ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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639話

 

 

ツグミがヌンツィオと面会していた時、迅は軍総司令部へと行って兵士たちから話を聞いていた。

ゼノンたちが若い兵士たちとぼ〇ち揚げや卓球で交流を進めているものだから、彼らの間では「玄界(ミデン)から来た人たちは良いヤツラばかりだ」と認められているらしく、敷地内を自由に歩き回っていても咎められることはない。

むしろ今話題の有名人を見かければつい声をかけたくなるというものだ。

そうして声をかけられるのを待つために歩いているとトリガー使いの青年がふたり近付いて来た。

この国でもトリガー使いは数が少なく軍でもエリートとして扱われており、一般兵はシンプルな紺色の軍服だがトリガー使いの軍服は漆黒の上質な生地を使ったものと差別化されている。

もっとも優秀な選ばれし者たちは近界(ネイバーフッド)の各地へ諜報員として派遣されているのだから、本国に残っているのはよほど優秀で国の守りを託されている超エリートか潜入工作等隠密行動には向いていないのかのどちらかだろう。

どうやらこのふたりは後者のようであった。

いや、トリガー使いとしては優秀でも軍人としてはダメダメで、そのおかげで迅は欲しい情報をいとも簡単に手に入れることができた。

機密事項に関しては口が堅いものの、軍部や政庁の噂話はペラペラと話してくれたのだ。

彼らの上官である軍総司令官はイゴール・ベネシュと宰相のアロイス・ベームは幼年学校時代からの同級生であり無二の親友で、ふたりが現役だった約30年前まではエクトスの守護者としてそれぞれ(ブラック)トリガーを持って戦っていた伝説のトリガー使いだったそうである。

しかしアロイスがヌンツィオから宰相を任されたことで、ふたりは別の道を進むことになる。

アロイスの宰相任命の2年後、軍総司令官の前任者が死亡したことでイゴールがその座を継ぎ、権力においてアロイスが№2でイゴールが№3という形になって今に至るのだった。

原則として国王の命令はアロイスに下され、その内容が軍事関係のものであればイゴールに伝えられる。

これがイゴールにとってはストレスになっていたらしい。

同僚であった頃はどちらが上とか下とかなかったのだが、アロイスが宰相となったことでイゴールは彼のことを上官として接しなければならなくなったからだ。

アロイスは特に気にしておらず親友のつもりでいた。

もし彼らが逆の立場であったならまた違ったかもしれないのだが、現実にはイゴールはアロイスに対してコンプレックスを持つようになってしまっていた。

ただしイゴールも大人であるから心の内を表に出すようなことはなかった。

だから軍部と政庁の関係は上手くいっているように見えるものの、()()()()()不協和音が生じていると兵士たちには感じられていたという。

特に古株の兵士たちは22-3年くらい前から意見が分かれることが増えたと言っていたそうだ。

 

 

続いて政庁の中をふらふらと歩いていると外務省事務次官のオレクと出会った。

こちらは顔見知りだというだけでなくツグミのことをとても気に入っている様子なので、迅に対してもフレンドリーな態度であった。

しかし兵士たちのように軽々しく内部の情報を教えてくれるはずがなく、どうしようかと考えているとオレクの方から玄界(ミデン)の情報を知ろうとして探りを入れてきた。

といってもボーダーの組織や使用している武器(トリガー)などの機密事項ではなく、人々がどのような暮らしをしているのか、政治はどのようなシステムなのかといった話をしても問題のないことばかりで、迅は自分が知っている範囲でオレクの質問に答えてやる。

するとそのうちに迅のことを信用したらしく、オレクは仕事の愚痴を聞いてもらいたいと言って話し出した。

彼は外務省で働くようになって今年で28年になるたたき上げの職員だそうで、アロイスが宰相となる前から政庁で働いているそうだ。

自分の直属の上司である外務大臣よりもアロイスのことを尊敬しており、仕事も大変ではあるが好きでやっているとのこと。

しかしここ10年くらいは仕事にやりがいを感じられなくなっていたと言う。

彼は外務省の人間だから他国との友好的な交流を望んでおり、それが隊商国家エクトスとしての本質であり、同時に祖国繁栄への近道だと考えている。

その上で軍人が各国に派遣されて情報収集を行い、その国で必要とされるものを提供するというやり方は正しいと信じていた。

したがって政府と軍部の関係は対立するものではなく協調して国を繁栄させていくものだと考えていたのだが、上層部の人間は互いにいがみ合うようになっていったらしい。

特に政府の人間は自分たちが国の方針を決め、その中で軍を動かすことが必要であれば命令をするということで軍部よりも()()のだと思い込み、軍人たちを上から目線で見るようになる。

