ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
〔エウクラートンの文書に書かれていた『歴史』は5つの国がそれぞれ独立したところで終わっている。5人の王はその後二度と会うことはなく、彼らはこの文書の最後の部分に自分たちの子孫が再び一堂に会することのないよう願うと書き残した。それは5つの国の王や王族の人間が揃うということは過去の愚かな行為を再現するため以外に理由がないからだ。しかし長い時を経て5人の王の願いは空しく打ち砕かれようとしている〕
ジュニアはしんみりとした口調でそう言うと黙り込んでしまった。
「元々が5人兄弟だったわけだから、その子孫は親戚のようなものよね? それなのに二度と会わない誓いを立てたなんて悲しすぎる。でも彼らは自分たちが作り出した兵器によって大勢の人間を殺してしまい、その行いを反省するために封印した。会わないようにしたというのは自分たちへの罰のつもりだったのかもしれない。新たな世界で新たな国を興してやり直すことにしたのも罪の償いとしてだと考えればなんとなくわかる気がする。だけどエクトスが核兵器を再現しようとしている。そうでなければリコフォスに対してあんな惨い行為をしてまで『箱』と『鍵』を奪おうなんてことはしないもの。何を目的としているのかわからないけど、そのせいで5人の王族が再び一堂に会することになってしまう。…でもわたしが絶対に悲劇にはしない。そして二度とこんな『箱』と『鍵』のことで振り回されないように始末をつけるわ。具体的にどうするかはまだ決めていないけど、エクトスには第一次侵攻の件でも決着をつけたいところだもの、わたしはエウクラートンの王族としてだけでなくボーダーの人間としてケジメをつけてくるつもりよ」
ツグミは改めてエクトスと
戦うといっても
彼女が模擬戦やB級ランク戦以外の本格的な戦闘を行ったのはアフトクラトルによる三門市侵攻が最後で、それ以降の彼女の戦いはすべて「交渉」であった。
しかし今回はそうもいかないだろうと彼女は考えている。
エクトスには自分だけでなく非戦闘員のイェリンやイザイアが同行するのだから、ツグミを含めたトリガー使いが戦闘を行ってでも守らなければならない。
そんな心構えでエクトスへ乗り込もうとしているのだ。
ジュニアもそんな彼女の
「でも心配しなくてもいいわよ。実力行使というのは最終手段であって、できる限り話し合いで済ませようと思っている。でも向こうが
〔承知した〕
「それでひとまず
〔遠慮などするな。私はツグミのためにつくられた自律トリオン兵。オリバがトロポイの恩人であるからという理由だけでエルヴィン陛下が私をつくらせたはずがない。きっとあの方も混沌とした
「ありがとう、ジュニア」
〔残りの製造方法の解読については3分の1がないので望む結果が得られないかもしれないぞ〕
「別に核兵器をつくりたいわけじゃないからそれはかまわない。それにわたしの勘ではここにある分だけで知りたいと思っていたことがわかるはずなの。どうしてエウクラートンに『歴史』が保管されていたのか、そしてなぜそれが必要なのかってね」
〔ではそろそろ作業を再開しよう。ツグミ、十分に休憩できたとは言い難いが、今日中に残りの文書を解読するには今から始めないと間に合わない〕
「わかったわ。わたしがあなたに今日中にやってしまおうって言い出したんだものね。でもあなたが優秀なおかげで予定より早く終わりそう。頼むわよ」
〔任せておけ〕
こうして解読作業を再開した。
◆
全ての解読作業が終わったのは午後5時過ぎであった。
その内容に納得できない点はあるものの、考察に関しては夕食の後に行うことにした。
そして風呂に入ってようやくゆっくりできる時間になったため、ジュニアを呼び出して昼間の続きを再開した。
「核兵器を製造する方法なんてものは一般に知られていないことだけど、ネットで検索すればいろいろなサイトに載っている。それを参考にするしかないんだけど、このマニュスの民による製造方法を見ると明らかにおかしいところがあるわ。まあ、トリオンを使った技術なら可能なのかもしれないけど万能ってわけじゃないと思うの。それを踏まえた上で考えてみてもこの製造方法には欠陥があるんじゃないかな」
〔具体的にどこがおかしいのだ?〕
「えっと…まずユゥアレェィニィアム、つまりウランという物質は地球上に天然に存在するんだけど、そのままじゃ使えない。たぶんマニュスの民が開発したのは純度90パーセント以上のウラン235という物質を使用したヒロシマ型原爆というものだと思う。それだと二分されたパイプの両端に置かれたウラン235の塊の一方を火薬の爆発力でもう一方のウラン塊にぶつけて臨界量を超過させて起爆する方式なんだけど、ウラン235はほぼ100パーセント、少なくとも90パーセント以上の純度でないと大きな爆発力は見込めない。そのことについて触れていなくて、ただウランをふたつの金属の器に入れて爆発させるとしか書いていないのよ。もっともリコフォスの『箱』に入っているウランがすでに純度90パーセント以上のウラン235であればそれをトリオンで再現するだけだから濃縮する必要があることを書いていないだけかもしれないけどね」
