ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
エルヴィンたち一行の滞在は残るところ3日となった。
その短時間に視察と買い物をするわけだが、それを効率良く行うためにツグミは完璧な行程を組み立てている。
1日目の午前中には
ここでヒエムスなどから帰国した元拉致被害者とその
ここは唐沢と前日の祝賀パーティーで親しくなった雪弥がスマートシティ関連の責任者でもあるためにエルヴィンたちを案内してくれることになっていた。
迅の運転する車で三門スマートシティの駐車場までやって来るとそこには唐沢がすでに到着していてツグミたちを出迎えた。
まず第1期エリアに住む元拉致被害者とその家族に会って話を聞くわけだが、水戸涼花とカルーロとリンダの3人の家に向かう。
ヒエムスに売られた涼花はカルーロに買われて結婚し、リンダという娘が生まれて苦労はしたがそれなりに幸せな日常を過ごしていた。
そしてヒエムス遠征の調査のために潜入したゼノン隊に発見され、通常の拉致被害者市民とは別のルートで帰還したという稀な例である。
涼花とその家族は三門スマートシティにおいて約1年8ヶ月と元拉致被害者と
三門市から支給された戸建て住宅で暮らしている一家は隣近所がほとんど元拉致被害者とその家族であるから
特に敵対している国の人間というわけではなく、また同じ境遇であるという点で協調できるのだろう。
家族に元拉致被害者がいるから三門市や
以前の三門市民は
そうなると
それがこのスマートシティ内では非常に上手くできていて、ここで成功すれば
涼花はスマートシティ内のショッピングセンター、カルーロは第3期工事現場で働いている。
娘のリンダはスマートシティの外にある小学校に他の子供たちと一緒に通っており、休日には
そういった
第一次
そうなると彼らの帰国事業が進めばとその家族の
当初の予定では三門スマートシティはアフトクラトルによる大規模侵攻で天羽が更地にしてしまった場所の再開発事業で、トリオンとトリガーの技術を取り入れた実験的な意味合いを持つ街になるはずだった。
したがって
スマートシティの周囲は自由に出入りできないよう塀で囲ってあり、限られた通用門を使用することで人の流れを管理できるようになっているため、三門市だけでなく日本国政府にも「
そしてここでの結果が良好であるため、日本国政府内では特区の範囲を三門市全体に広げようという流れになっていた。
それは与党で大きな影響力のある大迫代議士の力があってこそで、可能な限り早い時期に三門市全域を特区としたいと積極的に関係各所へ働きかけている。
もし三門市全域が特区となると、三門市を管轄する三門警察署では従来の拳銃からボーダーで使用する
原則として警察官が銃を撃つ場合は対象者を無効化させたいためであるから、この
またトリオン能力が低くトリオン体に換装できなくても使用できるという点が認められたのだ。
さらに警察だけでなく消防でも必要であればトリオン体に換装して任務を遂行できるというルールも設けた。
トリオン体なら生身の時よりも身体能力がアップするため逃走した犯罪者を取り押さえるのには都合が良いし、火事現場でも特別な装備をせずにそのまま火の中に飛び込んで行って逃げ遅れた人を救出することも可能だ。
トリガーの管理についてはこれまで以上に厳重なものとし、ふたつ以上の生体認証システムを採用することで登録者以外の使用が不可能であることはもちろんのこと、三門市という特区外に持ち出せばその時点でトリガーは破壊されるという構造にした。
そうすればボーダー関連以外の組織に流出して悪用される可能性は限りなく減る。
当然それだけでは安全管理が万全であるとは言えず、今後はトリガーの安全な運用を基本として開発が行われることになる。
そして一番重要なのはボーダーという組織自体がいずれ一民間組織ではなく独立行政法人への移行がほぼ決定していることだ。
未だに政府の人間の中にはボーダーを胡散臭い組織であり、そんな組織が武装しているのは断じて許せないと考えている連中が少なからずいる。
そんな輩を黙らせるにはボーダーも変わっていくしかないのだ。
しかし「
スマートシティ内には誰でも自由に使用できるバーベキュー用コンロや水道などの設備がある公園がいくつもあり、昼食はここでバーベキューパーティーをすることにした。
参加者はエルヴィン一行だけでなく涼花とカルーロ、それに近所の人たちを含めて総勢20人という大掛かりなものだ。
もちろんこれはツグミの計画にあったことで、食材の準備は涼花と彼女のママ友たちにお願いしてある。
