ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
ツグミが会議室へと戻って来ると迅とジュニアがふたりで話をしていたが、彼女が入って来た途端に会話をやめてしまった。
まるでそれは彼女に聞かれてはマズい話をしていたかのようで、気になったものだからふたりに訊いた。
「何の話をしていたんですか?」
すると迅が焦り顔で言う。
「いや、別に大したことじゃない。気にするな」
「気にするなと言われたら余計に気になるじゃないですか。大したことじゃないなら教えてくれてもいいのに」
ツグミが少し拗ねると迅の代わりにジュニアが答えた。
〔レプリカから移植されたデータの中にあるモガミ・ソーイチの話をしていた〕
「最上さんのこと…?」
〔ああ。レプリカはユーゴがトロポイに滞在している時に作製したもので、以来ずっとユーゴのそばにいた。だから
「なるほどね。悠一さんにとって最上さんは父親のようなものだもの当然だわ。…でも、ちょっと待って。今『キドたちと袂を分かつ』って言ったわよね? 『袂を分かつ』って考えが食い違って今まで行動を共にしていた人との関係を断つって意味よ。それだと有吾さんがボーダーを去ったのって城戸さんたちとケンカ別れしたみたいじゃない」
〔私には彼らの当時の事情を知る由もない。ただレプリカにはそう思えたのだろう。ユーゴはボーダーが発足してしばらくの間は
「ある時点って?」
ジュニアは言いにくそうではあったが明言した。
〔それは…オリバとミコトが
「…!」
ツグミの顔が青ざめた。
織羽と美琴がキオンの諜報員に殺害されたことは城戸と忍田と林藤と最上の4人で秘密にしていたことで、10年以上も昔のことだがツグミが知ることとなったのはわずか2年前であった。
その事件がきっかけで有吾が城戸たちと別々の道を歩むことになったなどとは想像もしていなかった。
ジュニアはツグミに「知る理由」があり、そして「知る権利」があるとして話を続けることにした。
〔その事件が起きるまではキドとユーゴは共に
「……」
〔キドと考え方の違いで対立してしまった時、シノダはキドの味方をした。自分の義兄と姉を
「ボーダーの中でも一番頼りになるのが最上さんだと有吾さんは判断して、何かあった時には最上さんを頼れと言ったから、ユーマくんは最上さんに会うために三門市へ来たのね」
〔そのとおりだ。しかしモガミが遠征先で
「それに城戸司令も一時期は
〔言えばそれが言い訳に聞こえてしまうから言いたくはないだろう。それはツグミたちに対するというよりは、今さらあの時に
「そうね。城戸司令…ううん、城戸さんは辛いこととか苦しいことを弱みとして絶対に周りの人に悟られないようにする人だから。他人には厳しく、自分にはより一層厳しい態度でいるから他人に誤解されるようなことも多い。実際にわたしもあの人のことを信じられなくなった時があったし。でもボーダーという組織の最高司令官としては自分の個人的な気持ちよりも優先しなければならないこともあって、苦悩していたこともたくさんあったんじゃないかって思う。だからわたしたちがあの人のためにできることは、一日も早くボーダーという枷から解放してあげることだとわたしは思う。だいぶ前だけどあの人と話をした時にボーダーのことを任せられる人が現れて総司令の座を譲ったら何がしたいのか訊いたことがあるのよ。そうしたら『織羽と有吾が旅した景色を見てみたい』って。わたしにもその気持ちがすごくわかる。最上さんを入れて4人でボーダーを立ち上げた頃の気持ちで
迅はツグミとジュニアの会話をずっと黙って目を瞑りながら聞いていた。
そして城戸の願いがそう遠くない未来に叶うという未来が視えて静かに微笑んだ。
「視えて」と言ってもそれは
以前に「うちの後輩たちは、城戸さんの真の目的のためにもいつか必ず役に立つ」と彼は発言した。
現に修たちが玉狛第2を結成したことでツグミがB級ランク戦に参加するようになり、それがきっかけとなっていくつもの出会いや出来事をビーズのように繋いでいって「今」がある。
当時は城戸の真の目的が何であったのかまでは迅にはわからなかったが、城戸の行動を見守ってきた彼には
(城戸さんの笑顔、昔と変わらずにいい顔をしている。本当はあの人も有吾さんのように
今のボーダーに迅の
かつてのボーダーにはなくてはならないものであり、その力は何度も組織と仲間たちを救ってきた。
そんな彼の力が衰えてきたこととボーダーに不要となってきた時期がほぼ同時であったということは単なる偶然であろうか?
