ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
遠征を行う場合、原則として夕食の時間にツグミたちは全員揃って食事をし、その時に各人の一日の報告をすることになっている。
それぞれがバラバラに仕事をしているため、情報交換として行っていた。
ゼノンとテオは遠征艇の整備、千佳と麟児とリヌスは交代で艇のトリオン補給を行い、予定どおりに進んでいるとのこと。
修と遊真、レイジ、小南、京介は拉致被害者市民への説明会やアンケート、健康診断などの雑務を行ったことを報告した。
最後にツグミが迅と一緒にオルフェオの案内で郊外のジャガイモ畑へ行って農夫たちと交流し、土壌の調査を行ったことを話す。
「…ということで、まだ詳しい数値は出ていませんが
「……」
レイジたちは黙ってツグミの話を聞いている。
「すなわちこれが事実だと確定すれば
「……」
「そして
するとレイジの手が挙がった。
「具体的にどうするんだ? おまえのことだからもう考えていて行動に移していると思うが」
「もちろんです。まずは信頼できる人間との強いコネクションを作ることですね。これまでにいくつかの国の元首と会ってきましたが、その中でもキオンのスカルキ総統閣下やこの国のオルフェオ国王陛下はまったく接点がないにも関わらず考えや行動が酷似していることに気付きました。このふたりは
「……」
「
そして続ける。
「他にもわたしが
突然自分に同意を求められた修。
これまでなら慌てたかもしれないが、今なら自信を持って答えられる。
「はい、もちろんです。霧科先輩の期待を裏切らないだけでなく、想像以上の結果を出して見せます。そして堂々と会いに行きます」
するとツグミは「合格」という顔で頷いた。
「待ってるわよ。…ではこれで報告会は終わり。続いてオサムくんの主導で明日からの交渉会議をどうするか相談したいと思います。オサムくん、お願いします」
「はい」
ここからは拉致被害者市民救出計画班主任・三雲修が主役の舞台となる。
ツグミの仕事をそばでずっと見ていたから何をどうすべきなのかは理解しているので難しいことではない。
ただ実際に自分の手で行うとなると勝手が違うのだが、彼は不安や迷いはなかった。
ツグミに信頼されて任されたという事実が自信につながり、自信が力となるのだ。
「では明日の第1回交渉会議についてぼくの計画を説明します。アウデーンス側は宰相のトール閣下がひとりだけということですが、状況によってはオルフェオ陛下も参加することになるという話ですので、こちらからはぼくと霧科先輩のふたりで出席します。ただし会議に参加して意見を言うことはできませんが会議室内で交渉の様子を見学できるそうなので、希望者がいれば手を挙げてください」
修がそう言うと遊真が手を挙げた。
遊真は自分の嘘を見抜くというサイドエフェクトを
自然と笑みがこぼれる修。
(オサムくんはトリオンに恵まれなかったけど、ボーダーには入るべくして入ったということなのね。それは悠一さんの
ツグミの隣で迅は修の顔を見て微笑んでいる。
(これなら明日からの交渉もわたしがそこにいるだけで進めていくことができそう。さあ、お手並み拝見よ、オサムくん)
その夜、「歴史の1ページがつくられる瞬間」を
◆◆◆
翌日の午前9時から政庁の会議室で第1回交渉会議が始まった。
前日のうちに拉致被害者全員の希望を聞いており、男性29人のうち14人、女性8人のうち5人はアウデーンスで今の暮らしを続けたいという。
したがってひとまず全員が帰国するものの半数以上の19人が一時帰国でアウデーンスに留まるという結果となった。
その19人の中には田上徹、アウデーンスの現宰相トールも含まれている。
彼らは三門市に帰りたくはないというのではなく、アウデーンスで暮らしていてこの国に骨を埋めることを望んでいる。
新しい家族を作った人もいればそうでない人もいるが、共通しているのは「オルフェオに恩がある」と「オルフェオのために働きたい」という理由で、それにはツグミたちも驚いた。
特に庶民の生活レベルは不便極まりないし、娯楽は乏しい。
それでもあえて残るというのはアウデーンスでの暮らしに生き甲斐を感じているからなのだ。
アウデーンスで暮らしていた拉致被害者市民の多くが第一次
そして他人から強く必要とされているという意識が自己肯定感へとつながり、何にでも一所懸命にやっていると周りから喜んでもらえると思うとますますやる気が出てくる。
それが幸福なのだという結果に至り、多少不便であってもアウデーンスで生きることを選んだのだった。
それは本人が決めたことなのでツグミたちに異論はなく、オルフェオも納得している。
だからあとは帰国する18人の人間と何を「交換」するかの交渉を行うだけであった。
アウデーンス側の責任者がトールであったことはボーダーにとっても幸いであった。
