ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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620話

 

 

他国の王族の訪問となれば国賓としてもてなすのは当然だ。

しかも友好国であり「5人の王」の末裔であるエウクラートン王家の次期女王が配偶者を伴っているとなれば国を挙げての歓迎となるものだが、ツグミがそういったものを好まない人間であることをエルヴィンは承知している。

したがって歓迎晩餐会はごく近しい者たちだけのささやかな会食となった。

そもそも今回のツグミたちの訪問はトロポイの国民との交流を深めるものではなく、エクトスの企みをどう阻止するかを相談するためのものであるからそれで十分である。

それにエクトスの件は5つの王家の人間以外に知られるわけにもいかないため招待されたトリュスとイェルンにも内緒にしておき、久しぶりに再会した友人たちとの会食を純粋に楽しむだけで終わった。

 

晩餐会の後、エルヴィンは「箱」と「鍵」についてどのように扱うべきか頭を悩ませていた。

ツグミの提案は現状で一番確実性があり、危険は伴うものの本人がそれを承知の上で言っているのだから否定するのであればそれ以上の策を考えなければならない。

しかし名案などそう簡単に浮かぶものではなく、後顧の憂いとなるものであれば「処分」してもらうべきだと考えてしまう。

問題はただひとつツグミがすべて引き受けるという点で、彼女の身の安全が保障されないのであれば賛成できるはずもない。

 

(とりあえず()()()()()()()()()()を解決してしまおう。こっちの方は私が玄界(ミデン)へ赴けばすぐに済むものなのだからな)

 

 

◆◆◆

 

 

翌日、エルヴィンはツグミと迅を政庁の執務室へと呼び出した。

 

「今日はエクトスの件ではなくボーダー総合外交政策局の人間として話をしたいと思って来てもらった。前回ツグミが我が国を訪ねてくれた時に宰相や各大臣、トリガー制作局長など政府の要職に就く人物を前にして演説をしてくれただろ? その回答を書面に(したた)めた。これをキド司令に渡してほしい」

 

そう言ってエルヴィンはA4サイズほどの大きさの封筒を執務机の上に置いた。

 

「これはトロポイ国王エルヴィン・トロポイがボーダーの主宰する同盟に加入することを望むという意思とその理由について書かれている。以前きみに厳しいことを言われたが、それは私の臆病な気持ちが原因だということをつくづく思い知らされた」

 

前回の訪問でツグミはエルヴィンに対してトロポイのことを「戦争をなくしたいという気持ちは同じでも国を閉ざして自国だけ優しい世界であれば良いという国」だと言い放った。

初対面の一国の王に対してツグミは不遜な言い方をしたわけで、一歩間違えればその場で処刑されても文句は言えない状態であった。

しかしエルヴィンは彼女の言葉に激昂するどころか自らを省みることとなり、国王として自分の気持ちや態度がトロポイという国の意思として扱われることを改めて思い知らされることになったのだった。

 

「言われた瞬間は腹が立ったが、きみの言い分が正しいからこそ私は図星を指されたことで恥ずかしいと感じ、それを認めたくないから腹が立ったのだ。戦争をなくしたいという気持ちは同じだが、きみたちボーダーのやり方はまるで逆だ。積極的に他国と交わり、対話という外交手段で平和的に味方を増やしている。アフトやキオンとは同盟を結ぶことができたのだから、きみたちのやり方は正しいのだと思う。我々も昔は他国と戦争をしていたからトリガー技術を高める必要があり、その技術を外部流出させないために鎖国をしていた。しかしあれからもう40年以上経ち、最後の戦争からも20年以上経つ。我が国も周囲の国から身を隠すのではなく協調して生きていくべきなのかもしれないと考えたのだよ」

 

「……」

 

「私は自分を慎重な人間だと思っていた。一国の王としてそれは正しい資質であり、そのおかげで国民は安心して暮らしているのだと信じていた。しかし慎重なのではなく臆病であったのだ。一歩前に踏み出す勇気が出せないどころか尻込みをしていて、歩み出そうとしてもその先が頑丈な大地であれば良いが脆い岩の上であった場合は足元が崩れて谷底に落ちてしまうかもしれない。それも自分だけでなく国民すべてを道連れにしてしまうと思うと怖かった。ツグミの言うように戦争のない未来を目指していても、他国と交流をせず国の存在自体を隠そうとしているのであればいずれ限界を迎えるのは明らかだ。玄界(ミデン)と交流をして国力を上げていく国はこれから増えていくというのに、我が国がそれに背を向けて自国のみの技術で国民を満足させようとしても不可能だろう。そこで国民の意思を知りたいと思い、彼らの意見を募集して国会で審議を行った。その結果、我がトロポイは国を開き、平和を願う国々と足並みを揃えて戦争のない世界を創っていくことに決定した」

