ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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604話

 

 

近界(ネイバーフッド)という「空間」には(マザー)トリガーでつくられた国が星のように浮かんでいて、一定の軌道を持つ国と軌道を定めない国がある。

それが玄界(ミデン)の宇宙に似ていることから前者を惑星国家、後者を乱星国家と呼んでいる。

そんな世界に住まう近界民(ネイバー)にとってその「空間」が国境や緩衝地帯の意味を持っているらしく、この誰のものでもない空間を自由に航行し、交易をしたり戦争をするために相手国へと向かう。

しかし近界民(ネイバー)たちはこの空間に対して興味がないらしく、どのような物質が存在するのか調査したことはなく、活用しようと考えたこともないのだそうだ。

だからこの空間において戦闘行為は行われないため近界(ネイバーフッド)の中で最も安全で平和なエリアともいえる。

もっともトリガー使いとトリオン兵で戦う近界民(ネイバー)の戦争では足場のない空間で戦うことはほぼ不可能で、SFアニメの中の宇宙戦艦が活躍する戦争でない限り無理だろう。

したがってこの「空間」を有効活用することができれば近界民(ネイバー)に大きな利益をもたらすとツグミは考えるのだが、近界民(ネイバー)たちにそんな考えすら浮かぶはずもなく長い間未開のエリアとなっているのだった。

 

自分の居室でぼんやりとしていたツグミはふとそんなことを思い出し、話し相手として自律トリオン兵(ジュニア)を呼び出した。

 

〔ツグミ、何か用なのか?〕

 

「特に用事というわけではないんだけど、ちょっと考えていたことを整理したいと思って。この時間だとみんな休んでいる頃だからあなたを話し相手にどうかなって」

 

〔なるほど。それでどんな内容なのだ?〕

 

「それは…」

 

ツグミは近界(ネイバーフッド)の「空間」について自分の考察を話した。

 

〔ふむ…たしかに戦争の絶えない近界(ネイバーフッド)だが『空間』だけは争いはない。そもそも国と国を隔てているだけで、近界民(ネイバー)の思考では利用するという考えは浮かばない。玄界(ミデン)では地球の外側にある宇宙空間に進出して人工衛星を打ち上げて天気を予測したり通信や放送などに利用していたり、宇宙ステーションでは地球上では不可能な研究を行っているからツグミも同様の利用ができないかと考えたのだ。…しかしその考えは悪くないと思う。玄界(ミデン)の技術を上手く転用することでこれまで不可能だった超長距離の通信ができるようになるかもしれない〕

 

ジュニアがそう言うと、ツグミは身を乗り出した。

 

「あなたもそう思うのね? これまでは直接相手の国まで赴かないと話が進まないからとても時間がかかってしまっていた。でもそれがリアルタイムとまではいかなくても時間を短縮できるようにすればわたしたちの仕事も捗るし、もちろん国同士の交流にも役立つのは間違いないわ。玄界(ミデン)近界(ネイバーフッド)間の直接通信は無理でも近界(ネイバーフッド)の国同士なら同じ世界にあるんだから何とかなるはず。ただそのシステムを構築するにはすべての国が『規定(ルール)』を守ってくれないとダメだから難しいかもね。ものすごく長い道のりになるだろうからわたしの()では不可能だろうけど、ボーダーが存在するならわたしの意思を継いでくれる人が必ずいるはず。わたしも意思はオサムくんに引き継がれ、オサムくんが誰かに引き継いでいく。そうすればいつかはわたしの夢は叶うわ」

 

〔壮大な計画だな。ツグミは誰も考えないようなことを思いつくだけでなく、夢を夢で終わらせることはなくそれを叶えようと行動する〕

 

「当たり前じゃない。夢とか願いというものは叶わないものではなく、叶えようとすれば実現するものだもの。でも待っているだけじゃいつまで経っても叶わない。それに叶えようと努力するのは大変なことであっても楽しいから頑張れるのよ。今だってボーダーを近界(ネイバーフッド)玄界(ミデン)を繋ぐ架け橋にしたいというお父さんや有吾さん、城戸さんたちの『夢』を叶えようとしている。それはわたしにとっての願いでもあるからこの手で成し遂げたい。誰かに叶えてもらうのではなく自分の力で掴むものだから夢は尊い…ってわたしは思うんだけど、ジュニアはどう思う?」

 

