ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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616話

 

 

ツグミたちが三門市に帰還したのは年の瀬も押し迫った29日であった。

オルフェオやトゥーリオはもっとゆっくりしていけと好意で言ってくれたものの、ツグミは「日本人にとって年末年始は家族と一緒に過ごすことがとても重要である」と説明して帰国を急いだ。

おかげでギリギリではあるが年越しには間に合ったわけで、総合外交政策局の局員たちは翌日の30日から1月3日までの休暇を取ることができる。

防衛隊員であれば365日24時間体制になっていて交代で休みを取るしかないが、一般事務職に近い総合外交政策局には特別なことがない限りカレンダーどおりの休みが取れるようになっている。

それに彼らは11月3日にアウデーンスへ出発して約2ヶ月間ずっと仕事をしていたのだから年末年始に5日間休むくらい当然の権利と言えよう。

そうとなれば局員たちはそれぞれ実家へと帰って家族と共に過ごすことになる。

遊真は修に誘われて三雲家へ行き、久しぶりに帰宅している修の父を含めて4人で過ごすという。

千佳と麟児はもちろん雨取家で家族水入らずの時間を楽しむことになる。

レイジと小南と京介もそれぞれ実家で過ごすのだが、そうなると玉狛支部に残るメンバーが寂しいだろうと大晦日までは玉狛支部にいて、年が明けたら実家に行くのだそうだ。

ゼノンとリヌスはテオに招かれて、彼の家族と一緒にキオンの年越しの習慣に従って過ごすことになった。

キオンの年越しは一般に家族や親しい友人たちと一晩中飲んだり食べたりするというもので、日本の年越しとあまり違わないらしい。

そしてツグミと迅は忍田家で過ごすことになる。

30日の朝から迅と一緒におせち料理の材料の買い出しと調理をし、手が空くと部屋の掃除をするなど息つく暇もない。

おせち料理など出来合いのものを買えばいいのだが、忍田の笑顔を見るために自分で作ろうとするところが彼女らしい。

自分の手料理を忍田と迅に食べて喜んでもらいたいという願いを叶えるためならどんなに手間が掛かろうともそれを面倒だとか煩わしいこととは思わず、逆に家族と一緒に楽しい時間を過ごすための()()だと考えて張り切ってしまう。

考えてみれば「近界(ネイバーフッド)玄界(ミデン)の友好の架け橋になる組織を作りたい」というボーダー創設理念を叶えようとして頑張っているのも純粋に「自分と家族と仲間たちという手の届く範囲のささやかな幸せ」を求めるが故の行動にすぎない。

ボーダーの目指すものと自分の目的が同じであるなら都合が良いと彼女はひたすら()()()()()()働くのだ。

そんな彼女を手伝う迅は感慨深げである。

戸籍は忍田ツグミのままであっても彼女とは結婚式を挙げていて忍田だけでなく城戸や林藤といった昔から親代わりに育ててくれて真実を知っている()()たちから夫婦として認めてもらっている。

そんな夫婦になって初めての年越しで、十数年ぶりに()()()家族と過ごすのだから迅はツグミ以上に正月を楽しみにしていた。

そしてこの年は特別に城戸を忍田家に招いて大晦日を過ごすことにした。

提案したのはツグミだが忍田と迅も賛成し、迅は遠慮する城戸を無理やり連れ出すようにしてボーダー本部基地から忍田家へと戻って来たのだった。

どうやら城戸は本部基地の自分の執務室で年越しをするつもりだったらしい。

家に戻ってもひとりで過ごす寂しい正月だから毎年「万が一の時に最高司令官が家で酒を飲んでいてはマズい」という理由にして家に帰らずにいたようだ。

しかし「忍田家から15分以内に本部基地へ行くことができるのだから酒さえ飲まなければ良いんじゃない?」と迅に説得されて、不機嫌そうな顔でツグミたちの前に現れた。

ただその不機嫌そうな顔も素直に嬉しいという気持ちを表せない不器用さからのもので、本気で嫌がっているのではない。

そもそも近界民(ネイバー)たちの間で「玄界(ミデン)へ行ってトリオン能力のある人間を拉致しようとするのはハイリスク・()()リターンである」という考え方が広まっているから敵性近界民(ネイバー)、つまり三門市民をさらおうとするトリオン兵の出現は1年以上ゼロとなっている。

(ゲート)も誘導装置で市街地から遠く離れた山間部の国際港に開くようにしたから、市民が危険に晒されるどころかトリオン兵の姿を見かけることはもうありえないと言っても過言ではない。

その状態なら総司令だからと本部基地で待機する必要などないのだ。

さすがにその理由はもう通用しないと、城戸はツグミたちの厚意に甘えることにした。

 

