ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
総合外交政策局の執務室を修たち拉致被害者市民救出計画班に譲ったことで、ツグミは本部基地内の会議室の中で最も小さい部屋を仮執務室として使用させてもらっている。
現在の彼女の仕事は
しかし彼女が旧ボーダー時代から築き上げた「信頼」が彼女の怪しい行動でも正当化してしまうため、今回も事情を知らない隊員や職員からは拉致被害者市民救出計画の別動隊として働いているとか、新しい同盟国を迎えるための交渉で飛び回っているなどと勘違いをしているようだ。
そういう場合は勝手に勘違いをさせておいた方がいい。
第一次
特にエクトスを仇だと恨んでいる隊員たちは多く、彼らの心の安寧のためにもこの国に関わることであれば秘密にしておくべきなのだ。
会議室のドアのプレートを「空き」から「使用中」に変更し、内側から鍵をかけるとツグミはジュニアを呼び出した。
〔ツグミ、ようやく手に入れたようだな〕
「ええ。だからあなたに協力してもらうために出てきてもらったのよ。さあ、始めましょ」
ツグミは机の上にキオンの「箱」に入っていた製造方法の前編、トロポイの「箱」に入っていた製造方法の中編、エウクラートンの「箱」に入っていた歴史について書かれた記録という3種の「書面」を並べて置いた。
書面といってもその材質はアルミニウムかステンレスに類似する金属の極薄の板のようなもので、そこに細かく見たこともない文字で刻まれているもの。
そのうちの「歴史書」を指さして言う。
「たぶんこの文字はかつて
ジュニアは謎のプレートの上に移動すると測定索の先で文字をなぞる。
〔現在は使われていない古代文字なので少々時間はかかるが解読は可能だ〕
「どれくらいかかりそう?」
〔まだわからない。しかしトリュスの作った
「そっか、技術大国トロポイの最高位の
「例のもの」とか「アレ」というのはジュニアの能力を数倍に引き上げる秘密兵器で、ノートPCのような形状で開くとキーボードのテンキーある位置にジュニアを接続する場所があり、モニター画面にはジュニアが解析したデータが映し出されるようになっている。
動力はトリオンのため文字キーのある場所に手のひらを載せる仕様になっていて、ツグミはそこに手を載せて起動する。
彼女は手を載せておくだけで後は全部ジュニアがやってくれるので結果が出るのを待つだけだ。
ジュニアの測定索がプレートの文字の上をなぞると、ところどころが青白く光りを放つ。
それとほぼ同時にモニター上に該当する文字の現代語訳が表示され、時間が経つにつれて表示される文字がどんどん増えていった。
ジュニアによると文法は現在のものと変わらないが使われている単語がだいぶ違うらしい。
名詞や動詞などが異なるため、似たような単語を当てはめて前後の文章が矛盾せずに成立するかをひとつひとつ試しているようだ。
これを人間がやろうとすれば膨大な時間と手間がかかるだろうが、
しかしトリオン消費が大きいので手を載せているだけで何もしていないのに疲労感を覚えてしまう。
〔ツグミ、少し休憩しよう。私は何の問題もないが、ツグミは生身の身体を休ませる必要がある。ここで無理をしても良いことはない〕
ジュニアにそう言われてはツグミも従うしかない。
「大丈夫」だと言ったところでそうではないことはバレバレなのだから。
それに作業を始めてからすでに3時間も経っており、その間ずっと水さえ口にしていなかったのだから休憩すべきだ。
「わかった。…あ、とっくにお昼を過ぎているじゃないの。全然気付かなかった。じゃあ、売店に行って何か買って来るわね」
そう言い残してツグミは会議室を出ると外から鍵をかけ、30分ほどするとサンドウィッチとペットボトル入りのミルクティーを買って戻って来た。
「お待たせ~。今日は土曜日でB級ランク戦の開催日だからロビーが混雑していたわ。売店も混んでいてレジに長い行列ができていたから遅くなっちゃった。このサンドウィッチだって最後のひとつだったんだから」
ツグミは椅子に腰掛けると袋からハムサンドを取り出してジュニアに見せて言う。
〔ハムサンドか…。しかしサンドウィッチだけでは栄養バランスが偏るぞ〕
