ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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637話

 

 

麟児がエクトスの諜報員であったのだから彼の知り合いに出会うこともあるかもしれないとツグミは考えていた。

しかし敢えて積極的に探すことはせず、もし遭遇したのであれば彼の近況を伝えたいと思っていたのだが、このような形で相手の方から尋ねられるとはさすがのツグミでも想像もしていなかった。

 

「イリジーさんはそのリンジという人の居場所を知りたいようですが、その理由を教えてもらえますか?」

 

ツグミが訊くとイリジーはすぐに答えた。

 

「元気でいるかどうか気になっているんです。あいつは玄界(ミデン)で諜報活動をしていて、8年前に玄界(ミデン)侵攻において戦功をあげました。これは言い換えるとあいつは玄界(ミデン)の人間のおふたりやその知人に恨まれるようなことをしたわけですが、あいつは上からの命令でやったことで本人の意思ではありません。そんなのは言い訳でしかありませんが、本当のあいつは家族の愛情を誰よりも欲しがっている優しいヤツなんです」

 

「……」

 

玄界(ミデン)侵攻の後、本来ならあいつはすぐに帰国するはずでした。ですが玄界(ミデン)にボーダーという組織があるとわかると残ってもっと詳しく調べてから帰国するということで玄界(ミデン)に残りました。そして今から約4年前に玄界(ミデン)の情報とボーダーの武器(トリガー)を持って突然帰国したんです。ちょうど玄界(ミデン)への二度目の侵攻を計画していたところでしたから、軍の幹部連中は大喜びしました。ですがあいつの情報ではボーダーのトリガー使いが訓練生を含めて500人以上いて、過去の経験からさまざまな対抗策を講じているということで、今の計画では被害が大きくなるだけでなく民間人を拉致することも不可能だと言われて計画の見直しをすることになりました」

 

「……」

 

「あいつは8年前の侵攻の功績で軍総司令部勤務になり、王都警護第1師団副師団長に昇進しました。あいつは帰国した時に玄界(ミデン)の女性を連れていて、その人と結婚するんだと思っていました。ようやく家族を持って安定した生活基盤を得られたと安心していたんですが、あいつは帰国した時と同じように突然エクトスから姿を消してしまいました。その後のあいつの足取りは掴めません。そもそもなぜあいつが帰国したのかもわからず、何もわからないままで4年が過ぎようとしているんです。だからボーダーにいるおふたりなら何か知っているかもしれないと思い、こうしてお尋ねしたんです」

 

「……」

 

「自分はあいつの親友で、あいつの帰国を心から喜びました。あいつが自分よりも早く昇進したことだって悔しかったですが本心で喜んだのです。それなのにあいつはそんな自分に何も言わずに姿を消してしまった。その理由がわからないだけでなく、そのせいで自分が空席になった副師団長の席に就いたことが無性に悔しい。だからあいつの居場所を見付け出して、どうして俺に何の相談もなく勝手なことをしたんだって問い詰めてやりたい。…いいえ、元気でいるかどうかだけでもわかればそれで十分です。それでなぜおふたりに尋ねたのかというと、ボーダー側が8年前の玄界(ミデン)侵攻がエクトスの仕業だと知っているようですから、その情報をどうやって入手したのか疑問を抱きました。仮にあいつがボーダーに捕まって口を割ったのであれば納得できるもので、もしかしたらボーダーの人間なら今あいつがどこにいるのかを知っているのではないかと思ったんです」

 

ここまでずっと黙ってイリジーの話を聞いていたツグミがやっと口を開いた。

 

「あなたはこの話のことは誰にも知られたくはなく、宰相閣下たちに知られたら罰を受けるような内容なのかと訊いたら肯定しました。ここまでの話だと特にあなたが罰せられるような内容ではないと感じました。幼馴染で親友の元諜報員が突然失踪したということならあなたには関係ないことですし何の責任もない。まあ、あまり好ましい話ではありませんから他国に人間に喋ったとなれば譴責とか減給などの懲戒処分はありそうですけど、あなたの様子だとそれよりももっと重い処分を受けるかもしれないことを知っているのではないかという気がしてきました。…正直に言いますとリンジという人をわたしたちは良く知っています」

 

「やっぱり…」

 

