ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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646話

 

 

「私はボーダーの最高責任者としてボーダーと玄界(ミデン)()()のために働くという義務を負っている。しかし働くといっても実際にはおまえたちのような若者を近界(ネイバーフッド)へ送り出して()()を待っているだけだ。この手で何かをするというのではなく、この部屋の椅子を温めているだけ。責任者なのだから何かあった場合に責任を負えばいいという役職なのだからと言われたらそれまでだがな」

 

「……」

 

「亡き朋友との約束を守るためとはいえこんな場所で待つだけの日々はとても退屈だ。…ずっと昔、まだおまえの父親の織羽が存命であった頃、私には思い描く未来があった。ボーダーは近界(ネイバーフッド)玄界(ミデン)を繋ぐ(ゲート)門番(ゲートキーパー)の役目を負い、友好的な者にはふたつの世界を自由に行き来することを許し、敵対する者には武力を行使してでも平和な世界を守るというものだ。リーダーは最上。彼は我々の中で最も理知的で冷静に物事を判断することができ、誰に対しても公平で紳士的だったからな。近界民(ネイバー)との交流の窓口は織羽が適任だ。近界(ネイバーフッド)のことを誰よりも良く知っていて、お互いの持つ技術や知識を交換することでどちらの世界も暮らしやすくなると常に言っていた。今のおまえのようにな。有吾はその腕っぷしがボーダーで一番だったから忍田や林藤の師匠となって武器(トリガー)の使い方を指南した。おかげで敵性近界民(ネイバー)の脅威から三門市民を守ることができた。それぞれがその長所を活かしてボーダーを運営していったのだが私にはこれといって誇れるものは何も持っていなかったからそれが負い目となっていた。最上に言わせれば私は自分でも気付いていない長所があって、ボーダーにはそれが絶対に欠かせないものなのだから劣等感を抱くことはないということだったが、未だにその長所が何なのかはわからない。ただボーダーという組織は私を必要としてくれていたようだ。だから私は今ここにいる」

 

「はい。城戸司令がいたからこそ今もボーダーは存在し続けているのは事実。そして自分のことは案外気付かないものですよ。特に良い部分は悪い部分よりも()()()()()ものだから、他人でも本当に心を許せる親しい人にしかわからない。最上さんが長所と言っていたものはきっとあなたが誰よりも優しくて、自己犠牲を厭わない強い意思の持ち主だってことだと思います」

 

ツグミがそう言うと照れ隠しのためかすっと立ち上がって窓辺へと歩いて行き、彼女に背中を見せながら言う。

 

「おまえには私がそう見えるのか…。まあ、いい。とにかく私は三門市を離れることができず、おまえたち実動部隊からの報告によってのみ知ることができる状態だ。おまえが近界(ネイバーフッド)でどのような景色を見て、近界民(ネイバー)とどのような交流をしてきたのかという()()を私はおまえの口から報告という形で受けているがすべてがわかるわけではない。だから私はおまえのことを信じ、おまえがそうあるべきだと言うのであればそれが正しいのだと判断する」

 

「それって、つまり…」

 

「好きにしろということだ。そして私はボーダー総司令官の名において全面的におまえの希望を可能な限り叶えてやろう。それがおまえの個人的な願いであったとしても、それがボーダーと玄界(ミデン)近界(ネイバーフッド)のためになることだと私は理解している。たとえ実験の効果がなかったとしてもプラスマイナスで言えばゼロとなるだけで、また時間をかけて準備をした上でもう一度実験をするか、もしくは別の方法を考えるかすればいいだけのことだ。もちろんそれほど時間に猶予がないということはわかっている。しかし急がば回れという言葉もある。それに近界(ネイバーフッド)(ことわり)を変えようとする人間が現れたということは近界(ネイバーフッド)1万年の歴史の中で変革の時が来たからに違いない。きっと上手くいく。私はそう信じている」

 

そう言って振り向いた城戸の顔はツグミの知っている()()()()()()の笑顔になっていた。

ツグミもその笑顔に応えようと満面の笑みで答える。

 

「ありがとうございます」

 

「礼はいい。それよりももう一度おまえの仮説と実験内容について詳しく説明してくれないか? 頭の中を整理したい」

 

「はい、もちろんかまいませんよ。少し長くなりますがよろしいでしょうか?」

 

「ああ、頼む」

 

「ではお茶でも淹れてからにしましょう」

 

ツグミは時計で時間を確認するとお茶を淹れる。

そしてふたり分のお茶を応接セットへと運び、そこで城戸と向かい合わせに腰掛けると話を始めた。

 

 

 

 

