ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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635話

 

 

遠征艇で留守番をするテオを除いたツグミ、迅、ゼノン、リヌスの4人は政庁へと案内された。

いちおう国賓ではあるのだが、突然押しかけたようなものだからあまり贅沢は言っていられない。

少なくともエクトスの№2がアポなし訪問を咎めずに会ってくれるというのであればまずは十分だ。

まず通されたのは宰相執務室の隣にある控室で、そこで20分ほど待たされる。

すでに執務室にはその部屋の主であるアロイス・ベームは在室しているのだが、すぐに面会するのではなく少し待たせることでマウンティングしたいということなのかもしれない。

そんなことを考えていたツグミだが、事情は違っていた。

ツグミがエクトスの少年兵を丁重に弔い、わざわざ遺骨や遺品を家族に渡してほしいと頼んだことがオレクの口からアロイスの耳に届き、ボーダー側の紳士的な態度に感銘を受けていたのだ。

近界民(ネイバー)同士、それもトリガー使いの戦いであれば滅多に死者が出ることはない。

それはトリオン体で戦うことと、換装が解けて生身になったところで戦闘不能として捕虜にするのが暗黙のルールのようになっているからだ。

捕虜交換で同胞を取り戻せるのだから敵とはいえ命を奪うよりもその方がお互いにとって利益となる。

()()()トリガー使いの死者が出るような戦いはないので、味方ならともかく死亡した敵兵士を弔うということはありえないことなのだ。

ただし一般兵であれば死ぬことは珍しくもなく、敵兵士の遺体なら放置しておくか見せしめのために敵軍から見える場所に晒すこともあるという。

そういう戦いに身を置いている近界民(ネイバー)の思考ではツグミの行為をとても尊いものと感じたようだ。

自分に襲いかかって来た敵兵を過失とはいえ殺してしまったことを悔い、その亡骸を丁重に弔った少女にアロイスは非常に興味を持った。

しかし彼女が玄界(ミデン)を代表して国王に会いに来たとなれば理由は8年前の侵攻に関するもので、「神」の寿命が迫っているこの時期にこれ以上の面倒事を持ち込まれるのはお断りだとも考えていて、それでどう対応すべきか考えあぐねていたのだった。

ただそうはいっても会うと決めたからには会わざるをえなく、夕食の時間も迫っていたことからひとまず食事に招待することにした。

誰であっても食事の場で事を荒立てようとすることはなく、政治的な話は翌日以降ということにすれば時間稼ぎもできるという魂胆である。

 

 

 

 

アロイスに会えないまま控室を出たツグミたちは迎賓館へと移動させられた。

迎賓館とは名ばかりの古い建物で、100年以上も昔にまだ外国の使節がエクトスにやって来た時に使用していたものだが、近年では使用する機会がまったくないために一部の貴族や政府高官がプライベートなパーティー等に使うのみだということだ。

もっとも現在ではそれどころではないというのが実態で、ツグミたちを待たせている間に大急ぎで掃除をして受け入れ態勢を整えたらしい。

それでも宰相が主宰する晩餐会の体裁を保つ準備は整い、辛うじて対面が保たれるものとなっていた。

 

 

「ようこそエクトスへいらっしゃいました、玄界(ミデン)のみなさん。私がエクトス国の宰相のアロイス・ベームです」

 

アロイスは笑顔で自己紹介をするが、その表情は少々引き攣っていて不自然な笑みとなっていた。

年齢は51歳だというが、髪が真っ白で少し薄くなっているために見た目以上に老けて見えるが堂々とした体躯は若い頃にかなり鍛えた賜物だろう。

そんな彼にツグミは微笑みながら挨拶をした。

 

「初めまして、宰相閣下。わたしは界境防衛機関ボーダー総合外交政策局長の霧科ツグミと申します。この度は突然の訪問という無礼を咎めず、さらにこのような宴席を催してくださったことを心から感謝いたします」

 

そう言って軽く頭を下げてから続ける。

 

「貴国とは過去に()()()()()()によって縁ができてしまいました。そのことをわたしたちは絶対に忘れることはなく、また許せるものではありません。1200人以上の人間の生命が突然奪われ、400人以上の人々の人生を大きく狂わせただけでなく、その数倍を超える彼らの家族や友人たちがどれほど哀しみ苦しんだのか…。ですがその恨み辛みを閣下にぶつけるために来たのではありません。変えられない過去をいつまでも憂いているよりも、その過去を乗り越えて新しい関係を築くことの方が未来はずっと明るいものになるとわたしは考えています」

