ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

621 / 721
602話

 

 

最後にレイジが修に報告をし、修がツグミに事の顛末を説明して一連の騒ぎは終了した。

 

「オサムくん、お疲れさま。良くやったわね」

 

ツグミは目を細めて嬉しそうな笑顔で言う。

 

「ぼくはただ自分がそうするべきだと思ったからやっただけですし、霧科先輩の力添えがなければどうすれば良いのかわからずにおろおろしているだけだったと思います。それよりもレイジさんたちが全員で納得する形の解決策を見付けることができたことが嬉しいです。ボーダーを辞めてしまうのは残念ですけど、これまで必死になって三門市民のために働いてきたんですから自分の夢を叶えることを誰も否定したりしません。それに先輩たちが拓いてきた道は後輩が受け継ぐんですから、安心して任せてくれたらいいと思うんです」

 

「それはわたしにもいえることよね?」

 

「はい。正直言えばぼくも霧科先輩がずっと総合外交政策局にいてくれたら、ぼくはその手伝いをするってことで頑張りたいと思っていました。でも先輩には先輩の選んだ道があって、そのためにボーダーを辞めなければならないのなら笑顔で見送ることができるようにするのがぼくの後輩としての役目。少しずつですけど自分で成長しているって手応えはあります。今回もひとりなら何もできず、レイジさんたちの問題は本人たちで解決するしかないと考えるだけで何もしなかったと思います。あの3人なら時間が解決するだろうって勝手に思い込んで。でも実際はお互いのことを大切に思うからこそ言い出せないで自分の中に抱え込んでしまっていました。ここで解決できなければずっと後を引いてしまったかもしれません。ぼくにとっても大切な人たちですから、本当に良かったと思っています」

 

「そうね。後は玉狛支部で待っているシオリさんや林藤支部長たちに報告をして納得してもらうだけね。みんな寂しがるだろうけどレイジさんたちがそれぞれボーダーを卒業するのだと考えれば祝福してくれるでしょう。問題はヨータローだけね。あの子、絶対に嫌だと言って泣き喚くわよ」

 

「レイジさんと小南先輩は生まれてからずっと一緒だったきょうだいみたいなものですからね。でも陽太郎だって成長しているんです、レイジさんたちのためだと理解できればきっと堪えてくれますよ。それにクローニンさんに作ってもらった特製トリガーでレクスと一緒に訓練をして、林藤支部長のOKが出たら入隊するんだって張り切っていますから『玉狛第1のいないボーダーはおれが守る!』とか言うんじゃないかな」

 

「フフッ、たしかにヨータローなら言いそう。わたしたちが留守することが多いからレクスくんには可哀想なことをしたと思っていたけど、玉狛支部に預けて正解だったかもしれない。あの子は医師になりたいと言って猛勉強していて、でも同時に父親を尊敬しているからトリガー使いにもなりたいという気持ちもある。だから武器(トリガー)を使うことができるように訓練して心身ともに鍛えられることは良いことだわ。環境は整っているんだから本人がやりたいことをさせるのが一番よ」

 

レクスは父親のディルクゆずりの高いトリオン能力を持ち、将来はディルクの跡を継いでエリン家当主となってベルティストン家に仕えるトリガー使いになるはずで、本人もそのつもりでいた。

しかしアフトクラトルの「神選び」とそれに関わるボーダーとの戦いの中でレクスは玄界(ミデン)近界(ネイバーフッド)の大きな違いをまざまざと見せつけられ、近界(ネイバーフッド)に必要なのは武器(トリガー)やトリガー使いではなく「医師」という職業で、人命をひとつでも多く救うことができれば国は発展していくと幼いながらも気が付いた。

そこで両親と離れ離れに暮らしながらも三門市で医師になるために勉強をしている。

といっても父親のように立派なトリガー使いにもなりたいという気持ちを捨てきれず、玉狛支部の訓練ルームでこっそり自主練をしたり陽太郎相手に稽古をしているのだった。

なお修も時々彼らの相手をしてやることがあるのだが、すでに陽太郎はほぼ同レベルでレクスは修を上回るトリガー使いに成長している。

 

「ぼくも自分がやるべきこととやりたいことが一致したころで今が一番充実しています。ぼくを総合外交政策局に入れてくれた先輩に感謝です。じゃあ、もう夜も遅いですし空閑や千佳も気にしていると思うんで部屋に戻ります」

 

「そうね。チーム玉狛のメンバーにはあなたが話をするってことでお願い。わたしはゼノン隊長たちとジンさんに簡単に事情を説明しておくわ」

 

