ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
エクトスの資料のよると9ヶ国に売却された三門市民の救出計画は順調に進んでおり、修の新年の初仕事は第6次拉致被害者市民救出計画の目的地を選定することであった。
これまでの第5次計画まではツグミが関わっていたのだが、第6次計画からは修をリーダーとした拉致被害者市民救出計画班だけで進めることになる。
それはいずれツグミがボーダーを辞めることは決定しており、局長の座を修に譲ることになっているため残りの拉致被害者市民救出計画を彼が主軸として進めてもらわなければならないからだ。
すでにラグナ遠征やアウデーンス遠征で彼は立派に代理を務めており、ツグミが「わたしがいなくても大丈夫」とお墨付きを与えたことで本人もやる気満々である。
もちろんこれによって計画の進行スピードが落ちる可能性はあるものの、防衛隊員、職員、そしてスポンサー企業が全面的に協力してくれるということになっているので市民の期待を裏切るようなことにはならないはずだ。
ツグミと迅は拉致被害者市民救出計画班とは別行動をして、懸念となっていたエクトスの行動について関係各国との対策に専念することになる。
そして濃縮ウラン、過去の愚かな歴史の記録、製造方法を3つに分け、5人の王が別々に保管することにした。
5つのトリオン製の箱に入れ、鍵は別の国の王が持っている。
その5ヶ国とはエウクラートン、キオン、リコフォス、トロポイ、そしてエクトスで、仮に核兵器をもう一度使用可能な状態にするのであれば5つの国が同意しなければならないということだ。
1ヶ国でも反対すれば完成しないシステムで、二度と危険な大量破壊兵器が復活しないはずだったのだが、エクトスがリコフォスに対して生物テロという荒っぽいことを始めたのだから核兵器の恐ろしさを知っているツグミとしては無視などできるはずがない。
エウクラートンの女王となる立場でもあるのだから就任前にこのような面倒事は片付けておきたいと思うのも無理はなく、拉致被害者市民救出計画というボーダーの最優先事項を他人に任せてでもやらなければいけない、そしてそれができるのは自分だと考えた彼女の気持ちを迅は理解できるから彼女のやることに口を挟むことはせずに協力することにしたのだった。
「5つの国が集まって同じ意見…つまり核兵器を再現しようという決議が出なければ不可能なこと。エクトスはどうしても核兵器を持ちたいと考えて強引に奪うという手段に出たんでしょうけど、それを誰に向けようとしたのか…。
ツグミは迅とジュニアに向かって言う。
場所は本部基地の会議室で、総合外交政策局の執務室は修たちの邪魔にならないように彼ら専用にしたため、城戸が会議室の中で最も小さい部屋を仮執務室に開放してくれたのだ。
ここなら内側から鍵をかけてしまえばボーダーの関係者であっても入ることはできないので、トロポイの最重要機密である
〔それでキオンとエウクラートンに知らせに行き、残るはトロポイだけとなったからこの機会に行こうというのか〕
「そうよ。この件はボーダーの仕事とは直接関係がないことだし、わたしにとっては大いに関わることだから
彼女たちの仕事は少なくとも毎日1回は
それが長期間続けば大地に注がれるはずのトリオンが欠乏して作物は育たなくなるし、天候不順が起きて飢饉にもなりかねない。
その状況は「神」の寿命が近付いているのとは少々違うが、人々が生きていくことが困難になるという点では同じだ。
だから女王や巫女は病気になってはいけないということで外部の人間と接触できなくなり、神殿の中が彼女の世界であり、家族や一部の使用人だけが彼女の世界の住人となる。
したがって女王になれば神殿の中で生きるしかなくなり、エウクラートン国内のことであっても自ら赴くことはできない。
