ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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622話

 

 

エルヴィンたち一行の滞在は残るところ3日となった。

その短時間に視察と買い物をするわけだが、それを効率良く行うためにツグミは完璧な行程を組み立てている。

1日目の午前中には近界民(ネイバー)たちが住む三門スマートシティの住宅エリアと第3期工事現場の視察。

ここでヒエムスなどから帰国した元拉致被害者とその近界民(ネイバー)の家族から玄界(ミデン)の暮らしについて話を聞いたり、工事現場で使用されている玄界(ミデン)の重機などを見物する。

ここは唐沢と前日の祝賀パーティーで親しくなった雪弥がスマートシティ関連の責任者でもあるためにエルヴィンたちを案内してくれることになっていた。

 

迅の運転する車で三門スマートシティの駐車場までやって来るとそこには唐沢がすでに到着していてツグミたちを出迎えた。

まず第1期エリアに住む元拉致被害者とその家族に会って話を聞くわけだが、水戸涼花とカルーロとリンダの3人の家に向かう。

ヒエムスに売られた涼花はカルーロに買われて結婚し、リンダという娘が生まれて苦労はしたがそれなりに幸せな日常を過ごしていた。

そしてヒエムス遠征の調査のために潜入したゼノン隊に発見され、通常の拉致被害者市民とは別のルートで帰還したという稀な例である。

涼花とその家族は三門スマートシティにおいて約1年8ヶ月と元拉致被害者と近界民(ネイバー)の家族の中で最も長く生活していることとツグミが個人的にも親しくしていたことで彼女にお願いしたのだ。

三門市から支給された戸建て住宅で暮らしている一家は隣近所がほとんど元拉致被害者とその家族であるから近界民(ネイバー)だとか玄界(ミデン)だとかいう区別や差別はなく、ヒエムスだけでなくレプトやリコフォスなど他の国から来た人間とも上手くやっているようだ。

特に敵対している国の人間というわけではなく、また同じ境遇であるという点で協調できるのだろう。

家族に元拉致被害者がいるから三門市や玄界(ミデン)の習慣や法令に従うことにも抵抗はなかったようで、近界民(ネイバー)の子供たちは玄界(ミデン)の児童が通う幼稚園や小学校などに入学しても近界民(ネイバー)だからといってイジメにあうことこともないという。

以前の三門市民は近界民(ネイバー)と言えば「悪」とか「敵」という認識であったが、第一次近界民(ネイバー)侵攻の犯人がエクトスという国であることをボーダーが公式発表しているため、他の国の近界民(ネイバー)には無関係だと考えて仲良くやっていこうと歩み寄る姿勢を見せている。

そうなると近界民(ネイバー)も一生三門市で生きていくのであれば無用なトラブルは起こすべきではないと玄界(ミデン)の習慣や法令に慣れていく努力をする。

それがこのスマートシティ内では非常に上手くできていて、ここで成功すれば近界民(ネイバー)の生活エリアを三門市全体に拡大してもっと自由に行動ができるようになるだろう。

涼花はスマートシティ内のショッピングセンター、カルーロは第3期工事現場で働いている。

娘のリンダはスマートシティの外にある小学校に他の子供たちと一緒に通っており、休日には玄界(ミデン)の子供たちと一緒に公園で楽しそうに遊んでいる姿が見られるということだ。

玄界(ミデン)の人間であっても文化や習慣の異なる外国からやって来た者の中にはゴミ出しのルールを守れないとか騒音によってご近所トラブルを起こす連中が大勢いることを考えるとここに住む近界民(ネイバー)はとても礼儀正しく、三門市民に良き隣人(ネイバー)として受け入れられている。

そういった近界民(ネイバー)が増えることは今後の近界民(ネイバー)の受け入れに対しても追い風となる。

第一次近界民(ネイバー)侵攻の拉致被害者市民はまだ残り4ヶ国に200人弱もいる。

そうなると彼らの帰国事業が進めばとその家族の近界民(ネイバー)もここで暮らすことになるわけで、ここまでの()()はボーダーの望むものとなっている。

当初の予定では三門スマートシティはアフトクラトルによる大規模侵攻で天羽が更地にしてしまった場所の再開発事業で、トリオンとトリガーの技術を取り入れた実験的な意味合いを持つ街になるはずだった。