 

「…!」

 

アロイスは目を大きく見開いた。

自分が想像していたものと違うツグミの様子に少し驚いたようだ。

 

「わたしたちボーダーの創設理念は『近界(ネイバーフッド)玄界(ミデン)の友好の架け橋になる組織を作ろう』というものでした。わたしの父やその友人たちがこの崇高な目的に向けて働いていたのですが、近界民(ネイバー)たちが容赦なく我が同胞を拉致するという蛮行が続き、次第にその方針を界境防衛に傾けざるをえなくなりました。とても哀しいことです」

 

「……」

 

「当時の創設メンバーと初期の隊員たちにとっての理想の灯は消えかかっていたのですが完全には消えていませんでした。小さくて心細い灯でもきっかけさえあれば大きく燃え上がるものです。そして今、ボーダーは近界民(ネイバー)の同志と共に近界(ネイバーフッド)を戦争のない平和な世界にしようと各国へ働きかけています。ご存じかも知れませんが軍事大国の双璧とされたキオンとアフトクラトルがボーダーと同盟を結んでくれました。キオンのテスタ・スカルキ総統閣下とアフトクラトルのハイレイン・ベルティストン国王陛下のおふたりと直接話をしてそれぞれの想いを知ることとなり、同じ気持ちなら別々に進むのではなく一緒に同じ道を歩きましょうということで一致したのです。ですから貴国のヌンツィオ・エクトス国王陛下にもお会いしてみたいと考えた次第でございます。こうして歓迎…とまではいかずとも迎え入れてくださったことに感謝申し上げます」

 

このツグミの言葉に偽りはない。

もしここに遊真のように嘘を見破ることのできるサイドエフェクト持ちの人間がいたとしても意味はない。

これは彼女の正直な気持ちだからだ。

もっとも嘘を言っていないだけで本心を隠していることは山ほどある。

しかしそんなことを知るはずのないアロイスは彼女の言葉に胸を打ち震わせていた。

さらに勝手に「過去の経緯は問わないので、仲良くしましょう」と言っているのだと思い込んでいて、8年前に玄界(ミデン)侵攻の命を下した張本人としては安心してツグミたちとの会食や今後の会談について臨むことができると考えているのだった。

もちろんツグミは仲良くしたいとは思っても「過去の経緯は問わない」とはひと言も言っていないし、「哀しい出来事」のことを「絶対に忘れることはなく、また許せるものではありません」と断言している。

また「その恨み辛みを閣下にぶつけるために来たのではありません」とアロイスに対してはぶつけずとも、国王であるヌンツィオ・エクトスには相応の責任を取ってもらう気満々である。

ツグミの挨拶のおかげでアロイスは玄界(ミデン)からの客人を心から歓迎し、ヌンツィオとの謁見についても一両日中に叶えてくれると約束をしてくれたくらいだ。

一国の宰相だというのに思慮深くなく重要な案件を吟味せず安易に請け負ってしまうところは愚の骨頂なのだが、ボーダー側からすれば非常に扱いやすい人物であるといえる。

ならばヌンツィオとの謁見の前にアロイスを()()()()有利に事を運ぼうと考えるのは当然で、ツグミはエクトス国内の情報収集のために会談を持つべきだと考えた。

そこでアロイスに十分アルコールが回った頃を見計らってツグミが非公式会談を提案し、彼は勢いのままで了承したのだった。

 

 

◆◆◆

 

 

翌日の午前9時から2時間ほどツグミとアロイスによる非公式会談が行われた。

会場は政庁内の庭園にある東屋で、男女がふたりきりになるのは問題があるということで場所を屋外にし、ふたりの姿は見えるが声は聞こえないという池の対岸に迅とイリジーが待機することで双方が納得をした。

庭園といっても「神」の寿命が迫っているせいで木々は枯れてしまったのかほとんどが切り倒されてしまっていて殺風景で、池には生物がいる気配もない。

だから和気あいあいとした楽しい話はできそうにないのだが、この景色こそがエクトスの現実なのである。

 

東屋のベンチに向かい合って腰掛けたツグミとアロイス。

さっそくツグミは直球で質問した。

 

「ベーム閣下、貴国ではまもなく『神』が寿命を迎え、国自体が滅亡へと一歩ずつ確実に進みつつありますね?」

 

