ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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661話

 

 

ツグミがボーダーを辞めることでボーダーにいる理由がなくなってしまった者がいた。

それはキオンの軍人の立場でありながら出向という形でボーダーの総合外交政策局員を勤めていたゼノン、リヌス、テオの3人である。

彼らはミリアムの(ブラック)トリガーを手に入れるために三門市へやって来て、ツグミを拉致して城戸に(ブラック)トリガーを渡すよう要求してきた。

しかしツグミの機転によって彼らは任務に失敗して捕虜となってしまう。

玉狛支部預かりとなった彼らはツグミのおかげで捕虜というよりは客人待遇でひと月ほど過ごしていて釈放されることになったのだが、彼らにとって帰国することは任務の失敗を上官に報告することで、それはすなわち厳罰が待っているということであった。

彼らには祖国を捨てて逃げてしまうという手もあったのだが、テオの家族のことを考えるとそれはできず、またキオンの軍人としての矜持がそれを許さなかった。

ゼノンはリヌスとテオの受ける罰も自分ひとりで受ける覚悟でおり帰国を決めたのだったが、ツグミがキオンへ行ってテスタ・スカルキ総統に減刑の直談判をすると言い出した。

城戸をはじめとした周囲の人間は全員がキオン訪問を反対したが、ツグミはキオンを味方にすることができればアフトクラトル遠征成功の確率が格段にアップすることを熱心に説いて近界(ネイバーフッド)への渡航の許可を得た。

そしてツグミはテスタと面会して彼とキオンを味方にすることに成功した。

自分の敵として現れたゼノンたちの減刑嘆願のために敵地に乗り込んで来た豪胆な少女に魅了され、玄界(ミデン)と良い関係を築くことがキオンにとって利益となるとテスタは判断したのだ。

ゼノンたちは自分たちの知る限りのアフトクラトルの情報を提供し、さらにボーダーのアフトクラトル遠征への全面的な協力を申し出てくれたことで遠征部隊本隊は無事にC級隊員全員を無事に救出し、遠征部隊メンバーにも被害はないという大成功を収めたのだった。

本来ならここでゼノン隊はキオンに帰国することになるはずだったのだが、テスタは彼らをボーダーに出向させた。

それはボーダーとの縁を切りたくはないという理由だけでなく、ゼノンたちが個人的に恩人であるツグミのために働きたいという意思をテスタに伝えたからであった。

同盟国として交流は順調に行われていてキオンと玄界(ミデン)との関係は強固なものとなっていたので、ツグミがボーダーを去るのであれば彼らがボーダーに残る理由はなくなる。

3年半も経つと事情は変わっており、3人の立場や現在の暮らしも違うものとなっていた。

3人の絆はとても固いもので、いつまでもこのメンバーで仕事を続けたいと考えていたのだが、それが叶わないということは皆が理解していた。

それでもツグミとボーダーに協力している間は共にいられるのでその日が一日でも長く続けばいいと考えていたのだが、そんな日々が終わる時が間もなく来るとなると本気で自分の将来を考えなければならなくなった。

 

 

「もうすぐツグミがエウクラートンへ行くためにボーダーを辞める日が来る。俺たちは身の振り方を考えなければならない」

 

ゼノンは寮の自分の部屋にリヌスとテオを呼び、3人で身の振り方を話し合うことにした。

 

「おまえたちも考えているだろうから、ここで気持ちの整理と決断をしておきたいと思う」

 

ゼノンがそう言うと、リヌスとテオは黙って頷いた。

 

「先月、ツグミが例の件でエクトスへ行った時に同行したテスタ殿下から手紙を預かっている。それには俺たちの役目はひとまず終わったということで、ボーダーへの出向はツグミの退職と同時に終わることになる。そこで俺たちは元のキオンの諜報員に戻るわけだが、殿下は帰国を歓迎すると言っている。それには本国での立場と給与の保証も含まれているわけで、3人揃って堂々と帰国することができるというものだ」

 

「「……」」

 

「しかしおまえたちの胸の中には凱旋したいという気持ちはないのだろ? 俺もそうだ。今さら元の諜報員として働きたいとは思わないし、今後はトリガー使いなど不要な世界になるだろうからな。テスタ殿下もそれは承知してくれていて、俺たちの自由にしてかまわないとも言ってくれている。それは軍属を離れてどこでも好きな場所で生きていけという意味だが、俺としてはゼノン隊を解散して3人がそれぞれ自分の生きる道を進めばいいと考えている。もちろん退職金は十分に支払われるから金銭的な不安はない。…そういうことでおまえたちに何か意見はあるか?」

