ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
エウクラートンに到着したツグミは長旅の疲れもあるだろうと自分以外のメンバー全員に対してエウクラートン滞在を命じた。
そして遠征艇のメンテナンス作業はエウクラートンの軍に任せ、最低でも半日(12時間)の休暇という名で強制的に仕事をさせないことにした。
そうでもしないとゼノン隊の3人はすぐに仕事を始めてしまうものだから仕方なく「局長命令」とし、迅にも同等の扱いをしなければ不公平だということでこの4人は翌日の朝までは自室で休むか迎賓館の庭を散歩することしかできない状態だ。
しかしのんびりもしていられないということで、ツグミはエウクラートン王家の一員として軍を動かす許可を女王からもらった。
エウクラートン政府の要人が使用する7人乗りの専用艇を借り、操縦士兼護衛として近衛兵ふたりに同行してもらうことになり、彼女のエウクラートン到着からわずか4時間後にはキオンに向けて出発してしまうという迅速さだ。
その間にもボーダーの遠征艇のメンテナンス作業は行われており、ツグミがキオンから戻る頃にはすぐにエクトスへ出発できる状態にしておいてくれるということである。
なんとも慌ただしいことだが、エクトスの現状を鑑みれば一日も早く行動して問題解決すべきであるから当然だ。
◆
キオンに到着するとすぐにテスタと面会し、彼と一緒にライサに会うために神殿へと向かう。
すでに話はついているために話はスムーズに進み、ライサは自分の女王としての権限をテスタに与え、エクトスにおける「5者会談」に自分の名代として出席することを命じた。
これで「5人の王」の末裔であるツグミたちが一堂に会して
バラバラにして管理することで二度と再現できないようにしたものをエクトスの
これまでの
しかし
エクトス側が拒否しようとも「5人の王」の末裔の王家の人間が4人揃えば話し合いに応じないわけにはいかず、結果がどうなるかはまだわからないが対話と多数決という平和的な解決法を
キオンは
そういった国が発信することで武力による解決を当然としていた他の国の人間の意識を変えるきっかけとなる…とツグミは期待している。
現に三門市民の多くが
こうなると今後のボーダーの役割は界境防衛よりも「
◆
「ツグミ、そなたに少し話がある」
話がひと通り終わってツグミが退室しようとしたしたところ、ライサに呼び止められた。
その様子だと他人 ── 「5人の王」の末裔以外 ── には聞かれたくない内容なのだろうとテスタは気を聞かして何も言わずにひとりで地上に戻ることにする。
そしてライサはツグミとふたりきりになると自身の周囲に漂うトリオンの粒子を操作してツグミの身体に纏わりつかせた。
「昨年そなたと初めて会った時にトリオンを介して
ライサに問われ、ツグミは目を瞑ってトリオンの粒子に精神を集中する。
「…なんとなくですけど
「……」
「違う、これは陛下御自身の鼓動…。陛下の魂が以前よりも生き生きとしていて、トリオン粒子がわたしに陛下の躍動感を伝えている。トリオンによって不老不死の力を得ても生きることに前向きではなかった陛下の心の変化があり、
「そのとおりだ。そなたに会うまでは私は孤独だった。王家に生まれた女だからとこの運命を受け入れたものの、自分の納得するものではなくただ死ぬこともできずに命を永らえていただけで、生きることが楽しいとか幸せだとを感じることはなかった。ところがそなたが会いに来てくれて、テスタと引き合わせてくれたおかげで私の毎日は変わった。今日は昨日の翌日で、明日は今日の次の日だという繰り返しであった日々は特に何も変わっていないのに、私の気持ちが変わったことで全然違うものになった。愛する者と肌を触れ合わせることで胸がときめき、その温もりに安らぎを覚える。なんとも不思議なものだ」
うっとりとした目つきでライサは続ける。
「テスタは地上の仕事で忙しいというのに毎晩ここへ来て共に夜を過ごしてくれる。寝床を共にすると彼は私のことを愛していると何度も囁き、熱い抱擁に身を委ねていると私はえも言えぬ快楽に身悶えするのだ。この気持ちはそなたにもわかるであろう?」
「え、ええ…まあ…」
ライサの言いたいことはわかるのだが、まだツグミにはそこまでの経験はないので断定はできない。
しかしライサが幸せであればそれで十分だ。
(それにしてもスカルキ殿下がそんなに情熱的で陛下にべたぼれだったなんて意外だわ。なんとなくクールなイメージがあったけど、人は恋をすると変わるのね…。それに陛下も以前に比べて生き生きとしているのは恋をしているからにちがいない。…いつか哀しい別れが来ることは避けられない事実だけど、それまでの短い時間であっても幸せで満たされていてほしい)
それからツグミはライサからテスタとの
「あと数ヶ月でそなたはエウクラートンの女王になるのだったな?」