定時で仕事を終えてひと足先に帰宅していた忍田とツグミが城戸たちを出迎えたのは午後7時すぎ。

年末恒例の歌番組がそろそろ始まるという頃で、居間のテーブルの上には寿司、鶏の唐揚げやポテトフライなどのオードブルの盛り合わせなどが並んでいる。

特にご馳走だということはないのだが、一般家庭におけるささやかな宴としては十分なものだ。

作ってくれた人間の人柄が味に表れていて、城戸は久しぶりの家庭の味に心の中で涙した。

迅や忍田といった男たちの前では弱みを見せたくなくて毅然とした態度でいることが当たり前になってしまっているのだが、ツグミの優しさに触れると正直な気持ちに戻って()()城戸に戻ってしまう。

そのたびに彼はかつての朋友である織羽と美琴のふたりに心から感謝するのだが、この日は特にその思いが高まってしまいとうとう心の中に涙を溜め込んでおくことができずに涙が出てしまい、左目から溢れた涙は大きな傷跡を伝って流れ落ちた。

それをツグミたちは見て見ぬふりをした。

その涙が辛く苦しい故のものではなく喜びや嬉しさによるものだとわかっているからだ。

そういった気遣いも嬉しくて、城戸は胸が詰まって残念なことに最後の方では料理の味もわからなくなってしまったほどだ。

そして除夜の鐘が鳴る頃になると揚げたてのエビの天ぷらの入ったそばを食べて年を越し、夜明け前に4人で初詣に出かけた。

三門市は何事もなく穏やかな新年を迎え、第一次近界民(ネイバー)侵攻はもうずっと昔のことになってしまったかのように街を行く人々の顔には笑顔が溢れている。

彼らは過去の悲劇を忘れたわけではないのだが、ボーダーが自分たちを守ってくれるという確証があって彼らに安心感を与えているのだろう。

拉致被害者市民救出計画も順調に進んでいることは誰もが承知しており、ボーダーに対する期待はますます高まっていく。

その状態にあってツグミは自分が途中で()()()ことに対して後ろめたい気持ちはあるが、エウクラートンの女王としての役目を果たすことが結果的にはボーダーた三門市民のためになると信じている。

彼女のことだから近界(ネイバーフッド)(ことわり)は変えられないとしても、近界民(ネイバー)がより良く生きられる世界をエウクラートンの神殿の中から創っていこうと今からいろいろ考えているのだ。

たぶん彼女はこれまでの慣例に従うことのない新しい女王になることだろう。

 

 

神社の本殿の前でツグミたち4人は一列に並んでお祈りをした。

迅と忍田と城戸はそれぞれが一番叶えたいことをお願いしたが、ツグミだけは少し違っていた。

 

(自分の夢は自分で叶えますので、神様は遠くからわたしのやることを見守っていてください)

 

彼女らしいが、それは祈るだけでなく自分で叶える努力をしなければ意味がないということと同時に近界(ネイバーフッド)の「神」というとても哀しい存在と重ね合わせてしまってこれ以上人々の願いのために身を削るようなことをさせたくはない。

今を生きる人間は「神」などに頼らないでも生きていけるようにすべきだというのが彼女の持論なのだ。

もちろん持論を他人に押し付けるようなことはせず、自分の信念として胸に秘めているだけである。

だから「神」という世界の()()()に自分のやることを見ていてもらい、もし間違った道へ進もうとしていたのであれば止めてほしいという気持ちを含めて神様に自分の覚悟を表明したのだ。

ツグミがそんな気持ちでいることなど迅たちは知る由もなく、彼女はお祈りを終えると素知らぬ態度で忍田家へと帰って行った。

 

 

◆◆◆

 

 

1月2日は毎年恒例となっているボーダーの新年会が行われる。

午前中は幹部とS級とA級部隊(チーム)の隊長が集まって城戸司令の年頭の訓示や1年の計画発表などがあり、午後からはスポンサーを招いての懇談会となっている。

城戸や忍田たちが出席するのは当然だが、総合外交政策局長であるツグミも出席が義務となっていて、去年は初めて出席したのだが懇親会でスポンサーのオジサンたちに囲まれて終わる頃にはクタクタになってしまった。

しかし彼女の()()は無駄にはならず、ボーダーにとっては信頼度を高める一助となった。

そして今年はさらにその規模が拡大していた。

というのもそれまではスポンサーと一部の関係者だけしか招待していなかったのだが、今年からは彼ら以外にも国の行政機関 ── 法務省や外務省、経済産業省や国土交通省等近界民(ネイバー)との交流に直接影響のある省庁の大臣や政務官たち、防衛省や警察といった治安維持に関わる機関の現場の責任者が30人ほど出席予定である。

