ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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68話

 

 

三門市内にある某高級ホテル。

華やかな飾り付けの施されたバンケットルームでは、300人近い招待客が歓談していた。

男性はタキシードやディレクターズスーツをぴしっと決め、女性はきらびやかなセミイブニングドレスやカクテルドレスで身を飾っている。

多くは須坂の会社の取引先関連の人間で、他には彼の会社の幹部クラスの社員や彼の古い友人たちとそのパートナーたちである。

共通しているのは「多かれ少なかれ全員が須坂のおかげで今の自分がある」ということ。

須坂の古稀のお祝いをすべく集まっているのだ。

その主役である須坂が会場に姿を現すと招待客の歓声が上がった。

彼は黒無地羽二重の五つ紋付きに仙台平の馬乗袴という和服の正礼装である。

その隣には上品な桜色のカクテルドレスを身に纏った愛らしい少女がいた。

普段は圧倒的な威厳を備えて近寄りがたい雰囲気さえある須坂が()()に手を引かれて好々爺然として入室してきたのだから驚くのも無理はない。

もちろん孫娘というのはツグミのことだが、招待客たちは須坂の表情から本物の孫娘だと信じて疑わない。

それほどふたりの周りにはほのぼのとした雰囲気が漂っている。

現在の須坂には家族と呼べる人間はいない。

第一次近界民(ネイバー)侵攻で息子夫婦と孫娘が行方不明になって後、会社は甥が社長として勤めてくれているので問題はないのだが、家族の穴を埋める存在はいないのだ。

そこにツグミという孫娘に似た少女が現れたのだから、彼女にのめり込むのも仕方ない。

しかし彼の周囲の人間の感情は複雑だ。

特に須坂がツグミを自慢げに招待客たちに紹介している様子を見ている忍田は心中穏やかではない。

 

「そもそもなぜ私がこのような場所で…」

 

会場の隅で正装した忍田がシャンパンを煽りながら不機嫌そうな顔で呟く。

それを林藤が苦笑いしながら諭した。

 

「辛抱しろよ、忍田。俺だってこんな場所は勘弁願いたいぜ。この正装ってのも窮屈だしな。だがツグミが頑張ってるんだ、俺たちがカリカリしていてどうする?」

 

「そうは言うが、なぜツグミがあそこまで須坂会長のご機嫌取りをしなければならないんだ?」

 

「おまえが言うのはもっともだが、あいつはあいつなりにボーダーの役に立とうとしているんだ。…いや、ボーダーというより遠征を目指す修たちの力になりたいというのが本心だろうな。遠征部隊に選ばれるかどうかは本人たちの努力次第だが、遠征計画に関わる軍資金は多いほどやつらにとって都合がいい。金さえありゃでかい遠征艇造って隊員を多く乗せられる。つまり修たちにとっても選ばれる可能性が高まるってワケだ」

 

「それはそうだが…」

 

「それに…命のタイムリミットが迫っている須坂会長に早く家族と対面させてやりたいという気持ちもある。家族を失う心の痛みをあいつは誰よりも感じているからな」

 

「……」

 

「だがあいつにはおまえという血の繋がった人間がいて、俺や城戸さんや迅といった()()がいた。だから家族を失う辛さと同時に家族の大切さを知っている。須坂会長が自分に執着する気持ちを理解できるから、あいつもできるかぎり応えたいと思うんだろ。まあ、おまえがヤキモチ妬きたくなる気持ちは俺もわかる。最近のあいつはおまえにも俺にも甘えてくれなくなったからな。でもそれは俺たちに『自分はもう子供じゃないから心配するな』と言いたいだけで愛情がなくなったからじゃない。といっても『理想の男性は真史叔父さん。わたしの恋人になる人は叔父さんみたいに強くて、頼もしくて、カッコ良くなきゃダメ』だなんて言っているくらいだからまだまだ子供さ」

 

林藤の言葉に下笑む忍田。

そして彼の視線の先には須坂の隣で招待客に対して積極的に接するツグミがいた。

 

「あいつの行動原理は『自分がやるべきだと思うことをやる』で、誰かに強いられたからとか誰もがやるからという理由ではなく自分の意思が優先する。B級ランク戦に参戦するのだって俺がそう仕向けたわけだが、それはきっかけにすぎない。最終的には本人が自分で決めたことだ。ただ、あいつはまだ子供だから道を誤るかもしれねえが、そん時には俺たち大人が諌めたり助言してやればいい。だから今は黙って見守ってやろうじゃないか」

 

「ああ、そうだな」

 

