ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
遠征艇で留守番をするテオを除いたツグミ、迅、ゼノン、リヌスの4人は政庁へと案内された。
いちおう国賓ではあるのだが、突然押しかけたようなものだからあまり贅沢は言っていられない。
少なくともエクトスの№2がアポなし訪問を咎めずに会ってくれるというのであればまずは十分だ。
まず通されたのは宰相執務室の隣にある控室で、そこで20分ほど待たされる。
すでに執務室にはその部屋の主であるアロイス・ベームは在室しているのだが、すぐに面会するのではなく少し待たせることでマウンティングしたいということなのかもしれない。
そんなことを考えていたツグミだが、事情は違っていた。
ツグミがエクトスの少年兵を丁重に弔い、わざわざ遺骨や遺品を家族に渡してほしいと頼んだことがオレクの口からアロイスの耳に届き、ボーダー側の紳士的な態度に感銘を受けていたのだ。
それはトリオン体で戦うことと、換装が解けて生身になったところで戦闘不能として捕虜にするのが暗黙のルールのようになっているからだ。
捕虜交換で同胞を取り戻せるのだから敵とはいえ命を奪うよりもその方がお互いにとって利益となる。
ただし一般兵であれば死ぬことは珍しくもなく、敵兵士の遺体なら放置しておくか見せしめのために敵軍から見える場所に晒すこともあるという。
そういう戦いに身を置いている
自分に襲いかかって来た敵兵を過失とはいえ殺してしまったことを悔い、その亡骸を丁重に弔った少女にアロイスは非常に興味を持った。
しかし彼女が
ただそうはいっても会うと決めたからには会わざるをえなく、夕食の時間も迫っていたことからひとまず食事に招待することにした。
誰であっても食事の場で事を荒立てようとすることはなく、政治的な話は翌日以降ということにすれば時間稼ぎもできるという魂胆である。
◆
アロイスに会えないまま控室を出たツグミたちは迎賓館へと移動させられた。
迎賓館とは名ばかりの古い建物で、100年以上も昔にまだ外国の使節がエクトスにやって来た時に使用していたものだが、近年では使用する機会がまったくないために一部の貴族や政府高官がプライベートなパーティー等に使うのみだということだ。
もっとも現在ではそれどころではないというのが実態で、ツグミたちを待たせている間に大急ぎで掃除をして受け入れ態勢を整えたらしい。
それでも宰相が主宰する晩餐会の体裁を保つ準備は整い、辛うじて対面が保たれるものとなっていた。
「ようこそエクトスへいらっしゃいました、
アロイスは笑顔で自己紹介をするが、その表情は少々引き攣っていて不自然な笑みとなっていた。
年齢は51歳だというが、髪が真っ白で少し薄くなっているために見た目以上に老けて見えるが堂々とした体躯は若い頃にかなり鍛えた賜物だろう。
そんな彼にツグミは微笑みながら挨拶をした。
「初めまして、宰相閣下。わたしは界境防衛機関ボーダー総合外交政策局長の霧科ツグミと申します。この度は突然の訪問という無礼を咎めず、さらにこのような宴席を催してくださったことを心から感謝いたします」
そう言って軽く頭を下げてから続ける。
「貴国とは過去に
「…!」
アロイスは目を大きく見開いた。
自分が想像していたものと違うツグミの様子に少し驚いたようだ。
「わたしたちボーダーの創設理念は『
「……」
「当時の創設メンバーと初期の隊員たちにとっての理想の灯は消えかかっていたのですが完全には消えていませんでした。小さくて心細い灯でもきっかけさえあれば大きく燃え上がるものです。そして今、ボーダーは
このツグミの言葉に偽りはない。
もしここに遊真のように嘘を見破ることのできるサイドエフェクト持ちの人間がいたとしても意味はない。
これは彼女の正直な気持ちだからだ。
もっとも嘘を言っていないだけで本心を隠していることは山ほどある。
しかしそんなことを知るはずのないアロイスは彼女の言葉に胸を打ち震わせていた。
さらに勝手に「過去の経緯は問わないので、仲良くしましょう」と言っているのだと思い込んでいて、8年前に
もちろんツグミは仲良くしたいとは思っても「過去の経緯は問わない」とはひと言も言っていないし、「哀しい出来事」のことを「絶対に忘れることはなく、また許せるものではありません」と断言している。
また「その恨み辛みを閣下にぶつけるために来たのではありません」とアロイスに対してはぶつけずとも、国王であるヌンツィオ・エクトスには相応の責任を取ってもらう気満々である。
ツグミの挨拶のおかげでアロイスは
一国の宰相だというのに思慮深くなく重要な案件を吟味せず安易に請け負ってしまうところは愚の骨頂なのだが、ボーダー側からすれば非常に扱いやすい人物であるといえる。
ならばヌンツィオとの謁見の前にアロイスを
そこでアロイスに十分アルコールが回った頃を見計らってツグミが非公式会談を提案し、彼は勢いのままで了承したのだった。
◆◆◆
翌日の午前9時から2時間ほどツグミとアロイスによる非公式会談が行われた。
会場は政庁内の庭園にある東屋で、男女がふたりきりになるのは問題があるということで場所を屋外にし、ふたりの姿は見えるが声は聞こえないという池の対岸に迅とイリジーが待機することで双方が納得をした。