「こんなことをするのはお昼ご飯だけよ。朝と夜はちゃんと栄養バランスを考えた料理を手作りしているじゃないの。あなたに食べさせてあげられないのは残念だわ」
〔ジンやリヌスたちはツグミの料理を美味いと言っていた。私には美味いという感覚はわからないが、彼らを見ていればそれが人を幸せにする効果があるということはわかる。
「啓蒙? 啓発ではなくって?」
〔ああ、啓蒙だ。両者はどちらも教え導くことを意味しているが、意味合いが微妙に違う〕
「それは知っているわよ。啓蒙というのは目上の人から目下の人に対して使う言葉で、啓発とは誰に対しても使える言葉という違いがあって、どちらかというと啓蒙というのはマイナスイメージがある。啓蒙だと
〔そうではないのか? 見下しているという言い方には語弊があるが、
「こちら側の世界でも戦争は絶えないわよ。…まあ、トリオン関連の技術に限っては
〔…そうか。本来トリオンは生活に必要なエネルギーとして使用したり便利な道具を作ることにある。ところがそれを戦争の道具として発展させてしまった。より良い生活を望むために使うべきものを愚かな戦争につぎ込み過ぎたせいで生活が疲弊して人口も増えない。おまけにトリオン体で戦う場合が多いから戦争で人が死ぬことはあまりない。それに比べて
「それはそうだけど、だからって
〔了解した。ツグミの意思も確認できたことだし、食事を終えたらまずはエウクラートンのプレートに記録されていた文書について説明しよう〕
ジュニアの言葉にツグミが大きく反応した。
「えっ? それってもう解読できたってこと!?」
〔そうだ。トロポイとキオンの文書はまだだがな。しかしエウクラートンの文書、つまり5人の王たちはなぜ異世界へ渡らなければならなかったのか、そして
「すごい! こんな短時間であの長い文書を解読できたなんて、さすがはトロポイの自律トリオン兵ね。わかった、すぐに食べちゃうから待ってて」
〔私は逃げも隠れもしない。急いだところで結果は変わらないのだから、食事はゆっくりとしなさい〕
「は~い」
ジュニアに窘められて、ツグミはゆっくりと遅めのランチを取った。
◆
〔この文書には5人の王とその一族が
ジュニアはそう前置きをしてから長い話を始めた。
その星には表面の約6割を覆う広大な海の上にいくつかの大陸があり、一番広い海のほぼ中央に「マニュス」と呼ばれる島国があった。
島国といってもかなり大きな国で、人口は当時で1000万人を超える世界でも類を見ないほど栄華な文明を誇ったとされている。
マニュスの民はトリオンの存在を
食料の調達等すべてがマニュス国内で完結することができたので、その必要もなかったのだ。
しかしある時に巨大な地震と津波、さらに火山の噴火によって国土の半分が失われ、同時に人口は5分の1にまで減少してしまった。
それは首都とその周辺という人口が多く集まっていた地域が水没してしまったためで200万人弱の国民は途方に暮れてしまったのだが、そこで5人の兄弟が立ち上がり混乱していた国を平定する。
その兄弟というのが後の「5人の王」で、彼らは人口減によるトリオン不足を補うために別のものからエネルギーを得る研究を始めた。
そこで発見したのがユゥアレェィニィアム、つまりウランだ。
ウランに核分裂を起こさせることで膨大なエネルギーを取り出すことに成功した。
ただしユゥアレェィニィアムはマニュスでは埋蔵量がごく少量であったため、その価値を知らない他国 ── メスキナへ赴いて採掘することにしたのだが、そのためには相手を懐柔するか制圧するかのどちらかを選ばなければならず、前者を選んだのは当時まだマニュスの民は争いを好まない温厚な人種であったからであろう。
当時でも「金」は価値があり、トリオンで金を再現することで増産し、メスキナにその金を渡してユゥアレェィニィアムの採掘権を買っていた。
マニュスの民以外の人間にはユゥアレェィニィアムの価値がわからなかったため、メスキナの民にとってはなぜそんなものを欲しがるのか疑問に思っていたはずだ。