忍田と林藤に見守られているのも気付かず、ツグミは様々な分野の人物と会話を続けていた。

その多くが須坂と同年代の男性であるから彼女はアイドル並の人気で、彼女の話すボーダーの活動を興味深げに聞いている。

なにしろボーダーは「異世界からの侵略者に毅然と立ち向かう若き勇者たちの組織」であるから、彼女の話を聞きたがるのも当然だ。

その中の何人かはボーダーへの支援に興味を抱き、その度にツグミは唐沢を紹介する。

そんなことを繰り返しているから、彼女は息つく暇もない。

するとそれを見かねた林藤が彼女に近付いて行き、隣の須坂に声をかけた。

 

「須坂会長、ご歓談中申し訳ないんですが、本部から緊急の連絡が入りましたので、少しの間こいつを借りて行きます」

 

そう言ってツグミの肩をポンと叩く。

林藤の真剣な表情を見たツグミは「近界民(ネイバー)が現れた」のではないかと不安そうな顔になる。

 

「本部からの緊急連絡とは穏やかではないな。ツグミくん、早く行ってきなさい」

 

「はい。少々失礼します」

 

須坂の許しを得て林藤とその場を去るツグミ。

そして忍田のいる場所まで戻って来た。

 

「忍田、おまえもちょっと来い」

 

 

林藤が硬い表情でいるものだから、忍田も何事かという顔で一緒にホワイエへ向かった。

しかし会場を出てしまうと、林藤は態度を一変させたのだ。

大きく背伸びをしてからネクタイを緩めると、喫煙所を探してウロウロする。

その様子を見ていたツグミが林藤に訊いた。

 

「本部からの緊急連絡があったんですよね? 内容は? 近界民(ネイバー)が現れたんですか?」

 

すると林藤は一瞬何かわからないという顔をしたが、すぐに思い出したかのように言った。

 

「ああ、それ嘘だ。本部からの連絡なんてないぞ」

 

「はあ? じゃあ、何でそんな嘘をついたんですか!?」

 

呆れるツグミに林藤が答える。

 

「おまえ、須坂会長のそばに付きっきりだっただろ。ちったあ休め。それにおまえが須坂会長に取られたって言ってふてくされている()()()()のことも考えてやれ。…っと、あったあった。やれやれ、やっとタバコが吸える」

 

林藤は喫煙所を見つけると、すたすたとひとりで行ってしまう。

残されたツグミは忍田の顔を見て申し訳なさそうな顔で謝った。

 

「ごめんなさい」

 

「いいや、謝ることはない。おまえがおまえなりにボーダーの役に立ちたいと働いていることは良くわかっているさ。林藤が言っていたことは本当だが、自分でも大人げないと思うよ」

 

忍田も素直に自分の気持ちを話す。

 

「おまえの働きは城戸さんも認めているが、如何せんおまえは頑張りすぎる。少しは自分の身体のことも考えろ。防衛隊員としての任務、B級ランク戦、後輩たちの面倒までみているのだから、唐沢さんの手伝いはほどほどにしろよ」

 

「はい…」

 

「それから…そのドレス、良く似合っている。最初に見た時、どこのお嬢様かと思ったぞ」

 

するとツグミははにかみながら答えた。

 

「どこのお嬢様って…わたしは界境防衛機関ボーダー玉狛支部所属霧科隊通称玉狛第3隊長で、ボーダー本部長忍田真史の()に決まってるじゃありませんか。どんなものを着たって中身は変わりませんよ」

 

「ああ、そうだな。…おっ?」

 

忍田の携帯にメールの着信があり、ほぼ同時にツグミの携帯にもメールが届く。

内容はB級ランク戦Round4・夜の部の結果と、Round5の組み合わせについてである。

そのメールを見たツグミはしょんぼりしてしまった。

 

「予測はしていましたけど、やっぱり負けたとなるとショックですね。でも二宮隊・影浦隊・東隊との四つ巴戦で3-2-2-1という僅差で済んだのは幸いです。中位グループに落ちたとはいえ、この得点差ならまだオサムくんたちにも希望がありますし」

 

「そしておまえが暫定1位であることにも変動はない。Round5は…玉狛第3・二宮隊・弓場隊・東隊か。おまえにとっては厄介な敵との戦いになるな」

 

「はい。東さんは厄介な敵ですけど、戦うのがとても楽しみな相手でもあります。昼間の試合の後『おまえを倒すのは師匠である俺の役目だ。俺の持っている技術や知識、頭脳をすべて使っておまえの進撃を阻んでやろう』なんて言われてしまいました。今のわたしでは東さんに勝てませんけど、それでも驚かせることはできると思います」

 

「ハハハ…。これは次の試合がますます楽しみになってきたな」

 

「でも期待しないでください。あまり過度に期待すると、裏切られた時のショックが大きくなりますよ。まあ、わたしは気張らずにいつものように戦うだけです」

 

ツグミと忍田がそんな会話をしていると、バンケットルームから城戸が出て来た。

 

 

 

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