「わかりました。おやすみなさい、霧科先輩」

 

修は大きな仕事をやり遂げてひと回り成長したという顔でツグミの居室を出て行った。

 

 

 

 

ツグミはゼノンの居室にメンバーを集めて一連の流れをかいつまんで話したのだが、迅は意味ありげな顔で始終ニコニコしていた。

 

「ジンさん、もしかしたらこういう未来が視えていたんですか?」

 

ツグミが訊くと迅は首を横に振った。

 

「俺にはもうそんな力は残っていない。だけど最近のメガネくんの様子を見ていれば未来視(サイドエフェクト)なんかなくてもわかるさ。それにしてもレイジさんたちに助言できるようになったなんて大した成長だな。さすがの俺にもメガネくんを玉狛に誘った時にはこうなる未来は視えていなかったぜ」

 

たしかに迅であってもこのような未来は視えるはずはなかった。

修と遊真の出会いがボーダーだけでなく玄界(ミデン)近界(ネイバーフッド)の未来を変えるということはわかっても、それがどのような経緯を辿り、どんな結果になるのかはわからない。

おまけにこのふたりが直接影響をあたえるのではなく彼らの行動が玉狛第2を誕生させ、それが停滞していたツグミに行動をさせる起爆剤となり、彼女の破天荒な行動が誰も想像していなかった未来を見せようとしているのだ。

 

(ツグミが俺に辛い未来を見せたくないという一途な想いがふたつの世界を変えようとしている。俺には未来は視えてもこいつの心の中までは視えなかったから、ボーダー(俺たち)近界民(ネイバー)が同じ目的に向かって()()()()()なんて想像もできなかった。…だいぶ前に俺の前からこいつがいなくなってしまうという未来が視えたが、そんな未来もこいつが自力で払い除けたんだ。過去は変えられないが未来は変えることができる。俺の未来視(サイドエフェクト)なんてものはタダの指針のようなもので、すべては人の強い意思と行動が決めるということなんだ。メガネくんも自分の意思と行動で未来に向かって確かな足取りで進んでいる。これならツグミと一緒にエウクラートンへ行っても三門市は大丈夫だ。今の俺にはもうどんな未来も視えないが、メガネくんたちがこれまでに得た経験値を活かすことができれば何の心配もないんだからな)

 

レイジたちが自分の役目を終えてボーダーを去るのと同じように、迅もまたその役目を終えて自由に生きることを許されたのだ。

そのうちに城戸のように黎明期から中心となって活動していたメンバーもボーダーから解放されることだろう。

 

ツグミの報告が終了するとそれぞれが自分の居室に戻り、遠征艇は何事もなかったかのように寄港地ワスターレに向けて順調に進んで行った。

 

 

◆◆◆

 

 

ワスターレという国は人口が10万人に満たない小国で、現在戦争をしているクピドゥスも同様の小国である。

かつてはどちらも人口50万を超える国であったが、長年にわたる戦争によって国力が疲弊していることと、医療の知識や技術の低さと女性の数の少なさによって人口が増えないという近界(ネイバーフッド)特有の理由によって人口は5分の1以下に減少してしまったのだ。

ヒエムスとレプトのように長い間ずっと戦争を続けていて、ワスターレがクピドゥスに攻め込んでいる時期もあったらしい。

軍事力もほぼ同等であるからいつまで経っても勝敗が決まらず、20年以上もだらだらと戦争を続けているという。

現状ではわずかにクピドゥス側が優勢でワスターレに攻め込んでいるというところだが、兵站という面で見れば敵国に攻め入っている側が不利な状況であるためここで一気に片を付けなければ撤退を余儀なくされる。

そして次は状況が逆転してワスターレがクピドゥスに攻め込むということになり、いつまでもそれを繰り返すだけで決着はつかない。

そんなことをしていれば国力はどんどん低下していき、労働人口は減って戦争どころではなくなる。

それなのになぜ両国とも愚かな戦争を続けるのか?

