ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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610話

 

 

拉致被害者市民が三門市に帰国するのは3日後に決まり、各人がその準備を始めている。

一時帰国だけの者は1週間程度の旅行の支度で良いのだが、アウデーンスを去る者にとっては自身の財産ともいえるものを全部持って行きたいと思うので荷物も多くなる。

そのためにボーダーでは引っ越し用の段ボール箱を用意してあり、ひとり当たり3箱分の荷物を持ち帰ることができるようになっている。

もっとも近界(ネイバーフッド)で暮らしていると私物というものはそれほどなく、今回の帰国者18人は全員が単身者なのでアウデーンスに未練はないから荷物も少なめのようだ。

逆に一時帰国者がアウデーンスに戻る時には大量のお土産を持って帰ろうということになるため、ボーダーがアウデーンス政府に支払う代価をしての物資の他に個人で購入したものも積み込まなければならず、その時にも段ボール箱3つまでという制限を設けている。

彼らは農作業を手伝ったり王都で商売をしている者たちで帰国の準備のために仕事を休むことが許されており、玲子もまた帰国のために銭湯の受付の仕事を午前中のみにして午後からは私物の整理をしていた。

オルフェオは玲子に告白をするため、この午後の時間を利用することに決めた。

しかし彼が玲子に会っていた時には姿形を変えたトリオン体に換装していたので、玲子はオルフェオが国王であることは知らない。

そんな玲子を国王の命で王城へ呼びつけることもできないのでツグミが手伝うことにした。

ツグミが玲子に会う約束を取り付けて、その際に「友人」を連れて行くというもの。

オルフェオを友人と紹介しても嘘ではないから罪の意識はないし、ツグミは玲子を呼び出すだけで後はオルフェオと玲子のふたりきりにするのだからお節介なことをする気もない。

通常ならツグミにとっては他人の恋路など関心はないのだが、オルフェオが玲子と結婚することになればそれは近界民(ネイバー)玄界(ミデン)の人間の婚姻として大々的に宣伝することができるネタとなる。

これまでに現地近界民(ネイバー)が結婚し、その近界民(ネイバー)の配偶者と共に三門市に帰国した拉致被害者市民は何人もいる。

しかしそれは庶民レベルのものであり、これが国王と拉致被害女性とのロマンスともなれば三門市民だけでなく玄界(ミデン)の人間は近界民(ネイバー)近界(ネイバーフッド)にますます興味を持つにちがいないのだ。

皇室や王室の話題が好きな人間は多く、特に若いプリンスや美しいプリンセスの結婚となれば自分とはまったく関係のない国のことであってもまるで自分事のように喜ぶ人もいるくらいだ。

ならばオルフェオと玲子が結婚することになれば異次元のシンデレラストーリーとなるわけで、大勢の人間がボーダーの進めている近界民(ネイバー)との同盟をはじめとした友好的な交流に興味を持って支持してくれるのではないかという「計画」である。

お互いに自分の利益のために相手を利用するという()()を結んでいるのだから、オルフェオがツグミを利用して玲子に会うこともツグミが彼の結婚をボーダーの広報に利用することも納得済みで何の問題もないのだ。

 

 

◆◆◆

 

 

翌日の午前中にツグミは再び銭湯を訪問し、玲子を昼食に誘った。

もちろんその時に()()を同伴させることも忘れずに告げた。

玲子は友人とはツグミと一緒に来たボーダーの仲間だと勘違いをしているようであったがあえて訂正をせずにおき、正午に玲子の職場である銭湯の近くの食堂で待ち合わせることに決めた。

ひとまずそこでふたりは別れ、ツグミは政庁の執務室で待つオルフェオの元へと行って玲子との約束を取り付けたことを報告する。

 

「お膳立てはしました。あとは陛下が玲子さんの気持ちを掴むだけです。彼女が玄界(ミデン)に帰ってしまってからでは手遅れなんですから、この最初で最後の機会を最大限に活かしてください。これは陛下ご自身のことでもありますが、アウデーンスという国の将来にも大きく影響することなんですから」

 

「わかっている。…だが考えれば考えるほど自信がなくなってくる。私は彼女にずっと嘘をついていて、この期に及んで正体を明かして帰らないでくれと言うのだから…」

 

「一国の王たる者がそんな情けない姿を他人に見せるてはいけません。…とはいえ好きな女性に告白するわけですから自信がないのはしかたがありませんけどね。誰だって人生の中で1回や2回は自分のすべてを賭けた大勝負に出なければならないこともあります。それが今なんです。自信があろうとなかろうと立ち向かうという選択肢しかないんですから、せめて心の中を悟られないよう堂々とした姿を装っていてください」

