ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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644話

 

 

ツグミたちが遠征艇に戻るとミーティングルームにはこの「舞台」におけるヌンツィオ以外の()()が揃っていた。

アロイス、イゴール、イリジー、オレク、そしてブランカの5人はゼノンから事情をすべて聞かされていて、ツグミと共に戦う決心をしている。

そしてツグミもゼノンから大まかではあるがこの5人がどのような状況に置かれていたのかを知ることができ、ヌンツィオとの()()の準備が整った。

すると間もなくヌンツィオと追手のトリガー使いが駐艇場までやって来て、さらに十数人のトリガー使いが新たに招集されてボーダーの遠征艇を取り囲んだ。

まだこの時点でヌンツィオは自分の敵はボーダーの遠征部隊メンバーとレグロだけだと思い込んでいるだろう。

真実を知った時のヌンツィオの激昂ぶりを想像するとツグミは笑いが込み上げてくるが、油断はまだできないと気を引き締めた。

遠征艇に籠城する必要はないのでツグミはひとりでヌンツィオのいる地上に降り、挑発するような言い方で呼びかけた。

 

「国王陛下御自らわたしたちのお見送りのためにお越しとは誠に光栄に存じます」

 

そう言ってからオーバーな身振りでお辞儀(カテーシー)をする。

 

「ふ、ふざけるな! 余を愚弄しおって、このままで済まされると思うな!」

 

ヌンツィオはバカにされていると感じて激昂し、冷静さを失っていく。

これではツグミの思うつぼである。

 

「お言葉ですが、わたしは陛下を愚弄などしてはおりません。陛下がレグロ閣下に対して帰国を促しているような態度でいながら、いざ閣下が帰ると言うと突然顔を真っ赤にしてお怒りになったのはどういうことでしょうか? おまけにわたしたちを捕えようとするものですから、わたしは自分と閣下の身の安全を確保するためにあの場を脱したのです。こちらに落ち度はございません」

 

「ぐぬぬ…」

 

ツグミの言っていることは事実であり、ヌンツィオが自分の思惑とまったく違う展開になったことで憤っているだけなのだ。

だから反論もできずに歯ぎしりをするしかない。

 

「ですがレグロ閣下の亡命はヌンツィオ陛下がお認めになったことですから、勝手に帰国するというわけにもまいりません。ですからここは陛下に納得していただき、後顧の憂いのないようにしたいと思っております。いかがでしょうか?」

 

「ふん。余を納得させられると言うのか?」

 

「もちろんですとも。それに陛下の言動に関して疑問や疑念を抱いている方もいらっしゃいますので、この場においてハッキリさせることは必要です」

 

「余の言動に関して疑問や疑念を抱いている者がいるだと? そのような輩は余の臣ではない!」

 

ヌンツィオは声を荒げるが、それこそがツグミの狙いである。

彼女とヌンツィオのやり取りはすべて遠征艇内のミーティングルームにいるレグロたちが全員でモニター越しに見ていて、アロイスたちエクトスの人間にとって敬愛する国王が無様な姿を見せていることで幻滅していた。

残り少ない髪を振り乱して顔を真っ赤にして叫んでいる小太りの老人となれば見た目は最悪で、事情を知っているアロイスたちから見ればやっていることも情けないものだからがっかりするのは無理もない。

おまけにヌンツィオの最近の言動に不信感を抱いてしまったアロイスにとってはヌンツィオの()()()は許しがたいもので、これまで信じて仕えてきた者にとって「余の臣ではない」という言葉はショックでもある。

 

「陛下、そのようなお言葉はこれまで祖国と陛下のために尽力してきた臣下の方々を失望させてしまいます」

 

「そんなこと知るか! それにここにいるのは貴様たち玄界(ミデン)の人間と余所者のレグロだけだろ。余の敵しかおらぬわ」

 

何も知らないヌンツィオはますます()()と化していった。

そんな彼に対してツグミは呆れ顔で言う。

 

「そんなことを言ってよろしいのですか? 状況判断ができていない状態で軽はずみなことをおっしゃるものではありませんよ」

 

「黙れ! とにかく貴様たちには用はない。レグロを置いてとっととこの国を出て行け。さもなければ…」

 

「一戦交えようと? それは賢い策ではありませんね。こちらは戦闘の意思はないのにそちらのトリガー使いが一方的に攻撃を仕掛けてきたらこちらも身を守るために武器(トリガー)を使わざるをえません。このやり取りも動画で記録しておりますので、いざという時には同盟国の元首や指導者に見ていただいてどちらの言い分が正しいか判断していただくことになります。したがって最悪の場合は貴国に対し同盟国による軍事行動が決議されることもありうるのです」

