ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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607話

 

 

遠征を行う場合、原則として夕食の時間にツグミたちは全員揃って食事をし、その時に各人の一日の報告をすることになっている。

それぞれがバラバラに仕事をしているため、情報交換として行っていた。

ゼノンとテオは遠征艇の整備、千佳と麟児とリヌスは交代で艇のトリオン補給を行い、予定どおりに進んでいるとのこと。

修と遊真、レイジ、小南、京介は拉致被害者市民への説明会やアンケート、健康診断などの雑務を行ったことを報告した。

最後にツグミが迅と一緒にオルフェオの案内で郊外のジャガイモ畑へ行って農夫たちと交流し、土壌の調査を行ったことを話す。

 

「…ということで、まだ詳しい数値は出ていませんが近界(ネイバーフッド)の土壌に(マザー)トリガーから抽出されたトリオンが含まれているのは間違いありません。それは国土の維持に必要なものだと考えられていましたが、それだけではなく収穫された農産物からトリオンが検出されたのは作物の育成にも土の中のトリオンが栄養分として使用されているからだと思われます。今までは仮説の段階でしたが今回の陛下からの説明でますます真実味が出てきました。作物の作付を行う段階で前もって計算しておいたトリオンを畑に注ぎ、収穫の時に土壌の残留トリオンを測ると明らかに減少しているのは事実。そのトリオンが収穫物に吸収されていると考えるのが妥当です。すなわち近界民(ネイバー)はこれらの作物を日常的に食べているのですから彼らは無意識にトリオンを食事で吸収しています。トリオンが豊富な農産物を食べることでトリオン器官にも良い影響を与えていると考えられるのです」

 

「……」

 

レイジたちは黙ってツグミの話を聞いている。

 

「すなわちこれが事実だと確定すれば近界(ネイバーフッド)における最大の問題点であるトリオン不足を解消する手段となりうるということです。病気や怪我で命を失う人たちのために玄界(ミデン)の医療知識や技術を導入することで極力減らすことができるようになるでしょうから人口は少しずつ増えていくはずです。そしてひとりひとりがトリオン能力を高めることで国内の総トリオン量が増えるのは自明の理。そうすれば近界民(ネイバー)がわたしたちの想像以上に愚かな人間ではない限り三門市に侵攻してくることはなくなるでしょう。なにしろボーダーの強さは()()アフトクラトルの軍勢を撤退させたという事実と、玄界(ミデン)が軍事大国であるアフトとキオン両国と同盟を結んだということで認知されています。そんな国にハイリスク・ローリターンで攻め込むバカはいませんからね。むしろ玄界(ミデン)と同盟関係を結ぶことで国が発展していくと理解できれば(ゲート)を開いてやって来たとしても彼らは敵ではなく友人になれる相手として安心して接することができます。当然100パーセント安全だとは言い切れませんからボーダーはこれまでのように界境防衛機関としての役目も存続しますが、これからはますます近界民(ネイバー)との交渉の窓口となる総合外交政策局の仕事が増えていくでしょう」

 

「……」

 

「そして玄界(ミデン)でもトリオンとトリガーの知識や技術は大いに役立つものですから、近界民(ネイバー)との交流は拡大していくことは間違いありません。お互いの優れた文化や技術を交換することで双方の生活レベルの向上がアップする、つまりwin-winとなるわけですから素晴らしいことのように思えるのですが、近界(ネイバーフッド)にはエクトスのような警戒すべき国もありますし、玄界(ミデン)にも自国の戦争に武器(トリガー)やトリオン兵を導入したいと考える連中がいることに目を背けていることはできません。すなわちボーダー(わたしたち)は敵性近界民(ネイバー)だけでなく玄界(ミデン)にも『敵』が存在することを意識して()()ことになるでしょう。もちろん玄界(ミデン)の中でトリオンやトリガーに関するトラブルを生み出さないようにするには近界民(ネイバー)との関わりを断ってしまうという方法もあります。ですがそれは現実的ではありません。それにボーダーのスポンサー企業には相応の()()をしなければ人としての仁義に背くことになります。ですから近界民(ネイバー)側の対応はボーダーが全力を尽くすことになりますが、玄界(ミデン)側は日本国政府や三門市にお願いするしかありません。まあ、そちらにも影響力のある方がボーダーの味方に何人もいますから不安はありませんが今のうちから万全の態勢を整えておきたいと思います」

 

するとレイジの手が挙がった。

 

