ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
午後からは大型ショッピングセンターの視察で、そこで欲しいものがあればリストアップして明日中にボーダー本部基地まで配送してもらう。
そうすればトロポイの艇に積み込む時間も十分に得られるからだ。
エルヴィンたちはたくさんのお土産を積んで帰る計画らしく、たった3人しかいないのに10人定員で大きな倉庫のある中型艇でやって来た。
その倉庫を満杯にして帰る気満々でいるので、ツグミはスマートシティ内の店舗ではなく三門市で最も品揃えのいい西三門にある「テラスモールMIKADO」へ行くことにしている。
そこは以前に迅とデートをした場所で、その後に向かった「ミカドファミリーパーク」でツグミはゼノンたちに誘拐されてしまった。
しかしそれがきっかけで彼女はゼノン隊の3人と共にキオンへと赴き、テスタと出会って戦争の絶えない
そういうことで彼女にとっては思い出深い場所でもある。
1階が食品、2階がファッション、3階がホビーと雑貨、4階が家電、5階がフードコートで屋上に子供向けの小規模な遊園地があり、平日であっても家族連れで賑わっている。
三門市を訪れた
そしてその品揃えに驚き、それが庶民の生活の中で特別なことではなく当たり前であることに対して驚愕するのだ。
食料品売り場では新鮮であるだけでなく種類の豊富さや素材となる野菜や果物だけでなく加工食品の種類も膨大なものであるから、それだけで
冬だというのに新鮮な夏野菜のトマトやきゅうりが売られている光景は
仮に
だからといって1年中夏にすれば夏野菜は採れるが他の季節の作物は採れなくなることになり、特に季節の変化が必要な作物には悪影響しかもたらさない。
しかし太陽光による発電等トリオン以外のエネルギーを使用する道があれば自国でもやってみたいと考える。
そうなると
可能であれば最も変換効率の良い水力発電を導入したいのだが、山岳部など適した地形がなければ設置は難しい。
それでもダムや発電所などを視察して
拉致被害者市民を返した代価として日常雑貨を納入するだけでなく、こうしたインフラの設置もボーダーが窓口となりスポンサーの企業を中心としていずれは
エルヴィンたちは1階の食品売り場で
だから庶民の服はほぼすべて古着であるから、庶民でも新品の服が買えることに驚くのは無理もない。
また3階のホビーと雑貨のフロアでは、そもそも
だから
4階の家電コーナーともなると見たこともないものばかりで、エルヴィンよりも
エルヴィンたちは見るもの聞くもの初めての者ばかりで驚くのは無理もないことだ。
例えるなら16世紀や17世紀のヨーロッパの人間がタイムスリップして現代日本にやって来たようなもので、文明の進歩に400年から500年くらい「差」があると考えればいい。
「未来人の世界」を垣間見た
中にはトリオンとトリガーの技術では圧倒的に優位にあるのだから
なにしろトリオンを生む人間の数が圧倒的に多い
この点で考えると偶然ではあるがキオンと縁ができたことがボーダーにとっての
キオンは軍事大国であっても広い国土を維持するために人の住めない土地ばかりで経済面では決して豊かではなく、長い間続く
ところがテスタという戦争をやめようという指導者が現れて国の改革を始めた。
彼は効率というものを考える人間で、奪うための戦争にかかるコストと手に入れた利益を比べて「コストパフォーマンスが悪い」と判断し、戦争などせずに
すでに存在するトリオンやトリガーの技術や知識を譲るだけで
そうなると他の国でも「キオンが選んだ道ならきっと我々にとっても良い結果を得られる」と考え、同盟加入を模索するようになる。
現にメノエイデスという「
あとはどんどん実績を増やしていくだけで、ツグミがボーダーを辞めた後でもこの流れが止まることはないはずだ。
ショッピングセンターを丸ごと買い占めてしまうのではないかという勢いのエルヴィンたちであったが、そこは思慮分別のある一国の王であるから常識的な範囲内でも買い物となった。
それでも全部で大型トラック2台分の商品を購入し、明日中にすべてボーダー本部基地へと配送してもらうことにした。
本部基地から遠征艇のある港まで運ばなければならないので二度手間になるが、まだ民間人に
そのためにボーダーのスポンサーには国内でも有数の宅配業者もいて、トラックや配送員を提供してもらうことになっている。
今後は
◆◆◆
2日目は幼年教育に関心のあるエルヴィンの希望で保育園と小学校を視察し、小学校で子供たちと一緒に給食体験をした後は放課後児童クラブを視察する予定だ。
この時点ではまだエルヴィンの存在は秘密なので、某国の教育大臣の視察ということにしてある。
貴族などの上級階級に生まれるとトリオン能力が高いのであれば幼年学校に入学して将来はトリガー使いとして軍の主戦力になる。
トリオン能力が低いと一般兵…というのではなく、軍の運営に関わる部門で働くことが多い。
一方庶民階級に生まれた子供の中には稀にトリオン能力が高い子供がいて、貴族がその子供を引き取ることで将来は子飼いのトリガー使いに育てる。
ヒュースがディルクに認められてエリン家に引き取られたことはその例のひとつだ。
そして庶民階級でトリオン能力の低い子供たちは教育の機会を与えられることなく、親の仕事を手伝う場合が大多数だ。
親が農民であれば農作業を手伝うし、商人であれば親のやり方を見て同様に商売をする。
場合によっては軍の一般兵となって戦場へ向かうこともある。
なにしろ労働人口が少ない
それにもし
まさに「千里の馬は常に有れども伯楽は常には有らず」で、きっと優秀な
それが正しいのかそうでないのかはエルヴィン自身にもわからないが、身分階級に関わらず一定の年齢に達した子供は教育を受けることができるという
