ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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658話

 

 

修の司会で、城戸の挨拶が終わるとパーティーは始まった。

立食式なので参加者がテーブルの上の料理を自由に取り、会場の各所に設置したテーブルや椅子を使って食事を始める。

久しぶりの家族の団らんに水を差すのは野暮というもので、城戸たちボーダー幹部も拉致被害者市民やその家族へ声をかけずにいた。

ツグミも迅と一緒にピザや握り寿司などを適当に皿に盛り、他の参加者の邪魔にならないように隅で食事をする。

 

「今回は帰国者の数が多いからその家族も加わって大規模なものになったな」

 

会場を見渡しながら迅がツグミに言う。

 

「ええ。でもそれはすなわちニウェウスが大枚をはたいて55人という三門市民を購入したということで、それだけ()()()が高いという証拠です。城戸司令からもらった報告書によるとこの国は『貧しくて他国から干渉されることもない小国』だと書かれていました。人口が約15万で、王都を中心とした半径10キロメートルのエリアに人口を集めてそれ以外のエリアは人間が住めないような荒野。人の住んでいるエリアもその半分が森林地帯で、耕作できる農地は全体の約45パーセント。残った5パーセント弱の土地に肩を寄せ合って暮らしているという状況なんだそうです。貧しい小国だから他国が攻める理由がなく、おかげで平和な国であったといえるわけですが、それだけなら問題はありません。この国が抱えているのは(マザー)トリガーの寿命がそろそろ尽きようとしているのではないかということなんです」

 

「『神』じゃなくて(マザー)トリガーの寿命が尽きるって?」

 

「はい。そもそも(マザー)トリガーとは国土を維持するという大きな力を発揮する能力を持つ(ブラック)トリガーのようなもの。どちらもトリオン能力者が全トリオンと魂を注ぎ込んで作るもので、共通点が多いです。ですから(ブラック)トリガーに寿命があるのなら(マザー)トリガーにもあっておかしくはありません。それに元になった人間のトリオン能力が低かったのであれば(マザー)トリガーの力が弱くても納得できます。ニウェウスという国を興す時に(マザー)トリガーとなるトリオン能力者を選出する時にどのような事情があったのかはわかりませんが、その人物には荷が重いものであったのでしょう。キオンやエウクラートンといった『5人の王』の国は1万年も経っているというのにまだ(マザー)トリガーの力の衰えは感じられません。ですが過去にいくつかの国は同様に(マザー)トリガーの衰退によって滅びたと伝えられているそうです。以前にアフトクラトルから夜の雫(オミクレー)という名の(ブラック)トリガーを譲渡されましたが、結局それは誰も起動できず適合者がいないというのではなく寿命が尽きていたと判断したことがありましたよね?」

 

「ああ、あの認識票(ドッグタグ)に似ているアフトでも30年以上誰も使えなかったってヤツだよな。それでおまえがキオンに行って調べたところキオンの友好国が戦争の時に作られて、それがキオンを経由してアフトに渡り、それがボーダーに譲渡された。50年以上も前に作られた(ブラック)トリガーで、キオンでもアフトでも実際に使用された様子を見たことのある人間はいない」

 

「そうです。わたしにも起動はできませんでしたが触れた感じでなんとなく()()()()()()()()()という気がしました。風刃も(ブラック)トリガーですけど触れるとトリオンが満ちているのを感じましたし、わたしには適合しなかったゼノン隊長のタキトゥスの(ブラック)トリガーでも同じようにトリオンの流れを感じることはできました。でも夜の雫(オミクレー)ではそれがなかった。だから比喩として死んでいるという言葉を使ったわけですが、(ブラック)トリガーも(マザー)トリガーも元が人間なんですから永遠に稼働するということはないと思います」

 

「そうなると滅びるしかないのか?」

 

(マザー)トリガーを交換する…というよりも新しい(マザー)トリガーによる新たな国を興すという道があります。ただしその場合誰でも良いというわけにはいきません。(ブラック)トリガーであればある程度のトリオン能力者であれば可能ですけど、国を何千年何万年と維持し続けるだけの力を持つトリガーとなれば相当なトリオン能力者でなければ無理でしょう。あまり現実的ではありません。でも15万というニウェウス国民を見殺しにすることはできません。拉致被害者市民を全員返してくれた国王も玄界(ミデン)…ボーダーの援助を期待してのことでしょうから、ボーダー(こちら)も『玄界(ミデン)近界(ネイバーフッド)平和同盟』の盟主としての力量を問われているといっても過言ではないはず。ここでこの問題を上手い具合に解決できたらボーダーの信頼度もアップして、同盟に加わりたいという国も増えるかもしれません」