答えは簡単である。

少ない労働者が農地を耕して食料を増産するという地道な作業を行って国力を高めることよりも他国から奪う方がずっと楽だからだ。

もしトリオン体ではなく生身で戦う戦争であれば兵士の多くが死亡して兵士の数が足りないことで戦争どころではなくなるのだが、トリオン体で戦えば死者が出ないために延々と戦うことができる。

トリオンが回復すればすぐに戦場に戻り、トリオン体が破壊されても敵国の捕虜にならずに済めば再び戦うことができるようになる。

それではいつまで経っても終わりは見えず、侵攻して来た国のトリオン兵や食料が尽きれば撤退する。

次は国が入れ替わって同じことをするだけで、現在はクピドゥスがワスターレに攻め込む()()()だということ。

第三国の立場からすれば単なる消耗戦でしかないので愚かな戦いにしか見えないのだが、当事者たちは引くに引けない状態になっているわけで、どちらかが負けを認めなければ双方の国は衰退するばかりだ。

どちらが勝ったとしても得るものよりもこれまでに失ったものの方がはるかに大きく虚しさしか残らないのではないかと思われるのだが、それでも戦争をやめるきっかけが見当たらないものだから一方が負けを認めるまで戦い続けるのだろう。

 

ボーダーの遠征部隊が目的地であるアウデーンスへ向かうためにはどうしてもワスターレに立ち寄らなければならない。

水の確保と遠征艇のトリオン補給、そして人員の休憩は必須であって、そこが戦争中の国であっても避けては通れない。

よって戦闘員を加えて戦闘にも耐えうるメンバー構成してあるのだが、可能な限り戦闘は避けたいというもの。

前回のリコフォス遠征の時には戦闘に巻き込まれることはなかったが、今回もそうであってほしいとツグミは願っていた。

しかしその願いとは裏腹に、ワスターレに降り立つために(ゲート)を開いた途端に戦場に飛び込んでしまったのだった。

地上から20数メートルの上空なら影響は少ないだろうと考えていたのだがそこはバドの群れの中心で、ボーダーの遠征艇は突然()()に頭を突っ込んでしまったようなものだ。

どちらの陣営のものかはわからないが、自軍の兵士やトリオン兵以外を攻撃するというプログラムがされているため問答無用で攻撃を仕掛けてきた。

ただ攻撃といっても威力はイーグレット並のものだから、イルガーの自爆特攻にも耐えられるほどの装甲を持つボーダーの遠征艇では蚊に刺されたほどにも感じない。

ひとまず戦場から脱出することを優先し、()()()()に追われながらも戦場から数キロ離れた森の中に無事に停泊することができたのだった。

すぐそばには池があり、水質に問題もないということでこの水を給水することにした。

作業は約18時間だが、すでにワスターレまたはクピドゥス、もしくはその双方に存在を知られてしまっているのは間違いないので、その間が「勝負」である。

修の指示で全員が自分の作業に取りかかった。

ツグミの担当はワスターレの調査で、土壌や大気及び植物の採取が主たるもので、並行して玉狛第1メンバー及び迅たちと周辺警備の任に当たる。

全員が(ブラック)トリガー相手に対抗しうる実力者たちであるから安心だ。

もっとも事前の調査ではワスターレとクピドゥスの両国ともに(ブラック)トリガーは所有していないとのこと。

どちらかでも(ブラック)トリガーを持っているならこれほど戦争は長く続かないとゼノンたち先遣隊は言っていた。

たしかに(ブラック)トリガーは戦況を一気に覆してしまうほどの力を持っているのだから、それを投入すれば20年以上も戦争を続けているはずがないのだ。

 

 

作業を始めて6時間ほど経ち、辺りが暗くなってきたところで調査の作業は終了となり夕食の準備を始めることにしたツグミ。

久しぶりに土の上に足を下ろしての食事なので、メニューは冷凍をしておいた肉を解凍してのBBQだ。

屋外で火を使えば発見されやすいのは承知の上で、周辺警備の時に遠征艇の周囲に罠を仕掛け、トリオン体の物体が近付くとそれに反応して炸裂弾(メテオラ)が起動する。

トリオン体にのみ反応する仕組みにしたのは非戦闘員が罠にかかってしまうという可能性があるからで、現地の人間と極力トラブルを避けるためには誰も傷付かない方法が必要である。

もちろんボーダーの弾丸トリガーには流れ弾防止の措置がしてあって生身の人間を傷付けてしまうことはないが、念には念を入れてということなのだ。

そこまでする必要はないと言う者は多いが、過失であっても現地の非戦闘員に何かあってしまってから謝罪したところで効果はない。

近界民(ネイバー)と対話による交流を進めている以上は相手がこちらの言葉に耳を貸さないようになってしまってはおしまいで、どんな時でも話し合いができる状態を守るのがツグミのやり方なのである。

そして修もその考えに賛成であるから今回の遠征でもこれまでのように可能な限り現地の人間とのトラブルを回避することにしたのだった。

 