 

ゼノンが問うと、リヌスは「異論なし」という意味で首を横に振った。

しかしテオは思うところがあるのか下を向いて黙ったままである。

 

「テオ…」

 

ゼノンが名を呼ぶと、テオは絞り出すような声で答えた。

 

「わかってる。オレだってもうガキじゃないからいつまでも3人で一緒にいるなんて無理だってわかってるさ。それに隊長やリヌスはオレのために部隊を解散しようっていうんだろ? だからオレも反対はしないさ。だけどオレはまだ割り切ることができないんだ。家族みたいにずっと一緒にいた隊長やリヌスがいない毎日なんて耐えられないんだよ!」

 

テオは両親やきょうだいを養うために軍人になり、功績を上げて一等市民になって楽な暮らしをさせたいという一心で働いていたのだが、現在はその家族を玄界(ミデン)に呼び寄せて一緒に暮らしている。

本当の家族と暮らして満ち足りているものの、家族同様のゼノンとリヌスのふたりと別れることは身を切られるように辛い。

しかしみんなでいつまでも一緒に仲良く過ごすということは自分の子供っぽいワガママでしかなく、隊長が部隊を解散すると言うのならそれに従うべきだという大人の判断が入り混じってしまい、本人も頭の中がぐちゃぐちゃになってしまっているのだ。

 

「…わかってるさ。ツグミだって三門市(こっち)にいたいのにエウクラートンのために決心した。家族や仲間に会えなくなる、自分のやりたいことも我慢して女王との役目を勤めるって、あいつにとってはすごく苦しいことだと思う。それを誰かから言われたからじゃなくて自分で決断したんだからあいつらしいし、オレはそれを尊重する」

 

「「……」」

 

「あいつは他人のためじゃなくて自分のために行動していると言うけど、それが結果的にみんなのためになっていて、それがみんなの支持を得ている。だけどオレが自分のために行動することはそのまんま自分のワガママを通すことになってしまう。それに今までオレはゼノン隊の一員で隊長の命令に従ってさえいればそれが最善の道なんだと信じていた。だから隊長が部隊を解散すると命令をするならオレは従うだけだけど、オレに判断を委ねると言われても何も決められないんだよ」

 

テオが苦しみながらも正直に気持ちを吐露している姿を見て、リヌスは自分も告白することにした。

 

「テオ、私にもおまえに気持ちは良くわかる。私たちは10年以上もずっと共に生きてきた。おまえにとっては人生の半分を隊長と私との3人でいたのだからゼノン隊への思い入れが尋常でないことは納得できるよ。こんな日が来ることは覚悟していたけど、私だってこうして現実に目の前に突き付けられて冷静ではいられない。見た目はいつもと変わらないように見えるだろうが、内心ではとても不安だし辛いんだ」

 

「リヌスでも?」

 

「もちろんだ。私も今というこの時間が永遠であれば良いのにと何度思ったことか。たしかに今が幸せで楽しいと思えるからこそ永遠であってほしいと願うのだが、人の命が永遠ではない以上はこの幸福もいつかは消えてしまう現実だ。失うということは辛いし哀しい。でもそれをただ嘆いているだけではいけない。ではどうすればいいのか? 答えは簡単だ。過去を振り返って『昔は良かった』と言うよりも、未来に目を向けて『今が一番幸せだ』と思えることを手に入れる。それを繰り返していれば昨日よりも今日、今日よりも明日が一番幸せだということになる。失ったものよりも大きい幸せを掴み取ればマイナスがプラスと相殺されて小さくても確かな幸せがそこにある。ツグミの生き方を見ていて私はそう思えるようになったんだ」

 

そう言ってリヌスは微笑んだ。

 

「ツグミは幼い頃からたくさんの出会いと別れを繰り返し、辛いこともたくさんあっただろう。しかしそれを否定することなく今と未来を生きるための糧にしているように見える。彼女の両親を殺したのはキオンの諜報員、つまり私たちと同じ立場の人間だった。もし彼女が過去の哀しい事件に囚われていたら、私たちはこうして今ここにいることはなかっただろう。彼女は私たちを友人として受け入れ、私たちのために働いてくれた。それは両親の死を忘れたのではないし、実行犯を許したのではないはずだ。彼女は両親の死とは無関係な私たちを逆恨みするよりも受け入れることで自分が幸せになれると信じて行動したのだと私は思う。テオも言ったように彼女は自分の幸せのために行動することを信条としている。でも他人の犠牲の上に成り立つ幸せであってはならないと考えて、彼女は自分だけでなく周りの人間をも幸せになれる選択をするんだ。実際に私たちはこの時間が永遠であってほしいと望むほど今が幸せで満ち足りている」