(俺もそろそろボーダーを
迅はツグミの行動を反対していないような態度でいるが、内心は無茶しないでほしいと心から願っている。
反対しないのは彼女のやろうとしていることが正しいと考えているからで、止める理由がないとなれば反対しようがない。
しかしエクトスがアフトクラトルとは別の意味で危険な国であることは間違いなく、そんな国へ赴くことを手放しで賛成できるはずがないのだ。
だからツグミが城戸に説明に行くと言って会議室を出た直後に電話で事情を説明して、城戸に反対してもらうことができればそうしてもらいたいと頼んだのだった。
(さっきのこいつの様子だと城戸さんは反対しなかったみたいだ。しかし無条件で許可を出したとは思えない。ま、ひとまず時間稼ぎはできたはずだ。ジュニアもこっちの味方になってくれたし、トロポイへ行ったことで条件は変わるかもしれないしな。…チッ、こういう時に
迅はそんなことを考えていたものだから、ツグミの呼びかけをうっかり聞き逃してしまった。
「悠一さん、わたしの話聞いてる?」
「え?」
迅は慌ててツグミの顔を見た。
「やっぱり寝てたんでしょ? 目を瞑っていて、呼びかけても何も反応しないんだもの」
「いや、寝てはいなかった。ちょっと考えごとをしていただけだ」
「考えごと?」
「ああ。城戸さんは20年以上もボーダーを引っ張ってきたんだから、そろそろ休ませてあげたいなって」
「そうね。だからこそわたしはエクトスの陰謀を一日も早く止めたいって思っているのに、城戸司令はエクトス行きに条件を付けたものだから、今回のトロポイ行きと一緒にというわたしの提案は却下されたんですよ。それにジュニアも航路の計算をしたらトロポイ行きとは別にするべきだって言うの。たしかにエクトスの位置はトロポイの先で航路は重なるから一緒に回れば一度で済むけど、そのためには遠征艇のエネルギーや途中の寄港地での水の補給とかいろいろな条件を考慮すると時間がかかり過ぎて効率が悪い。それよりもそれぞれ別にした方が総合的には合理的だって。つまり城戸司令とジュニアはトロポイ訪問が終わってからエクトスへ行くべきだという意見なのよ。それで悠一さんはどう思うのか訊きたかったのに返事がなかったんだもの」
「それは悪かった。で、俺の意見は…やっぱり城戸さんやジュニアの判断が正しいと思う。おまえが可能な限り早く事を進めたいという気持ちはわかるが、無理はしない方がいい。いや、無茶と言うべきか。急いては事をし損じるとも言うじゃないか。せっかくここまで積み上げてきたものを一気に崩しかねない危険な訪問になるかもしれないんだ、ここはトロポイへ行ってエルヴィン陛下やトリュスさんやイェルンさんに相談してみてから決めたらどうだ? トロポイにならエクトス攻略のヒントがあるかもしれないぞ」
「…そうですね。みんながそう言うのならそれが正しいんだと思います。わたしも自分の考えが常に正しいと考えるほど傲慢ではありません。それに時間がないというのは理由になりませんよね。わかりました。今はトロポイ行きのことだけを考えて計画を立てましょう。ジュニアがもう航路は計算してくれているので、あとは必要な物資の手配をして準備ができ次第出発しましょう」
「そうだな。ああ、それからさっきおまえが城戸さんのトコに行っている時にメガネくんがここに来て、この書類を渡してくれって頼まれた。どうやら次の遠征先の国の選定に入ったみたいだな。残るは4ヶ国、順調にいけばあと2年とかからずに第一次侵攻の拉致被害者市民全員を帰国させられるだろう。そう思うとやる気が溢れてくるにちがいない。そこで第6次計画をゼロから始めるにあたって
「だったら先にこっちを済ませちゃいましょ」
ツグミは迅から書類を受け取って内容を確認した。
「…うん、良くできていると思う。目的の国が決まっていなくても物資の手配はできているみたい。相手国の事情はそれぞれ違っても必要としているものはだいたい同じ。どの国もトリオン頼りなのに人口が多くないから慢性的なトリオン不足に陥っていて、ちょっとでも軍事力に自信があると他国に攻め込もうとする。ないものは他国から奪えばいいという短絡的な考え方を持つ国が多いってことね。人口が増えないのは医療レベルが低いだけでなく健康を維持するために必要な知識や習慣が欠落しているからで、正しい知識を与えて個人が予防するという習慣を身に付ければ死なずに済む子供だって多い。そういった人たちのために教育施設と人材を提供するというのも代価として十分に通用する。代価は物品とは限らず、技術や知識みたいな形のないものでもOKだってことをちゃんと理解しているみたい。現時点ではここまでできていれば十分。…この時間ならまだ執務室にいるだろうから、オサムくんにこれを返しに行ってきますね」
そう言い残してツグミは再び会議室を出て行った。
そんな彼女を見送る迅とジュニアは顔を見合わせて言う。
「相変わらずパワフルで、やると決めたことは後回しにせずすぐにやるんだよな、あいつは」
〔そしてもう手放した仕事であっても面倒見の鬼だから後輩から頼られたらNOとは言わずに相談に乗ってやる。お節介はしないが放任もしない。そのバランスがいいから頼られるんだろうな〕