逆に軍部の人間は自分たちが現場で働くからこそ国が成り立っているのであり、自分たちがいなくなれば政府の人間なんて何もできない頭でっかちなヤツラだと蔑む。

そうなるとそれぞれの中堅から下の人間にもその影響が出てくるわけで、若い連中の中にも自分の方が偉いのだという風潮が広まっていき、その結果それぞれが足並みを揃えるどころか対立してしまっているのだそうだ。

もっとも現在は「神」問題でそれどころではないはずなのだが、軍部の人間は「神」問題をギリギリまで放っておいた政府が悪いのだと非難し、政府の人間は「神」となるべき人間を探して連れて来ることのできない軍部は能無しだと卑しめる。

双方とも表向きは平静を装っているが、内心ではエクトスの状況について原因は相手にあると考えている。

ツグミたちの出迎えにも政府代表として外務省事務次官のオレクと王都警護第1師団副師団長のイリジーというふたりが選ばれたのも、このふたりが政府と軍部の中でも協調路線を推し進める派閥の中心人物であったからなのだ。

これでは迎えに来るのに時間がかかったのも無理はない。

ただでさえ「神」問題を抱えているというのに国内で対立し合っているなどバカバカしいと思いながらも、迅はオレクの話を1時間ほど聞いてから迎賓館へと帰って行った。

 

 

◆◆◆

 

 

ヌンツィオとの謁見を終えて迎賓館へ戻って来たツグミを迅は出迎え、自分が調査してきた内容をすべて正確に彼女に伝えた。

そしてツグミは自分の得た情報と合わせて考えてみる。

 

「う~ん…目指すものは同じでも組織が違うと対立する構図はどこの世界にもあるのよね…。そして自分の方が上だってマウントを取りたがる。権力を持たないとやりたいことができないってこともあるけど、単にオレの方が偉いんだって自慢したいだけの場合が多いからタチが悪い。国王が最高責任者であり最終的な決断を下すんだから指示系統は国王を頂点としたピラミッド型になる。国王の直下に宰相がいて、宰相がそれぞれの部署の責任者に指示を出す。そのシステムだと軍総司令官は宰相の下になるんだけど、それに対して軍総司令官が不満を持っているというのはマズイわよ。納得できないとしてもルールはルールだもの」

 

ツグミはひとり言のように言い、さらに続けた。

 

「約30年前までは親友同士だったアロイス閣下とイゴール総司令のふたり。その一方が№2に選ばれたとなれば残る一方はモヤモヤした気分だったと思う。でも2年後に軍総司令官という№3になったイゴール総司令はひとまず溜飲を下げたかもしれないけど、国王の命令は宰相経由で下されるとなると自分はアロイス閣下の臣下だと感じてしまうのは無理もない。命令系統がそういう形なだけなのでアロイス閣下は全然気にしていなかったと思うけど、イゴール総司令にとっては屈辱…とまではいかなくても納得しがたいものだったんでしょうね。それが政府と軍部の対立というよりも宰相と軍総司令官の仲が悪化した時期が気にかかるのよね…。22-3年くらい前と10年くらい前に何かがあって、それがふたりの間に確執を生み出したように感じる。それからレグロ・リコフォスの亡命が約24年前で、第一次侵攻が8年前のことで、この2件とタイミングが非常に近いのは偶然じゃないように思えるんです。もしかしたらリコフォスへのテロの黒幕はレグロ閣下ではないかとわたしには思えてきました」

 

「まさかそんなことは…。自分の国に対して刃を向けるのか?」

 

「でもあんな生物テロを行うとは想像もしていなかったとしたら? そして自分を生贄にしようとした家族や国民のことを恨んでいたならやるかもしれませんよ」

 

レグロの亡命の原因は彼が「神」候補となったことなのだから、それを決めた当時の女王やそれに従った弟のサルシドたちを恨んでいてもおかしくはない。

 