 

「はあ…自分のことではないからと、きみは気楽に言ってくれるな」

 

オルフェオはため息をつきツグミを恨めしそうな表情で見るが、ツグミはそれを一蹴した。

 

「ええ、わたしにとっては他人事ですもの。陛下の恋が成就してもしなくてもわたしのボーダーの仕事の成否には関係ありません」

 

「おいおい、私はアウデーンスの国王なんだぞ。もう少し敬ったらどうなんだ?」

 

「そんな肩書を振りかざして相手を従わせようという態度は嫌われますよ。たしかに陛下はこの国の国王オルフェオ・アウデーンスですけど、玲子さんと接する時にはタダのひとりの男として正直な気持ちを伝えなければ陛下の声は彼女に届きません」

 

「ハハハ…冗談だよ。私だって肩書を振り回すほど落ちぶれちゃいないさ」

 

「冗談を言えるだけの心の余裕があるのでしたら大丈夫でしょう。わたしは約束の時間までに所用を済ませてしまわなければなりませんのでこれで失礼させていただきます。時間厳守、打ち合わせのとおりに行動してくださいね」

 

「ああ、承知した」

 

ツグミは執務室を出るとその足で遠征艇の停めてある軍総司令部の駐艇場へと向かった。

 

 

◆◆◆

 

 

アウデーンスを発つ日が決まった以上はそれまでに遠征艇のトリオンタンクを満タンにしておかなければならない。

そのため毎日ゼノンとリヌスと千佳の3人が交代でトリオン抽出を行っていた。

遠征メンバーの中でトリオン能力の高い ── ボーダーの数値で20を超える ── のがこの3人で、彼らには1時間交代で合計6時間をこの仕事に専念してもらっているのだ。

1時間交代というのはそれがトリオン器官の休憩などの関係から身体に負担が掛からず効率が良いとわかったからである。

初めのうちは機材の取り扱いや操作などゼノンとリヌスがやっていたが、千佳は彼らから教わって今ではひとりでも操作ができるようになっている。

そうなると艇の操縦は遊真と麟児、トリオンタンクの操作とトリオン抽出を含む機関員として千佳がいるということになり、大掛かりな遠征でなければ修をリーダーとして「チーム玉狛」の4人で可能となったわけだ。

あと1年もすればツグミと迅がエウクラートンへ行くためにボーダーを辞めることになり、それに合わせてゼノン隊も一度ボーダーへの出向が取りやめとなり、新たにテスタが指示をするということになっているのでボーダーを離れる可能性がある。

そうなると総合外交政策局員は修、遊真、千佳、麟児の4人だけになってしまう。

当然だが局員を新規に採用しなければならず、現役のA級隊員の何人かに声をかけている。

遠征といっても戦闘を前提としたものではないが、それでも(ブラック)トリガーと戦わざるをえない状況も考えられるためにA級隊員をスカウトしているのだ。

 

 

遠征艇に入るとすぐに姿を現したのはゼノンであった。

 

「ツグミ、こんな時間に艇に来るなんて珍しいな。何かあったのか?」

 

「特に用事というほどではないんですけど、さっき城下へ行くことがあったのでみなさんにお土産を買って来ました。生の野イチゴたっぷりのパイです。お昼の時間になれば他のメンバーもここへ来るでしょうからここに置いておけばいいと思って。ランチの後かティータイムにどうぞ」

 

「おお、いいな。疲れた時の甘いものは最高だ」

 

「それにこの国の大地に育った作物ならトリオンもたっぷりと含まれていますから、トリオン回復にも効果があると思います。特にゼノン隊長とリヌスさん、そしてチカちゃんには大切な役目をお願いしていますので、ぜひ食べてもらいたいと思ったんです。わたしは昼から大事な用事があるのでみなさんとご一緒できませんが、そんなことは気にしないで楽しんでください」

 

「そうか、わかった。みんなにはそう伝えておく」

 

「じゃあ、お願いします」

 

そう言ってパイの包みをゼノンに預けると艇の外に出た。

 

「さ~て、わたしはわたしの仕事をしっかりとやり遂げなきゃ」

 

ツグミは気合を入れると城下へと向かうのだった。

 

 

◆◆◆

 

 

