ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
玄関ドアのチャイムが鳴り、ゆりが玄関へ行くとそこには唐沢と城戸がふたり並んで立っていた。
このふたりがこのタイミングで玉狛支部に来るとなれば理由はひとつしかなく、ゆりはふたりをパーティー会場へと案内をする。
しかしドアの向こう側から談笑する声が聞こえてくると、城戸は足を止めてしまった。
「やはり私はやめておく。唐沢くんだけで行ってくれ」
城戸が唐沢にそう言うと、唐沢は「やっぱりな」といった感じでため息をついた。
「城戸司令、ここまで来て怖じ気付くなんてボーダーの総司令官として情けないですよ。そもそも覚悟を決めて来たというのに今さら退くなんて敵前逃亡と同じじゃありませんか」
「それはそうなんだが…」
「ツグミくんならこういう時にきっと言うはずですよ。『過去のしがらみに囚われたままでは前に進めませんよ』とね。まあ、三雲くんとはいろいろありましたから改まって話をしようとなると複雑な気持ちなんでしょうが、一度は彼と話をしておきたいと決心したんですから逃げてはいけません」
「…そうだな。ボーダー総司令官としてだけでなく城戸正宗という個人として彼とは話しておきたいと思ったからこそここへ来たのだった。それにもし非難されたところでそれはすべて私の過去の言動が原因となっている。ならば甘んじて受け止めなければいけない」
「今回の集まりは玉狛支部関係のメンバーが多いですから中には思うところのある人もいるでしょう。ですが彼は気にしていないでしょうからそんなに畏まることはないと思いますよ」
「わかった。手間を取らせてしまってすまない」
城戸は気合を入れるかのようにネクタイを締め直すと、ゆりの開けたドアから部屋の中に入って行った。
するとその瞬間、それまで部屋のいたるところで談笑していた声が失せ、その場にいた全員の視線が城戸の顔に一斉に注がれる。
しかしそんな視線に動じず、城戸は覚悟を決めて修のいる部屋の中央まで黙って歩いて行く。
そして修の前に立つと淀みなく言った。
「三雲くん、総合外交政策局局長就任おめでとう」
「あ、ありがとう…ございます。わざわざこのために玉狛支部までお越しいただいたなんて光栄です」
「いや、きみとは少し話をしたいと思っていたものだからな」
「ぼくも城戸司令とお話したいことがありますのでちょうど良かったです」
「私と話を?」
「はい」
「それならすまないがふたりだけになれるようにしてもらえるか?」
「あ…それならこちらへどうぞ」
修は城戸を部屋の外へと招いてそのまま廊下を歩いて行った。
そんなふたりの様子を見ていた小南がぼそりとひとり言を言う。
「今さら何だって言うのよ?
するとそれを耳にしたレイジが諫めた。
「小南、その言い方は失礼だぞ。あの人だって本心からあんなことを言っていたわけじゃない。あの頃はボーダーという組織が新体制で発足し、人材を集めるためにもそういう方便が必要だったと俺は思う」
「だけど修のことを辞めさせようとしたり、大規模侵攻では懸命に戦って死にかけたのに記者会見で全部修のせいにしようとしたのは事実じゃないの!」
旧ボーダー時代からの隊員である小南は
ゆりは「問題は城戸さんより正しい方法を考え付かなかった私たちのほうにある」と考えて城戸を擁護している節はあるが、小南にとっては未だに「裏切り者のおっさん」の印象が強くて彼が何をするにしても疑ってかかってしまう。
だから修が局長という肩書になったことも素直に喜べず、城戸が何かを企んでいて修を利用しようとしているのではないかと考えてしまうのだ。
実際に城戸は修に対して良い印象はなく、自分がやるべきことだと考えてしまうと
しかし修の人間性は認めていて、玉狛第2に対しても特別不遇な対応をしたことはなく、あくまでもボーダーの
ヒュースを玉狛第2に加入させようとした時にも話など聞かずに一蹴してもかまわない立場であったが、修の話を聞いてくれた上に互いに納得できる条件で認めている。