 

「……」

 

「きみの父親であるオリバがこの国を離れる時に『トロポイの優れたトリオン技術は軍事ではなく人々の生活にこそ役立てるべきであり、人の未来を奪うトリガーではなく人に未来を与えるトリガーをつくってもらいたい』と言い残した。私はその言葉を胸に秘めて善政を行ってきたつもりだ。しかし結局はこの小さな国の中が平和でトロポイ国民が幸せに生きられればいいというだけで、他国の戦争に対しては目を向けることはなかった。トロポイ国王としてはそれで十分なのだろうが、オリバが言いたかったのは国という小さな世界だけでなく近界(ネイバーフッド)という広い世界に我が国の技術を役立ててほしいという意味だったのだと思うのだ。自慢ではないが我が国のトリガーとトリオンの技術は他国にはない優れたものが多い。しかしそれは悪用されてしまえばこれまで以上に戦火は広がってしまう可能性を秘めているということだ。それが最大の懸念であったがボーダー(きみたち)が認めた同盟国になら安心して我が国の技術を提供できる。かつて軍事国家として名を馳せていたアフトやキオンであっても国王や指導者が信頼できる人物ならば軍事利用されることはないと判断した。私はアフトのハイレイン・ベルティストン王やキオンのテスタ・スカルキ総統とは面識はないからどのような人間かは知らない。しかしきみは彼らと親交があり、その人物を認めているから同盟加入を勧めた。ならば私もきみの考えに賛同し、近界(ネイバーフッド)の平和を目指す同志に加えてもらうことでオリバとの約束を果たしたいと思う」

 

エルヴィンの決心はツグミにとって大歓迎であり、同盟に加わることでトロポイが再び歴史の表舞台に姿を現すとなれば近界(ネイバーフッド)におけるボーダーの影響力が強まるということ。

近いうちにヒエムス、レプト、ラグナ、リコフォス、アウデーンスの5ヶ国が揃って同盟に加入する予定で、そこにトロポイが加わることで全総勢10ヶ国がボーダーの同志として近界(ネイバーフッド)の平和維持に協力することになる。

キオン、アフトクラトル、そしてトロポイというトリオンとトリガーの高い技術を持つ国が団結して行動をするとなれば近界(ネイバーフッド)の国々への効果は絶大だ。

それをまとめているのがボーダーなのだから、今後の拉致被害者市民救出計画にも良い影響を与えるのは明らかである。

ボーダーを敵に回せば同盟国が黙ってはいないと思わせることで交渉はスムーズに運ぶ。

もちろんキオンやアフトクラトルが拉致被害者市民の返還交渉に直接関わってくることはないのだが、相手が勘違いしてくれるのならそれを利用しない手はないのだ。

 

「ボーダーは貴国の同盟への加入を歓迎いたします。この書面はわたしが責任を持って持ち帰り、間違いなく城戸に渡すことをお約束します」

 

ツグミはそう言ってエルヴィンの手から封筒を受け取った。

 

「調印についてだが、時間はかかるのだろうか?」

 

エルヴィンにそう訊かれて、ツグミは答えた。

 

「同盟の調印の書面につきましては定型文書がありますので、それをそのまま使う分には陛下と城戸がいればすぐにでも行えます。ただし各国それぞれに事情がありますから、それに関する付帯条件などは双方で話し合いをする必要があります。その話し合いが終わればその内容をすぐに書面にして、最短で当日中に行うことは可能です。そして調印式を一般の人間に公開して行うか、もしくは当事者だけで行って結果だけを部外者に報告するかによっても日数は変わります。調印式の場所はボーダー本部基地で行うのなら準備に時間はかかりませんが、大勢の観衆の前で行うのならば会場を手配する必要がありますので最低でも5日はかかるでしょう」

 

「ふむ…そうなるとこちらが面倒な条件を持ち出さないで、当事者だけで行うのであれば最短で済むな。…今のうちなら往復にかかる時間と合わせて40日もあれば十分かな?」

 

「ええ、たぶん大丈夫だと思います。わたしたちの今回の訪問もそれくらいの予定ですから」

 