庭園といっても「神」の寿命が迫っているせいで木々は枯れてしまったのかほとんどが切り倒されてしまっていて殺風景で、池には生物がいる気配もない。
だから和気あいあいとした楽しい話はできそうにないのだが、この景色こそがエクトスの現実なのである。
東屋のベンチに向かい合って腰掛けたツグミとアロイス。
さっそくツグミは直球で質問した。
「ベーム閣下、貴国ではまもなく『神』が寿命を迎え、国自体が滅亡へと一歩ずつ確実に進みつつありますね?」
「……」
「お答えしたくないことのようですね。ですがわたしはかつてアフトクラトルで同じような光景を目撃しました。『神』の寿命が迫っていたことで当時はまだ一領主であったハイレイン・ベルティストン国王陛下はわたしたちの住む街へと侵攻して来たのです。その時にボーダーは32人もの隊員を連れ去られてしまい、仲間を救出するためにアフトクラトル本国への遠征を行いました。そして
するとアロイスがやっと口を開いた。
「…では隠しても無駄ということですね。きみが言うように我が国は『神』の寿命が迫っており国土は荒れ放題になっています。ですが希望は失ってはいません。私ども家臣にはまだ詳しい話は知らされておりませんが国王陛下には何か良い解決策があるということで、今しばらくこの苦境を耐え抜けば明るい未来が見えてくるはずです」
「解決策ですか…」
「はい。ですから気にしないでください」
ツグミはアロイスが嘘を言っているようには見えなかった。
ということは「神」候補に心当たりがあるということになる。
具体的に誰ということは決まっていなくても、「神」になるに相応しいトリオン能力者を手に入れる
その手段がツグミの推測どおりでなければ良いのだが、まだそうであるともないとも断定できない状態だ。
「そうですか? 解決策があるのならいいんですが、どの国でも『神』となる人間を探すのにはかなり苦労しているようですからねえ。…すべての
「トリオンを使わない文明には非常に興味があります。それを同盟に加入すれば教えてもらえるとなると我が国も加えてもらいたいものですね。ですがタダで…とは言わないのでしょ?」
「もちろんです。さすがは隊商国家エクトスの宰相閣下ですね。取引とはお互いが対等な関係でなければいけません。一方が得をして、もう一方が損をするのであれば損をする側が納得しません。それは貴国が商売をする時と同じです。ですから同盟を結ぶにしてもお互いに納得できる条件でなければいけません。キオンやアフトクラトルもそれについては理解し納得してくれましたので上手く交流しています。アフトクラトルはボーダーが敵として戦った相手ですが、今では良い関係を築いています。それは彼らと対話する機会を作り、お互いにとって何が利益となるのかを時間をかけて話し合った結果です。彼らはトリオンを節約するためにトリオン以外のエネルギーを用いた技術が欲しい。
「それはもっともです。それできみは…ボーダーは我が国に何を求めているのですか? 恥ずかしながら我が国にはキオンやアフトのようなトリオン兵を造る技術はありませんし、
アロイスは正直に
ボーダーと取引はしたいものの提供できるものがないのは事実で、それを隠したところですぐにバレるとわかって先に言ってしまおうということなのだろう。
そこでツグミは首を横に振った。
「いえ、
「ならば何が欲しいのか具体的に言ってください」
「それは…貴国がこの
ツグミが厳しい口調で言うと、アロイスの表情が一瞬強張った。
そして怒りを表に出さないよう冷静を保つためか一度両手を強く握って拳を作り、それをゆっくりと開くと同時に深呼吸をしてから言う。
「言っていることの意味がわかりませんな。我が国は
「根拠のないことですか? わたしはこれまでいくつもの国を回って各国の国王や宰相クラスの要人と直接会話をする機会を得ました。閣下にはヒエムス、レプト、ラグナ、リコフォス、アウデーンスの5ヶ国の国名に心当たりはありませんか?」
「……」
「無言は肯定とみなしますけどよろしいですか? ともかくこの5ヶ国とは貴国を介して交流を持つことになりました。さらわれた三門市民は無事に帰国し、家族と再会して人生を再出発している人もいれば、慣れ親しんだ
「そんなこと、私は知らぬ」
「そうですか。では宰相閣下の判断を得ずに現場の人間が勝手にやっていたということですね、きっと。…情報というものは非常に重要なものだということはわたしも実際に利用しているので良くわかります。ボーダーがアフトクラトル本国へ遠征して無事に目的を果たして帰国できたのは予め現地の情報を得ていたためで、それがなければどうなっていたかわかりません。それほど情報とは価値のあるもので、場合によってはトリオン能力者よりもずっと高い値で買ってもらえる
「……」
「ああ、これは別に争いの種を蒔いているのではなく、蒔かれた種が大きく成長するように肥料を与えているものとみなした方が適切ですね。もしくは燃える火に油を注ぐ、とか。…それからリコフォスへ行った時のことなんですが、現地では直前に大規模な疫病が発生して全国民約32万人のうち4割近くの国民が命を失ったことを知りました。
「……」
アロイスの顔色が変わった。
それはツグミに図星を突かれたことで驚いたのではなく、宰相である自分の知らないところで何かが動いているということを察したからであった。