ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

662 / 721
643話

 

 

アロイスには会えなかったものの、ヌンツィオとレグロの「直接対決」の舞台を整えることはできた。

 

(とりあえず目的の半分は達成したことになるし、レグロ閣下も本気で()()気になったのなら答えはひとつしかない。ブランカ夫人が人質になっていることでヌンツィオ陛下に逆らうことができずにいたけど、あの約束が本心からの言葉ならきっと勇気を出してくれる)

 

前夜、ツグミとレグロは互いに協力し合う約束をした。

そして彼は「私は戦うことからもう逃げはしない。母が今の私の姿を見て幻滅しないよう、私は自分で考え、そして相手が誰であっても立ち向かうことにする」と言い、ツグミに助力を求めた。

もちろん彼女はそんなレグロの申し出を快諾している。

このふたりの信頼関係はまだ生まれたばかりのもので、自分の考えた芝居にレグロが上手く合わせてくれるかどうかは五分五分だとツグミは考えていた。

 

(打ち合わせもなしのぶっつけ本番では勝算はかなり低い。これまでの賭けの中でもだいぶ分が悪いのは確かだけど、わたしはあの人がわたしのことを信用してくれていることを信じる。それにテオくんたちも頑張ってくれたんだもの、いざとなれば最終手段に訴えてでも()()()を助ける。そうでないとわたしは安心してエウクラートンの女王になれないんだから!)

 

ヌンツィオの呼び出しの時間まで1時間以上を残してツグミの準備は完了していた。

「人事を尽くして天命を待つ」の心境で、あとは神のみぞ知るというもの。

もっとも近界(ネイバーフッド)の「神」は(マザー)トリガーへの供物のようなものであって、人間の運命を司る存在ではないのだが。

 

(それにしてもゼノン隊長たちは優秀な諜報員だわ。エクトスに到着した翌日から遠征艇の整備をしているように見せかけてエクトスの兵士からさりげなく情報収集をしていて、全然怪しまれずにミッションクリアしてしまうんだから。ひとまず()の命の危険は脱したし、わたしが上手く立ち回ればそれが切り札にもなる。根本的な解決にはならないけど、彼らが理不尽な目に遭うことだけは回避できる。意味のないことではないし、これで次のステップに進むいい口実にもなるんだから『災い転じて福となす』ってことだと思わなきゃ)

 

「根本的な解決」とはもちろん「神」問題である。

定期的に「神」を(マザー)トリガーと融合させなければ(マザー)トリガーの力が衰えてしまい、国土の維持ができなくなってしまうという近界(ネイバーフッド)における無慈悲な「真理」を改める手段を見付けなければ永遠にこの問題は解決しない。

「5人の王」が近界(ネイバーフッド)で国を立ち上げた約1万年前からずっと続いているというのに近界民(ネイバー)たちは()()()()()からとこの問題に触れないようにしてきた気配がある。

数百年に一度のことであれば影響を受けない時期の方が長いのだし、「神」の寿命が迫ってくると日常生活に不便を感じることがあっても()()()解決してくれる、自分には関係ないとスルーしてしまう人間ばかり。

自分や自分に近しい者が「神」という名の生贄に捧げられるというのでなければ無関心で、新しい「神」が(マザー)トリガーを()()()()()てくれるのを黙って待つだけだ。

中にはアフトクラトルのように「神」問題を利用して権力闘争をするというとんでもない国もあるが、ほとんどの国は()()()「神」を選ぶ。

ひとつの国で数十年から数百年に()()()()()()が犠牲になればみんなが幸せに暮らせるというのならそれでいいと考える人間ばかりだからダメなのだとツグミは憤慨しており、彼女なりに試行錯誤していた。

 

(わたしが始めた実験ではまだ時間が経っていないから明確な結果は出ていない。でもエウクラートンかラグナといった農業に力を入れていた国で使()()()()()()()がいるかもしれない。エクトスから帰ったらすぐにエウクラートンへ行こう。例の件の報告もあるけど、もし使()()()()()がいたら譲ってもらって試してみる。それだけの価値はあるはずだものね。だからまずは目先の問題を解決することに専念しよう)

 

ツグミの頭の中にはいくつもの案件がひしめいているものの、並行処理を得意としている彼女には造作もないことだ。

むしろ複数の事象が並行して流れていて、それぞれは独立しているのではなくどれも絡み合っているのだから同時に進めていかなければならないので、こういう時にはその才能が発揮される。