〔ふむ…〕
「そして他にもこのウランという物質は取り扱いに注意しなければならない。天然に存在するウラン鉱石や濃縮していない状態なら特に問題はないらしいんだけど、放射能という人体に危険な物質を含んでいるので核兵器用のウラン235を取り扱う場合には被爆しないように専用の保護服を着用しないと危険なの。それについても触れていないけど、それはトリオン体で作業を行えば安全だということで書いていないとも考えられるんだけど、だったら作業はトリオン体で行うように明記してあると思うのよ」
〔その顔だとまだ何かありそうだな?〕
「ええ。そしてこれは製造方法の一部が書かれているだけだからわからない。もしかしたら残りの部分に書いてあるのかもしれない。だから断言はできないんだけど、エウクラートンの文書にはメスキナの国土と民だけでなくウラン鉱山もすべ吹き飛ばしてしまったことが書かれていていて、その続きの部分に現地の様子を調べに行ったマニュスの民やその人の子供が原因不明の病を発症したと書かれていたけど、それって被曝によるものじゃないかと推測できる。この事実を知らないと非常にコンパクトでありながらとてつもない破壊力を持つ都合の良い兵器だと思うはず。そうなるとリスクが高いことを知らずにいて、核兵器を使用してひとつの国を滅ぼしたとしても人が住めない不毛の大地が残るだけになる。
〔……〕
「5つの王家には『5人の王とその妃と500人の民』が故郷の
ずっと黙ってツグミの話を聞いていたジュニアはここで口を開いた。
〔これでツグミの疑問は解けて、自分のやるべきことを再確認できたのだな?〕
「ええ。最初からエクトスのやることを止めなきゃって思っていたけど、これがわたしの天命だったんじゃないかって気がしてきた。エウクラートンの王族のわたしがエウクラートンに保管されていた『歴史』を誰よりも早く読み解くことができたのは偶然ではなく必然なんじゃないかな。そして5人の王の末裔たちと多かれ少なかれ関連性があって、エクトス以外の国がわたしの呼びかけで一致団結してくれた。…こうして考えてみると5人の王の強い意思が1万年という長い時を経ても続いていて、自分たちの犯した罪…悪夢が甦ろうとしていると察して二度と悲劇が起きないようにするために5つの王族を集めて
〔どういうことだ?〕
「エクトスって国は隊商国家と呼ばれるくらいだから多くの国と交流があるわけだけど、それは商売の上であってそれ以外のことで関わることはない。そして武力侵攻なんていう手は使わず、穏便な手法で影響力を高めていった。ヒエムスをはじめとした三門市民を買った国もエクトスのことを商売上信頼しているから悪い国だとは考えておらず、どこの勢力とも組まない公平な立場の国だと良いイメージを抱いている。そうやって油断をさせておいてこっそりと諜報員を送り込んで国の情勢を調べていた。情報というものはいろいろな意味で強力な武器となるものだから、各国の情報をリアルタイムで得るということは重要で、賢いやり方であることは間違いないわ。逆にエクトスがどんな国であるかを知っている国はほとんどない。いつもエクトス側が交易艇を派遣して必要としているものを売ってくれるのだから、エクトス本国の状況がどうであっても関係ないってことなんでしょうね。わたしだったら交易相手国のことを知らないままでビジネスするのは怖いけど、
ツグミは真剣な目つきでジュニアに訊いた。
〔どこかの国が圧倒的な破壊力を持つ兵器を必要としている、とか?〕
ジュニアの答えにツグミは首を横に振った。
「その可能性もなくはないけど、それを用意するにはリスクが高すぎる。仮に某国が一気に支配域を拡大しようと考えて既存の兵器とは違った大量破壊兵器を欲したとする。エクトスはその情報を入手し、かつて遠い先祖がそういった兵器を使用した事実があるとなればそれを再現すればいいと考える。エクトスの王族も自分たちの先祖がその兵器を使用したために
〔しかしエクトスはなぜリコフォスにユゥアレェィニィアムがあることを知っていたのだ? どの王家も自国の『箱』に何が入っているのかは知っていても、どの国に何があるのかは知らないはずだ〕