「そもそも近界民(ネイバー)の歴史は古代の玄界(ミデン)で超文明を築いた国の一族が近界(ネイバーフッド)と呼ばれる異世界へたどり着いたことから始まりました。エウクラートンで保管されていた近界民(ネイバー)の歴史文書と『5人の王』と呼ばれる近界民(ネイバー)の始まりの5ヶ国の王族に伝わる物語ではそうなっています。また近界民(ネイバー)とわたしたち玄界(ミデン)の人間の遺伝子を比べてみたところ99.999999999パーセント(イレブン・ナイン)というレベルで同じだということですから、科学的にも証明されたと言っていいでしょう。近界民(ネイバー)の始祖となった一族の国は『マニュス』と呼ばれる島国で、人口は当時で1000万人を超える世界でも類を見ないほど栄華な文明を誇ったとされています。その国がどこにあったのかまでは不明ですが、わたしにはおよそ見当がついています」

 

そう言うとツグミはお茶をひと口飲んでから続けた。

 

「マニュスの民はトリオンの存在を()()()()知っており、それを抽出して利用する方法を持っていたので他国にはない独自の文明を築き上げたましたが、同族以外の人間にこの情報が洩れることを恐れて他国との交流は一切なかったそうです。だからなのか玄界(ミデン)の国にはトリオンの概念すらなかったのではないかと思われます。しかしマニュスは巨大な地震と津波、さらに火山の噴火によって国土の半分が失われ、同時に人口は5分の1にまで減少してしまうという大惨事に見舞われました。首都とその周辺という人口が多く集まっていた地域が水没してしまったためで200万人弱の国民は途方に暮れてしまったのですが、そこで5人の兄弟が立ち上がり混乱していた国を平定しました。その兄弟というのが後の『5人の王』で、彼らは人口減によるトリオン不足を補うために別のものからエネルギーを得る研究を始めました。そこで発見したのがウランです。元々科学技術分野で進歩してきた国の人間ですからウランに核分裂を起こさせることで膨大なエネルギーを取り出すこともそう難しいことではなかったのでしょう。ただしウランはマニュスでは埋蔵量がごく少量であったため、その価値を知らないメスキナという国へ赴いて採掘することにしたのですが、そのためには相手を懐柔するか制圧するかのどちらかを選ばなければならず懐柔することを選びました。当時まだマニュスの民は争いを好まない温厚な人種であったからでしょう」

 

城戸はツグミの説明を黙って聞いている。

 

「当時から(ゴールド)は価値のあるものでしたから、マニュスの民はトリオンで金を増産してメスキナに支払いウランの採掘権を手に入れました。それはすなわちサンプルとなる物質があればトリオンによって再現できる技術があったということです。ですが現代の近界民(ネイバー)にはそれがどういう理屈なのかはわからないそうです。ただ先祖から伝えられている装置(トリガー)によってありとあらゆる物質を再現できるから使用しているというだけで、その仕組みを解明しようという気さえないようです。金すら再現できしてしまうのですから万能の装置(トリガー)のように思えますが、再現できるのは無機物だけで有機物はできないという大きな欠点があります。つまり金や銀は再現できても小麦粉や砂糖は再現できないということです。そしてサンプルがなければ再現できないため、ルビー、サファイア、エメラルド、トパーズ、ダイヤモンドの5つの鉱物は『5人の王』の守護石として特別扱いをされています。近界(ネイバーフッド)ではトリオンで金が再現できるため、玄界(ミデン)のような『金本位制』の経済は発展せず、未だに物々交換が基本となっています」

 

「トリオンで金が再現できるというのは恐ろしいな。この事実がこちら側の世界の人間の耳に入ったとなると経済が大混乱となるだろう」

 

「はい。ですからこの件については今のところ報告をしたのは城戸司令だけですから玄界(ミデン)の人間で知っているのはここにいるふたりだけです。いつか近界(ネイバーフッド)玄界(ミデン)の間で交易が行われることになるでしょう。その際に物々交換というわけにはいかないと思いますが、この金を使えば問題はないと思います」

 

近界(ネイバーフッド)玄界(ミデン)の間での交易か…。有吾や織羽も積極的に行いたいと言っていたな」

 