この公園は平時であればこうしたレクリエーションに利用するが、災害時には避難場所として使うことができるようになっていて、定期的に住民たちの避難訓練も行われているそうだ。
その避難訓練にも
近いうちにそれは三門市だけでなく
それを自分の手で片付けていきたいと考えていたツグミにとってはとても心残りとなるわけだが、彼女の意思は後輩たちに受け継がれている。
だから彼女は今目の前にあることをひとつひとつ確実に片付けていくだけなのだ。
◆
三門スマートシティの第3期工事現場の視察を行ったエルヴィンたちはトリガーの新たな可能性に希望を抱いていた。
「トリガーを武器ではなく道具として使用する考え方は
エルヴィンは食事をしながらツグミと午前中に視察した工事現場の感想を口にする。
「そうですね。あえてトリオン兵の形にする必要はないと誰もが考えますが、案外あの形は理に適っているとわたしは思います。モールモッドの
ボーダーがトリオン兵を使用しなかったのは作る技術がなかったのではなく、トリオン兵は悪の象徴であったからだ。
以前から捕獲用トリオン兵が現れては市民をさらっていく蛮行が繰り返されていたから「
そしてトリオン兵は人型
そうなるとボーダーにもトリオン兵を造るノウハウが既にあったかもしれないという可能性を想起させ、ボーダーが三門市防衛という理由であってもトリオン兵を使えば三門市民から「第一次
現に反ボーダーのマスコミは根拠もなくボーダーが第一次
そういった理由でトリオン兵を使うことを避けていたボーダーだが、トリオン兵の平和的利用にはいくつものメリットがあることは承知していて、三門市に敵性
ゼロからトリオン兵を造れば大量のトリオンを必要とするが半壊したトリオン兵を修復する程度なら新たなトリオン使用は極力抑えることができる。
そしてそれが市民生活において有益であると証明し、トリオンとトリガーの技術をボーダーで独占するのではなく一般に普及させるために研究開発に日々精進していると公表すればボーダーは単なる正義の味方では終わらない。
実際にボーダーの
「トリオンの概念すらなかった
「陛下はそのために鎖国をやめて同盟国の仲間入りしようと決心をなさったのでしょ? 大丈夫です、陛下のお心はトロポイのみなさんにも届いているはずです。ならば陛下おひとりにすべてを委ねるのではなく、自らも自分や家族や仲間のために心をひとつにして理想の国の目指してくれることでしょう」
「そうだといいがな」
「ええ、もちろんです。それに
「それはどういう…?」
「
ツグミがそう言うとエルヴィンは大きく頷いた。
「そうだな。
「陛下もそうお考え下さるのですね? そして人の幸せの総量は決まった量しかないのではありません。誰かが幸せになればその代わりに誰かが不幸になるというものではなく、すべての人間が幸せになれる可能性もあるんです。幸せの総量は無限大で、すべての人間がその幸せを無限に手に入れる資格があり、その幸せとは数値や目に見える形で表せるようなものに限らず、家族や友人とこうして一緒に食事ができるという形のないものも含まれます。ですが人それぞれ基準が違いますから同じものであってもそれを幸せと感じるかどうかは別です。貧しくとも家族と穏やかな暮らしができることを幸せだと思う人もいれば、たったひとりでもかまわないから一生かかっても使いきれないほどの財産を手に入れたいと考える人もいます。ですからどんなに頑張ってもすべての人間が満足できるものにはならないでしょう。それに人間は欲深いですから今満足できることでも明日には満足できなくなっているということもあります。でも為政者としてはやれるだけのことをやるだけです」
ツグミは当たり前のように言うが、多くの人間はそういった考えに至ることは滅多にない。
彼女も単なるボーダー隊員でしかなければこんなことを考えたこともなかったかもしれない。
しかし彼女は自分がエウクラートンの王家の血筋の人間であり、女王としてエウクラートン国民の人生を左右する重要な役目を負うことになったからこそエルヴィンのような国家元首の気持ちに寄り添って物事を考えるようになっていったのだった。
大きな権力を持つ者はそれだけの義務を背負うこととなり、国民の支えによって
それが真理かどうかはわからないし彼女はどうでもかまわないと考えている。
ただ一部の特権階級にある人間がそれ以外の人間を虐げている世界は間違っていて、それを正すことは正義であるという信念で彼女は行動している。
そんな彼女の「正義」が間違いであれば誰かがそれを正してくれると信じていて、いざという時には甘んじて罰を受け入れる覚悟でツグミは生きているのだ。