「彼が現在どのような立場なのか、そして今どこにいるのかも知っています。あなたが心配するようなことにはなっていません。もっと詳しく教えてほしいと言うのならお教えしますが、あなたにも正直に全部話してもらいたいです。もちろんあなたの悪いようにはしません。そしてあなたが彼に会いたいと言うのであればそのお手伝いをすることができます。わたしたちはそういう立場にある人間なんです」

 

ツグミがそう言うとイリジーは身を乗り出して言った。

 

「会いたいです! いえ、会えなくてもあいつが幸せになっているということを確認できればそれで十分です。だから自分が知っていることは全部話します」

 

本気で親友(リンジ)のことを心配していて、可能であれば再会したいという溢れんばかりの想いがツグミには感じられた。

 

「わかりました。麟児さんに不利益が及ばないという確信を得ましたので、わたしの知る範囲ですべてお教えします」

 

するとイリジーは椅子に腰掛け直し、ツグミに真っ直ぐな視線を向けた。

そしてツグミはリンジが現在では三門市民の雨取麟児という人間として新たな人生を送っていると言ってから、本人から聞いた話とツグミ自身が彼と交流して見知ったことを順序立てて説明をした。

8年前の侵攻時には本国の命令に従って人型近界民(ネイバー)の潜入の手引きをして三門市に甚大は被害を及ぼした張本人であるリンジは雨取千佳という少女が稀にみるトリオン能力者であることを知り、彼女を監視するために雨取家の長男のフリをして一緒に暮らしていた。

そのうちに千佳のことを本当の妹のように大切に思えるようになり、本来なら本国に連れ帰るべきだったのに侵攻時には安全な場所に避難させてまで守ることにした。

これは祖国に対する裏切り行為であったものの、本人は後悔をしていない。

さらに8年前に帰国しなかったのはボーダーについて調査を継続するという理由であったが、本当は雨取家の家族と別れたくなかったからで、捕獲用トリオン兵に狙われ続ける千佳を常にそばにいて守っていた。

ところが約4年ちょっと前にリンジは失踪し、千佳や周りの人間を悲しませることになる。

千佳の友人が行方不明になっていて、その原因が自分だと自らを責める彼女のためにその友人を連れ戻そうとしてリンジはエクトスへ帰国することに決めた。

千佳の友人を拉致したのはエクトスのトリオン兵であると確信し、彼女を苦しませる原因を取り除いてやりたいと考えたのだ。

そしてエクトスが拉致した三門市民の売却先リストを得るためにボーダーの人間 ── 鳩原未来を仲間に引き入れてボーダーで使用している武器(トリガー)を入手。

さらにトリオン能力者をふたり()()()にするために仲間として4人でエクトスへ向かった。

そしてリンジはボーダーの武器(トリガー)とトリオン能力者を軍に引き渡し、玄界(ミデン)侵攻の功績と合わせて昇進をした。

そのおかげで拉致された三門市民の売却先を知ることができ、そこに千佳の友人の名を見付けて彼女のいるヒエムスへ行って救出をして三門市へと戻って来た。

ボーダーに捕えられることは承知の上でリンジが帰って来たのは千佳に会いたい一心で、彼はおとなしくボーダーに身柄を預けた。

その時に彼の処分をどうするかでボーダー幹部は頭を悩ませたが、ツグミがボーダー隊員にスカウトすることを提案。

そのメリットが非常に大きいことを説明し、現在では正式に雨取麟児という名の三門市民として幸せに暮らしていて、ボーダーでは総合外交政策局員としてその知識や技能を活かして働いていると言って話を終えた。

最後まで黙って聞いていたイリジーの目にはうっすら涙が滲んでいる。

親友が望んでいた家族を得て元気で生きていると知れば嬉しくないわけがないのだ。

 

「麟児さんはエクトスから持ち帰った情報をボーダーに提供したことでエクトスによる侵攻に関わる罪を許してもらい、ボーダーの管理下で働くことによって特別な監視はなしで行動できるようになりました。多少窮屈ではあるでしょうが、祖国を裏切ったことに対して後悔はしていないそうです。でも時々寂しげな表情を見せていましたが、それはきっと祖国にいる親友に対して申し訳ないという気持ちがそうさせていたに違いありません。あなたに何も相談しなかったのは、あなたが知ってしまったらエクトスに残るあなたが彼の分まで重い罪に問われるからなのでしょう」

