ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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627話

 

 

ツグミがエレナの「課題」をクリアしてエウクラートンへ戻って来たとなればリベラートも頭から反対をすることはできない。

ふたつの「箱」と「鍵」を見せられ、さらにキオンの女王ライサとリコフォスの女王カロリーネがそれぞれ正式な文書でテスタとイェリンを王家の代表として派遣すると回答をしてきたのだから、今さら言い出したエウクラートンの女王がNOというわけにはいかない。

そうなるとリベラートも女王の命令でツグミのエクトス行きを渋々承諾した。

しかしまだ不満そうな顔の彼にエレナは言う。

 

「そなたがツグミのことを大切に思う気持ちは理解できます。しかし私やキオンとリコフォスの方々がツグミを危険に晒すことを平気でいると思うのですか? あの方たちもこの子のことを大切に思っていることはそなたにもわかるはずですよ」

 

「もちろんです! ですが…」

 

「ツグミはこれまでいくつもの国の人たちと交流してきました。立場上その国の女王をはじめ国王や総統、宰相など重要な人物と会うことが多く、この子の誠実さや賢明さに心打たれて力を貸してくれたり、あるいは取引に応じてくれたり、そして同盟を組んで近界(ネイバーフッド)の平和のために足並みを揃えて()()()と言ってくれます。すべてこの子を信頼しているからこそです。私もこの子にエクトスの件を任せても必ず満足のいく結果を出してくれると信じて賛成したのです。条件を付けたのはそなたにもこの子を信じて待つ勇気を持ってもらいたいからなのですよ」

 

「私に勇気を…?」

 

「ツグミは私との約束を果たしました。私は最初からこの子がこの結果を出すことを確信していました。これまでこの子は約束を必ず守り、他者を裏切ることはなかったからです。そして今こうしてその証を見せました。ならばエクトスへ行ってこの問題を必ず解決して戻って来てくれるとそなたは信じることができないのですか?」

 

「……」

 

リベラートがはっきりした答えを出さないので、エレナは苛立ってきた。

 

「私はこの国の女王です。この国に関わるすべての案件において最終決定権は私にあります。皇太子のそなたには私の決めたことに口を出す資格さえないのですが、ツグミの祖父だからということで意見を言う場を与えました。ですが危険だと言ってこの子の行動を制止しようとするだけ。代替案もなくこの子のやることに反対するだけならここから立ち去りなさい」

 

リベラートはぐうの音も出ない。

エレナの言は正論だ。

おまけに承諾したと言うのにまだ納得しない顔でいられたら温厚な人間であっても文句のひとつも言いたくなる。

何かをやろうとすれば必ず多かれ少なかれリスクは生じるし、それが影響力の大きいものであればリスクが高まるのも自然な流れだ。

リスクを承知して、それを踏まえた上で計画を立ててはるばるとやって来たツグミの説明をリベラートも聞いて理解もしている。

エクトスの陰謀を知ると素早く行動をして現時点で最も適切だと思われる判断をしたツグミに対して()()で反対をしているだけなのは事実で、本人も頭ではわかっていても納得ができないでいる。

そして何よりも孫娘が命懸けで近界(ネイバーフッド)の平和のために働こうとしているのに、皇太子である自分は何もできないという無力さに苛まれ、自分で自分が許せないのだ。

 

「陛下、これは本来なら私がすべきことだというのにまだ年若い孫娘にすべてを託さなければならない自分の不甲斐なさと、せめて自分に何かできないかと考えても名案が浮かばない愚鈍さに呆れ果ててしまいました。ここでツグミの策よりも安全であり確実にエクトスの暴挙を止める方法があれば私だって文句なく賛成しますよ。…ただいくらこの子がこれまで我々の信頼を裏切らない結果を出してきたと言っても、必ず無事に戻って来るという確約にはなりません」

 

リベラートがそう言うと、エレナは小さく頷いた。

 

