ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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最終章 ~ What do you fight for? ~
660話


 

 

11月になってすぐにボーダー内とスポンサー等外部のボーダー関係者にツグミが年内でボーダーを辞めることが公式に知らされた。

上層部や総合外交政策局メンバーはすでに承知していたことで、彼女の素性からボーダーを辞める理由まで知っている。

しかしそれ以外の人間は辞めることすら知らなかったため、このニュースは一部の人間の間では大騒ぎになってしまった。

旧ボーダー時代からの数少ない現役防衛隊員で、ボーダー内でたったふたりの完璧万能手(パーフェクトオールラウンダー)のひとりであり、ひとり部隊(ワン・マン・アーミー)でありながらB級ランク戦で初参戦であるにもかかわらず暫定とはいえ1位にまで上り詰めたという話は伝説となっている。

さらに表向きには近界(ネイバーフッド)有人往還に初成功した立役者であり、17歳にして総合外交政策局長という幹部となっただけでなく拉致被害者市民救出計画の中心人物であったことで三門市民にとっては嵐山隊と並ぶ有名人でもあった。

だから彼女が辞める理由に心当たりのない者にとっては寝耳に水のことであり、ちょっとした騒ぎになってしまったのは当然のことである。

当初はボーダーの人間として近界(ネイバーフッド)のどこかの国にボーダーの支部を建ててそこの支部長となるというシナリオがあったのだが、ツグミがいつ玄界(ミデン)に戻って来られるのかがわからない以上は「辞めた」ということにした方が都合が良いということになったのだ。

6月に1歳の誕生日を迎えたロレッタ ── ツグミよりも年下の叔母 ── に女王としての資質があるかどうかは彼女が7-8歳くらいにならないとわからないため、仮に資質があったとしても役目を引き継げるようになるには最低でも10年はかかる。

つまり少なくとも10年間はツグミが女王としてエウクラートンの(マザー)トリガーの()()()をしなければならない。

もしロレッタに女王となる資質がなかった場合は別の「適合者」が見付かるのを待つしかないのだが、適合するのは王家の血筋を引く者だけ。

そうなるとリベラートとイレーネには()()()()もらわなければいつまでもツグミが女王を続けるしかないわけで、彼女がツグミ・オーラクルではなく迅ツグミとして生きることができるようになるのはいつになるのかわからないのだ。

そこで「ツグミと迅はボーダーを辞めて個人として近界(ネイバーフッド)へ赴き、玄界(ミデン)近界(ネイバーフッド)の交流の近界(ネイバーフッド)の窓口となる」というシナリオにした。

彼女が近界民(ネイバー)との混血(ハーフ)であることが公になれば、悪意ある者によってこれまでのボーダーでの功績はすべて茶番であったというデマを広められてしまう恐れがある。

だからこの秘密は絶対に知られてはならないため、ごく一部の限られた人間にしか知らされていない。

そうして最終的には同盟国であるエウクラートンのリベラートがツグミと迅のことを気に入って、近界(ネイバーフッド)における拠点を提供してくれるというのでふたりは今後エウクラートン王家の世話になることにした…というシナリオに決まった。

ツグミだけでなくなぜ迅が一緒なのかという理由は明かされていないが、彼女たちのことを良く知っている仲間なら見当はついているだろう。

 

そんな重大発表があればツグミのことを気に入っていたスポンサーたちが黙っているはずがない。

もちろん彼女がボーダーを辞めるからとスポンサーを降りるということはないのだが、彼女とは個人的にも親しかった人物は詳しい事情を知りたいと彼女に連絡を入れてきた。

はじめから挨拶回りをする予定でいたので、ツグミは世話になった人たちと面会の約束を取り付けて順に回ることにした。

 

 

◆◆◆

 

 