 

「そうですね。あいつらしいです。でも安心しました。あいつは幼い頃に両親を亡くして天涯孤独でしたから、家族というものに人一倍憧れがあったんです。この近所に住んでいて、良くこの家にも遊びに来ました。そして同い年でしたから幼年学校にも一緒に入学し、お互いに競い合いながら成長していきました。あいつには特別な能力がありましたから、諜報員として活躍するだろうと言われていて、幼年学校では常に学年1位で、自分はあいつにいつも勝てませんでした。そしてあいつは卒業を前にして現場に投入されました。その行き先が玄界(ミデン)だということは知りませんでしたが、4年前に帰国した時にあいつが玄界(ミデン)侵攻での功績で昇進したと聞いたことで知ることになりました。これからはまた一緒に祖国のために働けると思っていた矢先にあいつは失踪してしまった。それが裏切りにも思えて憎みもしました。…でもやっぱりあいつのことが嫌いにはなれません。何か事情があったのだとは思っていましたが、自分には想像もしていないいろいろなことがあったんですね。話を聞いてすべてが腑に落ちました」

 

イリジーは涙を手で拭ってそう言った。

 

「何となく怪しい行動をしていたので妙だなと思いながらも見て見ぬふりをしていたので、もしかして自分があいつを止めるべきだったんじゃないかとも思ったことがあります。でも止めなかったことが正解だったってわかってほっとしました。もしあの時に上司に報告していたらあいつは…。ともかくあいつが今でも元気で幸せに暮らしているというのならそれで十分です。教えてくれてどうもありがとうございました」

 

深々と頭を下げるイリジーにツグミは言う。

 

「これからどうなるかわかりませんが、貴国が玄界(ミデン)侵攻に対して何らかの謝罪をするのであればボーダーの幹部たちも共に生きていく道を模索しようというわたしの意見にも耳を傾けてくれるでしょう。そうなればお互いに行き来することができるようになり、おふたりが再び友人として会うことも夢ではないはず。そのためには今ある問題を解決しなければなりません」

 

「今ある問題…『神』の寿命が迫っているということでしょうか?」

 

「はい。ですが(マザー)トリガーに『神』という名の生贄を捧げなければ国が滅びてしまうという現実を覆す手立てはまだありません。したがってできるだけ早く新しい『神』となるべき人物を見付けなければなりませんが、それが誰でも良いというわけにはいかないことは知っています。実は麟児さんの妹がとんでもないトリオン能力者で、アフトクラトルの侵攻の際に『金の雛鳥』と呼ばれて拉致されそうになったくらいなんです。もしエクトスのリンジという諜報員が血も涙もない冷徹な人間だったら彼女をこの国の『神』にするために連れて来たことでしょう。同胞よりも玄界(ミデン)の少女を選んだとなると裏切り行為となるわけですが、あなたは彼を許すことができるんですね?」

 

「もちろんです。あいつの気持ちを考えると仕方がないことだと思えます」

 

「それならボーダー(わたしたち)に協力してくれますね?」

 

「はい。…ですが自分に何をしろと言うんでしょうか?」

 

「心配しないでください。あなたに祖国を裏切るようなことをさせるつもりはありませんから」

 

「それではどんなことを?」

 

「今はまだ()()()ではないのでお教えできません。でも必要となった時に説明をして納得してもらった上で協力してもらうことになるでしょうから、その時にはどうぞよろしくお願いいたします」

 

「はあ…わかりました」

 

「それからこれはわたしの個人的なお願いなんですけど、これから軍の駐艇場へ連れて行ってもらいたいんです。遠征艇の中に置いてある私物をいくつか運び出したいものですから」

 

「はい、それくらいならお安いご用です。案内でも荷物持ちでも何でも言ってください」

 

急に元気になったイリジーの様子を見たツグミも自然と笑みが零れた。

 

「でしたらミラダさんにご挨拶をしてからわたしたちはお暇しますね」

 

そしてツグミと迅は庭にいるミラダに突然の訪問の謝罪とお礼を言ってからイジリーの実家を後にした。

 