「そなたの気持ちも理解できないわけではありません。私もツグミのことは心配ですし、この作戦は他の国の王族をも巻き込んでの()()になるわけですから万が一のことがあってはなりません。ですが私やそなたにできるのはこの子を信じて待つことだけです。どのような手段を用いたのかはわかりませぬが、あのアフトクラトルの王ですらこの子に一目置いており、同盟に加わることを決心したのですからエクトスをおとなしくさせることも不可能ではありません。…といっても心配性のそなたにはまだ納得はできないでしょう。エクトスは隊商国家として多くの国と商売を通じて関わりがありますが、我がエウクラートンとは一切ないために情報がほとんどありません。それも不安要素のひとつですが、それよりもエクトスの王族が今になって()()に手を出す気になったのかがわからないから恐ろしいのです。そなたもこうした不明な点が多いことでツグミを派遣することを恐れているのでしょうが、確実な方法を模索しているうちに手遅れになってしまっては、せっかくのこの子の努力が無駄になってしまうでしょう」

 

「はい。私もツグミが頑張ってくれているのですから背中を押してやりたいのですが、それが本来この問題を解決すべき私が何できずにいて、ただ『頑張ってこい』と言うのは無責任に思えます。だから私はこの子にすべてを任せることが現時点における最善の道だと理解はしておりますが納得ができずにいるのです」

 

ツグミはエレナとリベラートの会話を聞いていて大事なことに気が付いた。

 

(わたしは自分にできる範囲のことで最大の結果を出そうといろいろ考えて行動してきた。だから無理はしていないし全然平気なんだけど、周りの人たちにはそれがきちんと伝わっていない。自分を犠牲にして多くの人のために働いていると思われている。()()()()()()もわたしが何かしようとするとすぐに反対していたから、つい()()()()()ではなく城戸司令に直接相談してしまっていた。そうやって自分で自分の納得する形で前進してきたけど、忍田真史という人物の立場になって考えたことはなかった。毎回満足する結果を出しているんだから次も期待されて全部任せてくれるものだと思い込んでいた。でもあの人にはわたしの血のつながった叔父という立場とボーダーの本部長というふたつの立場があり、後者の立場なら賛成することでも前者だと少しでも危険があれば反対したいという私情が挟まれる。それは人間である以上は仕方がないことで、絆が強ければそれだけジレンマに苛まれることになるんだ。真史叔父さんとリベラート殿下は同じ立場で、ボーダーやエウクラートンのことを考えれば賛成すべきだと考えても、個人的にはどうしても納得できないというのは仕方がないこと。むしろ城戸()()は常に城戸()()の立場で判断してわたしのやることを全面的に応援してくれている。ただしそれはわたしに対して愛情がないというのではなく、私情を挟まずにボーダーのためにと判断を下せる精神力が強いってこと。…じゃない、表に出さないだけでとても苦しんでいるのかもしれない。だとすればわたしはとても薄情で惨いことをしていたことになる。それに今まで気付かなかったわたしはバカだ…)

 

ツグミは自分が正しいと思うことをやるためには周囲の協力が必要で、そのためには信頼を得ることこそが大事だと考えてきた。

それは間違ってはいないし、実際に信頼を得るために努力も積み重ねてきた。

だからこそボーダーだけでなくいくつもの近界(ネイバーフッド)の国々の元首や指導者たちにも重要な場面で責任のある仕事を任されている。

しかし彼らがツグミの身の安全に無関心で、自国の利益だけを考えて「危険なことや面倒なことを押し付けている」のであればそれでかまわないのだが、ツグミに任せていることを「申し訳ない」とか「無力な自分が不甲斐ない」と考えているとすれば、ツグミにとってそれは想定外であり、そんな気持ちにさせるために頑張ってきたのではないと叫びたくもなる。

彼女には自分の働きをひけらかす気はないし、誰かに褒められたいからとやっているのでもない。

ただ自分のためにやったことが多くの人のためになるならその方がいいと思うだけであり、結果をみんなが喜んでくれていることで自分の行為が正しかったと確認をするだけ。

正しいことをしているのだから誰も辛い思いや苦しい気持ちになるなどと想像もしていなかったのだった。

 