そこで
両親とも働かなければ生きていけないというのに自分の幼い子供を安心して預けることのできる保育園というシステムが
中には農作業等の重労働に耐えられない老婆 ── といっても50代くらいの女性 ── が集落にひとりはいて近所の子供を預かることはあるが、素人が自宅で世話をするだけなので、せいぜい3人くらいまでが限界だ。
政府はどの国であっても子供はその家族が責任を持つのが原則だと言って、人口を増やしたいと言いながらもすべては個人に任せきり。
貧しい家の子供であれば病気になっても医師に診てもらうこともできないから親は何もできずに苦しむ子供を看取らなければならない。
医療に関しては医師を増やすところから始めなければならず時間がかかるが、そのためにもまずは医師になれる人材の育成からだ。
そこでツグミはレクスの通っている小学校を視察場所に選んでいた。
レクスが三門市で暮らし始めて間もなく3年になる。
現在彼は小学5年生で、外国人の両親を持ちながらもずっと日本で暮らしていた転校生として周りの人間から認知されていて、友人もたくさんいる明るい少年として
エリン夫妻がアフトクラトルへ戻っても彼は自分の意思で三門市に残ることにしたのは医師になりたいという強い希望を抱いていたからだ。
軍事大国であって周りの国から畏怖の念を抱かれるアフトクラトルだが、他の
その問題を解決する最短の道が医師を増やすということで、まず自分がその先駆けになりたいと強く願った。
まだ両親に甘えたい年頃だというのに、自分がアフトクラトルの貴族の人間であるという矜持がそうさせたのだ。
来年には偏差値の高い中学を受験するということで準備を進めており、そんな彼の通う学校へ赴き
エルヴィンが案内されたのは三門スマートシティの住宅地エリアにある三門市立の保育園で、スマートシティ内に住む市民の子供たちだけでなく、定員に満たない場合は外部のエリアからも受け入れている。
したがって
そもそも差別をするのは大人たちであり、子供たちにとっては差別をするための根拠になるものがない。
それに三門市民の保護者に対しては入園の際に
0歳から5歳までの子供たちが年齢別に3つの部屋に分かれてそれぞれの年齢に適した保育が行われており、この日の4歳と5歳のクラスでは小学校へ入学する前の準備として園庭で交通ルールを教えていた。
園庭には道路に見立てた白線が引かれていて、交差点には横断歩道があり信号機の模型も設置されている。
電動乗用ラジコンカーを保育士が動かし、子供たちは信号が青になってから手を挙げて渡るという基本的なことを遊びながら学んでいた。
そもそも車が存在しないし、馬車やトリオン兵に引かせる荷馬車などはあるがそれらに適用するルールはないのだから
しかし
だから子供のうちに遊びながら教えるのは理に適っているし、周りの
今のところは生活圏内がスマートシティだけなので事故は起こらないが、外部の小学校へ通うことになれば交通ルールを守ることで自分の命も守ることができると教えなければならないので、保育士たちは子供が楽しんでルールを学べるよう試行錯誤したのだった。
そしてきちんとルールを守ると約束した子にはご褒美として順番に電動乗用ラジコンカーを運転できるという
だからどの子供も積極的に保育士の話を聞くようになる。
「遊びの中に生きていくための知恵や知識を織り交ぜていくというやり方は見事だ。子供はいずれ親の手を離れるのだが、それまでにひとりでも生きていくことができるように教育するのは大人の役目。このやり方は子供にとって苦痛ではなく、むしろ楽しんでいるのだから素晴らしいと思う」
エルヴィンは楽し気な子供たちの様子を目を細めて見ながら言った。
「子供が元気に走り回ったり歌を歌っている姿はいい。この子供たちが将来国を支えてくれるのだから、国として子供たちを守り育てていかなければいけない。個人に任せきりだから限界があるのであり、国が施設を運営して親に安心して子供を預けてもらえば彼らは子供のことを考えずに仕事に専念できる。そうなれば生産力も上昇し、それを国民に還元するという良い循環が生まれる」
「そうですね。今の
ツグミが怒りを滲ませて強く言うと、エルヴィンも同意見とばかりに頷いた。
「そうなると負のスパイラルを断ち切ることが最良であることは明らかで、トリオン不足については代替えエネルギーの導入、人口問題は子供を生む女性の健康と、生まれた子供たちを健全な大人に育てることによって解決するのだということが陛下にもおわかりのはず。この国だって数百年前には今の
そして続けた。
「それに子供たちが元気に遊んでいる姿を見て心が荒むようなことはまずありません。子供たちには可能性が詰まっています。将来どんな大人になるのかはまだわかりませんが、少なくともこの子たちは夢をいっぱい抱え込んで日々生きています。その夢や可能性を見付けて育ててあげることは大人の義務です。わたしにはトリオン能力が高いという才能がありました。その才能を活かしてボーダーで戦い続け今があります。それを養父の忍田や父親代わりの城戸はわたしを戦いの中に引きずり込んでしまったと後悔をしていたようです。ですがこの道はわたしが選んだものであり、わたし自身は後悔するどころか導いてくれた大人たちに感謝をしています。もしわたしがボーダーに入らずに
「そうなっていたらオリバの娘に会えず、彼の最期を知ることなかった。彼がユーゴの故郷である
「わたしもそう思います。父は三門市を自分の居場所だと定めましたが、
そう言って微笑むツグミの顔を見てエルヴィン心の中で呟いた。
(オリバは素晴らしい娘を残してくれた。あの時無理やりにトロポイに引き留めなくて良かった。オリバが残ってくれたなら別の未来があっただろうが、トロポイという国にとっては利益になっただろうが
そしてツグミに悟られないように微笑んだ。