久しぶりに外の空気を吸いながらの食事であったからか、またはレイジたちにとって悩みが解消されたからなのかはわからないが、その日の夕食はいつもよりも会話が多く和やかな雰囲気で進んでいた。

その間も給水作業は続いており、終了まで約10時間と計画どおりであった。

夕食の片付けをしてしまうと交代で睡眠時間を取ることにしたのだが、遠征艇に怪しい影が近付いていたことにまだ誰も気付いていなかった。

 

 

◆◆◆

 

 

”それ”は遠征艇の北西約100メートルの場所に仕掛けておいた炸裂弾(メテオラ)の罠に引っ掛かった。

居室で眠っていたメンバーには聞こえなかった爆発音もミーティングルームや機関室で休憩や作業をしていたツグミ、修、リヌス、麟児の4人の耳にはハッキリと聞こえた。

4人はミーティングルームに集合し、()()()()()リヌスと麟児のふたりが様子を探りに行くことになったのだった。

 

「オサムくん、人を使うことができるようになったわね」

 

「それ、どういう意味ですか?」

 

ツグミが微笑みながら修に言うと、修は訝し気に訊き返した。

 

「以前のあなたなら自分が確認に行くって言ったでしょ? でもさっきはリヌスさんと麟児さんにお願いして自分は本陣ともいえるこの部屋に残ったじゃない」

 

「それは当然ですよ。ぼくが行ったところで役に立たないのはわかりきっています。戦闘になったらぼくでは役に立たないどころか足手まといになってしまうかもしれません。本当ならぼくがこの目で確かめたいんですけど、こういう役目はリヌスさんと麟児さんの方が適しています。だからふたりなら冷静に判断をして最善の結果を出してくれると信じて待つことにしました」

 

「そうね。指揮官たるもの仲間を信じてどっしりと構えて待つのは大事だわ。つい自分でやろうって思っちゃうけど、状況を正確に把握して適切な人員の配置や全体を見渡して指示をすることこそ一番大事なことなのよね。そのためには指揮官が動いてはいけない。…ってわたしが偉そうに言っちゃダメよね。わたし自身が何でもかんでもやってしまおうってすぐ動いていたわけだから。それについては猛省しているわ」

 

本人が言うようにツグミは器用に何でもできるから自分でやってしまった方が確かで早いと思うと他人に任せることなくひとりで解決させてしまっていた。

 

「でもそれは仲間を信用していないというわけではなく、自分でできることは自分でやって他人の手を煩わせないという気持ちですよね。それに今ではちゃんと適材適所を考えて行動しているとぼくは思います。だからこそぼくはこうして近界(ネイバーフッド)を旅しているんです。ぼくにはトリガー使いとしての才能も技量もありませんが、交渉事に向いていると先輩は判断したから総合外交政策局でも重要な役目を与えてくれた。そう信じてぼくはその期待に応えようと思っています」

 

「オサムくん…」

 

「ぼく自身はまだ交渉事に向いているとは思えないんですけど、今回の遠征ではみんながぼくに従ってくれるということは命令だから嫌々従っているのではなくぼくの采配を正しいと考えてくれているからで、ぼくを信じてくれる人のことを信じようって気になってぼくは迷うことなく判断を下すことができるんです。…まあ、万が一ぼくの判断ミスでみんなを戦闘に巻き込んでしまったとしても先輩たちは優秀なトリガー使いですからきっと上手く解決してくれるという甘えもあるんですけど、ヘヘヘ…」

 

修はそう言ってバツが悪そうに笑った。

自信がないとしても経験を積めばそれが本人を成長させるのだが、それ以前にやる気を起こさせなければ意味はない。

仲間たちの信頼が彼にやる気を起こさせているのは間違いなく、それは彼が普段から真面目で一所懸命で少し頼りないところもあって周りの人間は彼を支えてあげたいと思ってしまうのだ。

 

そんな会話をしているとリヌスと麟児が戻って来た。

彼らはふたりだけではなく、ひとりの少年を連れていた。

ツグミにはその少年が8-9歳くらいに見えたが、それはひどく痩せこけているからだろう。

明らかに栄養失調状態なのだが、そんな子供がトリガー使いであるとは想像もできない。

しかし麟児が机の上に少年のものと思われるトリガーを置いて言った。

 

「ツグミ、詳しい話は後だ。ひとまずこいつに飲み物を。それから何か食べる物を用意してもらえないか?」

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。