したがって近界民(ネイバー)が住むという計画はなかっのだが、拉致被害者市民への補償としての住宅を提供したことで自然と近界民(ネイバー)の受け入れ先ともなった。

スマートシティの周囲は自由に出入りできないよう塀で囲ってあり、限られた通用門を使用することで人の流れを管理できるようになっているため、三門市だけでなく日本国政府にも「近界民(ネイバー)による犯罪の抑制」と「道具(トリガー)の管理の徹底」が保証されているからということで「トリオン特区」として認められたという経緯がある。

そしてここでの結果が良好であるため、日本国政府内では特区の範囲を三門市全体に広げようという流れになっていた。

それは与党で大きな影響力のある大迫代議士の力があってこそで、可能な限り早い時期に三門市全域を特区としたいと積極的に関係各所へ働きかけている。

もし三門市全域が特区となると、三門市を管轄する三門警察署では従来の拳銃からボーダーで使用する拳銃(ハンドガン)型トリガーを改造した簡易トリオン銃を導入する計画が実行されることになる。

原則として警察官が銃を撃つ場合は対象者を無効化させたいためであるから、この拳銃(ハンドガン)型簡易トリオン銃を使えば誤って死なせてしまう事故は起きない。

またトリオン能力が低くトリオン体に換装できなくても使用できるという点が認められたのだ。

さらに警察だけでなく消防でも必要であればトリオン体に換装して任務を遂行できるというルールも設けた。

トリオン体なら生身の時よりも身体能力がアップするため逃走した犯罪者を取り押さえるのには都合が良いし、火事現場でも特別な装備をせずにそのまま火の中に飛び込んで行って逃げ遅れた人を救出することも可能だ。

トリガーの管理についてはこれまで以上に厳重なものとし、ふたつ以上の生体認証システムを採用することで登録者以外の使用が不可能であることはもちろんのこと、三門市という特区外に持ち出せばその時点でトリガーは破壊されるという構造にした。

そうすればボーダー関連以外の組織に流出して悪用される可能性は限りなく減る。

当然それだけでは安全管理が万全であるとは言えず、今後はトリガーの安全な運用を基本として開発が行われることになる。

そして一番重要なのはボーダーという組織自体がいずれ一民間組織ではなく独立行政法人への移行がほぼ決定していることだ。

未だに政府の人間の中にはボーダーを胡散臭い組織であり、そんな組織が武装しているのは断じて許せないと考えている連中が少なからずいる。

そんな輩を黙らせるにはボーダーも変わっていくしかないのだ。

しかし「近界(ネイバーフッド)玄界(ミデン)の友好の架け橋になる組織」であることは永遠に変わることはない。

 

 

スマートシティ内には誰でも自由に使用できるバーベキュー用コンロや水道などの設備がある公園がいくつもあり、昼食はここでバーベキューパーティーをすることにした。

参加者はエルヴィン一行だけでなく涼花とカルーロ、それに近所の人たちを含めて総勢20人という大掛かりなものだ。

もちろんこれはツグミの計画にあったことで、食材の準備は涼花と彼女のママ友たちにお願いしてある。

この公園は平時であればこうしたレクリエーションに利用するが、災害時には避難場所として使うことができるようになっていて、定期的に住民たちの避難訓練も行われているそうだ。

その避難訓練にも近界民(ネイバー)たちは参加して積極的に三門市民の中に溶け込もうとしているから、三門市民も近界民(ネイバー)たちに好印象を持っている。

近界民(ネイバー)といっても戦争をしたがっているのは一部の国のまたさらに一部の人間だけで、大多数の近界民(ネイバー)は自分たちと同じなのだと理解してもらえたことで、かつて近界民(ネイバー)による襲撃で大きな被害を受けた悲劇の街は近界民(ネイバー)玄界(ミデン)の人間の共存の理想郷へと変わった。

近いうちにそれは三門市だけでなく玄界(ミデン)全体にも広まっていくのだろうが、そのためにはまだ乗り越えなければならないことが山ほどある。

それを自分の手で片付けていきたいと考えていたツグミにとってはとても心残りとなるわけだが、彼女の意思は後輩たちに受け継がれている。

だから彼女は今目の前にあることをひとつひとつ確実に片付けていくだけなのだ。

 

 

 

 

三門スマートシティの第3期工事現場の視察を行ったエルヴィンたちはトリガーの新たな可能性に希望を抱いていた。

 