「はい。それが約束ですから。それまでに片付けてしまいたいことがたくさんあり過ぎて毎日が忙しいです。でもその忙しい日々がいつか想い出にかわるのだと思うと一日一日がとてもかけがえのないものに感じます。ですからやれること、やらなければならないこと、やりたいことなどそれぞれじっくりと考えて後悔のないように生きています」
「立派な心掛けだ。女王になると時間はたっぷりとある。私にはやりたいことはなかったが、そなたなら女王になっても女王にしかできないことに全力で臨み、充実した日々を過ごすのであろうな?」
「はい。人に与えられた時間は皆同じですが、それをどう使うかは人それぞれですから。ですが単純に毎日忙しくしているのではなく夜に一日を振り返って『やるべきことはやった』という手応えを感じたいですし、仕事のことは忘れてパートナーと一緒にまったりと過ごす日もあるべきです。愛する人と一緒にいるだけで何もしなくても幸せは感じるもの。それは陛下にもご理解いただけますよね?」
「ああ、もちろんだ」
「今は今しかできないことをやり、女王になった後には女王としてやるべきことをやり、それ以外の時間はわたし自身が生きていることを楽しむ時間にするつもりです。そのために女王就任前に変えることのできるものは変えて、慣習だからという理由だけで理屈に合わないことは廃止してしまうつもりでいます。女王になればエウクラートンという国の中だけでは権力を振るうことはできますが、その前に
「
「それもあるでしょうが、わたしは『こうだと決まっている』とか『皆がそうしているから』といった理由で自由な考えや行動を縛られるのが嫌いなんです。慣習だってすべてを否定するのではなく、合理的な理由によってずっと続けられてきたというのなら納得しますけど、そうでないものには納得できる理由がないのなら従いたくありません。そういう性格なんです」
「ならばこれから先
そう言って微笑むライサにツグミも自然に微笑み返していた。
「ご期待を裏切らないよう精一杯務めさせていただきます。それからしばらくの間陛下の大切なテスタ殿下をお借りいたします」
「ああ。私の名代なのだからどんなことでもさせてかまわぬぞ。もっとも彼はそなたのことを大変気に入っているから何でも言うことを聞くだろうがな」
「そんなわたしにヤキモチを焼くことはありませんか? 男女の関係ではないといっても陛下の大切な男性とわたしが仲良くするんですから」
「私は彼を信じておる。それに彼にとってそなたはかけがえのない親友。そう言っておったぞ。私はキオンの女王だ。夫の友人ごときにヤキモチなど焼かぬわ」
「では友人としてハグすることは問題ありませんね?」
ツグミが意地悪く言うと、ライサは少し機嫌悪そうな顔で答えた。
「前言撤回だ。テスタは私だけのもの。そなたであってもダメだ」
「はい、承知しました。陛下を裏切るようなことは絶対にしません」
ライサはツグミがわざと言ったのだと気が付くと苦笑する。
「良い報告を待っておる。気を付けて行って来るのだぞ。そして一日も早く私を安心させてくれ」
「はい。ではこれで失礼させていただきます」
ツグミがそう言って退室していく後ろ姿を見ながらライサは思った。
(またこれでしばらく独り寝か…。テスタの腕の中で眠ることが習慣となっていたというのに、またひとりに戻ってしまう。…しかし必ず帰って来てくれるのだという確信があれば待つことなど平気だ。うん、大丈夫だろう…たぶん…)
少しだけ不安になるライサだった。
◆◆◆
キオンでの滞在はわずか7時間で、即日帰国というのだからいかにツグミが急いでいるのかがわかるというもの。
そうなると周りの人間が放っておかず、エウクラートンに到着するとすぐに迅たちに
そこで迅が彼女を強制的に寝かしつけ、その間にエウクラートンで待機していたメンバーはテスタから事情を聞いていた。
そして約12時間後、目覚めたツグミは自分で気付かないうちに疲労が溜まっていたことを知って深く反省した。
以前にトリオンを消費し過ぎたことで倒れてしまったことも思い出し、自分が無理をすれば周囲に迷惑がかかることを改めて胸に刻みつけたのだった。
目覚めた時には夜になっており、ツグミは彼女が目覚めるのを待っていた迅と共に軽い夕食をとることになった。
その場でキオンの神殿での出来事とライサと会話したことを話して聞かせた。
「なるほどな…。たしかに好きな奴と一緒にいることで心の安らぎが得られるのは俺自身が経験しているからわかるよ。それにしても俺はライサ陛下に会ったことがないからピンとこないけど、テスタ殿下が毎晩同衾したくなるってくらいの魅力的な女性なんだよな。だけどこんなことを聞くと何か生々しいっていうか、知っているヤツの情事って妙に卑猥な感じがするぜ」
「まあ、たしかに。でもリベラート殿下が自分の孫くらいの年齢のイレーネと再婚してロレッタという娘がいるし、ヒエムスのエヴァルド閣下とマリは親子の年齢差で結婚したという例もあります。恋愛に年齢なんて関係なく、互いに好きだったら性交渉があって当然。それにわたしたちだってもうすぐそういう関係になるんだし、ライサ陛下の話をする姿を見ていて自分のことのように幸せな気分になれました。人を愛する気持ちって尊いものだとつくづく感じました」