 

「解決できたらな。で、おまえには名案があるらしいが、どんな手を使おうってんだ?」

 

「だからそれは ──」

 

修が来てからとツグミは言おうとしたが、彼女の視界にその修がひとりの青年と連れ立って近付いて来るのが見えた。

8年ぶりだというのに迅にはその青年の顔を覚えていたようで、まだ話しかけられる前に席を立って青年に近付いて行く。

 

「お帰り、健司」

 

青年は嬉しそうな顔をして迅に言う。

 

「久しぶりだな、迅」

 

ふたりは固い握手をして、迅は感無量で泣き崩れる大館の肩を支えて椅子に座らせた。

 

「相変わらずおまえは泣き虫だな」

 

「仕方ないだろ。おまえの顔を見たら気が緩んだんだよ」

 

「家族に会ったか?」

 

「ああ。みんな元気だった。兄貴は結婚して子供がふたりいるそうだ。オレはまだ独身だけどな。迅、おまえは?」

 

「俺は…婚約者がいる」

 

結婚式は挙げているものの、戸籍はまだ入れていないのと大館に気遣って迅は「妻」とは言わない。

ツグミもその気持ちを察して何も言わずにいた。

 

「そうか、それは良かったな。いつかオレに紹介してくれるか?」

 

「いつかじゃなくて今紹介するよ」

 

迅はそう言ってツグミにアイコンタクトをすると、ツグミは迅の隣に立った。

 

「はじめまして。霧科ツグミと申します」

 

「はじめまして。オレは迅の昔の友人で大館健司といいます。…あの、少しこいつを借りてもいいですか?」

 

「こいつ」とは迅のことで、ふたりきりで話したいことがあるという意味だ。

 

「ええ、もちろんです。積もる話もあるでしょうからごゆっくりどうぞ。ジンさん、いってらっしゃい」

 

「ああ」

 

迅は大館と連れ立って会場の中で人のいない一角へと歩いて行った。

残ったツグミと修はその背中を見送り、ツグミは修に訊く。

 

「ニウェウスのお姫様の姿がないけど、ここへは来ていないの?」

 

「はい。ここには民間人が大勢いますから、カティヤ王女は千佳と一緒に応接室で食事をしてもらっています。…実を言いますとニウェウスの王族は国民からあまり慕われていなくて、カティヤ王女は王族の中でワンマンな国王の末娘ということで甘やかされて育ったものですから世間知らずというか…千佳以外の人間とは上手くコミュニケーションも取れずにいます。それでいて庶民の暮らしを経験したいと言うのでなかなか接し方が難しいんです」

 

「なるほど…。王女ということで生まれつき恵まれた生活基盤の上に末娘で甘やかされ放題。プライドばかり高いけど世の中のことは何も知らないしできない。そこに同い年のチカちゃんが現れて玄界(ミデン)の人間なのに近界(ネイバーフッド)のいろいろな国へ行って経験を積んでいる。それが羨ましいだけでなく自分とチカちゃんを比べてチカちゃんの方がはるかに大人の対応ができるものだから、自分も同じような経験をしてみたい。そうすれば周りの大人が自分のことを認めてくれるようになるかも…というところかな?」

 

「そんな感じです」

 

「チカちゃんがどれだけ苦労をして今のようになったのかなんて想像もできず、表面上の良いところだけ見て羨むなんて世間知らずのお嬢ちゃんってことね。生まれてからずっと与えらえてばかりの人生で、自分の手で何かを掴んで成長した人間と比べて自分が劣ることを恥じてこれまでの自分を改めようというのならいちおう評価はするけど、ここに来ても誰かから与えられないと何もできないとなると人間的な成長は望めないわね。チカちゃんだって最初からあんなに積極的に人の輪に入って行ける人間じゃなく、むしろ周囲の目を気にして人と交わろうとすることを避けていたくらいだもの。それを克服した彼女の根性を見習って自分もそうしようと思うようになればいいけど」

 