「具体的にどうするんだ? おまえのことだからもう考えていて行動に移していると思うが」

 

「もちろんです。まずは信頼できる人間との強いコネクションを作ることですね。これまでにいくつかの国の元首と会ってきましたが、その中でもキオンのスカルキ総統閣下やこの国のオルフェオ国王陛下はまったく接点がないにも関わらず考えや行動が酷似していることに気付きました。このふたりは近界(ネイバーフッド)の国々に多い絶対君主制を否定し、一部の特権階級だけが利益を得て大多数の庶民が苦しい生活を強いられる世の中を憎んでいます。ふたりとも国民の生活を第一と考え、才能のある人物なら身分を関係なく重用するという理想的な為政者です。特にスカルキ閣下は国内だけでなく近界(ネイバーフッド)の国々にも影響を与えるキオンのトップですし、アフトのハイレイン陛下も過去の蛮行を猛省して政に専念していて、これまでの貴族中心の政治を廃して民主制を導入するために働いているそうです。これでアフトが他国への侵攻によって国力を上げてきたやり方から、国内の生産力を高めることで国を豊かにするという成功例となればそれを真似しようという国も現れることでしょう。現在はボーダーの主宰する同盟に加入しているのはキオン、エウクラートン、メノエイデス、アフトクラトルの4ヶ国ですがラグナやリコフォスなど拉致被害者市民帰国計画で関わりを持つようになった国も同盟加入を検討しているそうです。同盟に加入する国が増えればボーダーの意思に沿う近界民(ネイバー)が増えるということ。あとはボーダー(こちら)でコントロールするだけです」

 

「……」

 

玄界(ミデン)側でもボーダーのスポンサー企業には国内の経済に大きな影響を与える大企業もあり、表立っては行動していませんが味方となってくれる大物の国会議員や警察の幹部もいます。そしてアンダーグラウンドな世界に太いパイプを持つ外務・営業部長がいて、その人を頼れば三門市どころか日本国政府を動かすことも不可能ではありません。唐沢部長が前職を辞めてボーダーのスカウトに応じたのはボーダーという組織に()()()()を感じたからだそうで、そのやりがいがなくなってしまったらボーダーを辞めてしまうかもしれませんが、大金を積まれても首を縦に振らない男気のある方ですからボーダーの隊員や職員が彼を失望させなければ大丈夫です」

 

そして続ける。

 

「他にもわたしが()()()()()()()()()は予定どおりに進んでいます。あと1年と短い時間しか残されていませんが、土壌を選んで耕し、すでに種を蒔いてあります。その種もわたしが厳選したものですし出た芽を大切に育てていますから、いつか大輪の花を咲かせてくれるでしょう。途中で枯れてしまうような心配はない丈夫な芽ですから、あとは育つのを待つだけ。わたしがエウクラートンへ行ってもその()()を知るのは容易だと思います。誰かが必ずわたしの耳に良い報せを届けてくれるはずですし、もしかしたら本人が会いに来てくれるかもしれませんから。ね、オサムくん?」

 

突然自分に同意を求められた修。

これまでなら慌てたかもしれないが、今なら自信を持って答えられる。

 

「はい、もちろんです。霧科先輩の期待を裏切らないだけでなく、想像以上の結果を出して見せます。そして堂々と会いに行きます」

 

するとツグミは「合格」という顔で頷いた。

 

「待ってるわよ。…ではこれで報告会は終わり。続いてオサムくんの主導で明日からの交渉会議をどうするか相談したいと思います。オサムくん、お願いします」

 

「はい」

 

 

ここからは拉致被害者市民救出計画班主任・三雲修が主役の舞台となる。

ツグミの仕事をそばでずっと見ていたから何をどうすべきなのかは理解しているので難しいことではない。

ただ実際に自分の手で行うとなると勝手が違うのだが、彼は不安や迷いはなかった。

ツグミに信頼されて任されたという事実が自信につながり、自信が力となるのだ。

 

「では明日の第1回交渉会議についてぼくの計画を説明します。アウデーンス側は宰相のトール閣下がひとりだけということですが、状況によってはオルフェオ陛下も参加することになるという話ですので、こちらからはぼくと霧科先輩のふたりで出席します。ただし会議に参加して意見を言うことはできませんが会議室内で交渉の様子を見学できるそうなので、希望者がいれば手を挙げてください」

 

修がそう言うと遊真が手を挙げた。

遊真は自分の嘘を見抜くというサイドエフェクトを(相棒)のために役立てたいという気持ちがあって、その気持ちが修には嬉しくてたまらない。

自然と笑みがこぼれる修。

 