 

「うん。ツグミのおかげで任務に失敗したのにお咎めなしで逆に昇進してしまったくらいだし、家族に楽な暮らしをさせてあげたいと思って軍人になったのになかなか楽にならないどころか一緒に暮らすこともできずにいたけど、今は家族と一緒に満ち足りた毎日を過ごしている。隊長が部隊を解散すると言ったのも、玄界(ミデン)の暮らしに馴染んだオレの家族を今さらキオンに連れ帰るのは忍びないと考えたからだろ? 衣食住に不自由しないで家族と一緒にささやかな暮らしができるというオレの願いは叶い、それを失わないためにはキオンの諜報員ではいられない。テスタ殿下が好きにしろと言ってくれたんだから隊長は部隊を解散することにして、オレをキオンの軍人という枷から解放してくれるってことなんだよな?」

 

ゼノンはテオの言葉に大きく頷いた。

 

「ああ。今のおまえにとって最優先なのは本当の家族と一緒に暮らすことだ。俺たちの関係は家族に近いものであっても所詮は他人の集まりで、同じ目的を持って行動する仲間でしかない。しかし仕事柄その結び付きは家族と近いものがあったから、子供のおまえには特に家族のように思えたんだ。どちらかひとつしか選べないのなら、絶対に幸せにしてあげたいと思う方を選べば間違いはない。俺たちは自分で幸せを掴むことはできるが、おまえの家族はおまえが一緒にいることが重要なんだぞ。それはわかるよな?」

 

「はい」

 

「それに俺たちが部隊を解散したからってこれでこの固い絆が失われるってことはない。俺たちがキオンへ戻ったとしても用事があれば玄界(ミデン)へ来ることもある。ツグミの構想では同盟国の国同士であれば各国の政府が発行したパスポートという身分証明書となるものを所持し、相手国が入国を許可したという証拠のビザがあれば民間人でも移動が可能となるらしい。そうなればキオンと玄界(ミデン)が最も近付く時期なら数十時間で移動することができるし、おまえだけでなく家族も気軽に里帰りができるというわけだ」

 

「そうか、そうなれば隊長やリヌスにも簡単に会えるってことか」

 

「ああ。部隊が解散したところでそれが永遠の別れになるわけじゃない。それぞれが別の道を進みながらも同じ方向を目指して歩んでいるなら哀しむことじゃないんだ。ツグミはそれがわかっているから自分が去った後のことも考えて近界(ネイバーフッド)玄界(ミデン)の交流が円滑に進むよう後輩を鍛えた。オサムたちならツグミの意思を継いでくれるはずだ」

 

力強いゼノンの言葉にテオは笑顔を取り戻した。

 

「ハハハ…オレってこんな簡単なことに気付かないなんてバカだな。だけどふたりがいてくれたおかげでスッキリした。うん、オレは玄界(ミデン)に残って家族と一緒に暮らすよ。みんなもこっちの生活に満足しているし、総合外交政策局の局員を続けることで家族を養っていける。弟や妹も学校を卒業すれば近界民(ネイバー)でも就職口はあるだろうから心配はない。三門市の外では厳しいだろうけど、市内なら安心して生きていけると思う。そしてオレと同じような近界民(ネイバー)の手助けをしてやれたらいいと思ってる」

 

「それはいい。おまえは玄界(ミデン)側の窓口としてしっかりと受け入れ態勢を整えてくれ。そうすれば俺も安心してキオンの技術者(エンジニア)や教育者の卵を送り出せるというものだ。俺も現場で動くには若くない歳になってしまったから、これからは近界(ネイバーフッド)玄界(ミデン)の明るい未来を創ろうとする若者を支える仕事でもしようかと思う。リヌス、おまえはどうするんだ?」

 

ゼノンがリヌスに訊くと、リヌスはずっと前から決めていたことを話した。

 

「私はエウクラートンに腰を据えようかと思っています」

 

リヌスの口からエウクラートンの名が出て、ゼノンは「やっぱりな」という顔をして言う。

 

「おまえの故郷はエウクラートンだものな、何ものにも縛られずに自由に生きるのなら故郷がいいに決まっている」

 

「はい。ですが理由はそれだけではないんです」

 

「理由?」

 