玉狛支部のメンバーだからとかB級隊員だからといって聞く耳を持たないというのではなく、城戸が誰の言葉であっても耳を貸して話を聞くという正しい責任者だというのは誰もが認めていて、未だに彼の言動にグチグチ文句を言うのは小南だけである。
レイジも大規模侵攻後の記者会見で修を
現に記者会見では修の
「城戸さんのことをおまえは悪く言うが、修自身はあの人のことを憎んでも恨んでもいないぞ。責任者としてそうしなければならなかったのだと理解しているし納得もしている。おまえがあの人のことを嫌うのは勝手だが、その気持ちを口にするのはダメだ。俺を含めてここにいる旧ボーダーのメンバーはあの人が変わってしまったことを哀しんでいて、そして
「でも…」
「せっかくの修の局長就任を祝うパーティーの場だというのに水を差すようなことをするのは感心しないぞ。そしてあの人だってここに来るには相当の覚悟があったはずだ。それだけは認めてやってほしい」
小南はしばらく考えてから答えた。
「…悪かったわよ。もうあたしは何も言わない」
そう言うと何もなかったかのように料理を取るために部屋の中央へとすたすたと歩いて行き、自分の皿の上に数種の料理を山盛りにすると誰もいない一角に行って黙々と料理を食べ始めた。
◆
小南とレイジがふたりで話をしている一方、ツグミのいる場所には唐沢がやって来ていた。
「やあ、ツグミくん。賑やかなパーティーだね」
「唐沢部長、お忙しいのに来ていただいてありがとうございます。たぶんオサムくんのお祝いをしたい気持ちと同時に城戸司令を連れて来るために予定を変更してくれたんですよね?」
「なぜそう思うんだい?」
「だって本来ならこの時間は三門スマートシティに建設された児童館の完成披露パーティーに出席しているはず。午後6時からの開催ですからそちらに顔を出してから急いでこちらへ来てくださったんですよね?」
「図星だよ。見事な推理だ」
「初歩的なことですよ。実はわたしにも招待状は来ていたんですけど欠席で返事を出していたんです。ボーダーを辞めるわたしにボーダーの総合外交政策局長として出席を依頼するものでしたから。それにプライベートがいろいろ忙しいので。でもオサムくんのお祝いなら出席するのが当然。わたしの最後の仕事がこんな喜ばしいことですごく嬉しいです」
「きみらしいな。…4年前に三雲くんが第三中学で隊務規定違反を犯した時、おれは彼が自分の正義を振りかざすだけの勝手な少年だという印象を抱いた。しかし
「だから入院中の彼を連れ出して記者会見場に連れて行ったんでしたね。あの時の彼の爆弾発言に城戸司令は一切動揺せず、それを上手く利用して
ツグミがそう言うと唐沢は一瞬表情が強張って、すぐにいつもの表情に戻った。
「いやぁ…気付かれていたのか。ここだけの話だがあの記者会見はおれと城戸さんの計画が元になっていて、根付さんには三雲くんを
「たしかにそうですね。そしてあの記者会見の時に唐沢部長はオサムくんのことを『ヒーローにも反撃の機会が与えられるべきだ』って言っていましたよね? それってあの時からあなたは彼にヒーローとしての素質があると睨んでいたということで、実際に彼は今三門市民にとっての
ツグミがそう言って頭を下げるが、唐沢はそれを否定した。
「ツグミくん、それは違うな。おれが記者会見に彼を連れて行ったのはきっかけにすぎない。彼をヒーロー足りうる人物に育て上げたのはきみたちだ。…これは城戸さんから聞いた話だが、三雲くんが入隊試験に落ちてなお入隊できたのは迅くんが城戸さんに頼み込んだからで、それがなければ彼は入隊すらしていない。まあ裏口入学ではあったが無事に入隊はしたもののトリオン能力が欠如している事実は変えようがなく、トリオン器官を鍛えようにも仮想空間での訓練ばかりでは戦闘技術はアップしてもトリオン器官の成長には意味がない。だから彼は停滞していた。そこに遊真くんが現れて、ここでなぜ迅くんが三雲くんを入隊させようとしたのかがわかったと城戸さんは言っていたよ」
「……」
「でもそれだけでは不十分で、彼を育てる師匠となる人物が必要だった。それがきみだ。周囲の先輩たちは彼の希望である
「それは…わたし自身が身をもって経験をしたからです。わたしがまだ小さかった頃、