ツグミにとって一番の恩人ともいえる須坂に真っ先に挨拶へ行ったのは当然なのだが、急がなければならない事情ができてしまったからであった。

彼は第一次近界民(ネイバー)侵攻の際に息子夫婦と孫娘を揃ってエクトスに連れ去られたため、家族を取り戻すことだけを考えてボーダーのスポンサーとなった。

その中で孫娘とほぼ同じ歳のツグミが自分の孫娘が行方不明になった混乱の中で子供ながらにも必死で戦っていたのだと知り、個人的にもツグミのことを応援したくなるのは自然な流れであった。

須坂は末期のガン患者であり、余命わずかであったことからトリオン体による延命の被験者となって家族の帰りをずっと待っていた。

彼の家族は1年半前に帰国でき、家族は再び共に暮らすことができるようになったのだが、生身の身体が日々衰えつつある事実から目を背けることはできなかった。

「長くて3年、早ければ半年」と医師から宣告されていたのだが、気力とトリオン体のおかげで3年半も生き続けることができた須坂。

しかし彼の波乱に満ちた人生もそろそろ終焉を迎えようとしていた。

家族に囲まれて穏やかで幸せな日々を過ごしていた彼は自分の最期の時が間もなくやって来ることを察してツグミに会いたいと申し出てきたのだが、そのタイミングが彼女のボーダー引退発表と偶然一致したのだった。

 

 

須坂家の邸宅には何度も招待されて家族ぐるみの付き合いをしていたツグミにとってこれが最後の訪問になるということは意識せざるをえない。

すべてにおいて出会いがあれば別れがあるのは仕方がないことで、多くの場合は別離とは哀しいものである。

それが永遠の別れとなれば胸が痛むもので、当然ながらツグミも複雑な気持ちを抱えたまま須坂家の門をくぐった。

孫娘の美桜がツグミを歓迎し、須坂の療養している部屋へと案内してくれる。

ツグミはここに着くまでに彼にだけは真実を話そうと覚悟を決めていたため、部屋に入る時にふたりきりにしてくれるよう美桜に頼んだ。

美桜とは親友とまでは言えないが親しい友人であるため、事情を訊かずにツグミを須坂の部屋に入れるとすぐに退出してくれた。

 

「ツグミくん、久しぶりだね」

 

須坂はベルベット生地のソファに腰掛けながらツグミに声をかけた。

その姿は健康な70代半ばの老人に見えるのだが、それは彼の数年前の姿をトリオン体に反映させているだけ。

実際の病魔に侵されて衰弱しきったみじめな姿を見せたくはないと、医師と家族以外の人間との面会にはトリオン体に換装するのだそうだ。

ツグミのことを孫娘同様に可愛がっていた彼も自分の本当の姿を見せることができるほどの勇気はなく、それが偽りであっても元気な姿を見せたいと思ったのだ。

もちろんツグミも承知しているから自然に振る舞うことができ、演技ではなく普段と変わりのない笑顔で挨拶ができる。

 

「お久しぶりです、須坂さん。仕事が忙しくてついご無沙汰してしまいました」

 

「いや、かまわないさ。きみは総合外交政策局長として近界(ネイバーフッド)とこちら側の世界を行ったり来たりしているそうじゃないか。しかしボーダーを辞めて近界(ネイバーフッド)の何とかという国で暮らすというがそれは本当かね?」

 

「はい。今日はその件もあってお伺いさせていただいたんです。須坂さんにだけは嘘をつきたくなくて本当のことをお話したいと…」

 

「本当のこと?」

 

「わたしがボーダーを辞める理由です。本当なら公にしては都合が悪いことですけど、須坂さんなら大丈夫だと思って」

 

「それは儂がもうすぐ逝くからか?」

 

「それもありますが、あなたならわたしにとって不利になることは絶対にしないという確信がありますから」

 

「フッ…正直だな。ああ、きみが望むならその秘密とやらも墓まで持って行こう」

 

「ありがとうございます。…実はわたしの父はエウクラートンという国の近界民(ネイバー)で、こちら側の世界の母と結婚したんです。ですからわたしは近界民(ネイバー)との混血(ハーフ)でして、そのことを知られると悪意ある人物からボーダーが糾弾されるネタにされてしまう可能性があるためごく一部の身内しか知らないことなんです」

