ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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631話

 

 

ツグミは城戸との面会の約束を取り付けるとすぐに総司令執務室へと向かった。

彼女に与えられた時間は30分弱なので段取り良く進めないとタイムアップとなってしまう。

普段の報告であれば報告書を読んでもらうことがメインで口頭はその補足的な部分が大きいのだが、書面に残すことのできない最高機密なのですべて口頭で行わなければいけない。

「箱」と「鍵」の件はボーダー幹部でも城戸と忍田のふたり、そして迅しか知らないことで、前回キオンやエウクラートンなどの4ヶ国訪問をした際に同行してもらったゼノンとリヌスでさえ訪問理由は聞かされていない。

ゼノンとリヌスはツグミが極秘任務で動いていることを感じてはいるようだが、彼らは理由について問うことはない。

さすがはキオンで鍛えられた優秀な諜報員である。

上官の命令であればどのようなものであっても従う姿勢は3年経っても変わらない。

そして黙々と与えられた任務を確実に遂行するところはまさに軍人の鑑といえよう。

もっともツグミのことを友人だと考えているから彼女の行動にハラハラすることもあるが、基本的に全幅の信頼を寄せているので黙って従うだけなのだ。

たぶん「箱」と「鍵」の件はすべてが解決したとしても公にはせず、関係者の記憶の中だけでに留められることになるだろう。

そして関係者がすべて鬼籍に入り覚えている者がいなくなると同時に歴史の裏側に消えていくことになるはずだ。

 

 

ツグミからの報告を聞いた城戸の表情は険しい。

エウクラートンで保管されていた「歴史」の文書の内容を知らされたなら、普段の険しい顔がますます強張るのは無理もない。

遠い昔にトリオンの存在を確認して使用してきただけでなく、核兵器さえ作ってしまったマニュスの民が近界民(ネイバー)の始祖となった。

そんな彼らがウランを独占しようと考えてメスキナを支配するためにウランを使用した兵器を開発したのだが、その威力は彼らの想像以上の破壊力を持っていてすべてを吹き飛ばしてしまった。

現代の玄界(ミデン)にもそれと同等かそれ以上の破壊力を持つ核兵器は1万を超える数が存在するが、そのうちの1発でも使えばその後がどうなるかを知っているからこそ実際に使用されることはない。

しかしエクトスの人間は単に強大な破壊力を持つ兵器という認識しかないため、使用後の環境汚染や健康被害など知る由もない。

だから危険なのだ。

 

「…わかった。ただおまえが言うようにエクトスの事情がわからない以上は手の打ちようがないな。だからおまえのエクトスへ行って国王と話をしたいという気持ちはわかる。しかしそれは自ら危険な罠に飛び込むようなものだし、『神』問題が原因であるのなら誰にも解決することはできないのだぞ」

 

「はい。城戸司令のおっしゃるとおりです。ですから仮に『神』を探すために核兵器を再現しようとしているのであればキオン、エウクラートン、トロポイ、リコフォスの4ヶ国で武力行使をして他国への侵攻を止めることも選択肢に加えてあります。武力行使は最終手段ですけど、そうしない限り最悪の未来があるというならやむをえません。麟児さんの話ではエクトスという国自体は兵器開発で後進国ですからキオンやトロポイの軍を動かせば押さえつけることはできるでしょう。でもそれではこれまでずっと守ってきた()()が民間人に知られてしまうことになりかねません。いくら国王の命令であってもエクトスのような中立の隊商国家に乗り込むとなれば兵士たちに理由を説明しなければ士気が上がりませんから」

 

「たしかにそのとおりだ。すべては極秘裏に済ませたいというおまえの気持ちはわかる。それでどうするつもりなのだ?」

 

「そうですね…ひとまず『箱』と『鍵』の件は置いておいて、ボーダーの総合外交政策局長として訪問するのはどうでしょう? こちらが軍事侵攻ではなく話し合いをしたくて来たとなれば門前払いということにはなりません。それにエクトス側はリコフォスでの潜入工作が失敗したヴィート隊の3人が亡命したことは知りません。諜報員は定期的に本国に連絡を入れなければならないルールがあり、彼らがリコフォスに亡命したということは知られていないでしょうけど、任務に失敗して失踪したのではないかと判断されている可能性もあります。先日リコフォスを訪問した時にサルシド閣下からエクトスによる新たな工作はなかったと聞いています。警戒を厳重にしているからなんでしょうが、もしかしたらすでに諜報員が潜入していて二度と失敗しないように様子を窺っているかもしれません。そこで『箱』と『鍵』の存在を知らないボーダーの人間が第三者として政庁で見聞きしたことという形で教えてあげたら無謀であったと考え直すんじゃないかと考えました」