ツグミと玲子が待ち合わせをした食堂は銭湯のすぐそば、繁華街の中心にある。

この店には個室があって、予約を入れておけば個室を利用できるとトールから聞いていたので、ツグミは玲子との約束をする前にすでに予約を入れておいたのだった。

個室であればオルフェオと玲子の深刻な話を他人に聞かれることはなく安心して()()()()()()ことができるだろう。

 

ツグミが店の前で立っていると、約束の時間の5分前にオルフェオが変装をした状態でやって来た。

 

「待たせたかな、ツグミ。私だ、オルフェオだ」

 

「ちょうどいい時間です。そろそろ玲子さんもやって来るでしょうから、呼吸を整えて待っていてください」

 

ふたりで並んで待っていると、そこに少し遅れて玲子が駆け寄って来た。

 

「お待たせしてしまってすみません。…って、あなたはトゥーリオさんじゃありませんか。もしかしてツグミさんの友人ってトゥーリオさんのことだったんですか?」

 

驚く玲子にツグミは言う。

トゥーリオとはオルフェオが偽名として使っていた名前で、先王であるトゥーリオ・アウデーンスの名を息子の彼が借りていたのだった。

 

「ええ、そうなんです。玲子さんのお知り合いならちょうど良かったです。3人で食事を楽しみましょう」

 

3人は揃って店内へ入り、店員に個室へと案内してもらった。

 

 

ツグミたちは和やかな雰囲気で食事を楽しみ、デザートのタイミングでツグミは申し訳なさそうな顔をして席を立つ。

 

「申し訳ありませんが、急用を思い出したのでわたしはこれで失礼します。あとはおふたりで楽しんでください」

 

「ツグミさん、あの…。…いえ、何でもありません」

 

ツグミが去ろうとすると玲子が引き留めようと声をかけるがなぜか途中で止めてしまった。

少し気になったもののツグミはそのまま個室を出て、店員に支払いをする時に「連れのふたりはもうしばらく個室を使わせてもらいます。ふたりきりにしておいてもらいたいので、今のうちにティーポットを運んでおいてその後は誰も立ち入らないようにしてください」と伝えて延長料金として充てるようにとチップを渡した。

こうしておけば個室の中で起きたことは当事者であるふたり以外には誰にも知られることはない。

もちろんツグミも彼らから話を聞かされない限り知る手段はないのだから、「結果」しか知ることはないのだ。

 

 

 

 

迎賓館の自室で待機していたツグミは夕方になってオルフェオから呼び出された。

急いで彼の執務室へ行くと、昼に別れた時とは別人のように表情が柔らかくなっていた。

何も聞かなくても結果が良好なものであったことはツグミにもわかり、彼女の表情にも笑みが浮かんだ。

 

「その様子ですと良い返事を貰えたようですね?」

 

ツグミがそう訊くと、オルフェオは頷いた。

 

「まあな。だけど条件付きだ」

 

「条件付き…ですか?」

 

「ああ。…その前にレイコとの話について簡単に話そう」

 

そう言ってオルフェオはツグミが去った後の食堂での出来事について話した。

 

「レイコは私が想像していたよりも賢くて勘のいい女性だった。きみが私と彼女を引き合わせた段階で何となく気が付いていたようで、彼女自身も黙って去るのではなくきちんと始末をつけなければいけないと考えていたからちょうど良いと思ったのだそうだ。なんと彼女は私が変装して偽名を使っていたことを知っていたんだ。彼女と出会って約2年になるが、半年ほど経った頃に私がオルフェオ・アウデーンスであって姿と身分を偽っているのだと気が付いたらしい」

 

「では陛下の正体を知ってなお会っていたということなんですね?」

 

「そうだ。彼女は私が王であることを知りつつ普通に接してくれていた。正体を隠すのは人を騙すためではなく市井の人間の暮らしを知るためなんだから仕方がないことで、自分と何度も会ってくれるのは玄界(ミデン)から来た人間が不自由をしていないかどうか確認するためなのだと彼女は考えていたと言う。そして会っているうちに彼女も私に好意を抱くようになっていたんだそうだ」

 

「お互いに知らず知らずに相思相愛だったということなんですね」

 

「ああ。だが彼女は私がトゥーリオという庶民であったなら迷うことも苦しむこともなかったと言った。彼女は玄界(ミデン)に帰ることができなくてもこの国で生きて骨を埋める覚悟はできていた。しかし現実は自分がオルフェオ・アウデーンスという手の届かない身分の男に恋をしてしまっていて、叶わぬ恋に身を焦がしていたということなんだ。そこにきみたちが玄界(ミデン)から迎えが来て、これでようやく諦めがつくとホッとしたところに私が彼女にすべてを打ち明けたというわけなんだ」