 

◆◆◆

 

 

軍総司令部の駐艇場に停めてある遠征艇ではゼノンたちがトリオン補給などの作業を行っていた。

当然のことなのだがエクトスの軍の施設内での作業だからキオンの諜報員である彼らだけでは行えず、エクトス軍の人間の監視の下で行わなければならない。

そうなるとお互いに緊張して刺々しい空気が漂っているのではないかと思うとそんなことはないのだ。

仕える国は違っても祖国に忠誠を誓う軍人だから相手の気持ちや考え方は理解できるし尊重もできる。

だから相手のことをリスペクトしていてトラブルが生じることはない。

さらにこういう現地の人間との交流の潤滑剤として最適なのは「ぼ〇ち揚げ」だということは経験上わかっている。

近界(ネイバーフッド)では非常に珍しい「米」を原料としており、カツオや昆布の旨味を加えた醤油ベースのタレで味付けしているとなると近界民(ネイバー)にとって未知の菓子である。

この醤油ベースのタレの味がどの国でも歓迎されているので、万人好みの味だというのは疑いようがない。

おまけにこれが庶民向けの安価なものだと知ると近界民(ネイバー)たちは驚愕して、迅と互角のぼ〇ちファンになってしまうのだ。

だから近界(ネイバーフッド)へ渡る時には大量のぼ〇ち揚げを遠征艇の倉庫に搬入するため、倉庫の容量が圧迫されることになるので居室にもカルトンケースが持ち込まれて往路はかなり不自由なことになるのだが、復路ではそれが全部なくなってしまうくらいだからその消費量は半端でない。

ぼ〇ち揚げの製造会社は関西にあるのでボーダーもまだスポンサー依頼をしてはいないのだが、もしスポンサーになってくれたら近界民(ネイバー)玄界(ミデン)の人間の交流のアイテムとしてもっと活躍してくれるにちがいない。

そんなぼ〇ち揚げをエクトス兵士にプレゼントすればトラブルどころか積極的に手伝いまでしてくれるようになる。

もちろんそれを上官に知られると問題になるのだが、末端の若い兵士たちが上官に隠れてこっそりと規定(ルール)違反をする()()()を味わうことを好むのも万国共通らしく、ゼノン隊3人と上手くコミュニケーションをとっているようだ。

 

ツグミたちが駐艇場までやって来ると何やら賑やかな様子の人だかりができていた。

楽しそうな歓声が上がっていてそれが喧嘩やトラブルによるものではないということは遠くからでもわかる。

その理由は納得できるものであった。

ボーダーの遠征艇の多目的ルームには折り畳みできる卓球台が置かれていて、その卓球台を外に運び出してゲームをしていたのだ。

エクトスだけでなく近界(ネイバーフッド)の国々は玄界(ミデン)の文化と酷似しているものがいくつもあるのだが、全体的に数百年は遅れている節がある。

スポーツに関しても玄界(ミデン)で普通に普及しているものでも近界(ネイバーフッド)では存在しないものは多い。

近界民(ネイバー)たちの間で娯楽として身体を動かすという習慣はなく、身体を鍛えるために走る、重いものを持ち上げる等のトレーニングはあってもレクリエーション活動としてのスポーツはない。

だからゼノンたちは卓球台を地上に設置し、エクトスの兵士たちにルールを教えてみんなで楽しんでいたのだった。

ゼノンたちも当初は慣れないことに戸惑っていたものの、運動が娯楽になるという玄界(ミデン)の習慣に触れてすぐに感化されてしまったくだいだ。

適度な運動はストレス発散になるし、決められたルールの中でいかに効率良く点を取るとか相手を出し抜くのかを考えるのは楽しいし頭の体操にもなる。

そこで手軽に楽しめるスポーツとして卓球を教え、生まれて初めて体験する娯楽としての運動にエクトスの若い兵士たちは夢中になっていたということなのだ。

 

そんな人の輪を割って中に入ると、ちょうどテオと同じくらいの歳のエクトスの兵士が真剣勝負をしていた。

スコアを見ると10-10で、ラリーが続いていることで盛り上がっていたらしい。

どちらも負けたくはないという執念なのか真剣な眼差しで接戦を繰り広げて、最終スコアは16-14でテオの辛勝となったのだった。

卓球のルールを教えた先達であるという面目躍如といったところか。

 

