ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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636話

 

 

アロイスの反応を見て、ツグミは追及を続ける。

 

「リコフォスという国は他国との交流はほとんどないのですが、例外として定期的にやって来るエクトスの商人たちは必要としているものを運んで来てくれるだけでなく自国で生産した作物やその他の物品を買ってくれるので歓迎しているそうです」

 

「当然です。我が国は信用を第一とし、どの国とも良い関係を築いているのですから」

 

「そのようですね。貴国はどの国が何を欲しがっているのかを的確に把握し、それを良心的な価格で販売するのですからどの国でも感謝するわけです。でもその国に滞在して情報収取しなければ何を欲しがっているかなんてわからないことではありませんか? いえ、別に諜報員を潜入させて情報収集をさせることはどの国でも多かれ少なかれやっていることですから気にはしません。現にボーダー(わたしたち)はキオンの諜報員が玄界(ミデン)に潜入している時に遭遇し、いろいろな経緯があって協力関係を結ぶことになり、それが同盟締結に至ったのですから否定する気持ちはまったくありません。ただし調べ上げた情報は祖国のために使うことはあっても他国に売り渡すようなことはしないと断言しています。エクトスでも同様に諜報員を各国に潜入させて情報収集をしているでしょうけど、もしかしたら現場の人間が勝手に入手した情報を他国に横流しして利益を得ているなんてことははないでしょうか? 本国の宰相閣下の耳に届いていないだけで実際にはこのような卑劣なことが行われているのであれば、それは正さなければいけないと思います。したがってボーダー(わたしたち)は貴国が仲間として迎え入れるに相応しい国であると確信を得られたならば直ちに貴国を援助する手配をします。ですが何とも言えないモヤモヤを抱えたままではそうもいきません」

 

「……」

 

「実を言いますとわたし以外のボーダーの幹部全員が貴国に対して8年前の侵攻で受けた被害に対する賠償を求めるべきだという意見で、わたしはそれに反対しました。1200人を超える同胞の命を奪われ、400人以上が拉致された上に近界(ネイバーフッド)()()()に売り払われたのですから、その怒りや憎しみを貴国に向けるのは当然のことです。中にはキオンやアフトクラトルの力を借りて貴国を滅ぼしてしまえという強硬派もいて、彼らを宥めるのに苦労しました。だって今さら貴国の無辜の民を殺したところで死んでしまった同胞が生き返るわけではないのですから、そんな殺戮を行えば今度はエクトスの民が玄界(ミデン)の無関係な人間を憎むことになるのは自然な流れです。そんな負の連鎖を断ち切るために、わたしは貴国との関係を改善しようとやって来たのです」

 

ツグミの言葉の中には真実もあり嘘も含まれている。

幹部会議では彼女のエクトス訪問の詳しい事情を知る城戸以外のメンバーは全員がエクトスに対して「その加害の大きさに見合うだけの賠償をさせるべきである」との意見が優勢で、それが当然の感情であるから彼女はその意見を否定はしなかった。

しかし城戸が最終的な判断はツグミに任せると()()言ったことで、会議では「ツグミに一任する」という結果に終わった。

忍田を含めた幹部たちは城戸に逆らえないのではなく、本人が口にはしないが「まだ何も言えないが後で結果を報告するから信じて待っていてくれ」と言いたい城戸の心の内を察したからこそ自分たちの意見を押し通さなかったのだ。

ツグミと城戸はいずれエクトスと核兵器の問題については真実を報告するつもりでいるが今はまだその時ではないと判断をしていて、ツグミはエクトスから帰国した時点で説明責任を果たすつもりでいる。

だからエクトスとは可能な限り穏便に関係改善を行い、この国が玄界(ミデン)にとって危険のない国だと確定できればひとまず幹部連中をおとなしくさせることができるわけで、賠償その他は穏やかに対話ができる状態にしてからのことなのだ。

そしてそのためにツグミは少々誇張した嘘でアロイスに揺さぶりをかけ、穏健派の彼女との関係が拗れてしまえば彼女のバックにいる強硬派が何を要求してくるのかわからないという空気を作ったのだった。

 

アロイスはツグミの話を聞いていて自分たちを取り囲む状況が危機的なものだと理解していた。

「400人以上が拉致された上に近界(ネイバーフッド)()()()に売り払われた」という彼女の言葉からわかることは、ボーダーが確実な情報を手に入れているということ。