近界民(ネイバー)との平和的交流が少しずつ進んでいて、三門市を「トリオン特区」として近界民(ネイバー)が三門市民と上手く共存しているとなれば次はその規模の拡大になるわけで、そうすれば国としても積極的に()()してくるのは自明の理。

だからボーダーに対して好意的なスポンサーとは違ってボーダーに対する()()役であり、同時にボーダーが得るであろう「利益」をスポンサー企業だけでなく自分たちにも配分しろという()()をかけるつもりなのだろう。

ボーダーとしても行政機関の命令に従わざるをえない組織であるから彼らの出席を拒むことはできず、むしろ良い関係を築くためには彼らの機嫌を損ねない方が良策と考え、彼らの接待役にツグミが適任だと判断された。

そこで国会議員としての影響力の強い大迫善次郎 ── 与党の幹事長であり、ツグミの戸籍上の祖父である霧科文蔵の親友でもある ── を頼ることにした。

以前に唐沢を通じて紹介され、一緒に魚釣りをした仲であるから大迫は懇親会出席を快諾してくれた。

これまで彼女がひとつひとつ積み上げてきたものが大きな「結果」を出そうとしているのだ。

 

 

 

 

昨年までは三門市民会館のホールで行っていた懇親会だが、今回からは三門スマートシティ内に建設されたミカドシティコミュニティドームに会場が変更になった。

参加人数が増えたことも理由のひとつだが、主な理由は近界民(ネイバー)の技術を導入した施設を披露するためである。

ボーダーの仮想訓練室のように何もない空間に任意の景色を再現するだけでなく、そこにある物体もリアルに再現できる技術はいろいろな分野で利用できるものとなるだろう。

今のところは三門市民やスマートシティ内に住む近界民(ネイバー)たちが冠婚葬祭やレクリエーション活動に使用しているというものだが、自衛隊や消防などが地震などの災害現場を再現して隊員の救助訓練に使うとか、空港や駅などの不特定多数の人間が集まる場所を再現して警察がテロリスト対策の訓練などに利用できることをPRするにはちょうど良い機会だ。

そのために技術者(エンジニア)には無理を言っていくつかのシチュエーションを再現するためのプログラムを組んでもらってある。

 

 

そして準備万端で当日の朝を迎えた。

午前中のボーダー内の新年会もミカドシティコミュニティドームで行われ、そこでツグミは総合外交政策局長として新年の抱負について述べた。

 

「ボーダーの界境防衛機関としての役目が徐々に縮小しつつある今、わたしたちがすべきことは戦力の強化や武器としてのトリガーの開発ではなく、近界民(ネイバー)との共存に力を入れることだと考えております。もちろんすべての近界民(ネイバー)が善良であるとは言えませんが、これまでに接してきた近界民(ネイバー)はわたしたちと同じくささやかで穏やかな幸せを求める普通の人間です。そういった人たちと無意味な争いをして心や身体に傷を負ったり命を失うようなことはあってはなりません。こちらが戦う意思はないという姿を見せれば相手方もいきなり武器(トリガー)を向けることはありません。ですから今後も総合外交政策局は近界民(ネイバー)に対して誠意を示し、交渉によってお互いの利益となる結果を導き出したいと思います。…しかしひとつだけ不安な点があります。それは第一次近界民(ネイバー)侵攻の張本人であるエクトスという国の動きです。まだ詳しくはわかりませんが、この国は危険な思想を持って他国に対しテロ行為に及んでいるのは事実。この国の動きを無視して拉致被害者市民救出計画を進めることは難しいでしょう。そこで総合外交政策局は拉致被害者市民救出計画を進める班と、エクトスが取り返しのつかないことを行わないよう注意・観察して同志となった国と共闘する班のふたつに分けて行動することにしました。前者は拉致被害者市民救出計画班主任の三雲修に任せ、後者はわたしと迅悠一局員がメインで行動、雨取麟児局員にはサポートをお願いするつもりです」

 

そして最後にこう言った。

 

「わたしは12月末を目処にボーダーを辞めることになっています。ですからそれまでに心残りのないよう全力で仕事を進める所存です。どうかみなさまのご協力をよろしくお願いいたします」

 

ツグミは自分がボーダーを辞めることについて城戸たち幹部と総合外交政策局員と玉狛支部の人間にしか知らせてはいなかった。

ここでS級とA級部隊(チーム)の隊長に知らせたとなればすぐに全隊員・職員にもこの話はすぐに広まるだろう。

そして自分のボーダーの人間としての()()()を決めて公言したのだからもう後戻りはできない。

それは自分に対するケジメとしての発言であった。

 