「そういう人だということを承知の上で会ってもらいたいんです」

 

「了解。それでいつ会えるの?」

 

「このパーティーが終わったら応接室に城戸司令にも来てもらうことになっているので、その時に先輩にも同席してもらいたいです」

 

「その時にジンさんも一緒でかまわない?」

 

「もちろんです。…それでさっき話の途中で中断してしまった(マザー)トリガーの件ですけど、何か名案がありますか?」

 

「ベストではないけどベターな案ならひとつだけあるわよ。現状で可能だと思われる策の中で一番実現性が高くて誰も不幸にならないから、わたしはぜひこの案を受け入れてもらえたらいいと思っているわ。でもその場合は調整が難しいだろうから、成功させるには外交手腕が問われることになる。オサムくんには頑張ってもらわないといけないけど大丈夫よね?」

 

ツグミが修にプレッシャーをかけるようなことを言うと、修は力強く答えた。

 

「はい、もちろんです。先輩がどんなことを考えているのかわかりませんが、ぼくにできないことをさせることはないという確信があります。つまりぼくにできることしか先輩は押し付けたりしませんから、ぼくは先輩の期待に応えるだけです」

 

「よく言ったわね、オサムくん。その覚悟ならカティヤ王女を味方につけて、アーロン・ニウェウス国王を説得できるはず。あとはもうひとり説得しなければならないけど、そっちの方はきっと快く受け入れてくれるだろうから、双方の調整を上手く成功させれば拉致被害者市民救出計画のリーダーとしてだけでなく総合外交政策局の局長として誰もが認めてくれるようになる」

 

ツグミの言葉に修は息をのむ。

 

「ぼくが局長…?」

 

「そうよ。わたしはもうすぐボーダーを去る人間。局長の座を誰かに譲るわけだけど、誰でもいいというわけにはいかない。安心して任せられるのはオサムくんしかいないんだから、上層部の人たちが全員賛成であなたを局長と認めてくれるようにするには『成果』が重要。これまでの拉致被害者市民救出計画はある意味マニュアルのようなものが完成していて、それに沿って行っているのだからオサムくんがいくら頑張ってもそこまでの評価となる。でもイレギュラーな近界民(ネイバー)絡みのトラブルを解決することができたなら、それはあなた自身の功績となる。そう認めざるをえないのよ、城戸司令たちも。わたしは提案するけど実行するのはあなた。もちろん成功させなきゃダメだけど、あなたならやれる。そして華々しく局長としてデビューしなさい。わたしはそれを確認してからエウクラートンへ行きたいわ。重い責任をあなたに背負わせてしまうことになるけど、わたしも最後までやれることをやるつもりだから」

 

「はい。ぼくは先輩の目指した未来を見たいと思っていましたが、先輩が自分の手で掴めと言うのなら…ううん、掴むことができると言ってくれるならぼくがやり遂げたいと思います。以前のぼくなら不安で自信もって返事をすることができませんでしたが、今ならはっきりと言えます。ぼくは先輩の志を継いでボーダーを近界(ネイバーフッド)玄界(ミデン)の友好の架け橋になる組織にしてみせます。それは自分が『そうするべき』と思ったことであり、同時に叶えたい夢でもあるんです」

 

迷いのない真っ直ぐな目でツグミを見ながら修はそう断言した。

 

「後で準備ができたら呼びに来ますので迅さんと一緒にここで待っていてください」

 

「わかった。それまでわたしたちはパーティーを楽しませてもらうわね」

 

「では、また後で」

 

立ち去る修と入れ替わるように迅がひとりでツグミの元へ戻って来た。

 

「お帰りなさい、ジンさん。大館さんは戻られたんですか?」

 

「ああ。あいつも俺も気持ちの清算ができた。これであいつも新しい人生を悔いなく歩み始めることだろう」

 

「どういう意味ですか?」

 

「実は…」

 

迅は第一次近界民(ネイバー)侵攻と大館のことについてツグミに話した。

 

「あいつは俺の忠告に従わずにいてエクトスに連れ去られたものだから、俺に対して罪悪感を抱いていたらしい。俺も詳しいことは話せないから単に家族と一緒に三門市を離れていろと言っただけで、あいつが行方不明になったと知ってもっと強く言うべきだったと後悔していた」

 