〔…私が作られた時にトリュスは『ツグミには幸せに生きてほしい』という願いを込めてプログラミングをした。それが私の存在理由になっている。私は単なるAIだから人格や自我など持ち合わせていない。だから私自身がツグミの幸せを祈っているのかどうかわからないが、トリュスの願いが私の願いだというのなら私はツグミの人生を最後まで見守ってやるべきなのだ。その中で彼女が歩む人生をより良きものにするために私は作られたに違いないのだから〕

 

トリュスがどのような未来を夢見ているのかはわからないが、ツグミがオリバの娘だと知ると自ら国王に申し出て門外不出の自律トリオン兵を与えたのだから、それが単にオリバがトロポイの利益に貢献したお礼だというだけではないはずだ。

そんなジュニアにトリュスは自分の知るオリバのデータを入力し、それにレプリカのメモリに記録されていたオリバに関するデータを移植。

そして彼女は自分の「願い」をジュニアに込めて、ツグミに与えたという経緯がある。

トリュスはオリバに好意を抱いていたことなど本人以外誰も知らず、彼女がツグミのことを自分の娘に思えて母親のように見守りたいという願いがジュニア製作へと駆り立てたのだった。

だからツグミはもちろんのことジュニアでさえトリュスの真意など知るはずがない。

ジュニアも自分の存在理由が「ツグミを幸せにすること」と認識していても、なぜそのように作られたのかという理由は知らない。

ただAIとして命じられたことを完遂するだけなのだ。

 

〔それにしてもツグミは常に未来のことを考えて生きているな。それは当然のことなのだが、他の人間とは見ているものが違う〕

 

ジュニアが突然そんなことを言い出すものだから、ツグミは首を傾げた。

 

「それ、どういう意味?」

 

〔人は誰もが幸せになりたいと願いそのために努力をしているのは同じなのだが、ツグミは足元ではなくずっと遠くを見据えていて長期的な計画を立ててそれに従って行動している。『金持ちになりたい』とか『楽に生きたい』『権力を掴みたい』などという目先の欲にまみれた望みを抱いている者が多いのは事実。それを理解することはできるが、だから争いが絶えないのだということに気付いてはいない。ツグミのように自分の手の届く範囲の家族や仲間が幸せになればそれで十分だというなら争いなど起きようはずがないというのに近界(ネイバーフッド)だけでなく玄界(ミデン)のいたるところで戦争が続いていて、毎日人が死んでいく。ツグミはジンに未来視(サイドエフェクト)で辛い未来を視せたくないという個人的な願いのために近界(ネイバーフッド)玄界(ミデン)というふたつの世界を変えようとしている〕

 

「だってわたしたちはボーダー隊員なんだから近界民(ネイバー)の侵攻が続く以上は戦わなければならないし、戦闘があれば人が傷付いたり死んだりすることは避けられない。望まぬ力を持って生まれてしまったジンさんの不幸はその能力が消えるまで続いてしまう。それを待つこともできたけど、わたしの行動によって辛い未来を視ることがないようにできるならそうすべきじゃないかと思ったのよ。わたしはいつでも何か考えていて、そこで良いアイデアが浮かんだら実行したくなる。その時にやっておくことができたのにやらなかったら後悔する。だからわたしは行動するのよ。それが近界(ネイバーフッド)玄界(ミデン)というふたつの世界に大きな影響を与えているだけ。わたしはジンさんひとりと顔も知らない近界民(ネイバー)100人のどちらを選ぶかと言われたら迷うことなくジンさんを選ぶ。だって彼の方がわたしにとって大切な人だもの。そしてわたしが彼のためにやっていることが結果として近界民(ネイバー)のために役立っているならそれは副作用ならぬ副産物ということで良かったじゃないってこと。近界民(ネイバー)同士の戦争がなくなることで近界民(ネイバー)玄界(ミデン)に関わることがなくなるなら近界民(ネイバー)の戦争をなくそうとするのは当然のことよ。そしてそれがジンさんのためにもなる。一見遠回りな方法でも確実なんだと判断したからわたしは総合外交政策局長という力を得て戦っている。何百年何千年と続いてきたものを一朝一夕には変えられない。だけどだからって諦めるのは嫌だし誰かがやってくれるのを待つのは性に合わない。そしてやるからには最善を尽くして最善の未来を掴むわよ」

 

ツグミの姿を見ていたジュニアは自分のメモリにあるオリバの姿を思い起こさせた。

 

(私の知るオリバはデータでしかないが、ツグミの行動や考え方はそれに一致している。父と娘だからというだけではなく、オリバの強い意思がツグミに引き継がれ無意識に行動に移しているのではないかと思われる。幼い頃に死に別れた父親の影響をここまで強く受けているが、それが()のなせる業というものなのか? ならば私はツグミのために何ができる? 何をしてやればいいというのだ?)