 

「……」

 

「それにこれ以上の醜態を見せるのはいかがかと思います。ここはきっちりと冷静に話し合いで解決しましょう。わたしは貴国と戦争をしたいのではなく、レグロ閣下をリコフォスで待つ家族の元へ送り届けたいだけなんです。いくら陛下がエクトスの国民のことを考えて判断をしたのだとしても、リコフォスの王族を『神』にするなんてとんでもありません。いえ、王族でなくとも無関係な国の民を犠牲にするという勝手な行為は絶対に許せません」

 

「ほう…すべてはレグロから話を聞いた上でのことか。ああ、そうだ。エクトスの民を犠牲にすることなくこの国の(マザー)トリガーの力をよみがえらせることが余の義務だからな。そのためなら他人からどのようなそしりを受けようとも一向にかまわん」

 

ヌンツィオの命令がリコフォス国民大量殺戮の原因になったことは事実である。

正確に言えば殺戮を命じたのではなく、任務遂行のためならどのような手段を講じてもかまわないというもので、それがイゴールにとって絶対命令であって生物テロを行っただけだから間接的に指示したということになる。

自国のためなら他の国の人間の命などどうでも良いという考えをツグミは認めない。

自分の幸福を追求するのは当然の権利であり彼女自身もそのために行動しているが、他人の犠牲は仕方がないと言ってその行為を肯定しないのはそれを認めてしまうから戦争が起きるのだという持論があるからだ。

自分が豊かな暮らしをするために不足しているものがあれば他人から奪えばいいと考える者がいて、自分のものを奪われたくないから守るために戦わざるをえない者が生まれて争いとなる。

それが個人同士であれば些細なもので済むのだが国同士の戦いとなるとそれが戦争と呼ばれるものになる。

リコフォスにおける生物テロはエクトスが一方的に仕掛けた戦争であり、それだけでも重大な犯罪だというのにそれが失敗したからとレグロを生贄にすることを「当然」だと言い切るヌンツィオにひと泡吹かせたい。

ツグミはそう考えてこの一歩間違えれば国際問題に発展しそうな騒動を起こしたのだ。

 

「ご立派なお考えですが、仮にレグロ閣下を『神』とした場合にはリコフォスとの戦争になるのですよ。それでも正しいとおっしゃるのですか? それに国民のためという大義名分を掲げても卑怯なやり方では国民が納得できません。現にそれでここには陛下にお目通りしたいという人たちが集まっているんです」

 

「ここにいると申すのか。ならば会ってやろう」

 

「ではここへ来ていただきます。みなさん、陛下から謁見のお許しが出ましたのでどうぞお越しください」

 

ツグミが遠征艇の中にいるレグロたちに声をかけるとすぐにレグロ、アロイス、イゴール、イリジー、オレク、そしてブランカの6人がぞろぞろとタラップを降りてヌンツィオの前に並んだ。

レグロがいるということはわかっていたのだが、他の5人については想定外だったようで驚いている。

特にアロイスとブランカが自分を睨みつけているものだから、ヌンツィオはすべてを悟って観念したようであった。

ヌンツィオは懺悔をするようにこれまでの自分の言動について告白を始めた。

 

 

事の始まりは24年前にレグロがエクトスへやって来たことであった。

彼の亡命理由が「神」にされそうになっているというもので、当時のヌンツィオは純粋に「5人の王」の末裔同士なのだから助けてやろうという気持ちから亡命を快く認めた。

その証拠に彼の屋敷を王城の敷地の一角に建ててやり、王族並の快適な暮らしを提供してやった。

ただしその時にはまだレグロを「神」とする考えは一切なかったとヌンツィオは断言している。

たしかに「神」の寿命が近付いていたことは承知していたものの、まだ時間はたっぷりとあってどうにかなると悠長に考えていたようだ。

しかし10年前くらいになるとさすがに本気にならないとマズいと思うようになり、それが玄界(ミデン)への大侵攻のきっかけとなった。

同時に「神」候補が見付からなかった時のためレグロを「スペア」とすることも考え、ヌンツィオは自分の娘のブランカをレグロと結婚させることにした。

この時にヌンツィオはブランカのことを某貴族の娘だと偽っており、彼女も気乗りはしなかったものの父親の命令で結婚をしたのだが一緒に暮らしていくうちにレグロと愛を育むようになっていた。

