ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
オルフェオ・アウデーンスは年齢が26歳と若く、涼やかなイケメンの好青年という容姿をしている。
一国の国王だというのに初対面に人間に対してフレンドリーで、為政者としてのものではなくむしろ人気アイドルが醸し出すオーラが彼から出ているようにツグミには感じられた。
顔だけでなく彼自身が内に秘めたに魅力があり、そのせいで国民から高い支持を受けているのだと思われる。
「この度は謁見の栄誉を賜り誠にありがとうございます。わたしは
ツグミと修がそれぞれカテーシーとボウ・アンド・スクレープという貴族式の挨拶をすると、オルフェオはふたりの前まで歩み出て握手を求めてきた。
「そんな堅苦しい挨拶はやめてくれ。もっと肩の力を抜いて気楽にしてかまわないよ。私は遠方からの客人と話をするのが好きなんだ。きみたちが
「歓迎してくださるのは嬉しいんですが、わたしたちの訪問の目的を知れば態度が変わるのではないかと心配しています」
「訪問目的は我が国にいるきみたちの同胞に関することだろ? エクトスが
「はい、そのとおりです。彼らは何もわからないうちに拉致されて異世界に連れて行かれ、さらに物のように扱われて売り払われるという人間の自由意思と権利を侵害された被害者です。
「それで順番が回って来たということか。…たしかにアウデーンス国王の私としてはきみたちがその目的を果たすのであれば貴重な国民が失われてしまうわけだから好ましいことではない。しかし他の国ではきみたちの希望に応じている。つまり条件によっては貴重な国民を返してもいいという気持ちになったということになる。だから私はきみたちを歓迎しているのだよ。37人の男女以上に価値のあるものを提供してくれるんだってね」
オルフェオは笑顔を崩さず淡々と言う。
その態度にツグミは「手強い相手だな」と感じ、修にすべてを任せるには少し酷かと思った。
今回の遠征では自分は手を出すことは最小限に留め修に交渉を任せることにしていたのだが、相手に会ってみて計画を変更しなければならないと判断する。
しかし修にとって良い修行の場にもなるわけで、時間をかけてでも修メインで事を進めることに決めた。
「陛下の前では隠し事はできそうにありませんね。おっしゃるようにわたしたちは貴国との取引を考えて準備をしております。これまで訪問した4ヶ国はそれぞれ事情が異なりますが望むものを提供することでお互いに利益を得る結果へと導きました。ですからまずは貴国がどのようなものを求めていらっしゃるかを聞き、こちらからそれを提供するという形で
「我が国が望むものは何でも?」
「陛下がどのような要求をするのかまだわかりませんから、その質問にはお答えできかねます。できることならお互いに腹を割って話ができる場を設けていただきたく存じます。交渉はそれからです」
「そうだな。きみの言うとおりだ。ひとまずきみたちの歓迎会を開こう。久しぶりの国賓だ、こちらも精一杯のおもてなしをしよう。事務的なことは宰相であるトールに任せるつもりでいるが、内容によっては私も交渉の場に同席させてもらう。難しい話はその時ということで、今夜は心身ともに寛いでほしい」
「お心遣い誠にありがとうございます」
「気にしないでいい。私はきみからいろいろな話が聞けると思うと今からワクワクが止まらないよ」
ひとまず挨拶は済ませ、次の
◆◆◆
アウデーンスは元々が農業を主体とした国家であったので、一度は壊滅的なダメージを受けたといってもノウハウは失われていなかったらしく現在では良質な農産物が収穫できるようになっている。
労働人口はまだ少ないが道具としてのトリガー技術の発展に力を入れていることで農作業の一部はトリガーによって行われている。
具体的にいうと
また庶民であっても騎乗用や運搬用のトリオン兵を持っていて、農作物の運搬はトリオン兵を使用している。