(オサムくんはトリオンに恵まれなかったけど、ボーダーには入るべくして入ったということなのね。それは悠一さんの未来視(サイドエフェクト)があったおかげで、そうでなければオサムくんが試験に落ちた時にすべては()()()しまっていたはず。この結果には悠一さんの苦しみという大きな代償があったけど、本人も満足しているって顔だわ)

 

ツグミの隣で迅は修の顔を見て微笑んでいる。

 

(これなら明日からの交渉もわたしがそこにいるだけで進めていくことができそう。さあ、お手並み拝見よ、オサムくん)

 

その夜、「歴史の1ページがつくられる瞬間」を()()()()()で見ることができるという高揚感でツグミはなかなか寝付かれなかったのだった。

 

 

◆◆◆

 

 

翌日の午前9時から政庁の会議室で第1回交渉会議が始まった。

前日のうちに拉致被害者全員の希望を聞いており、男性29人のうち14人、女性8人のうち5人はアウデーンスで今の暮らしを続けたいという。

したがってひとまず全員が帰国するものの半数以上の19人が一時帰国でアウデーンスに留まるという結果となった。

その19人の中には田上徹、アウデーンスの現宰相トールも含まれている。

彼らは三門市に帰りたくはないというのではなく、アウデーンスで暮らしていてこの国に骨を埋めることを望んでいる。

新しい家族を作った人もいればそうでない人もいるが、共通しているのは「オルフェオに恩がある」と「オルフェオのために働きたい」という理由で、それにはツグミたちも驚いた。

玄界(ミデン)の便利な暮らしに慣れている人間にとって近界(ネイバーフッド)は不便なことが多い。

特に庶民の生活レベルは不便極まりないし、娯楽は乏しい。

それでもあえて残るというのはアウデーンスでの暮らしに生き甲斐を感じているからなのだ。

アウデーンスで暮らしていた拉致被害者市民の多くが第一次近界民(ネイバー)侵攻の際に小学校高学年から大学生という将来がまだ定まっていない時期であった。

そして他人から強く必要とされているという意識が自己肯定感へとつながり、何にでも一所懸命にやっていると周りから喜んでもらえると思うとますますやる気が出てくる。

それが幸福なのだという結果に至り、多少不便であってもアウデーンスで生きることを選んだのだった。

それは本人が決めたことなのでツグミたちに異論はなく、オルフェオも納得している。

だからあとは帰国する18人の人間と何を「交換」するかの交渉を行うだけであった。

近界(ネイバーフッド)玄界(ミデン)では統一した貨幣などないから原則として「物々交換」になってしまうのは仕方がない。

アウデーンス側の責任者がトールであったことはボーダーにとっても幸いであった。

彼の感覚でいくと人間ひとりの価格が約1000万円で、それがトリガー使いであったり若い女性であったりすると価格が1割から3割くらいアップするのだそうだ。

そうなると18人で約2億円になる計算だ。

その2億円の価値に見合う「物」をボーダーはアウデーンス側に提供することになり、それを何にするかを決めなければならない。

さらにアウデーンスに残る19人には拉致被害者としての賠償金を支払うのだが、こちらも日本円で渡されても意味はないから彼らの希望を叶えることにした。

そちらに関しては一時帰国の時までに考えておいてもらうことになっているので、当面はアウデーンス側に支払う物品の選定が主な仕事になる。

 