 

午後2時から外部の人間を招いての懇親会が始まった。

会場内は沖縄にあるリゾートホテルのバンケットルームを再現し、大きく開いた窓から白い砂のビーチへと出ることができるようになっている。

単なる立体映像ではなくあらゆるものをトリオンで再現し、さらにトリオンを節約するために電気で補える部分は電気を使っているのでこれは「近界(ネイバーフッド)玄界(ミデン)の技術の融合と昇華」の結果を披露する場所でもあるのだ。

招待客のほとんどがこの仮想空間を生まれて初めて経験をするものだから、興味津々でその場にあるものに触れ、ボーダーの人間に声をかけて質問攻めにしてしまう。

この場所にあるもので本物は料理と酒、それらの器だけであり、テーブルや椅子などの家具や部屋を飾る生花もトリオンで再現したものである。

中には裸足になってビーチに降りて海の中に入る者まで現れ、ここが三門市であることが信じられないという顔になる。

 

城戸が開会の挨拶をすると後はビュッフェの料理を皿に盛って食べるも自由、酒を飲みながら歓談するも自由となる。

そうなると真っ先に標的(ターゲット)にされるのはツグミだ。

しかしすでに彼女の隣には大迫がいて、彼女に集まって来る人間から彼女を守るボディーガードの役目を担っている。

さすがに政界のドンと呼ばれる大迫がツグミをひとり占めしていれば他の人間はなかなか話しかけることはできず、城戸や忍田に標的(ターゲット)を変える者や唐沢に頼んで紹介してもらおうと企む者もいる。

そして様子を見ながら大迫が適当な人物を選んでツグミと引き合わせ、名刺交換を行って4-5分会話をするということを数度繰り返した。

ツグミにとってはわずか4-5分でも情報を得るには十分な時間で、国の中央にはボーダーを利用しようとしている人間が多いことを知った。

別にボーダー側も利用しようとしているのだからそれはかまわないのだが、公共の利益よりも自らの懐を肥やそうとしている気満々でいる輩が大臣をやっているとなると黙ってはいられない。

しかしだからといってここで彼らを敵に回すのは愚策中の愚策であるから、いかにそんな下衆な連中をどう利用してやろうかと虎視眈々とチャンスを狙うツグミであった。

 

懇親会は午後5時までの3時間で、その途中でデモンストレーションとして会場内の景色を変えることになっている。

操作を行う管理室には寺島が待機していて、彼が操作をすると沖縄のリゾートホテルだった景色が一瞬にしてクラシックホテルのバンケットに変わった。

窓の外には山と湖が見えるが、それが日光・中禅寺湖の湖畔にあるホテルをイメージしたものだということはわかる者にはわかるというもの。

部屋の内装だけでなくテーブルや椅子といった家具も大正時代のアンティークなものに変わり、生花もハイビスカスからユリの花に変わった。

さらにその30分後にはホテルのバンケットではなく広い菜の花畑が広がる畑の中に家具や料理があるという不思議な風景になり、このシステムを利用したアトラクションのあるテーマパークの建設が計画されているという説明があった。

これもボーダーのスポンサーに対する()()で、「近界(ネイバーフッド)技術(テクノロジー)を導入した世界初のテーマパーク」となれば全世界から観光客がやって来て体験をしようとするだろう。

そうなれば関わった企業は莫大な利益が見込めるというもので、これでさらにボーダーは政財界の注目を浴びることになるはずだ。

こうして近界民(ネイバー)の技術は戦争に関わるものではなく平和的利用が可能だと宣伝することで、近界民(ネイバー)に対して悪い印象しかない人間にも考え方を変えるきっかけを与えることになる。

いくつもの「成功例」を積み重ねることでボーダーの役割はますます重要なものとなっていく。

しかしいくらこちらが平和的利用を訴えても必ず戦争に利用しようとする者が現れるのはどうしようもない。

ならばその被害を食い止める方法を考えるしかなく、新規採用者の身元の確認とトリガーの管理をより一層厳重なものとし、良からぬ企みを持つ者に渡さないようにすることが一番のポイントだ。

今のところは外部への流出は確認されず、また特区内においての不正使用もないということでひと安心である。

ただし来年度には三門市内の警察と消防でトリオン体を使用する実証実験を始めるそうなので油断はできず、今後は近界民(ネイバー)ではない「敵」に警戒をしなければならないだろう。

 

 

そして大迫のおかげでツグミが疲労困憊することもなく無事に懇親会は終了した。

 

 

 

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