「それなら急いで支度をしよう。従者はイェルンだけでいいだろう。それから…」

 

エルヴィンはひとり言のように呟き、何やら考え始めてしまった。

 

「陛下、何の支度をするとおっしゃるのでしょうか? 従者とはいったい…?」

 

ツグミが訊くと、エルヴィンは当然と言わんばかりの顔で答える。

 

「私が玄界(ミデン)へ行くからに決まっている。40日も留守にするとなればそれ相応の支度は必要だろ」

 

「陛下が国を空けて玄界(ミデン)へといらっしゃるなんてとんでもございません! 調印に関しましてはわたしが帰国して準備ができ次第ボーダーが正式な使節をこちらへ派遣しますので、それまでお待ちいただけませんでしょうか?」

 

国家元首が()()()()で他国を訪問するなどとは異例というよりも正気の沙汰ではない。

しかしエルヴィンは首を横に振る。

 

「いや、私が玄界(ミデン)へ行く。こんなことでもなければ私は死ぬまでこの国から一歩も外へ出ることは叶わない。これは私に与えられた最初で最後の機会なのだ。…ああ、いっそ王の座を孫に譲ってしまえば良いのか。そうすれば私はもう王ではないのだから問題はなかろう」

 

「そういう話ではないんですが…」

 

ここでツグミは口を閉じた。

王族に生まれ、この時点で自分の将来を決められてしまった人間をこれまでに何人も見てきた彼女にはエルヴィンの気持ちが理解できてしまうからだ。

それに彼女にとって他人事ではない。

彼女は自分で選んだとはいえエウクラートンの女王として自分の自由と引き換えにエウクラートン国民のために生きることになる。

自分の父親が皇太子の息子であったという()()で彼女自身にはまったく責任のないことなのだが、「血」はその人間を精神的に縛り付ける効果があり、彼女もまたそれに囚われてしまったらしい。

だからエルヴィンの「国を出て外の世界を見てみたい」という意思を尊重したいと思うのだが、だからといって思い付きのような行動は国王として家臣や国民を混乱させる原因となってしまう。

そこでツグミは一計を案じた。

 

「ではこうしましょう。わたしたちが先に玄界(ミデン)へ戻り、調印の準備を進めます。そしてわたしたちが発って10日経過の後に陛下が出発するようにしていただけたら、玄界(ミデン)での滞在時間を効率良く使うことができます。滞在時間をどのように使うのかも予め決めておけば視察場所の選定や準備も済ませておけますし、なによりも宿泊場所はどこでも良いというわけにはいきませんので、こちらにも支度をする時間をくださいませ」

 

つまり10日間の猶予をもらえたら万全の態勢で受け入れることができるという意味で、無理を通そうとすれば子供みたいに駄々をこねているだけだとエルヴィンにもわかるはずだ。

 

「…よかろう。10日なら余裕で待てる。それに家臣たちに納得させて公式に玄界(ミデン)訪問を果たして見せようぞ!」

 

やる気満々のエルヴィンではあるが、ひとまずこれで時間を稼ぐことができたとツグミは安堵した。

 

 

◆◆◆

 

 

「箱」と「鍵」については最良の解決策は見当たらず、エクトスに対する警戒を強めるという()()()()に留める他なかった。

しかしそれでもトロポイにある製造方法を記した書面がエクトス側に渡らなければそれで十分である。

ただ危険なものが近界(ネイバーフッド)に存在していても正しき者たちが管理するのであれば問題はないというのに、エクトスが核兵器を再現しようと行動をしている今、その憂いを断つタイミングが来たということなのかもしれない。

ツグミの策を実行すれば近界(ネイバーフッド)からその憂いの原因を取り除くことになるのだから平和を求める近界民(ネイバー)にとっては万々歳なのだが、その方法がツグミひとりにリスクを集中させるという点が問題だとエルヴィンは言う。

いや、彼だけでなく当然エウクラートンのリベラートも大反対で、今のところツグミの提案に賛成してくれる者はいない。

迅も初めて聞かされたことで驚きよりも大事なことを内緒にしていたことに怒りが湧いてきたくらいだ。

作製方法や原料がなければ再現できないのだから処分してしまうのが最善に決まっている。

ところがツグミが玄界(ミデン)で「処分」を行ったとしてもエクトスの人間がそれを信じなければ彼女がどこかに隠していると考えるに決まっている。

おまけに1ヶ所に集められているとなればエクトスにとっては好都合で、それを奪えば彼らの野望は一気に叶うというもの。

だから彼女を大切に思う者たちはそんな危険なことをさせたくはないと言うのだ。

ツグミだって家族や友人たちが気遣ってくれる気持ちはわかるし彼らを心配させたくないと思ってはいるのだが、時間がないということで結果を出すためには仕方がないと考える。