具体的に9ヶ国という数を知っているとなれば、それはエクトスの人間でも軍総司令部に入り込んで情報を得られる立場の関係者から教えられたからで、軍関係者の中に裏切り者がいるということになる。

それが玄界(ミデン)に潜入していた諜報員のリンジであるということまでは確定できずとも、彼が帰国して玄界(ミデン)侵攻の功績によって昇進して本国勤務となった後に行方不明になっているとなれば限りなく黒に近い灰色であると判断するしかない。

そしてリンジがボーダーに情報を売った可能性は高い。

さらに現場の諜報員が小遣い稼ぎで情報を売り渡すことがあってもおかしくはなく、それが国策であったと思われたのであれば最も信用を大事にする隊商国家エクトスの信用ががた落ちとなるのは火を見るよりも明らかだ。

彼はエクトスの№2、すなわち国王に次ぐ権力者であるから100以上の国に諜報員を派遣して情報収集をしていることは知っているのだが、諜報員の管理等の実務は軍総司令官に全権を委任している。

つまり国軍に「丸投げ」だから現場で情報が売買されていたことなど知る由もなく、ツグミの口から告げられたことは寝耳に水であった。

しかし彼女が嘘を言っているとは思えず、末端の人間ならやりそうなことなのでそれが事実なのだろうと思えてきた。

そしてリコフォスにおいて()()()()()()()()()()()()が起きていたとなると、それは軍総司令官の勝手な指示である可能性が高い。

とはいっても若い頃にトリガー使いとして共に戦場を駆け回った戦友を疑いたくはない。

 

(だが苦労して軍総司令官まで駆け上がったあいつがそんなことをするはずがない。あいつは昔から忠誠心厚い臣下であったのだから、国益を損ねるような愚かな命令を独断で下すはずがないのだ。そうなると…まさか、陛下が私に内緒で何かを…。いや、そんなわけがない! 陛下の指示はすべて私を通しているはずで、この私が知らないことはないのだ。…ならばこの娘が嘘を言っている? しかしそんなことはあるまい。確かな根拠はないがこの娘が私を騙して得をするのではないのだから嘘をつく理由がないだろ。だとしたら…)

 

その時、アロイスの脳裏に24年前のある出来事が浮かび上がってきた。

 

(たしかあの男の国がリコフォスだったはず。陛下はあの男の亡命を快く受け入れた。その理由が未だにハッキリとしないが、単に王族だったからというわけではなさそうだった。あの男を匿えば何か()()()()ことがあったからではないだろうか? 陛下は私に隠しごとをしている。私の勘がそう言っている!)

 

アロイスのいう「あの男」とはリコフォスから亡命してきたレグロ・リコフォスのことである。

リコフォスで「神」の寿命を間近に迎えたある日、次の「神」となることに決まっていた彼は自分の命惜しさに祖国を捨てて「5人の王」の国のひとつであるエクトスに亡命した。

その際に王家所蔵の大量の金貨や宝石を盗んで出奔している。

そしてそんな彼をヌンツィオは手厚く保護し、おかげでエクトスでは貴族待遇で暮らしていた。

いや、エクトスの貴族なら領主としての義務を果たさなければならないが、レグロはリコフォスの王族の一員だからということでヌンツィオは王城の一角に屋敷を建てさせてそこに住まわせている。

またレグロ本人はその恵まれた状況を当たり前のように享受して、働きもせずに狩猟等の趣味に興じているだけである。

もっとも最近では野山で獲物となる動物や鳥の姿もなくなったために屋敷に引きこもっているのだが。

そんなレグロの生活の様子を知るアロイスはそれを苦々しく思っており、できることなら敬愛するヌンツィオから引き離したいと考えていたくらいである。

そうなるとこれはアロイスにとっても絶好のチャンス到来であり、ツグミと協力することで()()()利益があるかもしれないと考えるのは自然な流れだ。

 

「ツグミくん、きみの言葉をどこまで信じて良いものなのかはわかりません。しかしきみが嘘をついて得をする理由が見当たらないことから、リコフォスにおける事件に我が国の諜報員が関わっている可能性が高いと判断しました。そこで真実を知るために国王陛下にお会いして事実確認をしてきます。申し訳ないですが、陛下との謁見は明日以降に変更願いたい。これは重要なことなのです」

 

これまでになく真剣な顔で言うアロイス。

ツグミには断る理由がないため、素直に頷いた。

 