さすがに飛行型のトリオン兵を持っているのは軍だけだが、馬型や牛型のトリオン兵は政府が国民に安価で分け与えているのだそうだ。
食料自給率は約130パーセントで、自国だけで十分に賄えるために他国との交易は塩やスパイスなどの購入など一部に限られている。
そのために外国の人間が訪問することは珍しいとのことで、それが国賓級の相手となれば歓迎をしようという気にもなる。
歓迎晩餐会にはツグミたちボーダーの人間は全員出席し、アウデーンス側はオルフェオと宰相のトールのふたりだけであった。
オルフェオからトールを紹介されたとたん、ツグミたちは想像もしていなかったことに驚いて固まってしまったのだった。
「私はアウデーンスの宰相のトールです。ですが以前は田上徹(たがみとおる)という名前で、拉致された時には三門市立大学の経済学部の学生でした」
さすがのツグミでも拉致被害者の男性が
「エクトスに拉致された時にトリガー使いとしての訓練をさせられて適性もあったんです。そしてこの国に売られてしばらくは軍にいましたが、私が経済の勉強をしていたという話を国王陛下が耳にしたことで政庁に勤めることになりました。そのうちに認められて、いつの間にか宰相というナンバー2に地位にいました。陛下は才能のある人間を自分の側近にし、仕事のほとんどを任せて自分は暢気に視察や趣味の研究に勤しんでいます。それだけ私たちのことを信頼してくれているということで、
そう挨拶をしてから彼はツグミたちの向かい側の席についた。
そして歓迎会は始まった。
料理のメニューはこれまでの国の料理とあまり違いはないのだが、その素材の良さに誰もが目を見張った。
野菜が採れたてで新鮮なものを使用し、その素材の良さを失わない絶妙な味付けや調理をしているのだ。
さらに驚くことにサラダにマヨネーズが使われていたのだが、それはやはり拉致被害者の中で政庁の食堂で働いていた女性が作って食堂で人気が出たためオルフェオの耳に届いたらしい。
それからは生野菜を食べる時に塩ではなくマヨネーズを使う習慣が生まれたのだそうだ。
日本人なら醤油や味噌が恋しいだろうということで遠征艇に積んできていると話すとオルフェオは興味を抱き、すぐに遠征艇の倉庫から運ばせる指示をした。
そして目玉焼きに醤油をかけたり、キュウリに味噌をつけたりして生まれて初めての味を楽しむと子供のように満面の笑みを浮かべた。
誰であっても美味しいものを食べれば幸せな気分になれる。
オルフェオは「人は美味しくて十分な食事さえできれば幸せである」という考えを持っており、飢饉で大勢の人間が犠牲になった過去を繰り返さないことを誓い、
そのおかげで十分な収穫を得られるだけでなく栄養価の高い農産物が収穫できるようになった。
そうなると少しずつだが幼くして死亡する子供が減り、人口も増えつつあるという効果が生まれている。
ただしこのままでは元に戻るにはまだ十数年はかかるだろうが、
オルフェオはこのまたとないチャンスに賭けてみようという気になった。
その
◆◆◆
「ツグミ、少し時間をくれないか?」
食事を終えて解散をしたところでオルフェオがツグミに声をかけた。
「明日からの交渉のためにもお互いのことをもっと知っておくべきだと思ってね。もちろん夜間に女性を引き留めるのはマズいと思うんだが、私にもあまり時間の余裕はないから仕方がないんだ。だから私とふたりきりになるのが嫌なら誰かを立ち会わせてもかまわないよ」
「それでしたらこの迅悠一に同席してもらいます。よろしいでしょうか?」
ツグミは迅の腕を掴んで言う。
「ああ、かまわない。では私の部屋…執務室へ行こう」
ツグミと迅はオルフェオに案内されて彼の執務室へと向かう。
政庁内にあるものとは別に城の中にも執務室があるのだという。
執務室とは仕事をするための部屋なのだが、この部屋は彼が趣味を嗜む場所であるようだ。