(わたしは物事の表面だけ見ていて他人の心の深層まで知ろうともしていなかった。ううん、そこまで知ろうとするなんてこと自体が傲慢だけど、もっと相手の気持ちを想像すべきだった。立場を置き換えてみればすぐにわかることじゃないの。もしオサムくんが危険な国に単身乗り込んでいこうとしたら絶対に止めるもの。彼の能力を認めていないというんじゃなくて、危険だとわかっているなら可能な限り安全だと言えるだけの武装をさせるとか、優秀なトリガー使いを大勢護衛につけるとかして無事に帰って来るという保証がなければ賛成したくない。今のリベラート殿下はそんな気持ちなんだ。自分でできるなら自分でやりたいと思っても実際には不可能な場合が多い。そういう時には自分の力のなさを悔いてしまう。だからそうならないためにわたしは頑張ってきた。でもみんながみんなそうだというわけじゃない。頑張っても限界はあるし、頑張ろうとしてもその立場上許されないということもある。わたしは相手の立場になって交渉をして成功させてきたつもりでいた。それなのに一番大切な家族や友人との交渉においてそれができていなかったなんて…わたしは罪深い人間だ)

 

ツグミは深く反省していた。

しかしだからといって今さら中止にはできないのだし、今のところはリベラートの憂いを取り除く手段も見付からない。

それに限られた時間内に解決しなければならない問題なのだからここで手間取っていると中途半端な状態で女王にならなければいけないことになり、誰かに任せることになればそれこそ自分の無力を責め立てることになるだろう。

ならばやるしかないのだ。

それがたとえ大切な人の気持ちを踏みにじることになったとしてでも、だ。

 

「リベラート殿下、わたしのことを大切に思ってくださることはとてもありがたいことで感謝しております。ですが女王陛下がわたしにお許しをくださったのですから、殿下が何とおっしゃろうとわたしはエクトスへまいります」

 

「ツグミ…」

 

突然ツグミが自分に対して宣戦布告のような発言をしたものだから、リベラートは驚いてしまった。

 

「わたしがエクトスに乗り込んで国王に愚かな行為をやめるよう説得することが現状における最善の策なのです。危険なことだということは百も承知で立てた計画ですが、他の国の王家の方にも同行願うとなればこれまで以上に身の安全を重視する計画に変更せざるをえません。したがって当初の計画を練り直すことが必要となりましたから、エクトス訪問も当初の計画より遅らせることにします。ですので殿下もそんなに不安に思わないでください。わたしは自分を犠牲にしてまで他人に尽くそうなどと考えてはおりません。それに人命を第一に考えておりますから自分だけでなく同行してくださる王家の方々はもちろんのこと、そしてわたしたちを守ってくれる護衛の方の安全にも配慮した計画になるとお約束いたします。…それとご自身を不甲斐ないなどと責めることはおやめください。人にはそれぞれ役目がありますが、殿下の役目はエクトスへ行って交渉をすることではなく、エウクラートン国民が安心して暮らすことのできる未来を創ることです。そのために何ができるのかを考え、その範囲内でやれることを精一杯やるだけでいいとわたしは思います。自分自身の器に入りきらないものを入れようとすればヒビが入って割れてしまうことがあります。ですから無理に何もかも受け止めようとすれば自らを滅ぼしてしまいます。わたしは自分の器の大きさを弁えていますから、無理をしてたくさんのものを受け止めるなどということは絶対にしません」

 

「……」

 

「今のわたしには殿下を安心させる方法は自分の言葉でわかってもらえるように丁寧に説明するだけです。これでもやはり不安は拭い切れないかもしれません。そうなればこれがわたしの限界で、殿下を説得できなかったということになります。ですがやれるだけのことをやったのですからわたし自身に悔いはありません。ただし殿下が不安を抱いたままの状態でもわたしはエクトスへまいります。ここでエクトスを止められなかったとなれば、わたしには何もできない無力な人間だという意識を持った卑屈な女王になりそうな気がします。だからやると決めたことはやり遂げたい。たとえ親しい人を悲しませることになろうともかまいません」

 

ツグミの覚悟はリベラートにも伝わった。

そしてどんなことをしても自分では彼女の行動を止めることはできないし、他の人間にであっても止めることはできないだろうと確信し、とうとう折れることとなった。

 

「わかった。おまえの気持ちは伝わった。今でもエクトス行きに賛成はできないし納得もできないが、だからといっていくら私が反対しようともおまえの行動を止めることができない。私にできることはおまえの意思を尊重し、無事を心から祈るくらいだ。そしておまえが女王となる日にこの国と国民がおまえのことを心から祝福して喜ぶことができるよう準備をして待つことにしよう」

 