修は過去4回の拉致被害者市民救出計画の「結果」から提供できる物や事のリストをトールに提出してある。

玄界(ミデン)の人間である彼になら説明は必要なく、それだけでも修の負担は減るし交渉はスムーズに運ぶというものだ。

近界(ネイバーフッド)の国々では医薬品や日常雑貨が不足しているから必要とされる。

特に子供にも投与できる薬があれば死なせずに済んだ子供たちが多いため、子供でも飲みやすい形状の解熱剤や下痢止めなどを大量に要求することが多い。

他には衛生環境を改善するための石鹸や消毒用アルコールなどの他、トールは小学校と中学校で使用される教科書と鉛筆やノートなどの文具を希望した。

それは初等教育が重要だと理解しているからで、その中でも算数・数学は生活していく上で役に立つものだから学校で教えたいと言う。

それならばと修は教科書だけでなく黒板、チョーク、授業で使う大型の三角定規や分度器といった道具も用意すると提案した。

こうした細かいところに気配りができるのは修の長所で、ツグミが知恵を出したり修のサポートをするようなことは一度もなく第1回目の会議は無事終了した。

それぞれが交渉で出た結果を再検討し、お互いに納得できるものとなったら次はボーダー側がいつどのようにして()()()()()()かを決める第2回交渉会議に移る。

大量の物資を一度に納入することは不可能だし、そのことはアウデーンス側も理解してくれているから難しいことではない。

しかし次の遠征計画も進めなければならないので、ボーダー側は効率良く行いたいと考えている。

幸いなことにアウデーンスと玄界(ミデン)の距離は一年を通して約10日から15日くらいしかかからない距離にあるため行き来は比較的楽なので、急いでいる時にはアウデーンス側から取りに来てもらうという手もある。

修の初仕事がアウデーンスとの交渉であったことは運が良かったとも言えるが、なによりも彼が無心に相手のことを考えて行動しているからにすぎないのだ。

 

 

◆◆◆

 

 

交渉会議が少し長引いたことで遅めの昼食を取ることにしたツグミと修と遊真の3人はトールに声をかけられた。

 

「よかったら私と一緒にランチしないかい? これはプライベートで、単に最近の三門市のことを聞きたいからなんだけど…どうかな?」

 

ツグミたちに断る理由はなく快諾した。

 

「じゃあ、城下に出て私の行きつけのレストランへ行こう」

 

 

トールに案内されて向かった先は街の定食屋といった庶民のための食事処だった。

カウンター席とテーブル席を合わせて20人くらいの店で、すでにランチタイムを終えていたために客はツグミたち以外にはいない。

 

「いらっしゃいませ。…あ、トールさま、ようこそ。今日はひとりではなくお友だちと一緒なんですね。いつものお席でよろしいですね?」

 

「ああ。今日のランチが残っていたらそれを4人分頼む」

 

「はい、かしこまりました」

 

ツグミと同じくらいの年齢に見える愛らしいウェイトレスはトールが宰相であることを知っているのか「さま付け」で呼ぶが、特に畏まった様子はなくむしろ人懐っこい態度で接している。

トールはそんな彼女に好意を抱いているということはその態度から明らかで、彼女に会いたくてこの店に通っているのではないかとツグミは感じた。

 

中庭に面した大きな窓際のテーブル席に4人で腰掛けるとウェイトレスが水の入ったグラスを4つ運んで来た。

 

近界(ネイバーフッド)のレストランでお水が出てくるなんて珍しいですね?」

 

ツグミがトールに訊くと、彼はニコニコしながら答えた。

 

「この店も昔はこんなサービスはしなかったんだ。だけど私が玄界(ミデン)での習慣を話すと店主がすぐにそれを取り入れた。ここに来る客の多くは肉体労働をしている若い男性で、彼らはお腹が空いているだけでなく喉も乾いている。そんな客に水をサービスすると大変喜ばれて、客の入りが以前の倍以上になったという。…そこにある井戸の水は王城の井戸と同じ水源なのでとても冷たくて美味しいんだ」

 

トールは中庭の隅にある井戸を指さして言い、自分のグラスの水を美味しそうに飲み干した。

 

「そんな助言をしたこともあって、私はこの店にいくつかのアドバイスをした。朝のモーニングサービスと昼のランチタイムメニューはとても好評で、今ではこの店のサービスを真似する店が増えたらしい。といってもこの店の料理が美味しいから繁盛しているだけどね」

 

そんな会話をしているとウェイトレスが料理を運んで来た。

 

「お待たせしました。本日の日替わりランチのカボチャのキッシュと厚切りベーコンです」

 

ランチプレートには直径20センチくらいの円形のキッシュが8分の1と、ひと口では食べきれないほどの大きさの焼きベーコン、付け合わせの温野菜が綺麗に盛り付けられている。

 

「さあ、食べようか。…いただきます」

 

「「「いただきます」」」

 

三門市を離れて久しいというのにトールは田上徹の頃と同じく食事の時には「いただきます」を言う。

それは歓迎晩餐会の時に知ったのだが、彼曰く「三門市にいた時よりも食事のできるありがたさが身に染みるようになった」で、近界(ネイバーフッド)の国々では食事ができることは当たり前ではないということを意味していた。

 

料理の味は素朴ながらも味わい深いものがあって、ツグミたちも(マザー)トリガーの恵みに感謝しながら全部きれいに食べたのだった。

 

 

 

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