修であるという点は重要である。
ツグミのサポートはあったものの自分から進んで仲間の問題を解決しようと行動し、これでまたツグミの言う「