それから数年後、マニュスの民の口からユゥアレェィニィアムが非常に価値のあるものだという情報が洩れたことでメスキナの民は欲に駆られてマニュスの民からユゥアレェィニィアムの使用方法を教えるよう迫った。
ここで教えてしまえばメスキナがユゥアレェィニィアムを独占してしまい、マニュスはユゥアレェィニィアムを手に入れられなくなるということで、とうとう5人の王はユゥアレェィニィアムを使った兵器の開発をし、それをメスキナに向けて使用してしまう。
その「結果」は5人の王にとっても想定外のものであったようで、メスキナの国土と民だけでなくユゥアレェィニィアムの鉱山もすべて引き飛ばしてしまったのだった。
そしてその天罰が下ったのか再びマニュスには巨大地震が襲いかかり、豊かな国土はすべて水没し、民はわずか数百人にまで減少してしまったので5人の王と共に西方にある小さな島国へと逃れた。
その島国には文明と呼べるようなものはまったくない素朴な民が平和に暮らしており、東方から見知らぬ乗り物に乗ってやって来た異邦人を快く受け入れてくれた。
国に名前すらない未開の土地であったので、5人の王の長兄であったキオンが「トリア」と名付けた。
〔このトリアという国にたどり着いたのは5人の王とわずか387人の民であったらしい。この国は温暖で暮らしやすいことからマニュスの民はここで十数年の間住んでいた。その間に現地の人間との混血が生まれ、かつてのマニュスのような文明はないものの穏やかで平和な日々を過ごしていったようだ。しかしそれは現代人が石器時代に放り込まれたようなもので、あらゆる面で不便であったためにかつてのトリオンを湯水のように使っていた頃を懐かしく思うようになっていったのは当然かもしれない〕
ジュニアの言葉にツグミは頷いた。
実際に拉致被害者市民から
庶民の家庭であっても夜になれば明るい照明の下で温かい料理を食べることができるし、風呂も毎日入ろうと思えば入ることが可能で、スイッチひとつでお湯が溜まるシステムもある。
トイレにはトイレットペーパーだけでなくウォシュレットがあって清潔だし、夜中にお腹が空いても24時間営業しているコンビニへ行けばいい。
そういう便利な生活に慣れてしまったとなると、不便な暮らしはストレスの原因となってしまう。
しかし再びトリオンに依存する生活を始めるとなると同じ過ちを繰り返してしまう可能性もあるとの声も上がった。
そこで5人の王はどうするべきか話し合うことにした。
〔彼らの住んでいた土地の北の方にトリアの民が神聖視している場所があったらしい。そこは定期的に『穴』が開き、そこを抜けると楽園へ至るいう言い伝えがあって、何人かの人間が試しに入ってみたという。ただし誰ひとりとして帰っては来なかったそうだ。その『穴』とは異世界へ続く
「楽園へ至るというのは
〔ああ。それでもマニュスの民は
「そして彼らは
〔ああ。その500人の民とはマニュスの民だけではなく、トリアの民や彼らと婚姻して生まれた子供たちも含まれている。そして次男のエウクラートンは
5人の王は自分たちが作った核兵器を
かつて進んだ文明で繁栄したマニュスは国土が海の中に沈み跡形もないし、民はわずかな数を残して滅びてしまった。
そのわずかな民もほぼ全員が
もっとも長い時を経て同じものが作製されて何万という無辜の民が犠牲になるのだが、当時の5人の王にはそんなこと想像もできなかたのだろう。
そんな危険なものなのだからこの世界から消滅させてしまえば簡単なことだというのにあえて5つの国で「管理」することにした。
それが5つの「箱」と「鍵」で、愚かな過去をなかったことにせず王の子孫がその事実を忘れずに伝えることを「義務」としたのだった。
ユゥアレェィニィアムがなければ作れないのだし、そもそも製造方法がわからないのであれば原材料があっても意味はない。
製造方法も3つに分けることで単独では作製できない。
もし再び核兵器を必要とする事態が訪れたとしたら、5つの国がすべて同意しなければならないわけで、この方法が最善であるということになった。
「箱」と「鍵」の組み合わせもバラバラなので、自国の「箱」も開けることができないという念の入りようだ。
さらに自国の「箱」の中身は知っていても他の4ヶ国のどの国に何があるのかはわからない。
そして誰かが