だからヌンツィオがレグロを「神」にするために自分を利用したのだと知ったブランカは夫であるレグロを助けるために父親に反旗を翻したのだ。

そこでレグロに真実を知られるとマズいものだからヌンツィオは彼女を拘束してイゴールの屋敷に監禁していた。

もちろんヌンツィオは彼女をレグロの代わりに「神」にする気はなく、レグロを引き留めるために嘘をついていただけである。

イゴールはヌンツィオの命令でブランカを()()させているという認識しかなく、その背後にさまざまな思惑がうごめいているとはまったく知らずにいたそうだ。

アロイスはツグミの話を聞いて宰相である自分の知らないところで何かが起きていると気付き、ヌンツィオに直接話を聞こうとして王城へ乗り込んだところ、そこで護衛兵に拘束されてブランカと同じくイゴールの屋敷に監禁された。

こちらはアロイスがヌンツィオに対して謀反の噂があるという理由であり、イゴールは軍総司令の任務でアロイスを監視しているという認識だったという。

イゴールも最近のヌンツィオの行動に疑問を抱いていて、それがとうとうアロイスの謀反というありえない理由によって彼のヌンツィオに対する疑惑は頂点に達した。

そもそもイゴールとアロイスは親友であり、アロイスが宰相になったことでイゴールが彼に対して嫉妬心を芽生えさせたためにふたりの仲に亀裂が生じたのだった。

さらにイゴールが軍司令官になると今度は従来の命令系統を無視してヌンツィオがアロイスを経由せずにイゴールに命令をするものだから、今度はアロイスがイゴールに対してライバル心を燃やすことになる。

もっともアロイスはイゴールを敵視していたのではなく、自分の立場が蔑ろにされているのはヌンツィオの自分への信頼が足りないからだと考えていた。

そこでより一層熱心に仕事をするという良い結果を生んでいた。

だからアロイスはイゴールと違って相手のことを嫌ってはいなかったのだが、イゴールが一方的に彼を拒否していたので和解するきっかけさえ掴めずにいたようだ。

イゴールはヌンツィオの命令がアロイス経由ではなく直接下されることで軍総司令官でありながら宰相と同格に扱われていると考え、ヌンツィオからの命令が増えればそれだけ国王からの信頼が篤いと自惚れるようになる。

しかし実際のところは政治上明るみにしたくないようなダークな仕事をアロイス経由にはできないので直接イゴールに命じていただけで、ヌンツィオが彼のことを重用していたのではなかったというのが真相である。

したがってアロイスの知らないところでさまざまな()()が進んでいて、ツグミからリコフォスでの事件の話を聞いたことでヌンツィオ本人に真偽を問い質そうとして囚われの身となってしまった。

この件に関してイゴールは「アロイスが謀反を企んでいるので厳重に監視しろ」と命じられていてそれに素直に従ったフリをして、実際にはアロイスと直接話をする機会を得たことでお互いに和解することができ、同時にアロイスとブランカを保護していたのだった。

つまりイゴールもヌンツィオを盲目的に信じていたのではなく多少は疑惑の念を抱いていて、アロイスの謀反というありえない事件をきっかけとして真実を知ろうとしたということなのだ。

こうしてヌンツィオの周囲の人間が彼の言動に疑念や不安を抱くようになり、一同に会したところでお互いの情報交換をした結果ヌンツィオの弾劾に至ったのだった。

逃げ場のないヌンツィオは正直にすべてを告白し、許しを得るために深々と頭を下げた。

その様子はヌンツィオという人間が元々卑怯で悪党であったのではなく、「神」の交代のために()()()()()いろいろ考えた結果であったということがわかりツグミは安堵した。

 

(生まれつきの悪人ではなく善良な人間が追い詰められて前後の見境もなく悪事に手を染めたってカンジだもの、この人だって好きでこんな卑怯なマネをしたんじゃない。それにアロイス閣下たちの話だと敬愛する存在だとみんな慕っているようだから、『神』問題さえ解決すれば元のような主従関係に戻れるはず。でもそのためには大きな壁が立ち塞がっている。近界民(ネイバー)近界(ネイバーフッド)において『神』は絶対的な存在。『神』なしには生物どころか人が踏みしめる大地すら存在ができない世界において『神』になる人が可哀想だからなんて感情論を持ち込んでしまえば永遠に解決するものじゃない)

 