 

ジュニアの知るオリバはデータだが、ツグミのことはトリュスによって作られた時から常に一緒にいてその目で見て感じている。

トリオン兵であるジュニアには人間の意思や生物学的な遺伝というものを知識として知っていても理解をすることは難しいだろう。

そもそもいくら優れたAIであっても人間ではない以上は同じものにはなれない。

それは仕方がないことなのだが、ジュニアにはなぜかそれが歯がゆいという「感情」として芽生えていた。

AIに感情が生まれるはずがないというのに。

 

〔ツグミ、いろいろ考えるのはいいが頭を休めることも必要だ。あと8時間もすればアウデーンスに到着する。今のうちに眠っておくんだ〕

 

「うん、わかった。おやすみ、ジュニア」

 

そう言ってツグミはベッドに横になって目を瞑った。

そんな彼女の寝顔を見ながらジュニアは言う。

 

〔今の私にできることはそう助言をすることだけだ。未来を切り開いていくおまえに私は助言をする。しかし選ぶのはおまえ自身だ〕

 

そして音も立てずにツグミのバングルの中へと姿を消した。

 

 

◆◆◆

 

 

アウデーンスはかつて農業大国であった国だが、数十年前に大飢饉が起きたことで人口は5分の1にまで減少してしまった。

(マザー)トリガーの操作によって天候をある程度までは自由に調整できる近界(ネイバーフッド)の国で飢饉が起きるというのは非常に稀なことである。

しかし操作のできる女王や巫女と呼ばれる女性が不在となれば別で、この国も巫女が自ら命を絶ったことで次の巫女が見付かるまでの約半年は太陽が昇らずにいたためすべての生命が絶えてしまったのだった。

国外へ脱出できた国民は友好国へ分散避難をしていたから全滅を免れたのだが、人口が8万弱にまで激減してしまったのだから国の存続は不可能だと思われた。

ところが新しい国王 ── 前国王をクーデターで退位させた ── が新しい(マザー)トリガーとそれを操作できる女性を見付け出したことで国民の信頼を得ることができ、散り散りになった国民を連れ戻して国を復興させたという経緯がある。

現在の国王はその男の息子で、まだ若いながらも精力的に国の復興を進めている。

これまでの慣習や古臭い階級制度などを廃し、政治も原則は君主国でありながらも国民の中から代表を選んで話し合いで決めるという民主主義も取り入れているのだそうだ。

そして近年では人口も徐々に増えつつあり、エクトスから三門市民を購入したのも新しい血を入れるためであった。

近界民(ネイバー)たちの間にも近親婚がタブーであることは広く知れ渡っていたがそれは単に倫理的な面のみで、生物学的な理由については知られていないということをツグミは最近知ったばかりである。

近界民(ネイバー)でありながらそれに気付き、また積極的に新しい技術や文化を受け入れるという人物にツグミは期待をしていた。

20代半ばの若い王で、テスタと同じく好奇心旺盛な変革者ともなれば彼女が興味を持たないわけがないのだ。

アウデーンス遠征のすべては修に任せてあるものの、ツグミは個人的に話をしてみるつもりである。

 

 

遠征艇が(ゲート)を開いてアウデーンスの上空に出ると、即座に飛行型トリオン兵 ── 見た目はイルガーに似ているが全長が3メートルほどの小型のもの ── に乗った兵士がふたり近付いて来た。

相手方の指示どおりに遠征艇を地上に着陸させ、こちらに敵対の意思がないことを示す合図をすると銃を下ろしてくれた。

ツグミと修のふたりが下船し、修が兵士に告げた。

 

「ぼくたちは玄界(ミデン)の防衛機関ボーダーの人間です。貴国の国王陛下にお目にかかりたいと思い参上いたしました。どうかお取次ぎをお願いします」

 

兵士たちは驚いた顔で頷き、次の指示があるまでこの場で待機するよう告げるとひとりは監視役として残り、もうひとりがトリオン兵で王都へ向かって飛び去って行ったのだった。

 

 