「……」

 

「お答えしたくないことのようですね。ですがわたしはかつてアフトクラトルで同じような光景を目撃しました。『神』の寿命が迫っていたことで当時はまだ一領主であったハイレイン・ベルティストン国王陛下はわたしたちの住む街へと侵攻して来たのです。その時にボーダーは32人もの隊員を連れ去られてしまい、仲間を救出するためにアフトクラトル本国への遠征を行いました。そして玄界(ミデン)で生まれ育ったわたしは近界民(ネイバー)が『神』探しに躍起になる理由を体感しました。徐々に国土が死んでいく姿をなすすべもなく手をこまねいているだけだなんてとても恐ろしい。大地が瘦せ衰えて食料が得られなくなり、太陽の暖かな光も失われて生きとし生けるものが精気を失くしていく。昨日わたしたちがこの国で見て思い出したのはあの時のアフトクラトルの姿でした」

 

するとアロイスがやっと口を開いた。

 

「…では隠しても無駄ということですね。きみが言うように我が国は『神』の寿命が迫っており国土は荒れ放題になっています。ですが希望は失ってはいません。私ども家臣にはまだ詳しい話は知らされておりませんが国王陛下には何か良い解決策があるということで、今しばらくこの苦境を耐え抜けば明るい未来が見えてくるはずです」

 

「解決策ですか…」

 

「はい。ですから気にしないでください」

 

ツグミはアロイスが嘘を言っているようには見えなかった。

ということは「神」候補に心当たりがあるということになる。

具体的に誰ということは決まっていなくても、「神」になるに相応しいトリオン能力者を手に入れる()()()手段があるとヌンツィオは考えているのだろう。

その手段がツグミの推測どおりでなければ良いのだが、まだそうであるともないとも断定できない状態だ。

 

「そうですか? 解決策があるのならいいんですが、どの国でも『神』となる人間を探すのにはかなり苦労しているようですからねえ。…すべての近界(ネイバーフッド)の国々とそこに住む近界民(ネイバー)にとって(マザー)トリガーは文字どおり母なる存在。その母の命を繋ぐために人柱を捧げなければならないという現実から目を背けることはできません。ですが(マザー)トリガーから抽出するトリオンの量を減らして『神』の寿命を延ばすことは可能です。玄界(ミデン)ではトリオンを使わない文明が発展しましたから、ボーダーではわたしたちが当たり前のように利用している技術や知識を()()()に広める活動をしています。『神』の代用となるものはありませんが、『神』の寿命が延びるのならそれだけ近界民(ネイバー)のみなさんの悩みの種は減るのではないでしょうか?」

 

「トリオンを使わない文明には非常に興味があります。それを同盟に加入すれば教えてもらえるとなると我が国も加えてもらいたいものですね。ですがタダで…とは言わないのでしょ?」

 

「もちろんです。さすがは隊商国家エクトスの宰相閣下ですね。取引とはお互いが対等な関係でなければいけません。一方が得をして、もう一方が損をするのであれば損をする側が納得しません。それは貴国が商売をする時と同じです。ですから同盟を結ぶにしてもお互いに納得できる条件でなければいけません。キオンやアフトクラトルもそれについては理解し納得してくれましたので上手く交流しています。アフトクラトルはボーダーが敵として戦った相手ですが、今では良い関係を築いています。それは彼らと対話する機会を作り、お互いにとって何が利益となるのかを時間をかけて話し合った結果です。彼らはトリオンを節約するためにトリオン以外のエネルギーを用いた技術が欲しい。玄界(ミデン)側はトリオンを使う技術を導入したい。ならば双方が自分の持っている情報を交換すればいい。とても簡単なことです。まあ、そうは言ってもまずは信頼関係を築かなければ始まりません。何よりも相手を信用できないのであれば対話の席に着くこともできないのですから」

 

「それはもっともです。それできみは…ボーダーは我が国に何を求めているのですか? 恥ずかしながら我が国にはキオンやアフトのようなトリオン兵を造る技術はありませんし、武器(トリガー)も他国から譲り受けた旧式のものを使うくらいなのでお譲りできるものは…」

 

アロイスは正直に()()()()()はないと言う。

ボーダーと取引はしたいものの提供できるものがないのは事実で、それを隠したところですぐにバレるとわかって先に言ってしまおうということなのだろう。

そこでツグミは首を横に振った。

 