「有吾さんと父は近界(ネイバーフッド)で長い時間を過ごしていて、同時に玄界(ミデン)での生活もしていることでふたつの世界にとってどのような関係がベストであるかを考えた結果、お互いに利益の生まれる交易が良いと判断したのではないでしょうか? 基本的に双方がwin-winになる。片方が一方的に得をしてもう片方が損をするというのではダメ。そういった点で近界(ネイバーフッド)からトリオンに関わる技術や知識、玄界(ミデン)からはトリオンを使わない技術や知識という真逆のものを()()することが必要だと考えたとわたしは想像します。自分たちにとって当たり前のように存在するものが相手にとっては価値があるとわかった時、それは良い取引材料になると考える。ローリスクでハイリターンの取引となり、お互いが得になるという()()()()()()()()()()になりうるとわたしは思うんです。トリオンを使って別の物質を生み出す方法は絶対に漏らすことはできませんが、トリオンの使い方は無限大です。玄界(ミデン)の人間ならきっと近界民(ネイバー)でも思いつかなかったような使用方法に気付くかもしれませんね」

 

そう言うツグミの頭の中にはすでにいくつもの使用方法が存在している。

現状でボーダーが使用している仮想訓練室の技術を三門スマートシティ内の「ミカドシティコミュニティドーム」に応用しているが、他にももっと役に立つ使い方を考えていた。

ランク戦で使用する「市街地」や「工場地帯」などを災害現場に見立てて消防や自衛隊などが人命救助の技術を磨く訓練をするとか、都市再開発計画において完成予定図が平面やCGによるものだけでなく実物大の街並みを再現することで市民にもわかりやすくなるといったものだ。

ひとつの大きな空間を持つ建物があればそこに必要としている風景を再現する。

それが街並みでなく雪山であればスキーやスノボ、海なら海水浴やサーフィンといったスポーツアクティビティも可能だし、トリオン製の建物であれば台風や火災などの災害でも壊れることはなく、いざという時には避難所としても使用できる。

これらは人間が個人差はあっても誰もがトリオン器官を持っていてトリオンを生み出しているからこそできることだ。

武器(トリガー)を使って戦うのでなければ入隊時の修のようにトリオン能力が低くてもトリオン体に換装することができるし、玄界(ミデン)なら人間が大勢いるのだからトリオンを大量に集めることが可能。

ボーダーが界境防衛機関としての役目を縮小し、トリオンの研究と技術の進歩を促進するための人材を集めることで夢のような未来を現実にできるとツグミは想像しているのだ。

 

「話が少し逸れてしまいましたので元に戻します。マニュスの民はウランを手に入れて新たなエネルギー源としていたわけですが、それはわたしたちの知っている原子力発電とは違うもののようですが、当時そのような進んだ技術があったということは驚きです。メスキナの民はウランを何に使っているのかを知らずにいましたが、ある時誰かの口から情報が洩れてしまいメスキナの民は欲に駆られてマニュスの民からウランの使用方法を教えるよう迫りました。教えなければウランを手に入れられなくなる。しかし教えてもメスキナの民が独占してしまって入手できない。それで『5人の王』はウランを使用した兵器の開発をしてメスキナの民に向けて使用しました。するとメスキナの国土と民だけでなくウランの鉱山もすべて消滅してしまいました。それがまだ誰も知り得ない史上初の核兵器の使用ということになります」

 

「…人間とは愚かな生き物だな」

 

「はい。これは『5人の王』にとっても想定外のものであったようですが、自分たちの利益のために他の国の人間なら殺してもかまわないという考えがあるからこそ莫大なエネルギーを生むウランという物質を兵器に使用したわけですから。そしてその天罰が下されたのか再びマニュスには巨大地震が襲いかかり、豊かな国土はすべて水没し、民はわずか数百人にまで減少してしまったので『5人の王』と共に西方にある小さな島国へと逃れました。その島国には文明と呼べるようなものはまったくない素朴な民が平和に暮らしており、東方から見知らぬ乗り物に乗ってやって来た異邦人を快く受け入れてくれたのでした。国に名前すらない未開の土地であったので、『5人の王』の長兄であったキオンが『トリア』と名付けたそうです。このトリアという国に関しての詳しい記載はありませんでしたので、この国がどこにあったのかは不明です。ですがわたしには何となくで根拠はまったくないのですがこの日本だったのではないかと考えています。興味がおありでしたら後ほど別途説明させていただきます」

 

ツグミの仮説にはいつも驚かされる城戸だがまったくの見当違いだということはなくむしろいくつもの事実を積み上げた上で導き出されるものだからさらに驚いてしまう。

だからトリアが日本だという仮説には興味があった。

しかしツグミの説明の続きに耳を傾けた。

 