 

ツグミが近界民(ネイバー)との混血(ハーフ)であるという告白は須坂にとって驚くべきことであったがなぜか自然と受け入れることができた。

 

「そうか…」

 

「わたしの言うことを信じていただけるんですね?」

 

「もちろんだ。きみが嘘をつくはずがない。それにこれまでのきみの働きを見ていれば納得できるというもの。驚きはしたがこれですべてがつながったような気分だ」

 

「そう言っていただけで安心しました。父はエウクラートン王家のリベラート皇太子の実子で、わたしが王族の一員だったことがわかったんです。それでいろいろな事情があって、わたしはエウクラートンの女王になるために行かなければなりません」

 

ツグミの衝撃的な告白に須坂の顔は一瞬青ざめたが、すべてを納得して受け入れているといった表情の彼女の顔を見て口から言葉が自然に漏れた。

 

「それはもう二度とこちら側の世界には帰って来ないということなのかい?」

 

「いいえ。老齢の女王がその勤めを果たせないということで、現状では女王になれる資格を有する人間がわたししかいないために()()()としてその座に就くだけです。エウクラートンの王族に女王となれる女児が生まれたら、その皇女に女王の役目を譲ってわたしはこちら側の世界に帰って来る約束になっています。ただしそれが10年先なのか20年先なのかはわかりません。でも必ずわたしは帰って来ます。だってこちら側の世界こそがわたしの故郷。大切な人たちのいるかけがえのない場所ですから」

 

「そうだな。きみのことなら何年先であっても必ず帰って来るだろう。…しかし儂はもう会えぬ。これが最後ということになるのだな」

 

「…はい。トリオンを使用した近界民(ネイバー)の技術は驚愕すべきものですが、最も崇高でかけがえのない人間の命というものを永遠のものとすることは不可能。こればかりはどうすることもできません」

 

「わかっている。儂はもう十分に生きた。家族にも再会でき、もう思い残すことはない。もちろんこの穏やかな日々が一日でも長く続けばいいという欲はあるが、不老不死を望むのは欲が深すぎる。本来ならとっくに死んでいてもおかしくはない状態なのにトリオン体のおかげでここまで生きることができた。それもボーダーときみたちの働きがあってのことだ。感謝している」

 

そう言って須坂はツグミの手を取り深々と頭を下げた。

 

「こちらこそ須坂さんの支援のおかげで活動を続けることができました。アフトに連れ去られたC級隊員を救出できたのも、第一次侵攻で拉致された多くの市民を帰国させることができたのもすべてスポンサーである方々のおかげで、特に須坂さんには個人的にも大変お世話になりました。この感謝の気持ちは言葉には表せるものではなく、どうしたら良いのかわからず困っているくらいです」

 

「ハハハ…。それならこちらも同じだ。ボーダーのみなさんがいたから第一次侵攻は被害を最小限で食い止めることができたのだし、拉致された市民も帰国することができた。儂が家族と再会できたのはボーダーのおかげだ。儂はその感謝の気持ちを表す手段としてボーダーへの支援を続けている。だからきみも儂に感謝していると言うのであれば、儂個人ではなくこちら側の世界に住む者たちが安心して暮らせるように努力してくれるだけでいい。つまり今までどおりで良いということだ。そしてきみには儂という存在がきみの人生に良い意味で関わることができたことを忘れないでいてくれたらいい。そうすれば儂の肉体は滅びても親しい者たちの心の中で生き続けることができる」

 

「わかりました。お約束いたします」

 

ツグミの言葉がよほど嬉しかったのか、須坂は満足そうな笑みを浮かべて何度も頷いた。

それから1時間ほど思い出話をしてからツグミは退出したのだが、これが彼女と須坂の最後の対面となった。

須坂は彼女と面会をした日からちょうど1週間後に昏睡状態となり、その翌朝に眠るように息を引き取った。

地元の名士である彼の葬儀には大勢の知人や取引業者などが参列してツグミはゆっくりとお別れをすることはできなかったが、それでも須坂とふたりでゆっくり語り合えた思い出があったことで悔いはないようである。