「トリガーを武器ではなく道具として使用する考え方は近界(ネイバーフッド)において当たり前のものだが、こうして我々と違う使い方をしている状況を見るとなかなかに興味深い。従来のトリオン兵の形は大きく変えずに運用システムのプログラムを変更するだけで乗用や運搬用に転用している国はいくつもある。しかし玄界(ミデン)ではトリオン兵は使用していないというのにトリオン兵の形を模したトリガーを開発し、それを工事作業に使っている」

 

エルヴィンは食事をしながらツグミと午前中に視察した工事現場の感想を口にする。

 

「そうですね。あえてトリオン兵の形にする必要はないと誰もが考えますが、案外あの形は理に適っているとわたしは思います。モールモッドの(ブレード)は地面を掘るために適した形にすることで固い地面を柔らかくし、その土を従来から使用しているショベルカーを用いることで効率がアップします。それにモールモッドのような多脚タイプのトリオン兵は平らな場所だけでなく荒地でも動きはスムーズで、急斜面でも平気で上り下りできる点は既存の重機では再現できません。…そして一番重要な点はアフトの大侵攻で大量に得られたトリオン兵の残骸を再利用しているということです。トリオンに還元して他の目的に利用するという方法もありましたが、あえて残骸を修復してプログラム変更をすることで平和利用することもできると三門市民にアピールして玄界(ミデン)の人間が美徳とする『限られた資源の再利用』を実践しているのです。かつては悪の象徴であったトリオン兵がこうして市民生活に有用な使い方をしていると知れば近界民(ネイバー)の文化や技術にも関心を持ってもらえますから」

 

ボーダーがトリオン兵を使用しなかったのは作る技術がなかったのではなく、トリオン兵は悪の象徴であったからだ。

以前から捕獲用トリオン兵が現れては市民をさらっていく蛮行が繰り返されていたから「近界民(ネイバー)=トリオン兵」という認識であった。

そしてトリオン兵は人型近界民(ネイバー)の作った兵器だということになり、生物だと思っていたものが人工物であったことを知った。

そうなるとボーダーにもトリオン兵を造るノウハウが既にあったかもしれないという可能性を想起させ、ボーダーが三門市防衛という理由であってもトリオン兵を使えば三門市民から「第一次近界民(ネイバー)侵攻はボーダーの自作自演」だったのではないかと疑いの目を向けられたであろう。

現に反ボーダーのマスコミは根拠もなくボーダーが第一次近界民(ネイバー)侵攻の張本人であり、自分たちの存在を派手にPRするために自作自演をしたのだと騒ぎ立てたくらいだ。

そういった理由でトリオン兵を使うことを避けていたボーダーだが、トリオン兵の平和的利用にはいくつものメリットがあることは承知していて、三門市に敵性近界民(ネイバー)が現れることはなく、トリオン兵が自分たちの日常を脅かすことはないと確信を得られたことで実現した。

ゼロからトリオン兵を造れば大量のトリオンを必要とするが半壊したトリオン兵を修復する程度なら新たなトリオン使用は極力抑えることができる。

そしてそれが市民生活において有益であると証明し、トリオンとトリガーの技術をボーダーで独占するのではなく一般に普及させるために研究開発に日々精進していると公表すればボーダーは単なる正義の味方では終わらない。

実際にボーダーの研究室(ラボ)では技術者(エンジニア)たちが警察や消防でも使用できるトリオン兵(の形をした車両)を開発中で、これまで災害現場での使用を前提としたロボット開発をしていた研究者と協力してプロジェクトを進めている。

 

「トリオンの概念すらなかった玄界(ミデン)だからこそ、トリオンという新しい物質を手に入れたことで従来の技術が進歩することになった。ならば我々も玄界(ミデン)の技術を導入してトリオンに頼らずに済む世界を目指すべきだと知る。これまでにきみたちが関わったキオンやアフトも同じように考え、玄界(ミデン)の人間を拉致するようなことをして敵対するよりも手を結んでお互いの技術交換をしようという考えになったのだな。私もこの目で玄界(ミデン)の庶民が生き生きとしている姿を見ると、我がトロポイ国民にも同様の笑顔を与えたいと心の底から思う」

 

「陛下はそのために鎖国をやめて同盟国の仲間入りしようと決心をなさったのでしょ? 大丈夫です、陛下のお心はトロポイのみなさんにも届いているはずです。ならば陛下おひとりにすべてを委ねるのではなく、自らも自分や家族や仲間のために心をひとつにして理想の国の目指してくれることでしょう」