「キオンの墓地で眠っているエウクラートンの同胞を祖国の地に帰してあげようかと思い、すでにテスタ殿下にはすでに許可をもらっています。エウクラートンの方もツグミが墓地となる場所を用意してくれると約束してくれましたから」

 

「そうか…おまえがそう決めたなら最後までやり遂げろ」

 

「はい」

 

ゼノンに背を押してもらえたような気になり、リヌスは自然に微笑んだ。

彼は本当の理由をゼノンとテオには話さないでいた。

本当の理由とはツグミとの約束を守るためで、そのためにエウクラートンへ行くことに決めたのだ。

「もしわたしの存在が近界(ネイバーフッド)にとって害悪となるなら、誰でもなくあなたに止めてもらいたい」とツグミに頼まれ、リヌスはそれを承諾した。

もちろん彼女の存在が害悪となるはずがないのだが、本人にそう頼まれたのであれば最後まで共に生きるしかない。

ツグミはリヌスの自分に向ける好意に気付いていて、恋愛感情でもなく、家族愛でもない、それにも勝るとも劣らない「信頼と友愛」で応えたいと決めた。

それがこの「約束」であった。

リスヌも彼女の気持ちを理解し、彼女にとっての最高の友人であろうとしている。

だからだからツグミがエウクラートンにいる以上は自分もそばにいなくてはならないと考えているのだ。

そしてツグミとの約束はリヌスにとってかけがえのない大切な宝物であるから最後までふたりだけの秘密として家族同様のゼノンとテオにも話すことは永遠にない。

 

こうしてゼノン隊の3人もそれぞれ自分の進む道を定め、残り少ない日々を後悔のないよう過ごすことにしたのだった。

 

 

◆◆◆

 

 

ツグミがボーダーを辞めてエウクラートンへ行くというニュースがボーダー内に広まると、彼女に関わる隊員や職員の中にはいろいろ思うところがあって複雑な心境になった者もいた。

しかしそれでも大人であるから納得できないまでも反対はしない。

ただし子供だと事情が違ってくる。

陽太郎とレクスのふたりは小学生で、ツグミのことを慕っていたから最低でも10年という長期間会えないことに対して納得できないし、いろいろと隠しごとをしている様子の大人たちにも不信感を抱くこととなった。

そこでツグミは正直に事情を話すことにして、お手製のアップルパイを手に玉狛支部へと足を向けた。

彼女が訪問するということは事前に知らされていたので、ふたりはおとなしく部屋で待っている。

この後ツグミから衝撃的な事実を聞かされるとはまったく想像もせずに…

 

 

 

 

「さあ、召し上がれ」

 

ツグミがアップルパイと紅茶を陽太郎とレクスに勧めるが、ふたりは憮然とした顔でじっとツグミを見つめる。

 

「あなたたちの言いたいことも気持ちもわかるわ。だから今日はこうしてふたりに説明をしに来たのよ」

 

「ワイロは受け取らんぞ」

 

陽太郎が腕組みをしながらそんなことを言うものだから、ツグミは思わず苦笑してしまう。

 

「ワイロなんかじゃないわよ。それともヨータローはいいとこのどら焼きの方が良かったかしら?」

 

「そうは言わん。だがおれはツグミがエウクラートンへ行くことに反対だ。だから食べ物なんかでごまかされないぞ」

 

「あらあら。レクスくんはそんなことを言わずに食べてくれるわよね?」

 

「ボクはツグミが納得できる説明をしてくれたなら食べるよ。林藤支部長やゆりさんはボクと陽太郎を子ども扱いして何も教えてくれないけど、ボクたちはもう子供じゃないんだから理由がわからないままで見送ることはできない。ツグミはボクのためにアフトのお父さまとお母さまに頭を下げてくれた人だ。責任を持つと言ってボクを預かったのにそれを途中で放り出すようなことはしない。逆に言えばそうしなければならない深い事情があると思うんだ。そうなんだろ、ツグミ?」

 

レクスは12歳ということでずいぶん大人じみてきている。

来年は私立の中学に入学して医師を目指すというくらいだから、精神年齢も実年齢と比べてずっと大人だ。

 

「ええ。わたしがエウクラートンへ行くことになった本当の理由を教える。ただしそのことは誰にも絶対に言ってはいけない。それを約束できないのならわたしは何も言わずにこのまま帰るし、ふたりが納得してもしなくてもわたしは三門市を去ることになる。どう?」

 

「約束します。ボクはこれから聞くツグミの話のことは誰にも言いません。陽太郎も約束するよな?」

 