 

「それで玲子さんはあなたの結婚の申し込みを受け入れたんですか?」

 

「そのことなんだが…その点が条件付きというもので、その条件を満たさない限り私は彼女を諦めなければならない。その条件とは彼女の両親が認めなければならないということで、そのためには私自身が玄界(ミデン)へ行って彼女の両親を説得しなければならないということなんだ。ところが宰相であるトールが不在となる国の国王までが不在となれば…」

 

オルフェオはそう言って口を噤んでしまった。

 

「…たしかに国のツートップが留守をしてしまえばその間に何かあったら混乱状態になってしまいますからね。でもそれなら期間限定で先王陛下に復活してもらえばいいじゃありませんか?」

 

「父上に?」

 

「はい。玄界(ミデン)への往復は約20日間で、三門市滞在が1週間としてもひと月弱で戻って来られます。その間さえ何もなければ万事オッケーです。…なんて能天気には言っていられませんが、わたしたちもできる限りのことはさせてもらいます。ひとまずこの遠征に関しての実動部隊の責任者である三雲修に相談してみますので、夕食後にもう一度会えるよう時間を空けておいてもらえませんか?」

 

「ああ、わかった。面倒をかけてすまないな」

 

「いいえ、そんなこと気にしないでください。その分は別の形でお返ししていただくことにしますから」

 

「フッ…そんなきみだからプライベートな相談もできるんだ。わかった、良い返事を待とう」

 

ツグミにはひとつの考えがあったが、この遠征の責任者は修であるから彼の承諾がなければ勝手に進めることはできない。

オルフェオに期待をさせている以上は彼を落胆させたくはないと、修のいる政庁会議室へと向かうのだった。

 

 

◆◆◆

 

 

会議室で事務処理をしていた修にツグミはこれまでのオルフェオの事情を話した。

 

「そんなことになっていたなんて全然知りませんでした。でもアウデーンスの国王と玄界(ミデン)の女性が結婚をするとなれば、霧科先輩の言うようにボーダーにとって大きな利益となるでしょう。ぼくは賛成です」

 

「そう言ってくれると思ってた。そこで相談をしたいんだけど、国王と宰相がふたりともひと月近く国を留守することになるわけだからこの国に万が一のことがあればボーダーにも責任があるということになる。一応先王陛下に期間限定で復帰してもらうのはオルフェオ陛下が説得してくれるのでいいんだけど、トリガー使いであった拉致被害者市民がいなくなるから国の防衛力の低下は否めない。一時帰国者15人が戻るまでの間に敵が侵攻して来たら彼らが帰る場所を失ってしまう恐れもあるわけで、国が制圧されそうになっている時に国のツートップまでいなかったとなると国民は王家に幻滅してしまう。そこで相談なんだけど、わたしとジンさん、そして玉狛第1の3人をこの国に残して戦力の補強とするのはどうかしら? 拉致被害者市民を送り届けて三門市での雑務を処理し、一時帰国者をアウデーンスへ連れ帰るまでの仕事を残りのゼノン隊3人とチーム玉狛の4人でやってもらいたい」

 

「ぼくたち…7人だけで、ですか?」

 

驚く修にツグミは言う。

 

「不可能ではないというのではなく、この7人なら完璧な仕事をしてくれるという確信があるからお願いしているのよ。オサムくんは自信がない?」

 

「そんなことはないですが…」

 

「何もなければアウデーンスに残ったメンバーはのんびりと休暇を楽しめるわけだし、いざという時にもあなたたちが戻って来るまでこの国を守ることができる。それにワスターレではラウロがボーダーはクピドゥスとの戦争に関係ないことを知っているから、前回と同じ場所に停泊すればトラブルに巻き込まれることはないでしょう。それにゼノン隊の3人がいれば彼らの武器(トリガー)が守ってくれる。心配はいらないわ」

 

「そうですね。ゼノン隊長の(ブラック)トリガーを使えば一度に全員が移動できますし、リヌスさんの武器(トリガー)はノーマルトリガーを無効化できるというチート能力もありますからね、戦闘員の不足は感じられません。夕食の時にみんなに話をしましょう」

 

 

ツグミと修の間で話はまとまり、夕食時にそのことを全員に話すと全員賛成でツグミの提案が採用されることになった。

その結果をオルフェオとトールに伝えると、オルフェオからツグミに()()があった。

 

「父上…先王トゥーリオ・アウデーンスがきみに会いたいと言っている。どうかこれから会ってもらえないか?」

 

 

 

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