「それはふたりとも仕方がないことだったと思います。ジンさんはボーダーや未来視(サイドエフェクト)のことを説明できないのだし、大館さんだっていくらあなたが友人として忠告してくれても信じられるだけの根拠がなかったのだから。お互いに長い間ずっと胸の中に抱えていたんですね。でも生きて再会できて良かったです」

 

「ああ。それであいつの家族は家が全壊だったってことで市営住宅に住んでいたんだけど去年スマートシティの中の家に引っ越していて、あいつもシティ内に部屋をもらってそこに住むんだってさ。あそこなら同じような境遇の人間が大勢いるし、近界民(ネイバー)とも上手く付き合っていけそうだからって。おまけにトリオン能力は高いし総合外交政策局の仕事にも興味があるみたいだから後で城戸さんに話しておこうかと思ってる」

 

「これからのボーダーにはそういう人が必要ですからちょうど良かったですね。最低限の戦闘能力は必要ですけど、大切なのは近界民(ネイバー)との共存を望む気持ちですから。ジンさんが城戸司令に紹介するというくらいですから信頼のできる人だってことですもの、きっとオサムくんたちをサポートしてくれるようになると思います」

 

「俺もそう思う。あいつは昔から面倒見が良くて、ニウェウスでは拉致された人たちがあいつを頼りにしていたってことだから、俺の代わりにメガネくんたちを見守ってくれるだろう」

 

まもなくボーダーを辞めるふたりにとってボーダーや修たちの将来を託せる人材を確保することは重要な案件だ。

すでに麟児が修たちの相談相手やサポート役として働いてくれているが、そういった人物はひとりでも多くそばにいてもらいたいと思っている。

ゼノンとリヌスとテオの3人はキオンの軍人であってボーダーに出向しているという形なので、いつか本国に呼び戻されるかわからない状況であるため、現在では現役防衛隊員から総合外交政策局員への異動希望者を募っているくらいだ。

三門市防衛の役割を縮小しているために防衛隊員の追加募集人員は以前の半分以下となり、第一次近界民(ネイバー)侵攻の半年後にボーダーが新体制となって再始動をした頃の隊員や職員で現役なのは1割もいない。

防衛隊員の多くはトリオン能力の減退と安定した収入のための転職を理由として辞めて新しい三門市で新しい人生を踏み出していた。

一方、技術者(エンジニア)はあらゆるツテを使って優秀な人材を探しているのだがなかなか見付からない。

総合外交政策局が拉致被害者市民救出計画の過程で交渉によって手に入れたトリガーの解析や改良などが急がれる中、慢性的な人員不足によって労働基準監督署に睨まれてしまうほど労働環境がブラック化しているので、それを改善するには技術者(エンジニア)を増やすしかないのだ。

しかし誰でも良いというわけにはいかず、身元がしっかりとしていて機密事項を外部に絶対に漏らさない信用のおける人間であることが絶対条件である。

そうなると防衛隊員として働いてくれていた人間に十分な給料を与えて()()()()のが最善策となる。

高校や大学卒業をきっかけとして辞める隊員が多いため、そういった人物にボーダーの正規職員 ── 防衛隊員はA級であっても契約職員のような扱いである ── として就職してもらうのだ。

現に太刀川や風間、二宮や諏訪などは従来の防衛任務だけでなく後輩の教育担当や総合外交政策局の遠征の護衛などの任務をしているし、東や冬島や栞は技術者(エンジニア)として鬼怒田の下でトリガー開発を行っている。

今やボーダーは若者たちが中心になって動かしているかつての旧ボーダーのような希望の見える組織になりつつあった。

そして城戸たちは「老兵は死なず、単に消え去るのみ」の言葉のようにボーダーを去る日を待ち望んでいる。

この「老兵は死なず、単に消え去るのみ」という言葉は「役割を終えたものは表舞台を去る」といった意味に解釈されているのだが、「戦場で死ぬことなく軍を去ることになった自身のことを誇った言葉」という意味合いも加えて解釈されるようになったという。

何人もの盟友や仲間を失った旧ボーダー時代からの古参のトリガー使いたちはまさに「老兵」で、彼らには心からの感謝の気持ちと拍手でボーダーを()()させてやりたいとツグミと迅は願っている。

 

 

そして約2時間に及ぶ慰労パーティーは無事に終了し、ツグミと迅は修に連れられて応接室へと向かった。

 

 

 

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