「こんなストーリーを考えてみました。『5人の王』の末裔であるレグロ閣下が同じ立場の国、つまりエクトスの王に助けを求めてやって来た。ヌンツィオ陛下にとっては家臣よりも王族のレグロ閣下の方が身近な存在に思えたとしても不思議ではありません。ふたりとも同じような運命を辿ってきた王族の一員なので、同じ悩みや苦しみを抱えていたにちがいないはずですから。それにもしレグロ閣下が麟児さんのように人の心を操る能力を持っているとすればヌンツィオ陛下に取り入るのは簡単だったと思います。まあ経緯はどうであれ王城の一角に立派な屋敷を建ててもらって貴族以上の贅沢をしているということですから、多くを望まなければ死ぬまで悠々自適に暮らしていくことはできるでしょう。しかしレグロ閣下がリコフォスでは得られなかった()()を欲しがっていたとしたら№2であるアロイス閣下を失脚させて自分がその座に就く、という計略をめぐらすのではないでしょうか? そのためにリコフォスにユゥアレェィニィアムがあるという情報を教え、ふたりで(いにしえ)の大量破壊兵器を再現してエクトスが近界(ネイバーフッド)の覇権を握ろうなどとヌンツィオ陛下を誘ったかもしれません」

 

「いや、さすがにそれはないだろ? いくら女王や弟が憎いといっても関係のない国民があれだけ大勢犠牲になっているんだからな」

 

「本人は『箱』と『鍵』の在処を教えただけで、どのように奪うのかはイゴール総司令に一任していた可能性が高いです。まさか生物兵器によるテロだなんて想像もしていなかったのではないでしょうか? それに軍部もこんなに大きな被害を出す予定はなかったんじゃないかとわたしは思います。ちょっとした混乱を起こしてその隙に神殿に潜り込んで…という計画だったはずです。そしてこの計画は極秘に行うべきものなので、宰相のアロイス閣下を経由せずにヌンツィオ陛下がイゴール総司令に直接命令をしたから、アロイス閣下がリコフォスの事件のことをまるっきり知らなかったという説明にもなります」

 

「たしかに…」

 

「そんなことをしているので政府と軍部の関係は悪化していき、悠一さんが調べてくれたような結果になった、と。リコフォスから『箱』と『鍵』を奪うことに成功しただけでは核兵器の再現はできませんが、イゴール総司令の手柄によって相対的にアロイス閣下の株が下がることは明らかで、政府と軍部の関係を元に戻すためということでアロイス閣下を辞めさせてレグロ閣下が宰相の座に就くことになれば、それが彼の目論見で達成できたんですから十分でしょう。核兵器の話はなんだかんだ理由をつけて先延ばしすることもできますからね」

 

核兵器を使って近界(ネイバーフッド)を支配すると言う話はレグロの方便であるとも考えられる。

自分が望んでも得られなかったリコフォスの宰相の座には弟のサルシドが就き、祖国に帰国することもできないのならこのエクトスで宰相になろうと考えてヌンツィオを利用して野望を果たそうとしたと考えるのは妥当なところだ。

ヌンツィオにとっては近界(ネイバーフッド)の支配という夢のような権力が手に入るかもしれないと考え、レグロの「悪魔の囁き」に誘われたことだろう。

なにしろ「神」の寿命が迫っている今、核兵器さえあれば近界(ネイバーフッド)だけでなく玄界(ミデン)を含めて最高の「神」つまりトリオン能力者を手に入れることができるのだから。

 

「まあ、これはすべてわたしの憶測にすぎません。真実は別にあって、そちらの方が深刻な場合もあれば、わたしの取り越し苦労かもしれません。ですが常に最悪の事態を想定して事を進める必要はあります。したがってこんなバカげた話を考えてしまうんです。でも真実を知る必要はあり、場合によっては武力行使をしてでも止めなければならない。テロの実行役であるヴィート隊からはまだ成功の報告はないのでイゴール総司令は焦りが見え始めているはず。ヌンツィオ陛下とレグロ閣下は気が気ではなかったというのにわたしがリコフォスで『箱』と『鍵』の強奪計画が失敗したことを教えたので新たな動きがあるでしょう。事を荒立てたいわけじゃありませんが、これで向こうがどう出るか楽しみではあります。不謹慎な発言ですけどね」

 

普通ならふたつの世界を巻き込んだ核戦争に発展するかもしれない深刻な事態で緊張するものなのだが、キオン、エウクラートン、トロポイの3ヶ国には厳重な警戒態勢が敷かれていてエクトスが核兵器を持つことはありえないのでツグミは楽天的でいられるのだ。

