ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
電話の相手は忍田で、いつものように応接室に須坂が待っていて歓談するのだと思っていたツグミだが、なぜか談話室に来るよう指示された。
それを怪訝に思いながら談話室のドアを開くと、そこには忍田・林藤・唐沢・須坂というメンバーと、さらに見知らぬ男性がひとりいる。
年齢は20代後半から30代前半くらいで、身長が190センチ以上あるガッチリとした体格なので体育会系の人間だろうとツグミは判断した。
「お待たせして申し訳ございません…」
ひとまず畏まった態度で謝罪しておく。
別に彼女に詫びる理由はないのだが、年長者の彼らが自分を待っていたというのだから仕方がない。
「…あの、わたしはなぜここに呼ばれたのでしょうか?」
ツグミが訊くと、唐沢が立ち上がって説明をする。
「まずきみが気になっている人物を紹介する。この人は…」
すると例の見知らぬ男性がすっとツグミの前に来て名刺を手渡した。
「初めまして、どうぞよろしく」
「月刊『ボーダー・タイムズ』編集部、日下智則(くさかとものり)…さん、ですか?」
「そう。『ボーダー・タイムズ』、読んだことある?」
人懐っこい笑顔で迫ってくる日下にツグミは少し引きながらも答えた。
「はい。玉狛支部では毎月発売日に買って来てミーティングルームに置いてありますので、隊員は誰でも好きな時に読めるようになっています。どの記事も面白いですけど、特にひとりの隊員に密着して一週間の様子を伝える業務日誌風の連載が好きです」
「そりゃ嬉しいな。あれは俺が企画担当している記事だから、そう言ってくれる人がいるとますますやる気が出てくるよ」
「はあ…。それで今日は取材ですか?」
「そう。唐沢先輩からきみのことを紹介してやると言われていてね。ああ、彼は大学ラグビー部時代の俺の先輩なんだよ」
(あ…なるほど。たぶんこの人、体格がいいからフォワードだったんだろうな)
ツグミはそう推理したが、まったくそのとおりであった。
「唐沢先輩がスタンドオフで、俺がフッカー。あ、スタンドオフとかフッカーってわかる?」
日下が訊く。
「はい、少しだけなら。スタンドオフというのはハーフバックに位置し、スクラムやモール、ラックといった密集からボールが出てきた時に最初にボールを受け取る役目をするプレイヤー。受け取る瞬間はノーマークなのでパス、パント、突破と様々なプレーを選択できて、そのプレーが攻撃の基点になることから、一般的に司令塔と言われているポジションだったかと。フッカーはスクラムの時にフロントローの中央に位置し、プロップと共に相手と組み合って直接相手を押し込む役割。フォワード陣の中でも特にボールの扱いの上手さ、パスの技量が求められるポジションだったと記憶しています。これで合ってますか?」
ツグミがラグビー用語を多数交えながら答えると、日下と唐沢は顔を見合わせて意味ありげな表情をした。
そして日下はツグミに言う。
「ああ、合っている。いや、パーフェクトだ。うん、先輩の言っていたとおり、きみはなかなか興味深いキャラクターだね」
「はあ…」
ツグミがわけわからないといった感じでポカンとしていると、唐沢が事情を説明してくれた。
「勘の良いきみならもうわかっていると思うが、おれたちは今日のランク戦を一緒に観戦していた。『ボーダー・タイムズ』の来月号の特集はB級ランク戦。そして彼はきみのことを取材したいと言っている。怒涛の勢いで上位グループに駆け上ったことで、きみは今一番の注目株だからね」
「そうそう、さっきの試合だけどすごかったね。3位と4位の
日下はすぐ前に立っているから、ツグミはその圧迫感で気圧されそうになる。
「えっと…でも雑誌の取材となると、メディア対策室長の根付さんのお許しがなければ、わたしはどうしようもないんですけど」
そう言ってやんわりと断るが、唐沢が一枚噛んでいるのだからそこは調整ができているはずである。
ツグミが唐沢の顔を見ると、唐沢はニヤリと笑って言った。
「その件については解決済みさ。渋々だが根付さんは許可してくれたよ。まあ、いくつか条件はあるけど」
「条件と言いますと?」