「はい、かまいません。こちらはお願いする立場ですから、閣下のご都合のよろしいようにしてくださってけっこうです。ですがこちらも暇を持て余してしまいますので、どなたかに王都の中を案内していただけないでしょうか? 勝手に歩き回るわけにはいきませんからね」

 

「それなら王都警護第1師団副師団長イリジーに護衛を兼ねて案内させましょう。彼とはすでに顔を合わせているとのことですからあなたも安心だと思います」

 

「ええ。お心配り、感謝いたします」

 

「ではここでの話はふたりだけの秘密としておしまいにしましょう。あなたには昼食後に自室で待機してもらいます。イリジーを迎えに向かわせますから」

 

「承知しました」

 

不穏な空気を残したままでツグミとアロイスの非公式会談は終了した。

頭上に広がる灰色の雲に覆いつくされた空がこれからのエクトスを含めた近界(ネイバーフッド)の行く末を案じているかのようであり、そんな空を見上げながらツグミは三門市を発つ時に見た抜けるような初夏の青空を思い出して懐かしく感じたのだった。

 

 

◆◆◆

 

 

迎賓館で昼食を済ませたツグミ。

昼食といってもライ麦パンとわずかな野菜が入ったスープのみという質素なものであった。

それでも1日に3回食事ができるというだけで贅沢なことであり、庶民階級の人間では朝夕の2回食事ができれば十分恵まれているのだそうだ。

それは「神選び」直前のアフトクラトルでも同様であったが、アフトクラトルでは食料を従属国から得ていたのでそれほど深刻ではなかった。

ところがエクトスでは「強者が弱者から奪う」というアフト式のやり方はできず、足りない食料を輸入するにはそれ相応の代価が必要となる。

政府はこれまでに蓄えた交易による「利益」から必要とされる食料を購入し、それを庶民に配給しているらしい。

だから以前は市場で商人が様々な野菜や果物などを売っていたのだが現在では商人の姿は消えてしまい、同じ場所で5日に一度の割合で政府から食料の支給が行われているということだ。

これらのエクトスの情報は午後の王都視察に出かけたツグミがイリジーから聞いた話である。

ツグミと迅のふたり ── ゼノン隊の3人はキオンの諜報員だということでNG ── はイリジーに案内されて城下へと向かったのだが、まず行った先が市場で、そこで人がいない理由をツグミが尋ねるとそう教えられたのだった。

この日は配給日ではないので人はいないのだが、配給日になると長蛇の列ができるのだそうだ。

それくらいエクトスの食料需給はひっ迫しているということである。

また食料だけでなく燃料不足も深刻で、野山の木々が切り倒されていたのは枯れたからなのだが、それを燃料にするためにすべて回収してしまったために切り株しか残っていなかったのだ。

これから冬の時期になるため暖房用の燃料は必需品で、一刻も早く新しい「神」を見付けて()()にしなければ冬を乗り切ることができない人々が出るかもしれない。

そこまで人々の生活はギリギリまで追い詰められているのである。

 

(ヌンツィオ陛下には何か良い解決策があるらしい。アロイス閣下には今しばらくこの苦境を耐え抜けば明るい未来が見えてくると言っているようだけど、詳しいことは宰相である閣下にも話してはいないみたい。それに本国にいるから各国に派遣されている現場の人間の行動に目が行き届いていないのは仕方がないことだけど、どこまで知っていてどこから知らないのか…。まあ、とにかく今は自分にできることをやるだけ。そのための情報収集に城下を視察しているんだもの、もっとこの国の実態がわかる場所に行ってみたいな)

 

ツグミがそんなことを考えていると、イリジーが決死の覚悟といった感のある顔で彼女に言う。

 

「大事なお話があります。自分に少し時間をください」

 

「はい、それはかまいませんけど…」

 

「ではこの近くに自分の実家がありますのでそこでお話します」

 

「他人に知られたくないことなんですか?」

 

「そうです。ですからこれからお話しすることはおふたりの心の中に留めておいてもらいたいと思います」

 

「もしかしたら宰相閣下たちに知られたら罰を受けるような内容ですか?」

 

「…はい」

 

それでも告白したいというのだから余程のことなのだろう。

ツグミはそう判断して首を縦に振った。

 

「わかりました。わたしたちもその覚悟で聞くことにします。もちろんここだけの話として絶対に口外はしません」

 

「ありがとうございます。ではこちらへどうぞ」

 