「ああ。それに自分の都合でメガネくんに責任を押し付けるようなことになったわけだから、そのことを気にしているというのもある。やりたいようにやらせておけばいい。こっちはこっちでできることをやっておこう。まずは俺とツグミとおまえの3人でトロポイへ行くことを前提で必要な食料や物資の量を計算して用意だな」
〔それと遠征艇のトリオンの充填に必要なトリオンをキヌタ室長に申請して用意してもらわなければならない。それとトロポイの関係者への土産の用意もしなければならないが、こちらは私に心当たりがある。彼らが喜びそうなものなのだが、入手にはジンの協力が必要だ。手伝ってほしい〕
「それはかまわないが…トロポイの人間が喜びそうなものって何だ? それに俺に手伝えってことはツグミには頼めないってことだろ?」
〔そうだ〕
「わかった。それが何なのか教えてくれ」
〔実は…〕
ジュニアが迅に打ち明けると、迅はニヤリと笑って言った。
「OK。それは俺に任せておけ」
どうやらふたりは何か企んでいるようである。
◆◆◆
ツグミが総合外交政策局の執務室へとやって来ると修だけでなく遊真と千佳もいた。
「あら、オサムくんだけでなくユーマくんとチカちゃんもいるのね」
「霧科先輩、お忙しいところすみません。それと先輩たちを追い出してぼくたちだけでここを使わせてもらって ──」
「ストーップ! そこまでよ。別にわたしたちは追い出されたんじゃなく自分たちで出て行ったんだもの。それにわたしたちのやっていることはボーダーの任務とは直接関係のないことで、城戸司令に特例で認めてもらっているわけだからオサムくんたちがこの部屋を使うべきなの。ああ、これを返すわね」
ツグミはそう言って修に書類を手渡した。
「良くできていると思うわ。これまでの経験が十分に活かされている。補足することはないわね」
「ありがとうございます。先輩がそう言うのならこのまま続けることにします。それで個人的なことで相談…というか聞いてもらいたいことがあるんですけどいいですか?」
遠慮がちに言う修にツグミは答えた。
「ええ、もちろん」
「実は、ぼくと空閑は3月に高校を卒業するんですけど、大学には進学しないことに決めました。このままボーダーに正式に就職して総合外交政策局の仕事を続けます」
遊真は進学せずにそのままボーダー正式就職コースだと考えていたツグミだが、修までもが大学進学をしないと言うのだから少し驚いた。
「ボーダー推薦があれば可能だというのに進学しないと決めたってことは、この仕事に専念するっていう意思表示なのね?」
「はい」
「後悔はしないという自信はある?」
「もちろんです。先輩だって高校を中退してボーダーの仕事に専念していますが後悔はしていませんよね?」
「ええ」
「それと同じです。いくら学校側が融通を利かせてくれて両立できるとしてもぼくはどちらも中途半端になりそうで、どちらかを選ぶとしたらボーダーだと思ったんです。勉強なんていつだってできます。勉強したいと思うなら拉致被害者市民救出計画を完了させてからでも十分ですし、それにボーダーに正式に就職すると決めた以上は大学での勉強よりも他にやりたいことがあるんです」
「やりたいこと?」
「はい。ぼくは空閑と一緒に
楽しそうに自分の夢を話す修にツグミは静かに微笑んで言った。
「オサムくんならきっとできるわ。そこまでの覚悟ができていているのなら誰も反対はしない。たぶん香澄さんたちにも説明して許可を得ているんでしょ?」
「はい。母さんも『あなたの好きにすればいい』って背中を押してくれました」
「それなら何の問題もないわね。まあ、そうなったら香澄さんは寂しがるでしょうけど」
「その件に関しては大丈夫です。父が今年の秋には単身赴任先から帰って来るそうなんです」
「へえ~、だとしたらわたしもエウクラートンへ行く前にお会いできそう。正月には一時帰国していたそうだけど会えなかったから楽しみだわ」
「父もそう言っていました。それから千佳もあと1年高校生活を続けたらぼくたちと同じようにボーダーに正式に就職すると決めたそうです」
修がそう言うと、千佳が続けた。
「はい。わたしも勉強よりボーダーの仕事の方が好きですし、高校も両親が行けと言ったから進学しただけなので大学には行かなくてもいいと思っています。わたしのトリオン能力がいつまで続くのかわかりませんから、今のうちにみんなのために役立てておきたい。これは誰かに嫌われたくないとか他人の顔色を窺ってというのではなく、わたしがやりたいと思ったこととできることがボーダーの仕事だということ。兄さんと青葉ちゃんが帰って来た以上はボーダーにいる理由はなくなってしまいましたが、新しい目的を見付けたことで今はとても毎日が充実しています」
「うん、たしかに表情が生き生きとしているわね。チカちゃんと初めて会った時と比べたら別人かと思うくらい逞しくもなったし、なによりも人を信じることができるようになったからこそ誰かのために自分が役立ちたいと思えるようになったのよ。以前のあなたは自分を犠牲にしても誰かのために頑張っているように見えたけど、それは他人を信用していなくて誰かに嫌われたくないから認めてもらいたいと立ち回っていただけ。でも今は仲間のこと以上に自分のことも大事にできるようになったからもう何も心配はいらないわ」
「はい」
千佳は力強くそう返事をした。