「だよな」
「とにかくわたしには大切な人がいっぱいいて、その人たちにとっても大切な人がいる。それは男女の性愛を伴う関係であったり、親と子の愛情であったり、仲間を思い合う友情であったりと形はさまざまですけど、ただひとつ共通しているのは相手を思いやる心。自分と同じかそれ以上に相手のことを大切にするからこそその絆は強くて尊いものと感じられるんだとわたしは思うんです。だからそれを壊そうとするヤツは絶対に許せない。エクトスの核の問題もそうです。ひとりの権力者が自国のためだと正論を言っても他の国の民を犠牲にしても平気だというやり方は間違っています。わたしは自分のために戦っていますが、それはたったひとりの愛する男性の笑顔を見たいがため。その結果が全世界の誰かの笑顔になり、その笑顔を見たいと思っている人のためにもなる。そう思うとつい頑張り過ぎてしまいます。わたし自身はそうは思わないんですけど、周りの人たちはみんなわたしが無理をしていると言います。でもさっき目覚めた時にはっきりとわかりました。知らぬ間に疲れが溜まっていたんだなって。12時間もぐっすりと夢も見ずに熟睡してしまうくらい睡眠不足だったなんて…深く反省しています」
「ようやくわかってくれたようだな。まあ、それはともかくおまえが眠っている間にテスタ殿下から話を聞かせてもらった。それでこちらで勝手に決めてしまったがこの国を発つのは明後日の朝になった。それは遠征艇のメンテナンス作業が終了するのが明日の夜になるという報告があったからだ。深夜の出発よりは翌朝の方がいいだろうとリベラート殿下が言って全員一致でそう決まった。おまえもそれで問題ないだろ?」
「ええ。みんながそうすべきだというのならそれが正しいんだと思います。そうなるとあと1日半の時間がありますから、わたしはエレナ陛下…大叔母さまのところへ行ってご機嫌伺いをし、小麦の畑の状態を確認して、連れて行く家畜の様子を見る。それくらいならかまいませんよね?」
「ああ、それくらいならいいだろ。家畜の件はリベラート殿下が適当な牛を2頭、馬と羊とヤギを1頭ずつ選んでくれている。それ以外におまえの目で見てあと1頭か2頭は追加をしても大丈夫らしい。エウクラートンの小型遠征艇の倉庫を家畜専用のケージに改造したから、ボーダーの艇に各国のVIPを乗せて、俺とゼノン隊の3人がそれぞれの艇にふたりずつ乗って交代で操縦することに
「もちろんです。むしろわたしが寝ている間にいろいろと進めてくれたことに感謝しています。そこまで話と準備が進んでいれば安心して身体を休めることができるというもの。今夜は一緒に寝ましょう」
ツグミがそう言うと迅は待ってましたとばかりに返事をした。
「そうだな。俺もおまえのことを抱きしめたくてたまらなかったんだ。おまえの温もりを感じながらゆっくりと眠りたいよ」
「ライサ陛下には申し訳ない気持ちですけど、その分わたしたちが愛し合えばいいですよね」
「愛し合うって言ってもまだダメなんだろ?」
「当然ですよ。真史叔父さんとの約束は絶対です。あと5ヶ月もすれば20歳になります。わたしは忍田ツグミから迅ツグミになり、そしてツグミ・ジン・オーラクルとして堂々とあなたのことを夫として自慢しますね。そうなればいつ赤ちゃんができてもみんなから祝福してもらえるでしょうから」
ツグミの「赤ちゃん」という言葉を聞いた迅は無意識にニヤニヤしてしまい、彼女に手の甲をつねられた。
「今いやらしいことを想像したでしょ? 悠一さんのエッチ」
「そのエッチなことをしないと子供はできないんだぞ」
「わかってます」
「そのエッチなことを我慢している俺の忍耐力を褒めてくれよ」
「はいはい、褒めてあげますし感謝もしています。…だからもう少しだけ、お願いします」
「ああ。俺の愛した唯一の女の頼み事だもんな、絶対に約束は守るさ」
「ありがとう、悠一さん」
ツグミが礼を言うと、迅は心の中で答えた。
(おまえに悠一と呼ばれるたびに俺はたまらなく幸せな気分になれるんだ。だから礼なんていらないんだよ。いつまでも俺のそばにいて名前を呼んでくれたなら、俺はそれで満たされる)
迅悠一という人間をほとんどの人間が「迅」と呼ぶ。
旧ボーダー時代からの戦友であっても彼は「迅」である。
しかし彼の家族と師である最上だけは彼を「悠一」と呼び、彼自身もそう呼ばれることで自分がその人たちにとって特別な存在なのだと実感していた。
だからツグミにもずっと「迅」と呼ばれていたが恋人になり、婚約者となってからは「悠一」と呼ばれるようになった。
今世界でただひとり彼を「悠一」と呼ぶ特別な存在がツグミで、彼女にとって自分が世界で唯一の人間だという自負が彼に自信と勇気を与えている。
そんな相手を思い合う気持ちが今まさに世界を変えようとしているのだ。