ひとり残された兵士 ── トリオン体ではないので一般兵だと思われる ── は年齢が17-8歳くらいに見える。

彼は興味深げにボーダーの遠征艇を見ていて、しばらくするとそれに飽きたのか地面に座って今度は銃を磨き始めた。

そんな彼に迅は近付いて行き、ぼ〇ち揚げを勧めた。

 

「食べる? これ、近界民(ネイバー)にすごく評判が良い菓子なんだけど」

 

毒見を兼ねて自分で食べて見せる迅。

するとその兵士は遠慮しようともせず袋に手を突っ込んでぼ〇ち揚げをつまみ上げると口に入れた。

そしてバリバリという音を立てて咀嚼し、飲み込むと迅に向かって言う。

 

「美味い! オレ、こんな美味いもの今まで食べたことない!」

 

「そうか! おまえにもこの味がわかるんだな。それなら俺たちは仲間だ。さあ、もっと食え」

 

「ああ」

 

そうしてふたりはひと袋のぼ〇ち揚げを仲良く分け合い、袋が空になる頃にはお互いを名で呼び合っていた。

兵士の名はエンツォといい、王都を守る役目に就いたことを誇りとしているのだと言う。

迅はぼ〇ち揚げを()にして情報収集をするが、個人的なことは親しげな雰囲気で喋るのだがその他のこととなると口を閉じてしまう。

そういった点では信頼できる兵士であることは間違いない。

それは上からの指示が末端の兵士にまできちんと行き届いているということで、軍という組織が正しく機能しているということでもあるのだ。

 

それから1時間ほどしてさっきの兵士が戻って来た。

 

「国王陛下がぜひともお目にかかりたいと申しておりました。自分が案内しますのでついて来てください」

 

兵士 ── 名をネリオといい、エンツォの先輩 ── の案内によってツグミたちは王都まで行くことになった。

この国も他の近界(ネイバーフッド)の国々と同じで広大な畑や森が続き、堂々とそびえる城が見えてくるとそこが王都である。

遠征艇は王都の一角にある軍司令部に停め、そこから城まで馬車で移動。

王城内にある他国からの客を泊める施設へと案内され、そこで国王との謁見の時間までひと休み。

そして時間になると国王の側近がツグミたちを迎えに来た。

いつもならツグミがひとりで謁見するのだが今回の遠征の責任者は修であるためにふたりで向かうことにする。

 

ツグミは慣れているので平然と歩いているが、修は緊張しているらしく冷や汗をかいていた。

 

「オサムくん、リラックスしましょう。別に取って食われるわけじゃないんだし、ここまでの様子だと歓迎…とまでは言わなくても邪険にされることはなさそう。交渉のことはまだ考えなくてもいい。今日はひとまず挨拶をするだけなんだから気楽にいきましょう」

 

「そう言いますけど霧科先輩みたいに慣れていないんですよ、ぼくは。相手は一国の王様なんです。本来ならぼくみたいな人間が会えるような人じゃありません」

 

「それはそうかもしれないけど、あなたはアフトのハイレイン王とガチでタイマン勝負をしたのよ。ビビることなんてないじゃない」

 

「あの時はまだ王様じゃなかったですし、戦わなきゃ千佳がさらわれるんですから無茶でもなんでも戦いましたよ」

 

「そうだったわね。でも他の国のお偉いさんたちからも一目置かれているのは間違いないわよ。エウクラートン、キオン、アフト、メノエイデス、他のいくつかの国でもわたしがあなたのことをわたしの後継者だって言ってあるから」

 

「ええっ!?」

 

「だってあなたはわたしがボーダーを辞めた後、わたしの仕事を引き継いでくれると言ったじゃないの。…まあ、それはともかく今は国王陛下に対して失礼のない態度で挨拶をして、交渉の場に相手を引っ張り出すことが重要。お土産もたくさん持ってきたことだし、機嫌を損ねることさえなければ目的の半分は達成できたようなものよ。あなたはやるべきことを全部やった状態でここに来たんだからもっと胸を張っていきなさい」

 

「はい」

 

そんな会話をしながら歩いていると、国王の側近は大きな扉の前で足を止めた。

 

「国王陛下は先ほどからお待ちです。どうぞ」

 

そう言って重厚な扉を開けた。

すると部屋の奥の椅子に腰掛けていた青年が嬉しそうに立ち上がって言った。

 

「ようこそ、玄界(ミデン)の客人よ。私がアウデーンス国王オルフェオ・アウデーンスだ」

 

 

 

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