ヌンツィオがレグロやアロイスたちに謝罪をしたことでひとまず彼らの気持ちは収まったものの、根本的な解決策はまだ見えていない。

いや、「神」問題が解決しなければレグロは助かっても他の誰かが犠牲になるのは明らかだ。

 

(まだ万全の態勢じゃないけど試してみる価値はあるかもしれない。史上初のことだからみんな尻込みするだろうけど、いずれはどこかの国にお願いして試す計画だったんだから、それが少し早まっただけのこと。それにこれが成功すれば近界(ネイバーフッド)全体にとって大革命となるはず。ここはヌンツィオ陛下を少し()()()計画の前倒しをしてみよう)

 

 

◆◆◆

 

 

ツグミはヌンツィオに対してひとつ提案をし、それを彼が国王としてその条件をのんだことで「神」問題を少しだけ先延ばしすることになった。

そしてレグロはボーダーの力を頼ってリコフォスへ帰国することとなり、ブランカは夫と行動を共にすることに決めた。

一度三門市に戻って遠征艇の整備やトリオン補給を行い、それからリコフォスへレグロ夫妻を送り届けることになるのだが、その時にサルシドに「5人の王」の末裔の国の王族が一致団結して()()()()()()ことを提案する予定だ。

さらに残るキオン、エウクラートン、トロポイへも行って同様に働きかけ、エクトスでの実験結果の如何に関わらずヌンツィオの蛮行を許してもらうつもりでいる。

彼女の計画は成功すればすべての近界民(ネイバー)にとって大きな利益となるものだから、サルシドにはエクトスによる生物テロの賠償を減免してくれるよう頼めば認めてくれるだろうと考えている。

もっともこれはリコフォスとエクトスという2ヶ国間の問題であり、ツグミは提案をするだけでそれ以上介入する資格はない。

そちらはレグロに間に入ってもらって交渉を行ってもらうことになるだろう。

 

とにかくこれでツグミたちの帰国の目処は立ったことになり、レグロの帰国準備のこともあって2日後の朝にエクトスを発つことになった。

その間にツグミはエクトスで生産された小麦、ジャガイモ、ニンジンなどの穀物や野菜、キノコと山菜を数種類、そして飲料水を採集してこれまで訪問した国同様に成分分析を行うサンプルとした。

そしてヌンツィオとアロイスとイゴールの3人にボーダーが主宰している「玄界(ミデン)近界(ネイバーフッド)平和同盟」の意義を説明し、可能であれば加盟することを前提として話し合いを進めてほしいと依頼をした。

そんなことをしている間に時間は瞬く間に過ぎ、エクトス最後の夜を迎えていた。

最終日ということでヌンツィオ主催の晩餐会が開かれ、その宴はボーダー遠征部隊メンバーとエクトスを去るレグロとブランカの送別会としての意味も含まれている。

だからアロイスとイゴールはもちろんのこと()()()()に巻き込まれたメンバー全員が出席していて、ヌンツィオのお詫びを兼ねた宴席ともなっていた。

ツグミの訪問によってレグロが「神」にされずに済んだことだけでなくアロイスとイゴールが再び親友としてエクトスのために共に歩むことができるようになったことは当初の予定にはなかったことだ。

しかしこれで不幸になる者が減り、ツグミの進めている計画も新たな一歩を踏み出すこととなったので120パーセントの成功だと言えよう。

そしてエクトスを再訪した時にはエウクラートンの王族としてヌンツィオと会うことになるのだ。

 

 

◆◆◆

 

 

エクトスの力の衰えた太陽が地平線の向こう側から昇りつつある早朝、ツグミたちはエクトスを出発した。

約130時間と短い滞在ではあったが収穫は大きいものがあった。

城戸たちに良い報告ができることが嬉しくて、ツグミには復路の5日間が非常に長いと思っていたのだが、その間にもやるべきことがたくさんあったのであっという間に三門市に到着したのだった。

三門市は5月20日で、早朝とはいっても玄界(ミデン)の太陽は力強く照りながら地上のあらゆる生物にその恵みを注いでいた。

当然のように存在する太陽だが、近界(ネイバーフッド)を旅して帰国するたびに彼女は太陽のありがたさを胸に刻み込む。

 

「ひとまず城戸司令にはメールで帰国の報告をしておきます。わたしたちは寮へ行ってひと休みし、午後一で本部基地へ行って帰国の報告とレグロ閣下の紹介をしたいと思います。それでよろしいですね?」

 

ツグミがそう訊くと、その場にいた全員が納得だという顔で頷いた。

 

 

 

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