「お~い、おまえら、何やってんだ?」

 

エクトスの兵士たちが盛り上がっているところにイリジーが声をかけると、その声に気付いた兵士が悲鳴にも似た声を上げた。

 

「ひぇ~、副師団長!?」

 

その声で兵士たちが一斉にイリジーの方を向き、自分たちの上官の姿を見付けると大慌てで服装を整えて彼の前に集まって来た。

今日の当番は第1師団で副師団長がそこに現れたのだから騒ぎになるのは無理もない。

 

「えっと、これは…別に遊んでいたのではなくて…その…」

 

初めにイリジーを見付けた兵士がしどろもどろになって言い訳をしようとすると、イリジーは彼を諫めた。

 

「勘違いするな。俺はおまえたちを叱るつもりはない。ただ楽しそうな声がしたから何をしていたのか知りたいだけだ」

 

「何かと言うと…これは玄界(ミデン)のタッキュウというもので、ルールを教えてもらっただけでなく勝負を挑まれたものですから…」

 

「そうか。どんなものなのか俺も見たいな。次は誰がやるんだ?」

 

「「じ、自分たちであります!」」

 

10代と思える若いふたりの兵士が手を挙げて同時に叫んだ。

 

「タッキュウがどんなものなのか見せてもらおう。エクトスの軍人として恥ずかしくない姿を見せてくれ」

 

「「了解!」」

 

そう元気に返事をするとエクトスの兵士同士でのマッチが始まった。

ルールを学んで仲間の試合を見ただけなので技術的には拙いものの、本人たちが楽しんでいるのだから周りの観客たちも楽しそうだ。

この分だと卓球台と道具一式をエクトスに寄贈して帰国することになりそうだなどと考えながら、生まれて初めて運動を娯楽として楽しんでいる近界民(ネイバー)の様子をツグミは微笑ましく思うのだった。

 

 

それからツグミは遠征艇の中に積んである彼女の私物のいくつかを紙袋に入れてイリジーに渡した。

私物といっても彼女がプライベートで使用しているものではなく、またボーダーとして用意した土産でもなく、個人的に使用するちょっとしたプレゼント用の物品である。

紙袋には100グラム入りの生姜パウダーのパックが3つと70グラム入りの薬用ハンドクリームのチューブが5本入っている。

 

「これは…?」

 

「ミラダさんにお渡しください。粉末の方は生姜を粉末状にしたもので、お湯に溶かして飲むことで身体を暖めてくれます。そしてこのチューブは手荒れに効く成分の含まれているクリームが入っていますので、日常の仕事の合間に塗るとヒビやアカギレの症状の緩和に効果があると思います」

 

「どうしてこのようなものを母に…?」

 

「今日のお茶のお礼です。そしてこれが今のミラダさんに一番喜んでもらえそうなものだと思って。…さっきお宅を訪問した時に庭には彼女とあなたの洗濯物が干してありました。庶民だとお湯はなかなか使えずに冷水で手洗いの洗濯となります。洗濯に限らず冷たい水を使う家事はこれから冬に向かうのですから大変です。現にお茶を淹れてもらった時、彼女の手はアカギレがひどくて痛々しく見えました。これだけの量では十分とは言えませんが使わないよりはマシです。それから生姜湯は血行不良をもたらす物質の働きを抑制することで血行を良くして、身体の冷えを改善する作用があると考えられています。そして免疫力を高める効果もありますので、風邪をひいたかなと思った時に飲むことで悪化を防ぐこともできるそうです」

 

「……」

 

イリジーは胸がいっぱいになっていた。

ツグミがミラダに会ったのは今日が初めてであり、会話もお茶を出した時にちょっと話をしただけである。

彼女の観察眼に感服したのと同時に優しい気持ちに打たれたのだ。

 

「ありがとうございます、ツグミさん。母も大喜びすることでしょう」

 

「それならわたしも嬉しいです。お身体をご自愛くださいとお伝えください」

 

「はい!」

 

イリジーはこれ以上ないというくらい嬉しそうな顔をして敬礼をすると軽い足取りで帰って行くのだった。

 

 

 

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