レクスが陽太郎に訊く。

ここでレクスが大人の対応をして自分が子供っぽいままでいると軽蔑されると考えた陽太郎は小さく頷いた。

 

「…約束する」

 

「うん。それじゃあ…」

 

ツグミは自分の本当の父親がエウクラートンの皇太子の息子で、その血を引くツグミにはエウクラートンの女王となる資質があった。

現女王がその勤めを果たすことに支障が出てきたので新しい女王に代替わりをしたいのだが、現時点で女王になれるのがツグミしかいない。

したがってエウクラートン王家に女王になれる女児が誕生してツグミと交代できるようになるまで帰って来ることができないのだと説明すると、陽太郎とレクスは事の重さに黙り込んでしまった。

 

「別に二度と帰って来られないというわけではないし、今1歳だけどリベラート殿下には娘がいる。その子が女王になれるのであれば10年ちょっとくらいでわたしはお役御免ってことになって帰って来られるのよ。わたしには関係ないと言って断ることもできたわけだけど、わたしにはできなかった。(マザー)トリガーとか『神』とかいう近界(ネイバーフッド)(ことわり)、言い換えると人の力ではどうすることもできない世界のルールによって苦しむ人がいて、その人たちを助けることができるのはわたししかいないってなったらこうするのは当然でしょ? あなたたちも同じ立場だったら同じ答えを出したと思うの。自分が一番大事でも、それは周りの人たちの幸せがあってこそ。不幸な人たちに囲まれて自分だけが幸せな気分にはなれないものね」

 

「「……」」

 

陽太郎とレクスは黙って頷いた。

 

「でも好き好んで女王になるわけじゃないのよ。20代という人生の中でも一番何でもできる時期をずっとエウクラートンのため()()に生きるんだもの不満はあるわ。だけど考えようによっては普通の人ではできない経験をさせてもらうことにもなる。そしてエウクラートンでの経験はそれ以降のわたしの人生の糧となると考えていて、いつの日にかこの街に帰って来た時に役立てることができると思う。もちろんこの街にいたからこそできた経験というものもあってそれを失うことになるわけだけど、わたしはエウクラートンに行ったことを後悔しないようにするだけ。…でもあなたたちを哀しませてしまうことになると思うとこの判断が正しいのか不安になってしまう。大切な家族を哀しませてまでエウクラートンという他人ばかりの国のために生きる必要はあるのか、と。まあ、いろいろ悩んだところで自分のやりたいようにやるだけなんだけど、それでわたしの事情と気持ちはわかってもらえたかな?」

 

「ボクはツグミのやりたいようにすればいいと思う。なんだかすごいことになっていたらしいけど、それがわかったからスッキリした。それにツグミが帰って来る頃はまだボクもこっちにいて勉強を続けていると思う。その時に頑張ったねと褒めてもらえるような人間になるよ」

 

レクスは力強く答えたが、陽太郎はまだ納得いかないという顔で黙っている。

 

「ヨータロー、あなたには頼りになる大人が周りにたくさんいるじゃないの。オサムくんたちも玉狛支部で一緒に暮らしているんだし、あなたも中学生になったらボーダーに入隊するからってユーマくんや麟児さんを相手に武器(トリガー)の訓練をしているって聞いてるわよ。わたしとジンさんがいなくなったからって寂しいとか困ることはないでしょ?」

 

「それはそうだけど、ツグミの代わりになる人間はいない」

 

「え?」

 

「これまでツグミがやっていたことを別の誰かがやることになったとしても、霧科ツグミという人間はツグミひとりしかいないんだ。だからおれは…」

 

陽太郎はそこまで言いかけて続く言葉をグッと飲み込んだ。

言えばツグミを困らせるだけだとわかっているからだ。

そしてそれを誤魔化すためにアップルパイを掴んで大きな口でかぶりつく。

 

「モグモグ…ツグミの作ったアップルパイはうまい。しばらくツグミの菓子が食べられないのは残念だが、次を待つという楽しみができた。今度は近界(ネイバーフッド)の菓子を作ってくれるにちがいない。長い間向こうで暮らすのだからうまい菓子のレシピをひとつやふたつやみっつや…いや少なくとも100くらいは覚えて帰って来るだろうからな」

 

「うん、ふたりのためにたくさんのお菓子のレシピをお土産に帰って来るわ」

 

「よし、それなら近界(ネイバーフッド)へ行ってもいいぞ」

 

陽太郎とレクスがツグミとの約束を破るはずはなく、ふたりに納得してもらえたことでツグミは安心して玉狛支部を後にすることができたのだった。

 

 

 

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