「アフト遠征が終わると彼は…玉狛第2はA級昇格試験を受けたものの不合格となった。それは彼らにA級となるだけの実力がなかったことと、一度遠征を経験したことで現実を思い知らされ憑き物が落ちたかのようにA級や遠征に拘ることはなくなったな」
「はい。たぶん麟児さんたちが自力で戻って来たことで
「ああ。そしてその結果は明らかで、城戸さんたち上層部メンバーはもちろん三門市民も彼のことを認めている。まさに彼は三門市民のヒーローで、そしてきみはそのヒーロー誕生の立役者だ」
唐沢の言葉にツグミは顔を赤らめる。
「わたしはそんな大層な人間じゃありません。ただ今の自分がやるべきことを考えて、やれることをひとつひとつやってきただけです。オサムくんは自分がやるべきことを考えはするんですが、やれる
これはツグミが謙遜して言っているのではなく本心からの言葉だ。
彼女にとって修は後輩であって、彼の潜在能力に誰よりも早く気付いて正しく導いただけである。
修はその導きに従ってツグミの仕事ぶりを見ていて、それこそが自分の「そうするべき」だということに気付き、それを成すための力を得るにはツグミから学ぶのだと知ったのである。
そして彼が頑張ることができたのは常に友人がそばにいてくれたからで、その証拠に6回目のベニニタス遠征からはツグミなしで成功させている。
「オサムくんにはもう誰かに導いてもらうは必要ありません。これからは彼が導く者となって、後輩たちを育てていく側になるでしょう。わたしにはその姿を見ることはできませんが、わたしの代わりにしっかりと見てあげてください、唐沢部長」
「ああ、約束しよう。そしてきみが帰って来た時にはその報告をしてあげるから楽しみに待っていて、そして必ず帰って来てくれ」
「はい。楽しみにしています」
ツグミと唐沢の会話を迅は少し離れた場所から見守っていて、話が終わるとふたりにウーロン茶の注がれた紙コップを運んで行った。
◆◆◆
修が城戸を連れて行ったのは彼にとって意外な場所だった。
「ここは…!」
「はい、この部屋は旧ボーダー時代に城戸司令が使用していた部屋です。今はぼくが使わせてもらっています」
「そうか…」
城戸はうっすらと残っている「城戸」の文字のネームプレートを感慨深く指で擦りながら言う。
「みんなはそのネームプレートを外して新しいものを付けるように言ってくれたんですけど、ぼくにはそれを外す気にはなれなくてずっとそのままにしていました。これは城戸司令が旧ボーダーの仲間たちと一緒に夢と理想を叶えるためにここで生きていたという証で、あなたが自分の意思でここを出て行ったのだとしてもその事実をなかったことにはしたくなかったんです。さあ、中へお入りください」
修はドアを開けて部屋の中に城戸を招いた。
「机や家具も残っていたものを使わせてもらっています。懐かしいですか?」
「ああ。あの頃は私もまだ若かった。高い理想を掲げて仲間たちと共に時に笑い、時には泣いて毎日が楽しかった。しかしそんな日々が突然終わり、失ってしまったものの大きさに打ちのめされてしまった。ボーダー創設時のメンバーで私は最後のひとりとなり、私はボーダーをそれまで以上に大きく強い組織にしなければいけないのだという義務感が私を突き動かしていた。ボーダーを
「……」
「…ああ、すまない。私の思い出語りをしてしまった。それよりも話しておかなければならないことがあったというのにな」
城戸は修の目を見ながら続けた。
「三雲くん、どうもありがとう」
「え?」
城戸から突然礼を言われて驚く修。
「きみがいてくれたことで私はもうすぐこの重い荷物を下すことができそうだ」
「それはどういう意味ですか?」
「それについては話すと長くなる。詳しいことはまた時間がたっぷりとある時に話そう。あまり長く席を外していると友人たちがきみのことを心配するだろうからな」
「…そうですか。わかりました。ではいつか必ずお願いします」
「ああ、約束しよう」
修はこの時初めて城戸が旧ボーダーメンバーの集合写真に写っていた笑顔の片鱗ともいえる表情を見た気がしたのだった。