イリジーは住宅街の中の露地を示し、その奥の方へツグミたちを案内する。

そして50メートルほど歩くと古びた一軒家にたどり着いた。

古びたといってもその家だけでなく周囲の家々も同様に古い。

ただイリジーの家には生活感があるものの、他の家には人が住んでいる気配もなかった。

小さな庭に洗濯物が干してある様子は玄界(ミデン)の民家とあまり変わらない。

 

 

「お~い、母さんいる~? 俺だよ、イリジーだ」

 

ドアを開けて中にいるであろう母親に声をかけるイリジー。

すると粗末な服を着ているがどことなく品の良さを感じさせ、年齢は50歳くらいに見える白髪の混じった黒髪の中年女性が奥の方から現れた。

 

「イリジーかい? どうしたんだい、こんなまっ昼間に。仕事中じゃないのかい?」

 

「お客さんを連れて来たんだ。大切なお客さんだから粗相のないようにしてくれ」

 

イリジーがそう言うとようやく彼の母親はツグミたちの存在に気付いた。

 

「まあまあ、お客さまがいたのに気付きませんで申し訳ありません。こんなむさくるしい場所ですがどうぞお入りください」

 

そう言って部屋の隅に行くと部屋の照明を点けた。

普段は省エネのためなのか外から差し込む光だけで生活していて照明を点けるのは夜だけなのだが、息子が連れて来た客人を暗いままの部屋に通すことはできないということなのだろう。

もっとも照明を点けるといってもテーブルの上の燭台のろうそくに火を灯しただけだ。

それでも客人をもてなしたいという家人の心遣いは伝わってきた。

 

「こちらへどうぞ」

 

イリジーに招かれたツグミと迅が家の中に入り、勧められた椅子に腰掛けた。

その向かい側の椅子にイリジーにが座ると、彼の母親がハーブティーを運んで来てツグミたちに挨拶をする。

 

「イリジーの母のミラダです。このようなものしかございませんが、ごゆっくりとしていってください」

 

するとツグミはさっと立ち上がって自己紹介をした。

 

「突然の訪問をお許しください。わたしはイリジーさんの友人のツグミ。そしてこちらはわたしの夫のジンと申します」

 

ここで正体 ── 玄界(ミデン)からの来訪者である事実を明かすことはイリジーにとって好ましくないとツグミは判断した。

だから友人だと名乗り、ミラダを安心させたのだ。

幸いなことにエクトスの人間と玄界(ミデン)の人間は比較的顔つきが近いので上手く誤魔化せたようであった。

 

「そうなんですか。この子が友達を連れて来るなんて久しぶりのことなんで驚いてしまいました。なんだか嬉しいです」

 

その言葉は社交辞令ではなく本心からのようで、ミラダの顔に笑みが浮かんでいる。

 

「母さん、悪いけどしばらく席を外していてもらえないかな? これから大事な話をするんだ」

 

イリジーがツグミたちの会話に割って入り、それが恥ずかしがっているのだと勘違いしたミラダは笑いながら言う。

 

「はいはい、わかりましたよ。それじゃあ庭でお日様の光を浴びてくるから」

 

そう言ってミラダは外へ出て行った。

ツグミには曇天に見える空もエクトスに住む人間にとっては貴重な日差しのある良い天気なのだ。

そしてイリジーはやれやれという顔で母親の後姿を見送り、再びツグミたちに向かい合う。

 

「落ち着かない場所で申し訳ありません。それと気を遣っていただいてありがとうございました。おふたりが玄界(ミデン)の方だなんて知れば驚いて腰を抜かすに決まっているんです。でもあの様子なら全然気付いていないみたいです」

 

「それなら良かったです。突然お邪魔してご迷惑をおかけしてしまうんですから、せめて正体を明かして緊張させるようなことをしたくないなと思って」

 

「そういう優しい気持ちが嬉しいです。実を言うとこれから話すことは家族といえども聞かれてはマズいことなので、あの様子なら話が終わるまで外で日向ぼっこしていてくれるでしょう。…こんなことをあなた方に訊いていいのかどうかわからないんですが、他に手掛かりがないんです」

 

イリジーはそう前置きをしてから言った。

 

「自分はある人物を探しています。彼は自分の幼馴染で、玄界(ミデン)に潜入して諜報活動をしていたんです。名前はリンジといって、自分と同じ24歳です。彼を知りませんか?」

 

 

 

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