「いえ、ボーダー(わたしたち)はそのような戦争に使う兵器や道具が欲しいのではありません。それに代価として支払うものがトリオン技術に限ったものではなく、他のものでも等価であれば問題はないのですよ」

 

「ならば何が欲しいのか具体的に言ってください」

 

「それは…貴国がこの近界(ネイバーフッド)に争いの種を蒔かないという確約です」

 

ツグミが厳しい口調で言うと、アロイスの表情が一瞬強張った。

そして怒りを表に出さないよう冷静を保つためか一度両手を強く握って拳を作り、それをゆっくりと開くと同時に深呼吸をしてから言う。

 

「言っていることの意味がわかりませんな。我が国は近界(ネイバーフッド)の国々を敵に回す気など一切ありませんよ。主な産業がない我が国は他国で仕入れた物品を別の国へと運んで売るという商売をしているのですから信用が一番大事だと考えています。そんな我が国が近界(ネイバーフッド)に争いの種を蒔いているなどと…そんな根拠のないことを不用意に口にするものではありませんよ、お嬢さん」

 

「根拠のないことですか? わたしはこれまでいくつもの国を回って各国の国王や宰相クラスの要人と直接会話をする機会を得ました。閣下にはヒエムス、レプト、ラグナ、リコフォス、アウデーンスの5ヶ国の国名に心当たりはありませんか?」

 

「……」

 

「無言は肯定とみなしますけどよろしいですか? ともかくこの5ヶ国とは貴国を介して交流を持つことになりました。さらわれた三門市民は無事に帰国し、家族と再会して人生を再出発している人もいれば、慣れ親しんだ近界(ネイバーフッド)の国に戻った人もいます。したがって今後ともこの国々とは友好的な交流を進めていくことになったのですが、彼らは玄界(ミデン)に対して何の恨みもありませんから信頼を得るためということでいろいろなことを教えてくれました。その中で共通するのは貴国から買ったのは三門市民だけではないということです。詳しいことは教えてくれませんでしたが『情報』という形のない商品を売ってくれる人がいたようですね」

 

「そんなこと、私は知らぬ」

 

「そうですか。では宰相閣下の判断を得ずに現場の人間が勝手にやっていたということですね、きっと。…情報というものは非常に重要なものだということはわたしも実際に利用しているので良くわかります。ボーダーがアフトクラトル本国へ遠征して無事に目的を果たして帰国できたのは予め現地の情報を得ていたためで、それがなければどうなっていたかわかりません。それほど情報とは価値のあるもので、場合によってはトリオン能力者よりもずっと高い値で買ってもらえる()()となります。ヒエムスとレプトは長い間ずっと戦争をしていましたからトリガー使いが欲しいのは当然のことですが、それ以上にそれぞれの敵の内情を知りたがっていました。すると貴国の商人が()()()欲しいと思っている国の情報を売ってくれたそうです。安くはなかったみたいですが、それでも欲しいと思っている敵国の情報ですからねえ」

 

「……」

 

「ああ、これは別に争いの種を蒔いているのではなく、蒔かれた種が大きく成長するように肥料を与えているものとみなした方が適切ですね。もしくは燃える火に油を注ぐ、とか。…それからリコフォスへ行った時のことなんですが、現地では直前に大規模な疫病が発生して全国民約32万人のうち4割近くの国民が命を失ったことを知りました。玄界(ミデン)では罹患しても適切な治療を受けて大事に至ることは少ないのですが、近界民(ネイバー)にとっては死に至る病だったようです。それが自然発生であれば仕方がないことなんですが、どうやらそれは人為的にウィルスと呼ばれる原因菌が撒かれたらしいのです。これはリコフォスの国内の問題ですので余所者であるボーダー(わたしたち)には教えてもらうことはできませでしたが、いくつかの噂を耳にしました。どうやらウィルスを持ち込んだのは某国の諜報員で、国内が混乱している隙に神殿に潜入してあるものを盗み出そうとしていたというのです。なんと恐ろしいことでしょう。何を奪おうとしたのかはわかりませんが、大勢の人間を死に至らしめてまで手に入れようというのですから余程価値のあるものなんでしょうね」

 

「……」

 

アロイスの顔色が変わった。

それはツグミに図星を突かれたことで驚いたのではなく、宰相である自分の知らないところで何かが動いているということを察したからであった。

 

 

 

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