ボーダーによる拉致被害者救出計画がツグミの手を離れ修主導で行われているといっても彼女がまったくのノータッチとなったわけではなくこうして玄界(ミデン)侵攻の張本人であるエクトスとの交渉は彼女が進めることになるし、エクトスが「5人の王」の末裔の国であるのだからエウクラートンの次期女王としては見て見ぬふりはできないだけでなく彼女にしかできないことであるから女王就任までに片付けてしまわなければならない。

それでも彼女ひとりでは不可能なことは多く、彼女の意思を正しく汲んで協力してくれる仲間が欠かせない。

ゼノンたちはそんな彼女の依頼に100パーセント応えてくれる頼もしい()()で、迅はその存在自体が彼女を支えてくれるかけがえのない存在なのだ。

そしてゼノン隊の3人がツグミの満足する結果を出してくれたおかげで大勝負の前に「切り札(ジョーカー)」を手に入れることができた。

彼らの存在はツグミにとっての自信につながり、どんなに巨大で強力な敵であっても負けないという気力にもなる。

 

(ゼノン隊長たちの調査だとヌンツィオ陛下は賢王()()()ということだから、今の姿は『神』の寿命が近付いていることによって追い詰められているから卑怯なことをするんだと思う。それだけこの国と国民のことを大切に思っていて、国民から生贄を出したくないから他所の国のレグロ閣下を利用しようと考えるのは当然かもしれない。でもそれを肯定することはできないし、否定することもできはしない。だって玄界(ミデン)の人間にとっては判断できない…というかわたしたちが決められるものじゃないもの。だけどトリオンという万能ともいえるエネルギーを武器(トリガー)やトリオン兵といった戦争の道具につぎ込んで、『神』の寿命が近付いた時だけ慌てて生贄にする人間を探すだけでその場しのぎの解決策しか考えていない。これは近界民(ネイバー)にとって永遠に繰り返す重大な問題で、1万年という長い時間があったのに『神』問題について解決方法を真剣に考える人がいなかったなんて非難したくもなるわよ)

 

いくら父親が近界民(ネイバー)だといっても玄界(ミデン)で生まれ育ったツグミにとって近界民(ネイバー)近界(ネイバーフッド)問題に触れたのは十数年間前のことで、それも敵性近界民(ネイバー)と戦うトリガー使いとしてであって、そんな彼女に近界(ネイバーフッド)の「神」の存在など知る由もなかった。

ところがいろいろな国の近界民(ネイバー)と交流するようになり、彼らが常に「トリオン不足」と「神」という人間の営みの上で欠かせない存在について問題を抱えていることを知る。

トリオン不足についてはトリオンを節約するために玄界(ミデン)の技術を導入することである程度は解決することがわかり、すでに数ヶ国で実験的に太陽光発電や風力発電などの自然由来のエネルギーシステムを設置している。

しかし「神」については代わりになるものが人間しかないというのだから、「神」の寿命が来たら次に新しい「神」を(マザー)トリガーと融合させる方法しかない。

たしかに数十年から数百年にひとりの人間を犠牲にすれば現状維持ができるとなれば誰かを生贄にする()()で済むのだから、根本的な解決方法を考えようという気にはならないことについて玄界(ミデン)の人間であるツグミには口出しする資格はないのかもしれない。

たぶんアフトクラトルにより大侵攻がなければ「神」の存在すら知らなかったのだから彼女も考えることすらなかっただろう。

しかしアフトクラトルの「神」の問題だというのに玄界(ミデン)の人間である千佳が犠牲になりかけたのだから黙ってはいられない。

近界(ネイバーフッド)近界民(ネイバー)の問題に玄界(ミデン)の人間を巻き込むことをツグミは絶対に許せないのだ。

今後一切近界民(ネイバー)が彼らの問題で玄界(ミデン)の人間を巻き込むようなことにはさせないと、自分と手の届く範囲の家族や友人のことしか考えない彼女ですら近界(ネイバーフッド)近界民(ネイバー)の問題に()()()()関わることとなった。

その流れの中でこのエクトスに関わるいくつもの案件はまさに近界(ネイバーフッド)近界民(ネイバー)の問題を集約したもので、言い換えればエクトスでの問題を解決することは近界(ネイバーフッド)近界民(ネイバー)の問題を解決するということにもつながる。

これまで誰も解決できなかったどころか解決策を模索しようともしなかった近界(ネイバーフッド)における最大の問題に彼女は手をかけている。

非常に高くて誰も越えられないと諦めた高い「壁」を「山」だと考えて、自分で登山道を探し、道がないとわかるとその足で踏み分けて道を作って行き、そして頂上が間もなく見えてくるというところまで登ったツグミ。