 

「教えるって何をどのように教えるんだ?」

 

「あくまでも()()()()()()()()()()は『箱』と『鍵』のことは知りませんから詳しいことはわかりませんという前提で他人事のように話すんです。まず現地に到着すると生物テロはすでに鎮圧されていた。リコフォスにいた三門市民の中に対処方法を知っていたので大きな被害は出たものの、それ以上の拡大は防ぐことができた。さらにエクトスの諜報員は全員捕虜となっている。テロの理由を捕虜は吐かなかったが、国内で混乱を起こしてそれに乗じて何かを盗み出そうとしていたのではないかと推測される。でもどこかの国と協力して対処するとリコフォスの宰相は自信ありげに言っていた。詳しいことは他国に人間には教えられないということでそれ以上のことはわからない…というカンジでしょうか。これで少しはエクトス側に揺さぶりをかけることができると思います。わたしがエウクラートンの王族の一員であることは限られた人間しか知りません。エクトスにその情報が洩れているとは考えられませんから、ユーマくんのようなサイドエフェクトを持つ人間でなければ騙せると思います。もしこれで核兵器の再現を諦めてくれたら一番良いんですけど、それでも諦める気配がないのであれば次の策を練ります」

 

「そうなるとボーダーがエクトスを訪問する理由をどうするかだ。エクトスが拉致した三門市民の情報がボーダーに掴まれていることは奴らもわかっているだろう。近界(ネイバーフッド)におけるボーダーの動きは奴らも把握しているはずだ。そして同胞のいる国をピンポイントで回って取り返していることも知っている。ボーダーの動きはあえて広まるように寄港する国でも噂として流しているのだから知らないはずがない」

 

「だから()()()()()()()()ボーダーがやって来たとなればエクトスは冷静ではいられなくなるでしょうね。国内の問題に抱えて例の計画が上手く進まず、さらに奴らの中ではとっくに終了している第一次侵攻の件をボーダーが掘り返してくるとなればストレスはますます溜まることになります。ここでこちらがエクトスに対して譲歩の態度を見せれば邪険にはしないでしょう。これ以上敵となるものを増やしたくはないはずですから」

 

ツグミの言うことはもっともだ。

三門市がエクトスによる侵攻を受けて大きな被害を出した時から三門市民はエクトスを「敵」として認識している。

約8年前のことでありエクトスにとってはすべてが終わっている過去の出来事だが、ボーダーにとっては拉致被害者市民の救出をリアルタイムで行っているのだから現在の出来事だ。

エクトス側としてはいろいろ問題を抱えて解決までに時間がかかるという時に新たなトラブルが生じるとなれば対応を間違えてはならないと慎重になる。

ここでボーダーの使節団を門前払いすれば今度は同盟国であるキオンやアフトクラトルを引き連れて再訪する可能性が生まれ、そんなことになれば近界(ネイバーフッド)の軍事大国の双璧を敵に回すことにもなりかねない。

ならば会うだけ会おうという気になり、入り込んでしまいさえすればあとはツグミが上手く対応するという確信がある。

これまでも相手がキオンの総統であろうとアフトクラトルの王であろうと()()()てしまったという事実があるため、城戸もこの彼女の策を頭から反対はできない。

むしろ理に適っているように思え、反対する理由が見当たらずにいた。

少なくとも現時点で4つの「箱」と「鍵」を握っているのが彼女だということは知られていないのだから、人質にされて「箱」と「鍵」との交換要求をしてくることはない。

 

「いきなり『箱』と『鍵』の件で4ヶ国の代表が現れるよりも、ワンステップおいてからの方がエクトス側の印象も変わってくると思います。もっともボーダーの霧科ツグミがエウクラートンのツグミ・オーラクルであったと知れば一杯食わされたって愕然とするでしょうね。でもその時にはもうこちらの土俵にひっぱり上げられてしまっているわけですから簡単に下りるわけにはいきません。そしてすべての『箱』と『鍵』を手に入れようとすれば4ヶ国を説得しなければならず、王族を人質にして要求するというのならキオンとトロポイはもちろんのこと同盟国のアフトクラトルやボーダーが全軍を率いてエクトスに攻め入ることになるわけですから、そのリスクを考えれば無茶はしないと思います。むしろエクトスが頭を下げるのであれば同盟国が問題解決のために協力すると説明し、核兵器の再現を諦めさせることができるでしょう。まあ、例の文書を読んでもらえば核兵器が危険な存在であることがわかるでしょうし、それでもわからないというのなら玄界(ミデン)にある()()をエクトス本国で使用してみるというのも手です。なかなか入手困難なヤバイものですけど、唐沢部長に頼めばもしかして…ってこれは冗談です。理由はどうであれ二度と核による悲劇を繰り返してはなりませんからね」