部屋中の壁にはアウデーンス全域の詳しい地図が貼ってあり、そこには土壌の成分やその場所で収穫される作物と量などが細かく書き込まれている。
まるでそれは学者の研究室のようで、さらにそのデータはすべてオルフェオ自身が足を運んで調査をしたというのだから驚くしかない。
「私の夢はすべての国民が安心して幸せになれる国を創ることで、これは国王としての義務ではなく国王となった私の権利だと思っている。私の思い描く幸福な未来を実現する。そのために国王としての私は働いているのだが、オルフェオ・アウデーンス個人としては趣味を兼ねて楽しんでいるんだよ。同じことをするのであっても嫌々ながらやるよりも楽しんでやる方が精神的にも楽だしね」
「そのお考えにわたしは賛成です。わたし自身も同じ結果を出すなら楽しんでやりたいと考えます」
「そうだよな? それなのに家臣たちは私には椅子に座って承認だけしてくれればいいなとど言うのだ。私の身に何かあったら困るというのが理由だ。まあ、私にはまだ妃がいないから後継ぎとなる子もいない。そんな状態で私が死んだらこの国はどうなると問われると返す言葉がないのだが、巫女と違って国王なんてものは誰がなってもかまわないと思うんだ。重要なのは
呆れ顔で言うオルフェオにツグミと迅は苦笑するしかない。
「それに私には結婚したい女性がいるんだが、彼女は自分の立場や家族のことを考えて良い返事を聞かせてはくれない。もちろん彼女が私に好意を抱いているのは間違いないんだが、私が国王であることを彼女は知らない。いつ正体を明かそうか悩んでいたのだが、きみたちが来てくれたこの機会にもう一歩踏み出してみようと思う。その結果ダメだったとしても彼女を諦める理由になる」
「陛下の言っていらっしゃる意味はわかりませんが、いつまでも身分を隠していることはできません。それが生涯を共にしたいと考える女性であればなおさらです。わたしたちに何ができるのかもわかりませんけど、陛下が利用できると思うのであれば利用してくださって結構です。ただしその結果が最善のものであった場合、それなりに見返りをいただけると信じています」
ツグミがそう答えるとオルフェオはニヤリと笑った。
「その場合は善処しよう。ではまずきみたちとボーダーという組織のことから話してもらえるかな?」
「はい。少々長くなりますが退屈させることはありませんのでお聞きください」
ツグミと迅はオルフェオに招かれてソファに並んで腰掛け、侍女が運んで来たハーブティーを飲みながらボーダーが設立した頃からの話を要点を掴んで説明し、アフトクラトルによる大侵攻から敵地への遠征の話、キオンとエウクラートンと同盟を結ぶまでの経緯、それにアフトクラトルが加わってくれた理由などについては少々芝居がかった言い回しで話した。
それをオルフェオは興味津々で聞き入っており、ツグミの話だけで1時間以上もかかってしまったのだが、その間あくびをしたり視線を逸らすことなく熱心に聞いている彼の態度にツグミは好感を抱いたのだった。
そしてツグミの話が終わると次はオルフェオがアウデーンスの歴史、過去において最大の悲劇とも呼べる巫女の自死とそれから始まる大飢饉について話してくれた。
巫女の自死の理由についてはいろいろな憶測が飛んだが、当時の国王がすべてを握り潰したという。
国王である父親が巫女であった娘に無理なことを強いたために自ら命を絶ったというのが真相らしい。
それから約半年間は
その指示をしたのが当時の外務大臣だったオルフェオの父親で、クーデターを起こして国王を追放して自らが王位に就いた。
それができたのは彼に対する部下や国民の支持が高かったというだけでなく、彼の妻すなわちオルフェオの母親が巫女としての力を持っていたからであった。
外国に避難していた国民も徐々に帰国し、10年近くかかってかつての姿を取り戻したいう。
しかし一度5分の1にまで激減してしまった人口を元に戻すことはできず、友好国に頼み込んで移住をしてもらうなどして努力はしていたのだが決定打となるものはなかった。