「取材の際にはおれが必ず随伴すること。他には隊員すべてが守らなければならないことだけど、ボーダーに関して個人的思想を持ち出さないこと。上層部批判はしないこと。立場上知り得た情報で機密事項に関することはもちろん、民間人に影響を与えるようなものは口外厳禁、など。まあ、こんなことを言われなくてもきみがボーダーという組織に不利益を与えるような言動はありえないとおれは信じているけどね」
「根付さんも立場上そう言っておかないとマズイですからね…。許可が出ているのであればわたしがNOとは言えません。任務やランク戦に影響が出ない程度で協力させていただきます」
ツグミは唐沢がすべて根回ししているのだから逃げられないと察し、内心嫌だと思いながらもそれをおくびにも出さず答えた。
「ありがとう、霧科くん! じゃあ、早速さっきの試合の感想を聞かせてもらおうかな。こっち来て、ここに座って」
日下に手を引っ張られてしまうが、それを見ていた須坂が一喝する。
「待ちたまえ! 日下くん、きみも仕事でやっているのだろうが、彼女はひと仕事終えたばかりなのだ。少し休憩させてあげてはどうかね?」
その言葉に日下は自分の配慮のなさに気付いたようで、すぐに謝った。
「ごめんねー。つい嬉しくて大人げなくはしゃいじゃったよ」
「いえ、それはかまわないんですけど、手を放してもらえませか?」
「おっと、これは失礼」
日下が手を放したタイミングで、今度は須坂がツグミに近寄って来て彼女の手を握った。
「それに彼女には先約があってな。彼女はいつもランク戦の後、儂らとティータイムなんだ。そうだったよな、唐沢くん?」
「まあ…そうでしたね。日下、悪いが彼女の取材は後日にしてもらえるか? そもそもこの後おまえは夜まで嵐山隊の広報番組撮影に付き合う予定だったろ。時間はいいのか?」
唐沢に言われて慌てる日下。
「やっべー! 霧科くん、取材はまた今度。後で連絡するから携帯の番号とメアド教えて」
すると林藤が日下に言う。
「彼女への取材に関しては俺を通してもらわないとダメだ。連絡は俺の携帯に頼むよ。さっき渡した名刺に番号書いてあるから」
さすがに女子隊員の個人情報を流出するわけにはいかないのだ。
「わかりました。ではのちほど。…じゃ、霧科くん、よろしくね」
そう言って日下は談話室を飛び出して行った。
◆
日下の様子を見ていたツグミは安堵のため息を吐きながら見つめていた。
「はぁ…。なんだか急にドッと疲れが出てきたみたいです。それにしても唐沢さん、本当に大丈夫なんですか?」
「ああ。さっきも言ったように約束さえ守ってくれれば問題はない」
「ですが問題児のわたしではボーダーのイメージを損ねるような気がします。隊務規定違反でB級落ちした元A級だなんて外聞が悪い。それでも根付さんがOKしたということは城戸司令の許可が出たということなんでしょうけど、いったいどんな心境の変化があったんでしょうか?」
「それは…城戸さんもおまえのことを認めているということだ」
それまでずっと黙っていた忍田が口を開いた。
「城戸司令がわたしを…?」
「ああ。さっきの試合もここで私たちと見ていて、おまえが生駒と蔵内をアイビス
「……」
「あの人だっておまえのことを疎んじているわけじゃない。おまえがおまえのやり方でボーダーと三門市民のために働いていることを良く知っている。だから何も言わずにおまえの好きにさせているんだ」
不安げなツグミに忍田は諭すように言う。
「あの人に心境の変化などなかったさ。…あの時、おまえの隊務規定違反によって一時的に裏切られたという気持ちにはなっただろうが、それでも城戸さんは昔の城戸さんのままだ。それはおまえもわかっているだろ?」
「…はい。考え方は違っても目的が同じであることは重々承知しています。あの時の処分も期待度の高さの裏返しだと思っていますから、わたしも城戸司令のことを嫌ってはいません。ただ昔のような接し方ができないので、できるだけ顔を合わさないようにしていただけです。でもボーダーにとってマイナスの影響を与えそうな人間がマスコミに顔を出すのは得策ではないと考えていると思っていたんですけど」
「しかしそのマイナスを補って余りあるプラスがあるとなれば、その有用な駒を使わない手はない。城戸さんはそう考えているのさ」
忍田はそう言うが、ツグミには自分に「マイナスを補って余りあるプラス」があるとは思えない。
しかし城戸が許可を出したことに従わなければそれこそまた命令違反を犯すことになる。