「ああ、それね。あなたにはまだ話していなかったんだっけ。実はサルシド閣下から『箱』と『鍵』を預かった時に大事なことを聞かされていたのよ。閣下にはレグロ・リコフォスというお兄さんがいたんだけど、自分が次の『神』候補だと決まったことで出奔してしまったんですって。彼の気持ちはわからないでもない。だから彼を追うことはせず『神』には当時の女王がなって、女王の座を娘に譲るってことで解決した。その後のレグロさんの行方は誰も知らないんだけど、サルシド閣下はレグロさんが交流のあったエクトスへ行き保護してもらったんじゃないかと考えている。出奔した時に宝物蔵から持ち出せるだけの金貨や宝石を盗んで、それをエクトスの王族に渡して貴族待遇で暮らしているだろうって」
〔そうか、レグロ・リコフォスならリコフォスの『箱』にユゥアレェィニィアムが入っていることを知っている。そして彼の口から情報を得たエクトスが核兵器の再現を試みた…のか〕
「そうじゃないかってサルシド閣下は言っていた。そうでなければなぜエクトスがこの情報を持っていたのか説明できないもの。レグロさんが情報を漏らしたのは自分の意思だったのか強制されたものかはわからない。しかしその結果がリコフォス国民の多くを失うことになったのだから王家の人間としては償いきれないほどの重罪を犯したことになる。とにかくリコフォスにユゥアレェィニィアムがあることを知ったエクトスの王は行動を開始したわけだけど、なぜこんな禁忌に手を出したのかという理由が気になるのよ」
〔それはさっきツグミが言ったように某国が一気に支配域を拡大しようと考えて既存の兵器とは違った大量破壊兵器を欲したのではないのか? 相手が欲しがっているものであればあるほど高額で買い取ってもらえる〕
「そうね。でもその某国というのがエクトスである可能性もあるのよ」
〔…!〕
「これまで商売人として地道にやってきたエクトスだけど、何かの理由でそんな悠長なことはしていられない事態に陥ってしまったらどうする? そしてそんな状況を一気に回復できる手段があるとしたら禁忌であるとしても手を出さないって言い切れない。もしエクトスがそんな深刻な状況にあり、それを解決できる手段をわたしたちが持っていたとすれば最悪の事態は避けられる。そうは思わない?」
あらゆるものがトリオンに依存している世界だから常にトリオン不足に悩んでいるのだが、それ以外にも原因となるものはある。
労働人口が少ないことで生産力が上がらないとか、原因不明の疫病が蔓延して手の施しようがないなど理由は様々だ。
アフトクラトルのように「神」の寿命が近付いているとなればどんな手段を講じてでも解決しなければ国が滅びてしまうのだから、ハイレインが三門市へ侵攻したのも当然なのだ。
もちろん理由があれば許されるというものではなく、今回のエクトスがリコフォスにしたテロ行為も許しがたい蛮行である。
しかし他国と協力すれば解決策が見付かるかもしれない。
「三人寄れば文殊の知恵」ではないが、自国だけで悩まずに他国に頼ることで光明が見えてくることもあるというもの。
そもそも複数の国で協力し合うという習慣もないから
あるのはキオンやアフトクラトルのような大国がエウクラートンやガロプラといった小国を武力で制圧して従属させるという
ところが
これまでに「
この国々は国力こそ異なるものの対等である。
いくらキオンやアフトクラトルが軍事大国であるといっても他の国より偉いとか強いということはなく、何かの決議のために投票を行うならどの国も同等の価値の「1票」となるのだ。
そうして各国の問題を
もしエクトスに一国では抱えきれない問題を抱えていても、複数の国がアイデアを出し合えば何とかなる。
禁忌に手を出さずとも解決する道が見付かるかもしれないと思うと希望が見えてくるのだ。
特に
「わたしたちはエクトスを敵だと考えているけど、それはこれまでの第一次侵攻やリコフォスのテロ行為を行った国だからにすぎない。おまけに情報の少ない国だから危険な謎の国というイメージを持っている。でも実際にエクトスへ行って国民がどんな暮らしをしているのかなどを知ることで印象がガラリと変わるかもしれない。相手のことを知らないと疑心暗鬼に陥ってしまいがちになるから、逆に知ることでいくらか安心できるようになる。だから公式に訪問する前に一度プライベートで行ってみたいな…なんて言ったらジュニアは怒る?」
ツグミは遠慮がちに訊くが、表情のないはずの
〔私がそのような危険な行為を許すと思っているのか?〕
「あ…やっぱりね」
〔私はツグミがより良く生きるために製造された自律トリオン兵だ。常にツグミの幸せを考え、日常生活だけでなくボーダーの任務のフォローをすることが使命とされている。そんな私が明らかに危険だとわかることを承知するはずがない〕
「それはそうだけど、対策を練るには相手の情報がなければどうしようもないんだもの。…でもあなたの言うとおりよね。無茶しようとするわたしを止めるのもあなたの仕事だってわかってる。とりあえず麟児さんに知っていることを教えてもらうってことで我慢するわ」
〔そうしてくれ。…ああ、シノダの気持ちがわかった気がする〕
ジュニアはそう言って大きくため息をついた…ようにツグミには見えたのだった。