そう言ってツグミに握手を求めるリベラート。

ツグミはその手を握り、祖父と孫娘は()()した。

これがエウクラートンの皇太子とボーダーの人間という立場であったならこんな感情をむき出しにした諍いにはならなかったのだが、祖父と孫娘であったからこそ相手のことを愛するがゆえに対立してしまったのだ。

リベラートの不安はまだ解決できてはいないが、これで両者の間に生まれた僅かな亀裂は塞がったはずである。

ここで放置してしまえばその亀裂は大きくなり、そのまま取り返しのつかないことになっていたかもしれないのだから今はこれで十分であろう。

そんなふたりの様子を見守っていたエレナの顔にも笑みが浮かんだ。

 

玄界(ミデン)への帰還準備が整うまで約2日の時間を要するということで、その間ツグミはこれまでの計画をさらに精査してリベラートに認めさせることに成功した。

 

 

 

 

一度帰国してから再びツグミたちが近界(ネイバーフッド)へ旅立ったのはトロポイへ行ってエルヴィンに経過報告をし、王族の誰かひとりをエクトスへ赴く際に同行してもらいたい旨をお願いするためである。

エルヴィンは「箱」と「鍵」を預けた際にツグミにすべて任せることに決めていたので、次期国王となる孫のイザイアを同行させると約束してくれた。

それはリコフォスからは次期女王のイェリンが同行してくれることになったと聞かされ、ならばイザイアにも世の中を見てもらいたいとエルヴィンが自分の後悔をも鑑みて決めたのである。

 

これで「5人の王」の直系の子孫であるエウクラートンの次期女王のツグミ、キオンの現女王の王配のテスタ、リコフォスの次期女王のイェリン、トロポイの次期国王のイザイアという4人がエクトスへ赴くことに正式に決定した。

 

 

◆◆◆

 

 

ボーダーの本部基地の奥深く、ごく限られた人物しかその存在すら知らない(マザー)トリガーの置かれている地下空間に「箱」と「鍵」の保管庫が設置された。

「箱」と「鍵」の存在は数人の関係者には知らせてあるが、この場所に保管されていることは城戸とツグミのふたりしか知らないことである。

情報漏えいのリスクを減らすためには必要な措置であり、同時にふたり以外には知る必要のない情報であるから当然だ。

そしてツグミは城戸の前で「箱」を開けることにした。

中にどのようなものが入っているのかを確認するためであり、これまでずっと疑問に思っていたことが解決する手掛かりを得られるかもしれないとツグミは考えたからである。

「箱」と「鍵」はそれぞれ()()しかないため、開けられる箱は()()だけで彼女の願いが叶うかどうかはわからないのだが。

そして4つの「箱」を順に開けようと試みると、エウクラートンの「鍵」でキオンの「箱」に入っている製造方法の前編、リコフォスの「鍵」でトロポイの「箱」に入っている製造方法の中編、トロポイの「鍵」でエウクラートンの「箱」に入っている歴史について書かれた記録の3つを確認することができた。

そうなると消去法でキオンの「鍵」はエクトスにある「箱」を開けるためのものであり、それには製造方法の後編が入っていること。

そしてリコフォスの「箱」に入っている材料のユゥアレェィニィアム、つまりウランを手にするにはエクトスの「鍵」が必要だということが判明した。

 

「ツグミ、この結果はおまえの満足いくものとなったのか?」

 

城戸に訊かれてツグミは大きく頷いた。

 

「はい。まだ確認はしていないのではっきりとしたお答えはできませんが、きっとわたしの抱いていた疑問が解決すると思われますから。そういうことなので()()はわたしがしばらくお預かりします。そして結果が出ましたらご報告します」

 

「うむ。…しかしこれは運が良かった。『箱』はエウクラートンにあったが『鍵』がエクトスにあれば開けることはできなかったのだからな」

 

「はい。つまりわたしには運を司る神様が味方をしてくれているということです。ですからこれからどんなことが起きても神様がこちらの陣営に加わってくれていると思えば鬼に金棒です」

 

「ふっ…」

 

城戸はツグミの態度が愉快だと言わんばかりに表情を緩めた。

 

「いずれにしろ4ヶ国の王と女王がおまえにすべてを委ねたのだ、後悔のないよう精一杯やりたいことをやれ」

 

「はい!」

 

元気良く返事をしたツグミは意気揚々と地上へと戻って行くのだった。

 

 

 

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