だからこそ()を挑発するようなことをして事態を停滞させず、自ら積極的に介入して問題を解決しようとする。

ツグミ自身は危険と承知はしていても「自分がそうするべきと思ったこと」である以上は誰にも止められない。

この点は修と同じなのだが、ツグミにはこれまで蓄えた知識や経験という()()を持っていて勝てると信じて臨むという点が修とは大きく違っている。

修には積み上げた経験というものがなく、目先のことしか見ていないからやることがすべて危うくて周囲が心配してしまう。

だからツグミは厳しく接し、彼の成長を促したのだった。

修に必要なのは「自分がそうするべきと思ったこと」をなすべき「力」で、総合外交政策局員として経験を積ませることで大局を見る目を持つようになり、彼に相応しい()()()ができるようになった。

トリガーを使う戦いに彼のトリオン能力では限界があるのだから、戦うなら別の手段で立ち向かえばいい。

ランク戦で巧みな戦術を講じたところでそれはボーダーのルールの中での安全なゲームでしかなく、現実世界で生きていくために必要なものを経験によって自分で勝ち得るよう促した。

それはツグミが子供時代に自分自身の無力さを痛感し、日々の経験からボーダーのルールで強くなったところで意味のないことを実感したからだ。

そして修の成長は遊真や千佳の成長にもつながり、彼らが玉狛支部に配属された時の先輩としての役目を果たせたとツグミは信じている。

修たちが彼女のことをどう思っているのかはわからないが、少なくともこれからのボーダーを背負っていく人材としての自信は身に付けたとは感じているはずだ。

 

 

 

 

ツグミと迅が話をしているとてヌンツィオの従僕がやって来てツグミにメッセージを渡した。

そしてその返事を貰いたいと言ってドアのそばで待っている。

 

「それは?」

 

迅の問いにツグミは手紙を読みながら答える。

 

「レグロ閣下がわたしに会ってくれる気になったみたいです。今夜の夕食にわたしを招待してくれるそうですから行こうかと思います」

 

「おまえひとりでか?」

 

「いいえ、これは正式な招待だということですから、配偶者と一緒に行くのが礼儀だと思いますのであなたも一緒に来てください」

 

「わかった」

 

迅もその方が安心ということですぐに答えは出た。

ツグミは従僕に言う。

 

「謹んでご招待をお受けいたします。そしてわたしだけでなく夫の迅悠一も同伴する旨をお伝えください」

 

「かしこまりました」

 

従僕はそう言って部屋を出て行った。

そしてドアが閉まるとツグミはニヤリとした。

 

「さ~て、これで直接対決の第2ラウンドが始まるわよ~。レグロ閣下の情報といえば『神』候補が嫌でリコフォスを逃げ出してエクトスに亡命したということと、祖国の極秘事項を他国の人間に漏らしてしまったことくらいしかないから、会ってみることで新たな情報が得られるはず。向こうもこっちの情報を得たいから危険を承知で会ってくれるというんだから楽しまなきゃね~」

 

嬉しそうなツグミに迅は呆れて言う。

 

「おいおい…そんなお気楽で大丈夫か? それに向こうが危険を承知で会ってくれるって、それはどういう意味だ?」

 

「会食でアルコールを伴うものというのは案外本心を曝け出してしまうことがあるものなんですって。アルコールは理性を失わせ口を滑らかにするものだそうですから。わたしはお酒を飲めないから問題ありませんけどね。夕食ですからお酒を飲みながらの食事となるわけで、過度な飲酒は身を滅ぼしてしまうことにもなります。それを承知の上でのお誘いでしょうから、向こうも本気でいるはず。お互いに腹の探り合いをすることになり楽しい晩餐とはならないでしょうけど、この停滞している状態を打開するきっかけにはなります。だから楽しいものではなくても楽しみたいと思うんです」

 

レグロが会いたいというのはツグミから情報を得るためであり、彼女がどこまで真相に近付いているのかを知りたいからである。

だから彼女もそれを踏まえて会話をすることだろう。

またこうして人生のベテランであり一癖も二癖もありそうな男性との()()にツグミは挑もうとしている。

それを楽しむのだと言い切る彼女の肝っ玉の太さに感服する迅であった。

 

 

 

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