 

ツグミの説明は続いた。

 

「何事も最悪の事態を想定して行動しなければなりませんし、今回は4ヶ国の要人も巻き込んでしまうわけですから念には念を入れて対策を練ります。エクトスに人質にされそうになった場合には逃げることができるようにタキトゥスの(ブラック)トリガーで転送してもらうとか、全員にボーダーのトリガーを使用してもらい緊急脱出(ベイルアウト)で遠征艇まで逃げられるようにするとか、安全第一結果は二の次で考えていこうと思っています。それでも城戸司令が反対だとおっしゃるなら別の方法を考えますが、キオン、エウクラートン、トロポイ、リコフォスの国王と女王はわたしに一任してくれていますので、できれば城戸司令もわたしに任せていただきたい。『箱』と『鍵』の件だけでなく第一次侵攻の件も含めて解決してみせますから」

 

こうなったらやりたいようにやらせるしかないと城戸は考えたようで、ツグミの望む答えを口にした。

 

「いいだろう、好きなようにやってみろ。しかし無断ではやるな。そして私がダメだと判断した場合には諦める。その約束ができるのならおまえに任せる」

 

「了解しました、城戸司令」

 

ツグミは笑顔で敬礼をした。

 

「それとまだ少しお時間があるようなので別件のお話があります」

 

「何だ?」

 

「去年わたしがラグナに半月ほど滞在した時にその経験から仮説を立てて実験をしていることは覚えていらっしゃいますよね?」

 

「ああ、もちろんだ。個人のトリオン能力にはその食生活が大きく影響を与えていて、トリオン由来の作物ならば作物にもトリオンが含まれているだろうから、トリオンが豊富なものを食べ続けることでトリオン器官が発達するだろうというものだったな。それで実際にエウクラートンやラグナ、そしてメノエイデスといった農業国で収穫された穀物や牧草を仔牛に食べさせて、玄界(ミデン)の一般的な穀物や牧草を食べさせた個体とトリオン器官の成長を比べる実験をしている。動物にもトリオン器官は存在するのだからトリオン豊富な餌を与えて育てればトリオン能力の高い成獣になるはずだと意気込んでいたな」

 

「そうです。あれから1年が経ちました。離乳期直後の仔牛でしたからそろそろ結果が出ているのではないかと思います。唐沢部長の紹介してくれた酪農家の方にお願いして任せきりなので、近いうちに訪問して結果も確認してこようと思っています。もしこの仮説が定説と認められたなら、長期的な計画を立てることで()()問題を解決することができるようになるかもしれません」

 

「本気…なんだな?」

 

「もちろんです。もしわたしの考えているとおりになったなら、近界民(ネイバー)にとってはこれまでの悩みが一気に解決することになり、ボーダーにとっても大いに役立つことになるはずです。そして玄界(ミデン)の人間にとっても利益のあることですから、すべての人間にとって夢のような未来が訪れることになるでしょう。はっきりとした結果が出る前にわたしは手を引くことになりますが、このプロジェクトは信頼できる人物に引き継いでもらうつもりです。城戸司令のお知り合いでこうした実験や研究に興味がある方がいらしたら紹介してください。…っと時間切れのようですね。では、わたしはこれで失礼させていただきます」

 

ひと通り「報連相」を済ませてしまうともう用はないとばかりに退出しようとするツグミ。

それは忙しい城戸に迷惑をかけまいとしてビジネスライクに進めているからなのだが、城戸にとっては娘のように見守ってきた彼女が他人行儀な態度でいるため少し寂しくなってしまった。

 

「ツグミ、もし都合がつくのなら久しぶりに…いや、いい。おまえにはやりたいことがたくさんあるというのに時間は全然足りないのだからな」

 

城戸は「都合がつくなら久しぶりに一緒に飯でも食おう」と言おうとした。

しかし彼女に残された時間は限られており、自分のワガママで彼女の時間を奪うことは許されないと思ったのだ。

 