「このトリアという国にたどり着いたのは5人の王と387人の民であったそうです。この国は温暖で暮らしやすいことからマニュスの民はここで十数年の間住んでいました。その間に現地の人間との混血が生まれ、かつてのマニュスのような文明はないものの穏やかで平和な日々を過ごしていったみたいです。しかしそれは現代人が石器時代に放り込まれたようなもので、あらゆる面で不便であったためにマニュスの民はかつてのトリオンを湯水のように使っていた頃を懐かしく思うようになっていったのは当然かもしれません。しかし再びトリオンに依存する生活を始めるとなると同じ過ちを繰り返してしまう可能性もあるとの声も上がり、『5人の王』はどうするべきか話し合うことにしました」

 

「その結果が近界(ネイバーフッド)へ渡るということだったのだな?」

 

「はい。彼らの住んでいた土地の北の方にトリアの民が神聖視している場所があったそうで、そこは定期的に『穴』が開き、そこを抜けると楽園へ至るいう言い伝えがあって、何人かの人間が試しに入ってみたらしいのです。ただし誰ひとりとして帰っては来なかったということです。その『穴』が異世界へ続く(ゲート)だったのです。なぜそこに(ゲート)が開くのかは不明ですが、その先にある世界に惹かれた者たちは今の平穏な暮らしを捨ててでも新天地へと向かおうとしたようです。楽園へ至るというのは(ゲート)の向こう側に行った人が帰って来なかったから、彼らが帰りたくなくなるほど素晴らしい場所なのだと考えたからだとわたしは想像します」

 

「しかしそれが私たちの知る(ゲート)であったなら近界(ネイバーフッド)へ渡ったのではなく死んでしまったのではないか? 生身の状態で遠征艇も使わずに向こう側へ行くことは不可能だ」

 

「そうですね。それでもマニュスの民は(ゲート)の向こう側へと旅立ちました。それが可能だったのは彼らが使用していた乗り物が現代の我々が使っているものと同じものであって、近界(ネイバーフッド)の空間に耐えることができたからです。たぶん核の破壊力にも耐えうるものだったので近界(ネイバーフッド)の空間をも航行できると判断したのだと思います。そしてそこが新たな祖国となる場所ではなかったのなら玄界(ミデン)に帰ってくればいいという考えで旅立ったにちがいありません」

 

「そして彼らは異世界…近界(ネイバーフッド)に新しい故郷を創り上げたのか」

 

「はい。『5人の王』がそれぞれ100人ずつの民を従えて5つの国を創りました。それがキオン、エウクラートン、トロポイ、リコフォス、エクトスです。(マザー)トリガーとなったのは『5人の王』の妃だった女性で、彼女たちの犠牲の上にマニュスの民は新たな祖国を得たのです。そして彼らが近界(ネイバーフッド)へ渡る際に玄界(ミデン)からいろいろなものを持ち込みました。金や銀といった鉱物、植物の種子、野生の動物や家畜として育てていた動物、それらの荷物の中に紛れ込んでいた昆虫や微生物などで、その中で無機物はトリオンで増やし、有機物は繁殖することで徐々に増えていったものだと思われます。その近界(ネイバーフッド)へ持ち込んだものの中に核兵器も含まれていました。あのような危険なものを玄界(ミデン)に残してはいけないと考えたのでしょう。そして5つに分けてそれぞれの王家で厳重に管理するようにしたのが例の『箱』と『鍵』なのです」

 

「マニュスという国は地震で国土が海の中に沈み跡形もないためにその存在自体が歴史の中で消えてしまい、核兵器も存在しないものとなったのだな」

 

「そうです。しかし彼らは自らの蛮行をなかったことにはできず、永遠に忘れることがないようにと『箱』に入れて『鍵』をかけて開くことができないようにして王族が管理することにしたようです。愚かな王が再び核兵器を持とうとしても残りの王たちが反対するでしょうから悲劇は繰り返されない。今回もエクトスが単独で行おうとしたから他の4ヶ国によって却下されたようなものですし。もっとも5ヶ国全部が賛成となれば恐ろしいことになりますが、それは未来永劫ありえないでしょう。なにしろ5組の『箱』と『鍵』のうち各4つはこのボーダー本部基地の地下深くにあって、いずれ全部揃ったらわたしが処分する予定ですから。どこかの物語のように活火山の火口に放り込むというのも面白いかもしれません。ただしエウクラートンにあった歴史書は複製して5つの国がすべて持つようにすべきですね。過去の過ちを繰り返さないようにするため、今回の事件を書き加えて。そのためにもエクトスの『神』問題を解決してヌンツィオ陛下から快く『箱』と『鍵』もこちらに渡してもらうようにするために例の実験を前倒しで進めることに決めたわけです。その方法を今からご説明します」

 

そう言って冷めたお茶を口に含み、飲み干すと話を続けた。

 

 

 

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