そこでエクトスから
それは倫理的に問題があるとわかっていたことだが背に腹は代えられぬということで、37人の人間をエクトスから買って自国民としたのだった。
ここで重要なのは異世界の人間であっても同胞と同じかそれ以上に手厚く保護したということ。
10代前半から20代半ばの男女ばかりであったため家族と引き離されて見知らぬ土地で生きていかざるをえない彼らの心情を解し、前王は可能な限り彼らに自由を与え、アウデーンス国民と結婚をすることになった場合には祝い金まで与えたというくらいだ。
だから拉致被害者市民はホームシックになっても心を病んでしまうようなことはなかったのだそうだ。
5年ほど前にオルフェオが王位を継ぎ、若く国民の人気もある国王が精力的に政を行っているということで、現在では
ただし上り調子であるということは貴重な人的資源である拉致被害者市民をそう簡単に手放したくはないはずで、難しい条件を持ち出す可能性が高いということ。
交渉は難航するかもしれないが、修にとっては良い経験となることだろうとツグミは考えていた。
そしてこの交渉の成功の鍵はオルフェオをどう
(どの世界でも同じ趣味を持つなら話ははずむもの。交渉の事務的なことはトールさんとオサムくんがやってくれるだろうから、わたしはオルフェオ陛下をどうやって
◆◆◆
こうしてアウデーンスでの第1日目は終了した。
翌日の午前から早速交渉が始まることになり、午後には拉致被害者市民全員に政庁へと集まってもらうことになっている。
そこで簡単な問診による健康診断と面接を行い、帰国して三門市で暮らすのか一時帰国に留めてアウデーンスで暮らすのかという希望を調査する。
そしてその結果でボーダー側がアウデーンス政府に代価を支払うわけだが、その代価をどうするのかを話し合うのは3日目以降となるだろう。
拉致被害者市民救出遠征も5回目ともなれば総合外交政策局員は慣れたもので、ツグミが指示をしなくても修を中心に動いてくれるだろうからツグミはひとまずノータッチで、修から助けを求められた時のみ交渉に加わると修に告げてある。
修も初っ端からツグミに助けを求めるとは考えられないので、2日目はいつものように現地の調査作業を行うつもりでいた。
もちろん許可を得なければ勝手なことはできないわけで、オルフェオにその話をしたところ意外なほど簡単に許しを得たのだがそれだけではなかった。
「それなら私が同行しよう。なに、会議なんてものは後回しにしてもかまわない内容だ。それよりも
オルフェオはそう笑顔で答えるが、そばにいた迅はあからさまに不機嫌そうな顔をしたのだった。
オルフェオの執務室から迎賓館へ戻る途中、ツグミは迅をなだめるように言った。
「ヤキモチ焼くなんて悠一さんも可愛いですね?」
「ふざけるなよ」
「別に浮気しようってことじゃないんだから心配しないでください」
「当たり前だ!」
「陛下には結婚をしたいと思うほどの女性がいるんだからわたしになんて興味ないですよ。あれは純粋に交渉を有利に運ぶための布石で、考えるところはわたしと同じです」
「それはわかっているが…なんかムカつく」
迅は頭ではわかっていても心がザワザワして落ち着かないでいた。
ツグミが自分以外の男性に靡くことがないことも確信があったし、オルフェオから意中の女性がいることも聞かされていたから不安はないはずなのだが、やはりツグミとオルフェオをふたりきりにはしたくない。
単にのけ者にされて不機嫌なだけなのだが、そんな
「だったらわたしと陛下ふたりの護衛という理由で一緒に来ますか? あなたが
ツグミは周囲に誰もいないことを確認すると背伸びをして迅にキスをした。
「今はこれだけしかできませんけど、この遠征が終わったらもっとイイコトしましょうね」
小悪魔的な笑みを浮かべたツグミが迅に背を向けて先を歩いて行く。
その背中を見ながら迅は思った。
(まったくおまえにはかなわないな…)