あとは彼女が最後まで諦めずに登り切るだけ。

今彼女の目の前には垂直に近い岩壁が迫っていてこれまでになく厳しい状況にあるが、それは彼女にとって試練であり同時に彼女をやる気にさせる原動力ともなるのだ。

 

 

◆◆◆

 

 

ヌンツィオの使者がやって来て、ツグミは()()()()王城にある国王執務室へと向かった。

本来なら迅かゼノン隊の誰かに護衛として付き添ってもらうべきなのだがヌンツィオがそれを拒否したのだ。

これはツグミのそばにボディーガードがいると都合が悪いというヌンツィオの思惑のせいなのだが、彼女にとって不都合は生じない。

むしろツグミの無茶な行為を止める人間がいないということで、彼女は思う存分()()()()()と不安になるどころかやる気満々であった。

 

 

ツグミが執務室に入るとまだレグロは来ていなかったが、彼女の入室から1-2分遅れでレグロは覚悟を決めた表情で部屋の中へと入って来た。

これで役者は揃ったというところだ。

 

「ヌンツィオ陛下、わたしはここで証人として立ち会わせていただきますので、その証拠となる動画を撮影いたします。よろしいですね?」

 

ツグミが訊くと、ヌンツィオは黙って頷いた。

これは事前にOKをもらっていることなので何ら問題はない。

そして彼女は自前のタブレットを起動して動画撮影モードに設定し、ヌンツィオとレグロのふたりのやりとりとそれぞれの表情が写る位置に移動した。

 

「始めてください」

 

ツグミの一声で三人三様の思惑が交差する「芝居」は始まった。

まずはヌンツィオとレグロの一騎打ちのシーンである。

自信満々の権力者役のヌンツィオが言う。

 

「レグロ、ツグミから聞いたのだがリコフォスから帰国の打診があったようだな?」

 

「…はい」

 

「しかし帰国したくないとツグミに返事をしたそうだが、なぜだ?」

 

「私は…この国に亡命して24年になります。人生の約半分をこの国で生きてきたのですから、いまさら戻ろうという気にはなれないのです」

 

「しかしリコフォスには家族がいるのだろ? その家族がそちに帰って来てもらいたいというのだから、過去の因縁はなかったことにしても良いということではないのか?」

 

「そうかもしれませんが、このエクトスにはもっと大切な…」

 

レグロはそう言いかけてちらりとツグミの方に視線を送る。

するとツグミはゆっくりと1回まばたきをし、それを確認したレグロは続けた。

 

「…いえ、何でもありません。ただ私はこの国に恩があり、この国で一生を終える覚悟でいました。それなのに陛下は私にリコフォスへと帰れとおっしゃるのでしょうか?」

 

「もちろんだ。余はそちがリコフォスの王族であることで親戚…いや家族のように遇してきたつもりだ。だからそちがこの国や国民のことを大切に思ってくれているのは非常に嬉しい。しかしそちも知っているようにこの国は『神』の寿命が間近に迫っており、そちのワガママに付き合ってはいられないのだ」

 

「申し訳ございません」

 

「よって余はそちに命じる。この場で帰国するかどうか決めよ」

 

ヌンツィオは自ら「帰れ」とは言わず、判断はレグロの意思に任せるという態度だ。

レグロはその言葉を待っていたとばかりにおもむろに答えた。

 

「わかりました。それでは帰国させていただきます」

 

ここで「残る」とか「帰らない」という答えがレグロの口から出ると確信していたヌンツィオは想定外の展開に表情を強張らせた。

 

「帰国する…だと?」

 

やっとそれだけ言うことができたヌンツィオにレグロは続けた。

 

「はい。これまでずっと迷っていたのですが、陛下のお言葉で目が覚めました。私には大切な家族がいるのですから、自分のことよりもその愛する家族のために決心をしたのです」

 

「し、しかしそちの家族はリコフォスだけでなくこのエクトスにもおるではないか!」

 

明らかに動揺しているヌンツィオに対してレグロは冷静に応対する。

 

「さて…それはどなたのことでしょうか? 仮にいたとしても私はリコフォスに帰ることに決めました。そうとなればさっそく帰国の支度をしなければなりません」

 

そう言ってから撮影を続けているツグミの方に身体を向けて言う。

 

「ツグミ、申し訳ないが私をリコフォスまで連れて行ってもらえないか?」

 

「はい、もちろんですとも。サルシド閣下から依頼されていたことですので、リコフォスまで無事にお送りいたします」

 