もっともその点についてはツグミも考えており、前回エウクラートンを訪問した時に「わたしは女王になっても神殿の中で籠の鳥になる気はない。病気や怪我が心配ならトリオン体に換装しておけば大丈夫」とリベラートたちに宣言した。
女王であるからこそ国民と触れ合って彼らの声を直に聞く必要があり、彼らの意思に繁栄したトリオンの使い方をすべきだとツグミは考えていて、リベラートたちもその考えには反対できずに認めるしかなかったのだった。
それでも国外へ出ることは不可能で、そこはツグミも妥協せざるをえない。
ゆえに残りの時間を後悔のないように使いたいと、拉致被害者市民救出計画は全部修たちに任せて自分は自分の思うがままに行動することにした。
もちろん城戸の許可は得ている。
ボーダーの総合外交政策局長とエウクラートンの王家の人間としての両方の立場を利用して「エクトスの企みを止める」ことに専念することがボーダーのためにもなると説得すれば城戸もダメとは言えないのだ。
「それにしてもエクトスがなぜそんな危険なことを始めたのか…。それについてはアイツも知らなかったんだろ?」
迅がツグミに訊く。
「アイツ」とは麟児のことで、エクトスの諜報員である彼も末端の人間であるから本国上層部の考えや行動の理由を知る由もない。
リコフォスで生物テロを起こしたヴィートとサシャとシモンという3人の諜報員も上からの命令にただ従っていただけで、その理由については何も知らされていない。
だから迅の疑問に答えられるのはエクトスの王族やその直属の部下というごく一部の限られた人間だけだ。
しかし想像はできる。
「核兵器の秘密は国王や女王といった王族でないと知らないことなんだから、彼らが企んだってことだけは間違いない。5人の王のうち4人がエウクラートン、キオン、リコフォス、トロポイの王となってその一族が残りの箱と鍵を管理していることを知っていて、エクトスはそれらを集めようとしている。そしてエクトスの王族には自分たちが持っている箱には製造方法の3分の1が書かれた文書が入っていることと、どの国の箱のものかはわからない鍵があることは承知している。別にどの国にどんな箱があってどの国の鍵があるかなんてことはどうでもいい。全部集めてしまえばそんなこと関係ないんだし。ただ全部集めなければ核兵器は完成しないわけで、まずはリコフォスを狙った。たぶんこの国が一番潜入しやすかったからでしょうね。でも…」
そこまで言ってツグミは口を噤んでしまった。
「何か疑問でもあるのか?」
「ええ。エクトスの箱には製造方法の3分の1が書かれた書類か何かが入っていることはわかっても、なぜ材料のウランがリコフォスにあるって知っていたのかしら? ヴィートさんたちはユゥアレェィニィアム、つまりウランがリコフォスにあると知っていた。リコフォスにウランがあることを知っているのはリコフォスの王族であるサルシド閣下とカロリーネ女王陛下、イェリン王女だけのはずなのに。…いえ、もしかしたら他にもいて、その誰かがエクトスの王族にウランのことを話したとすれば話の辻褄は合う。あの時のサルシド閣下の様子は何か心当たりがあるといった感じだったもの」
ツグミはしばらく考え込んでしまうが、ひとつの仮説にたどり着いた。
「エクトスは隊商国家として知られ、軌道を周回しながら接近した国で商品となるものを購入し、逆にその国に欲しがっているものを売却する。その売買の差額が国家の収益となるわけで、その価格が適切であるから数多くの国がエクトスと交易をしている。それだけだとエクトスはどの国の陣営にも属さない公平な立場を貫いていて商売相手となる国とは揉め事を起こさない平和的な国って印象を受ける。でも真実は違う。ヴィートさんの話だとエクトスの商人はそうやって敵ではないのだと思わせておいて実は
それはボーダー本部基地の地下に
そうなるとあれだけ多くの
首都や王都に近い場所で
敵が大挙して侵攻して来た時にはすぐに攻撃を受けるが、逆にすぐに状況を把握して軍を即座に動かせるので迅速に対処できる。