それに他人から期待されているのであれば、それを裏切る行為はしたくないというのが彼女のポリシーである。
「わかりました。今度こそ城戸司令の期待を裏切らないよう、やれるだけのことはやってみます」
ツグミがそう答えると、忍田だけでなく唐沢・林藤・須坂の3人も「頑張れ」と言いたげに微笑んだ。
それからいつもの応接室に場所を移動して、ツグミを中心としたティータイムが催された。
そこで須坂たちに試合の解説をしたのだが、ふと気付いた疑問を口にした。
「それにしてもなぜ今回はここではなく談話室で観覧されたんですか?」
すると須坂が答えた。
「前回きみに解説してもらった試合がわかりやすくてな、そこで解説を聞くことができる談話室を使わせてもらったのだよ。儂はボーダーのスポンサーだからそういうワガママができる。ハハハ…」
ランク戦の解説は観覧室と談話室及び各隊作戦室に限って聞くことができる。
応接室での見物だと映像のみになるから、解説付で試合の様子を見たいのであれば談話室を使うのは自然の流れだ。
「城戸さんも用事がなければ談話室で見物することが多いんだぞ」
林藤が説明する。
「今日も時間があったからあそこで一緒に見物していた。他にも鬼怒田さんと根付さん、隊員だと二宮がいたな」
「二宮さんもですか!? …まあ、近いうちにぶつかる相手ですからね、敵情視察というところでしょうか」
ツグミはそう言ってうそ笑む。
「おっ、その顔、余裕って感じだな?」
「いえいえ、とんでもありません。ただ彼がわたしのことを気にかけていて、本気で叩き潰そうとしているのならそれはとても光栄なことです。だからつい嬉しくなっちゃって。彼に余裕で勝てるなんてこれっぽっちも思っていません」
「ってことは、ギリギリなら勝てる自信があるのか?」
「勝負は時の運です。これは自信持って言えます」
ツグミが得意げに言うものだから、林藤たちは失笑してしまった。
それに合わせてツグミも笑う。
(暫定とはいえ
もちろん文字通り「死ぬ」わけではない。
それくらいの覚悟で戦わなければならないという意味である。
「勝負は時の運です」などと言っているが、彼女に勝算は1%もない。
それを本人も自覚している。
厳しい戦いになるだろうが彼女にとってそれは歓迎すべきことで、今から楽しみで仕方がないのだった。
「それはそうと、今夜のことだが…」
唐沢が唐突に言い出した。
「…お疲れだろうがツグミくんもよろしく頼むよ」
「は? よろしくって…今夜、何かありましたか?」
心当たりのないツグミは唐沢に訊く。
「何かって…今夜はおれたちと一緒に須坂会長の誕生パーティーに出席することになっているんだが、林藤支部長から聞いてないのかい?」
その言葉を聞いて驚いたツグミが林藤の顔を見ると、彼は申し訳なさそうな表情で手を合わせる。
「すまん、ツグミ。言うの忘れてた」
「すまん、って言われても困るんです。誕生日だって知っていればプレゼントを用意できたのに…」
林藤に文句を言うが、事情が事情だけに断ることはできない。
すると須坂が微笑みながら言った。
「きみが来てくれるだけで十分だよ、ツグミくん。それに儂の目の前で素晴らしい試合を見せてくれた。これ以上嬉しいプレゼントはない」
「ですがそうおっしゃられても須坂会長のパーティーともなればそれなりの準備だって必要です。公式の場に着ていく服だってありませんし」
ツグミも須坂の誕生パーティーが身内や友人だけの集まりではないことくらいはわかっている。
だからやんわりと断るつもりで言ったのだが逆効果だった。
「その心配はいらない。よし、今から儂と一緒に行って、きみに似合うドレスを見繕ってもらおう!」
「見繕うって!? ち、ちょっと待ってください! そんなの困ります!」
須坂のパーティーに出席するために須坂本人にドレスを用意してもらうなんてあってはならないことだ。
しかし須坂は彼女の胸中など解せず、上機嫌で彼女の手を掴むと唐沢を呼ぶ。
「唐沢くん、ツグミくんは儂と一緒に先に行く。きみたちは時間になったら直接会場へと来てくれたまえ、ハハハ…」
問答無用といった感じで応接室から連れ出されるツグミの姿を眺めながら失笑する唐沢・忍田・林藤の3人。
彼らの様子だとすべて織り込み済みだといった感がある。
ツグミは救援を求めても無駄だと知り、そのまま須坂と共に本部基地を出たのだった。