彼女の周囲の人間は彼女の自己犠牲を認めないというわけだが、ここで彼らは大きな勘違いをしている。

ツグミという人間はあらゆる思考とすべての行動が「自分のため」であり、自分を犠牲にしてまで自分のために生きるという矛盾した考えは持っていない。

今回の「箱」と「鍵」の件も自分が4組の「箱」と「鍵」を一手に預かってエクトスの目を自分に向けるという危険なものだが、彼女には勝算があった。

ただし最後の()()()がまだ手に入っていないためにエルヴィンや迅たちには言えないでいた。

しかしそのパーツさえ手に入れることができればすべて丸く収まる最善と言える策が彼女にはあるのだ。

それも一か八かというものではなく、これまでの経験を踏まえた上で彼女は挑もうとしている。

彼女に言わせれば「まずは相手が何を欲しているのかを知ることから始めなきゃ」で、唐沢から学んだ交渉術をすべて注ぎ込んで()()覚悟でいるのだった。

 

 

そしてツグミと迅がトロポイを去る日がやって来た。

彼女たちの役目は終わったのだからのんびり滞在などせずにすぐに三門市に帰って同盟締結の手続きを進めるべきだ。

エルヴィンもそれを望んでおり、遠征艇のトリオン補給にも協力してくれたことにツグミたちは感謝してトロポイを離れたのだった。

たった4日という短い滞在であり得るものはなかったかのように思えたが、その時のツグミにはまだエルヴィンの決心について知る由もなかった。

 

 

◆◆◆

 

 

トロポイから帰還するとすぐにツグミは城戸にエルヴィンの書状を渡し、同盟調印の準備を開始した。

エルヴィンから同盟締結に伴う個別の条件についての書面を作成してもらったことで検討の時間も十分に得られ、5つの条件のうち4つまではすぐに良い返事ができるところまで漕ぎ着けたのだが、最後のひとつだけは少々難儀をしていた。

その条件とは「同盟国であっても自律トリオン兵に関しては作製方法等の機密情報を公開できない」というもので、同盟国内では各国のトリオンやトリガーの技術や知識を共有しようという申し合わせに例外を求めるものだ。

同盟国同士であれば悪用されないことはわかっているものの、それでもまだ盤石ではないボーダー主宰の同盟が空中分解してしまった時のことを考えると踏み切れない。

それに自律トリオン兵の技術はトロポイにとって他国にはないオンリーワンのもので、言うなれば「切り札」である。

そんな切り札を手放せとは言えず、だからといって他の同盟国に対して例外を認めさせるのは難しい。

ボーダー側が条件をのむのは簡単だが、同盟国にどう説明するかが問題なのだ。

ひとまずその件についてはエルヴィンが来てからということで後回しにし、ツグミはその先のエクトス訪問について「作戦」を考えることにした。

 

(これが成功すれば近界(ネイバーフッド)から争いの火種がひとつ消えることになる。それは()()()()()()が叶う日が一歩近付くってこと。でも城戸司令たちはわたしがエクトスへ行くことを快く思っていない。それはわたしの身の安全を案じてのことだとわかってはいるけど、やっぱり過保護すぎるわよね。…たしかにエクトスの情報は麟児さんやヴィートさんたちから聞いた話だけだから王族の人間がどのような人物なのかわからないし、軍事国家ではないのに核兵器に手を出そうという気になった理由もわからない。わからないことだからけだからこそこの目で確かめる必要はあるというのに…)

 

危険だからといって避けて通ることはできないのなら、堂々と乗り込んで行った方が手っ取り早く確実だというのがツグミの性格である。

傍目には無茶で無謀に見えることも彼女の中では計算尽くされたことで、勝算の低い()()はしない人間だ。

もっともごく稀に勝ち目の薄いものにも挑戦してしまうこともあるため周囲が心配するのだが、彼女には勝利の女神がついているのか強い意思が運命を捻じ曲げるのかはわからないが必ず勝つ。

そしてエクトスとの()()も必ず勝つ覚悟で臨もうとしていて、いくつもの案を考えてはシミュレーションを行い、最終的には一番単純な方法で攻めることに決めたのだった。

 

 

 

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