 

「そうだといいがな」

 

「ええ、もちろんです。それに玄界(ミデン)の人間から見ると近界(ネイバーフッド)はある意味で理想郷なんです」

 

「それはどういう…?」

 

近界(ネイバーフッド)においてトリオンの技術は万能だといえる部分があります。元になる物質があればそれを解析してトリオンで再現できる。それが金や銀などの金属であろうとも、小麦の種やジャガイモの種芋といった植物でも再現できてしまうのはすごいです。わたしたち玄界(ミデン)の人間にはその仕組みがどんなものかわかりませんが、玄界(ミデン)に優れたものがあればそれを持ち帰ってトリオンで複製すれば増やすことができます。ただそれがトリオンの大量消費につながるので多用はできませんけど。それに近界(ネイバーフッド)では原則として天災は起きません。(マザー)トリガーを適切に操作し、『神』の寿命がずっと先のことであれば天候は安定していて、女王や巫女の意思で気温や降雨量などを都合良く操作できます。それによって作物の成長に影響する天候を調整することで収穫量を増やすことも、また作物の種類を変えることも可能。ですが玄界(ミデン)ではそうはいきません。ずっと雨が降らずにいて作物が枯れてしまったり、逆に雨が降ってばかりで日照不足によって収穫量が減るということもしばしばあります。そう考えれば近界(ネイバーフッド)は人の意思で未来を変えることができる世界なのです。玄界(ミデン)の技術や知識は好きなだけ差し上げます。ですからその力を使って近界民(ネイバー)たちが幸せに生きることのできる世界をみんなで創ってください。そして近界民(ネイバー)のみなさんが培ったトリオンとトリガーの技術や知識をわたしたちに分けてください。そうすればどちらの世界の人間も安心して暮らせるようになるとわたしは考えています」

 

ツグミがそう言うとエルヴィンは大きく頷いた。

 

「そうだな。近界(ネイバーフッド)では強い者が弱い者から奪うということが当然だと考えられてきた。だから奪った方は得るものがあり、奪われた側は失うだけだ。しかしきみの考えなら強い者とか弱い者といった格差はなくお互いに相手から貰い相手に与えることでその貰ったり与えたものの数倍の価値のあるものをそれぞれが得られる。素晴らしいことだ」

 

「陛下もそうお考え下さるのですね? そして人の幸せの総量は決まった量しかないのではありません。誰かが幸せになればその代わりに誰かが不幸になるというものではなく、すべての人間が幸せになれる可能性もあるんです。幸せの総量は無限大で、すべての人間がその幸せを無限に手に入れる資格があり、その幸せとは数値や目に見える形で表せるようなものに限らず、家族や友人とこうして一緒に食事ができるという形のないものも含まれます。ですが人それぞれ基準が違いますから同じものであってもそれを幸せと感じるかどうかは別です。貧しくとも家族と穏やかな暮らしができることを幸せだと思う人もいれば、たったひとりでもかまわないから一生かかっても使いきれないほどの財産を手に入れたいと考える人もいます。ですからどんなに頑張ってもすべての人間が満足できるものにはならないでしょう。それに人間は欲深いですから今満足できることでも明日には満足できなくなっているということもあります。でも為政者としてはやれるだけのことをやるだけです」

 

ツグミは当たり前のように言うが、多くの人間はそういった考えに至ることは滅多にない。

彼女も単なるボーダー隊員でしかなければこんなことを考えたこともなかったかもしれない。

しかし彼女は自分がエウクラートンの王家の血筋の人間であり、女王としてエウクラートン国民の人生を左右する重要な役目を負うことになったからこそエルヴィンのような国家元首の気持ちに寄り添って物事を考えるようになっていったのだった。

大きな権力を持つ者はそれだけの義務を背負うこととなり、国民の支えによって()()()()()()()と意識することで国民の幸せが自らの幸せの量に上乗せされるという考えに至った。

それが真理かどうかはわからないし彼女はどうでもかまわないと考えている。

ただ一部の特権階級にある人間がそれ以外の人間を虐げている世界は間違っていて、それを正すことは正義であるという信念で彼女は行動している。

そんな彼女の「正義」が間違いであれば誰かがそれを正してくれると信じていて、いざという時には甘んじて罰を受け入れる覚悟でツグミは生きているのだ。

 

 

 

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