ツグミとレグロがにこやかに話をしている脇でヌンツィオは顔を真っ赤にして激しく怒り叫んだ。

 

「レグロ、貴様はブランカがどうなってもかまわぬと言うのか!?」

 

するとレグロはあえてヌンツィオを怒らせるかのように平然と答える。

 

「はい」

 

「……」

 

「お忘れですか? 私は24年前にリコフォスの『神』になることを拒否してこの国に亡命してきたのだということを。所詮私はそういう人間なのですよ。私はこの国に未練はありません。だから誰が次の『神』になるとしても一向にかまいません」

 

ヌンツィオはレグロが自分の思いどおりにならないとわかるとツグミに助けを求めるかのように訴えた。

 

「ツグミ、そちも何か言ってくれ! レグロが ──」

 

「素直に帰国するとおっしゃるのですから良かったですね。これで陛下は自国の『神』問題に専念できるようになるでしょう」

 

ヌンツィオの言葉を最後まで聞かずにツグミは笑顔で答える。

 

「…!」

 

ここでようやくヌンツィオはこれがツグミとレグロに()()()()のだということに気が付いたようだ。

 

「貴様ら…初めから余を騙すつもりでいたのか?」

 

「陛下を騙す? とんでもございません」

 

ツグミはそう言ってから続けた。

 

「わたしはサルシド閣下からの依頼でレグロ閣下を連れ帰るつもりでいましたが、本人がハッキリとした返事をしてくださらないことを陛下にお伝えし、陛下からレグロ閣下に決心を促していただくようお願いしただけですよ。わたしにとって答えはどちらでもかまわないのですが、こうしてレグロ閣下が帰国するとおっしゃるのですから、わたしはその意思に従うだけです」

 

あくまでもツグミはレグロが「神」候補であるとかブランカという夫人がいるといった情報は知らないことになっている。

ヌンツィオもその前提で話をしていたのだが、本当はツグミがすべて知っている状態で打った芝居であったために上手く誘導されてしまったのだった。

こうなったら実力行使しかないと、ヌンツィオは隣の部屋で待機していた兵士を呼び寄せた。

 

「この曲者どもを捕まえろ!」

 

4人のトリガー使いがヌンツィオの命令でツグミとレグロに(ブレード)タイプの武器(トリガー)を向ける。

これは想定内のことなのでツグミはまったく慌てない。

むしろ一番可能性が高いと考えていたものだから、当たり前の反応過ぎて失笑してしまうほどだ。

ツグミはレグロを守るかのように彼の前に出て、ふたりで少しずつ窓際の方へ移動する。

それは出入り口のある廊下側の反対の位置なので一見して逃げ場のない場所へ追い詰められているように思えたが、ツグミはそこで「壁抜けトリガー」を起動した。

これはガロプラのガトリン隊と協力関係を結んだ時に彼らが使用したトンネルトリガーの技術を譲渡してもらい、それをボーダーの技術者(エンジニア)が非戦闘員の使用する護身用トリガーに移植したものである。

起動すると人が通れるほどの丸い穴が開き、レグロと一緒にそこから外へ出ると追手が来ないようにと急いで穴を閉じる。

そして外で待機していたリヌスが「カテーナ」を起動して、窓を開けて追って来るエクトスのトリガー使いのトリガーを無効化してしまう。

「カテーナ」は以前にツグミを拉致しようとした時にリヌスが使用したもので、使用者の半径約30メートルの範囲内の()()()()トリガーを使用不可とするだけでなく換装を解いてしまうという(ブラック)トリガーの能力はここでも発揮されたのだった。

 

ツグミとレグロの後を追いかけて来たリヌスにツグミは言う。

 

「ありがとうございました、リヌスさん。おかげで計画どおりに進んでいます。あとは仕上げだけです。そちらの準備はどうですか?」

 

「完璧ですよ。念のために()()()()()には遠征艇で待機してもらっています。イリジー団長が部下と一緒に軍の駐艇場の出入り口を警備していますけど、彼らとの話もついていてこちらの味方ですから。それとイゴール総司令とオレク事務次官にも事情を説明したところ同席してくれるということで、今頃はゼノン隊長が遠征艇へと案内してくれているはずです」

 

自信満々の表情でリヌスが言うものだから、ツグミもつい顔が緩んでしまう。

 

「さすがですね。このお礼は三門市に戻ってからしますので、もう少し頑張ってください」

 

「ええ、楽しみにしていますよ」

 

そしてツグミとレグロとリヌスの3人は最終決戦の地となる軍の駐艇場にたどり着いた。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。