彼の感覚でいくと人間ひとりの価格が約1000万円で、それがトリガー使いであったり若い女性であったりすると価格が1割から3割くらいアップするのだそうだ。
そうなると18人で約2億円になる計算だ。
その2億円の価値に見合う「物」をボーダーはアウデーンス側に提供することになり、それを何にするかを決めなければならない。
さらにアウデーンスに残る19人には拉致被害者としての賠償金を支払うのだが、こちらも日本円で渡されても意味はないから彼らの希望を叶えることにした。
そちらに関しては一時帰国の時までに考えておいてもらうことになっているので、当面はアウデーンス側に支払う物品の選定が主な仕事になる。
修は過去4回の拉致被害者市民救出計画の「結果」から提供できる物や事のリストをトールに提出してある。
特に子供にも投与できる薬があれば死なせずに済んだ子供たちが多いため、子供でも飲みやすい形状の解熱剤や下痢止めなどを大量に要求することが多い。
他には衛生環境を改善するための石鹸や消毒用アルコールなどの他、トールは小学校と中学校で使用される教科書と鉛筆やノートなどの文具を希望した。
それは初等教育が重要だと理解しているからで、その中でも算数・数学は生活していく上で役に立つものだから学校で教えたいと言う。
それならばと修は教科書だけでなく黒板、チョーク、授業で使う大型の三角定規や分度器といった道具も用意すると提案した。
こうした細かいところに気配りができるのは修の長所で、ツグミが知恵を出したり修のサポートをするようなことは一度もなく第1回目の会議は無事終了した。
それぞれが交渉で出た結果を再検討し、お互いに納得できるものとなったら次はボーダー側がいつどのようにして
大量の物資を一度に納入することは不可能だし、そのことはアウデーンス側も理解してくれているから難しいことではない。
しかし次の遠征計画も進めなければならないので、ボーダー側は効率良く行いたいと考えている。
幸いなことにアウデーンスと
修の初仕事がアウデーンスとの交渉であったことは運が良かったとも言えるが、なによりも彼が無心に相手のことを考えて行動しているからにすぎないのだ。
◆◆◆
交渉会議が少し長引いたことで遅めの昼食を取ることにしたツグミと修と遊真の3人はトールに声をかけられた。
「よかったら私と一緒にランチしないかい? これはプライベートで、単に最近の三門市のことを聞きたいからなんだけど…どうかな?」
ツグミたちに断る理由はなく快諾した。
「じゃあ、城下に出て私の行きつけのレストランへ行こう」
トールに案内されて向かった先は街の定食屋といった庶民のための食事処だった。
カウンター席とテーブル席を合わせて20人くらいの店で、すでにランチタイムを終えていたために客はツグミたち以外にはいない。
「いらっしゃいませ。…あ、トールさま、ようこそ。今日はひとりではなくお友だちと一緒なんですね。いつものお席でよろしいですね?」
「ああ。今日のランチが残っていたらそれを4人分頼む」
「はい、かしこまりました」
ツグミと同じくらいの年齢に見える愛らしいウェイトレスはトールが宰相であることを知っているのか「さま付け」で呼ぶが、特に畏まった様子はなくむしろ人懐っこい態度で接している。
トールはそんな彼女に好意を抱いているということはその態度から明らかで、彼女に会いたくてこの店に通っているのではないかとツグミは感じた。
中庭に面した大きな窓際のテーブル席に4人で腰掛けるとウェイトレスが水の入ったグラスを4つ運んで来た。
「
ツグミがトールに訊くと、彼はニコニコしながら答えた。
「この店も昔はこんなサービスはしなかったんだ。だけど私が
トールは中庭の隅にある井戸を指さして言い、自分のグラスの水を美味しそうに飲み干した。
「そんな助言をしたこともあって、私はこの店にいくつかのアドバイスをした。朝のモーニングサービスと昼のランチタイムメニューはとても好評で、今ではこの店のサービスを真似する店が増えたらしい。といってもこの店の料理が美味しいから繁盛しているだけどね」
そんな会話をしているとウェイトレスが料理を運んで来た。
「お待たせしました。本日の日替わりランチのカボチャのキッシュと厚切りベーコンです」
ランチプレートには直径20センチくらいの円形のキッシュが8分の1と、ひと口では食べきれないほどの大きさの焼きベーコン、付け合わせの温野菜が綺麗に盛り付けられている。
「さあ、食べようか。…いただきます」
「「「いただきます」」」
三門市を離れて久しいというのにトールは田上徹の頃と同じく食事の時には「いただきます」を言う。
それは歓迎晩餐会の時に知ったのだが、彼曰く「三門市にいた時よりも食事のできるありがたさが身に染みるようになった」で、
料理の味は素朴ながらも味わい深いものがあって、ツグミたちも