 

 

◆◆◆

 

 

須坂の葬儀会場で偶然ツグミは大迫壮二郎と再会した。

現与党の幹事長である彼にはボーダーもいろいろと世話になっており、特に三門市が「トリオン特区」と制定されたのは彼の力添えがあってのこと。

おかげで三門市内に限定されるがさまざまな分野でトリガーが使用できるようになった。

工事現場での作業員がトリオン体で仕事をすることで生命の安全の確保が容易になり、三門スマートシティの建設現場では人身事故は1件も起きていないし、作業効率が通常の3倍以上となっていて間もなく第3期の工事が終了するとのことだ。

消防でも現場で危険な作業を行う際にトリオン体を使用する許可が下り、火災等の災害現場で彼らは活躍している。

なにしろトリオン体ならトリオンによる攻撃以外ではダメージを受けないので燃え盛る炎の中へ軽装で飛び込んで行くことはできるし、身体能力が格段にアップするから重機等がなくても人命救助ができる範囲が広がるというもの。

救助隊員の身の安全が保障されることによって、危険な職種ではなくなるために志願者も増えてきているらしい。

警察でもトリオン体だけでなくボーダーの銃手(ガンナー)用トリガーが起用されている。

生身の身体に弾が当たっても気絶するだけなので、犯罪者を無力化するための射撃が可能となる。

万が一流れ弾が無関係な民間人に当たっても危険がないとなれば、使用する警官も安心して任務遂行ができるわけだ。

特区である三門市で成功すればいずれは全国でも採用されるだろうが、それはまだしばらく先のことになるだろう。

大迫は高校時代の親友の孫娘が支援を求めていると知って、ツグミとボーダーの活動に政治家として協力をしているのだった。

 

「ご無沙汰しております、大迫先生。このような場所でお目にかかるとは思ってもみませんでした」

 

「ツグミくんは元気そうだな。儂はすっかり老いてしまい、こうして車椅子が必要になってしまったよ」

 

そう言う大迫は車椅子に乗っていて、初老の秘書に押させている。

半年前に大病を患い、手術後は車椅子の生活になってしまったとはツグミもニュースで知っていたが見舞いに行くこともできずにいたのだった。

 

「お身体ご自愛くださいませ。日本という国には先生が必要ですが、先生の犠牲の上にわたしたちの生活が成り立つということはあってはなりませんから」

 

「ああ、わかっておる。儂も自分がのんびりと釣りのできる平和な国であってほしいからこそ老体に鞭打って国にわずかばかりの奉仕をしているのだからな。…ところできみは近々ボーダーを辞めるそうじゃないか?」

 

「はい。これからボーダーは本格的に近界民(ネイバー)との共存を目指し、そのために近界(ネイバーフッド)に足掛かりとなる場所を設けたいと考えて、エウクラートンという国の王家の方とわたしが個人的にも親しくなったことでしばらくそちらに拠点を置いて活動をすることになりました。近界民(ネイバー)の世界に身を置くことで彼らの暮らしぶりを知り、何を必要としているのか、また何を提供してもらえるのかなどを調査することができます。こちら側の世界と近界(ネイバーフッド)を行ったり来たりしていると時間がかかって効率が悪いですからね」

 

「そういうことか。この役目は誰にでもできるというものではなく、きみにしかできないことなのだろう。会えなくなると寂しいが頑張ってくれ」

 

「はい」

 

「それにしても突然のことだがどれくらいの期間を予定しているのかな?」

 

「まだはっきりとは決まっていませんが、少なくとも10年くらいは腰を据えて結果を出したいと思っています」

 

「10年か…長いな。しかしその頃には政治から引退してのんびりと釣り三昧の毎日を過ごしていることだろうから、帰って来たらすぐに会いに来てくれ。美味い魚をご馳走する」

 