だからそれぞれの国は自国にとって都合の良い場所に
ボーダーの
そうなるとこっそり潜入しようとしても
そうしておけば次から非公式な入国も可能となり、リコフォスでもヴィートたちが密かに潜入して生物テロを行うことができたのも以前に公式に入国した時に仕掛けた
「たぶんリコフォスだけでなく他の国にも同様の
ツグミの仮説はあくまで仮説でしかないのだが、いくつかの状況証拠の積み重ねと彼女の推理力によって
「あとこれは根拠となるものがないんだけど、こんなヤバイことを想像しちゃった。もしエクトスの人間が
それ以上言わなくても迅とジュニアにはツグミの言いたいことがわかった。
「トリオンの技術で特筆すべきは現物さえあればそれをトリオンによって複製できるということ。リコフォスにあるウランがほんのひと握りのものであっても、エクトスが手に入れたらそれをトリオンで大量に複製して他国に売りさばく恐れがあるってことが一番恐ろしい。
そのデモンストレーションとは実際に使用することで、そこで多くの人間が死ねばそれだけ効果を得られる。
エクトスはこれまで軍事力を持たずに交易によって平和裏に外交を進めてきたように思わせておいて、実のところは恐ろしいことを企んでいたとしたら…
それが自分の妄想であってほしいと心から祈っているものの、わずかでも可能性があるのなら行動せずにはいられないのがツグミである。
「わたしはこれからエクトスという国を敵に回して
ツグミは迅とジュニアの顔をそれぞれ見て訊いた。
「俺が反対なんてするわけないだろ? おまえがやりたいようにやればいい。俺はおまえのボディーガードとしてあらゆる外敵から守るだけだ」
〔私はツグミの判断に任せる。どんなことでも責任を取る覚悟があれば何をするのも自由だ〕
ふたりの答えに満足したツグミは微笑んだ。
「そう言ってくれると信じていました。それならこれから城戸司令のところへ行って今の話をしてきます。ジュニア、あなたはトロポイとエクトスへの航路で一番効率が良いルートを探しておいてちょうだい」
〔了解した〕
「悠一さんは麟児に連絡して時間がある時に少し協力してほしいとお願いをしておいてください」
「わかった」
「じゃあ、ちょっと行ってきます」
そう言い残してツグミは城戸に会いに行った。
◆
ツグミが城戸に自分の計画について話し終えるとやれやれといった感じで口を開いた。
「どうせおまえのことだから止めたとしても何かしらの策を考えて許可を得る気でいるのだろ?」
「もちろんです。現在のところどんな理由であれ
「それがわかっていてなおエクトスなどという危険な国へ行こうというのだからそれだけの覚悟があるということだな?」
「もちろんです。勝ち目のない勝負はしません。それにトロポイには現状報告と協力依頼で行き、エクトスには同じ古き一族の末裔であるということで王族の方々に表敬訪問してくるだけです。相手が危険な国であっても危険なことをするわけではありませんよ」
そうはいっても
ツグミが自分をエウクラートンのツグミ・オーラクルであるといっても、ボーダーの霧科ツグミと同一人物でありキオンやアフトクラトルを同盟国にした立役者であること知っているはずである。
しかし城戸は許可しないわけにはいかないとわかっている。
「…わかった。おまえがそうすべきだと考えて行動するのであればおまえのことを信じて行かせるしかなかろう。しかし条件がある」
「条件?」
「ああ。おまえと迅のふたりだけでは不安がある。こちらで選んだメンバーで遠征部隊を組んで行ってもらう。だからトロポイへは迅とふたりで行くことを許すが、エクトスについてはトロポイから帰って来てから改めて話をしよう」
「…わかりました。城戸司令の判断に従います」
「それでいい。ではトロポイ行きの詳しい日程等が決まり次第報告してくれ」
「了解しました。では、これで失礼いたします」
ツグミは素直に返事をし、総司令執務室を出て行った。