「…たしかにわたしにはやりたいことはたくさんあって時間が足りないのは事実です。急いでやらなければならないこともあり、優先順位を付けることで順位の低いものは諦めるしかありません。でもわたしにとって最優先なのは家族や友人と過ごすことです」

 

「…!?」

 

「あと半年しかない霧科ツグミでいられる時間をどう使うかはわたしが決めます。…城戸()()、久しぶりにわたしの手料理を振る舞いたいのでご都合のよろしい時間を教えていただけますか? できれば真史叔父さんや林藤さんも誘って一緒に弓手町の寮へと来てください。空き部屋もありますから酔っぱらって寝てしまっても大丈夫ですから」

 

ツグミはそう言って優しく微笑んだ。

まるで城戸の心の中を読んだかのようで、城戸は驚くと同時に胸が熱くなった。

 

「それは嬉しいな。近いうちに3人で都合を合わせておまえたちの家に伺うとしよう」

 

「はい。わたしも楽しみにしています」

 

そう言うとツグミは軽く会釈をしてから総司令執務室を出て行ったのだった。

その後ろ姿を見つめながら城戸は思った。

 

(わたしにとって最優先なのは家族や友人と過ごすこと…か。私たちのことを今でも家族だと思ってくれているのだな。織羽と美琴…両親と暮らした時間よりもはるかに長い時間を私たちとボーダーで過ごしてきたのだからそう思うのも当然かもしれない。私は常に戦場に身を置き、子供たちと共に戦ってきた。本来なら私たち大人が子供たちを守らねばならぬというのに、こんな老いぼれが残ってしまい次代を担う若者を大勢死なせてしまった。しかしツグミは生き残ってくれた。そのおかげでわたしはボーダー創設時の夢を思い出し、織羽と有吾と最上との約束を果たすことができる一歩手前まで来ることができたようだ。近界(ネイバーフッド)玄界(ミデン)の友好の架け橋になる組織を作りたい。まだ現実の厳しさを知らない若造だった私たちはそんな夢が叶うと信じてボーダーを興したが、いくつもの苦難にぶつかるうちに考え方を異にするようになっていき、仲間もひとりふたりと私の前から消えていった。途方もない夢を抱いてから20年が経ち、完全に諦めていた私の前にツグミ(あの子)は立ち上がった。そして私たちの夢を現実のものとしようとしている。それは若さゆえか? いや、それだけではない。自分と自分の手の届く範囲にいる家族と友人が幸せに暮らしたいという自己中心的だがささやかな願いを叶えたいという一心でがむしゃらに歩んできた結果がこれなのだ。あの子はジャンヌ・ダルクのように神の声を聞いたわけではなく、誰のためでもなく()()()()()()立ち上がっただけだが結果はこのとおりだ)

 

城戸は窓際へと歩いて行き、窓の外に広がる景色に視線を向けた。

荒れ果てた警戒区域や放棄地区の向こう側には日々を懸命に生きる三門市民の家々が見える。

 

(8年前の大侵攻はこの街と人々の心に大きな傷跡を残し、それは完全に癒えることはない。しかし人はたくましく生きている。三門市は人口の大量流出を危惧したが心配するほどではなかった。それはボーダー(ここ)に集う若者たちが己の青春時代という貴重な時間を割いてくれたおかげだ。…私は近界民(ネイバー)を憎む子供たちを集めて戦わせた。戦わなければ殺される。親しい者や愛する者を奪った近界民(ネイバー)を許すなという恐怖や憎しみを煽り、私自身は武器(トリガー)を持つことなく若者たちを戦場に立たせた。そんな私は盟友たちからどんな風に見えていたのだろうか? 少なくとも私がこの人生に幕を下ろしたとして、誰も迎えには来てくれないだろうな。…いや、私があいつらのいる天国に行けるはずもないか)

 

城戸が自嘲気味に笑うとドアをノックする音がし、続いて唐沢の声がした。

 

「城戸司令、唐沢です。入ってよろしいですか?」

 

「ああ。待っていたよ。入ってくれ」

 

城戸の許しを得た唐沢は総司令執務室の中へ入って来るなり言った。

 

「やっと政府が重い腰を上げたようです。これでようやく新たな一歩を踏み出すことができますね」

 

「そうか…。では詳しいことを報告してくれ」

 

「はい」

 

唐沢は携えていた書類の束を城戸に手渡した。

 

 

 

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