「はい、それを楽しみに頑張ります。これまでどうもありがとうございました。いつまでもご健勝でお過ごしください」

 

葬儀会場のロビーでの立ち話になってしまったが、こうして大迫への挨拶は終わったのだった。

 

 

◆◆◆

 

 

これまで世話になった人たちへの挨拶回りもほぼ終えたところで、ようやく小笠原雪弥との面会が叶った。

彼は自社の代表取締役の仕事だけでなく三門スマートシティ・プロジェクト協議会事務局長も務めているため多忙な人物で、お互いに予定が合わずにいた。

そして彼が三門市へ来るという日にツグミも空き時間を作って会えることになったのだった。

場所はスマートシティ内にあるレストランで、昼食を兼ねて会うことにした。

そのレストランは雪弥の知人が経営しているカジュアルな店で、帰国した元拉致被害者や移住した近界民(ネイバー)が従業員として働いている。

 

予約席という札の置かれた窓際の明るい席に通されたツグミが椅子に腰掛けて待っていると、5分ほど遅れて雪弥が店に駆け込んで来た。

 

「ツグミくん、遅れてすまない」

 

「フフッ、相変わらずですね。九住市で初めてお目にかかった時も5分ほど遅刻なさった。今日もまた大きな荷物を背負った老婦人がいらっしゃったとか?」

 

ツグミは雪弥と初めて会った時のことを持ち出して冗談半分に言う。

 

「ハハハ…きみには敵わないな。だけど今日は頭がボサボサじゃないだろ? ここに来る前にきちんと整えてきたからね」

 

「つまり身だしなみを整えていて遅刻したんですね?」

 

「あ…そうか。そういうことになるな」

 

そう言って雪弥は照れくさそうに頭を掻く。

 

「ああ、それじゃせっかく整えた髪がまた…」

 

ツグミは微笑みながら自分のバッグから櫛と手鏡を取り出して雪弥に手渡した。

すると雪弥は急いで髪を梳かし、手鏡で確認する。

 

「うん、これでOK。きみの前でカッコつけようとするといつも失敗してしまうな」

 

「飾らない自然体が一番ですよ。…今日はお忙しい中、お時間を作っていただきありがとうございました」

 

ツグミが礼を言うと、雪弥は首を横に振る。

 

「いや、僕こそ会いたいと思っていてもなかなか会えずにいて申し訳ないと思っている」

 

「でもそれはスマートシティ・プロジェクトが順調に進んでいるからで、それは歓迎すべきことです」

 

「たしかにな。だけどきみがボーダーを辞めて近界(ネイバーフッド)へ行ってしまうとなればきみとの面会を最優先とすべきなんだが、やっぱり立場というものは個人の自由を束縛してしまうものだ。個人の自由を優先しようとすれば周りの人間に迷惑がかかるのは事実だからな」

 

「はい、それはわたしも良くわかります。たとえその立場というものが自分の望んだものではなくても仕方がないと。今のわたし自身がそうですから」

 

ツグミがエウクラートンの女王になるのは彼女が望んだことではなくリベラートの孫で女王の資質があったからである。

もし彼女が自分の自由を選んで女王となることを拒否すればエウクラートンではエレナが身を削って務めを果たさなければならない。

ツグミとしてはあらゆる行動が「自分のため」であったとしても、他人の犠牲の上に成り立つものであってはならないという信念がある。

だから彼女は個人の自由を捨てて…ではなく先送りにして、緊急を要するエウクラートンの女王となる選択をしたのだった。

 

「詳しい事情は聞けそうにないみたいだが、役目を終えてこっちに戻って来たらその時には教えてくれるかい?」

 

「はい。たぶんその頃には秘密にしなくても良いようになっていると思いますから」

 

そんな会話をしていると前菜が運ばれて来た。

 

「ここからはしばし会話と食事を楽しもう」

 

雪弥はそう言って料理に手を伸ばした。

そして十分に食事と会話を楽しんだことで、ツグミは雪弥との「別れの儀式」も無事に済ませたのだった。

 

 

 

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