ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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城戸による過去語りとなります。
彼の視点による「一人称」で語られ、会話文はなく「地の文」が続きます。
ご了承くださいませ。





672話

 

 

私たちボーダーの遠征隊が到着した時点でこの戦争は負け戦になると確定していたと思う。

そもそも救援要請が来たということは負けそうになっているからであり、それから少なくとも10日以上は経っているのだから事態は悪化していて当然である。

これまで私たちは国情が安定している国を選んで遠征をしていたが、たまに敵だと勘違いされて襲われることもあった。

そういう時には専守防衛として戦うことはあったが、トリガー使いを数人相手にする程度で遠征部隊に大きな被害が出ることは一度もなかった。

しかしこの時に私たちは生まれて初めて戦争の現実をこの目で見たのだ。

私たちが知っている玄界(ミデン)の戦争のように大勢の死者が出ることはないが、それでも犠牲者が発生するのは事実である。

生身の身体のままで戦う一般兵と呼ばれる兵士たちはもちろんのこと、トリガー使いであっても緊急脱出(ベイルアウト)システムがないのだからトリオン体の換装が解けてしまえば戦場の真っただ中で身を守る術を失くしてしまう。

軽傷から死に至るほどの重傷者まで発生する光景を目にして自分たちが人の命を奪う手段を持っていて、戦争だからというだけで敵と決めた()()を殺しかねないということ、同時に自分が殺されるかもしれないことを思い知らされた。

 

まず私たちはその国の王宮へと向かい、そこで国王及びその一家と面会した。

国王は私たちを大喜びで迎え入れてくれたよ。

元々軍備が心もとなくトリガー使いもベテランから新米まで含めて数十人しかいない国であれば私たちの到着は起死回生の一手と歓迎するのは当然だ。

この時の国王の頭の中にはボーダーの援軍と共に敵を追い返すというシナリオがあったようだが、それが不可能であることは誰の目にも明らかだった。

もしあと3日早ければ事態は変わっていたのかもしれないが、今さらそんなことを言っても詮無いこと。

すでにこの国と私たち遠征部隊の命運は定まっていたのだ。

とりあえず安全に寝泊まりする場所と最低限の食事は保証され、その日は旅の疲れをとるために全員が早々と眠りに就いたのだが、私はなかなか寝付かれなかった。

これから起きる悲劇を予感していたということでもないのだが、嫌な気持ちで胸が詰まってしまい身体は疲れているのに心が休みをとることを許さなかったのだ。

そしてA国とB国の戦争がこの2国間で済むものであれば良いのだが、迅の未来視(サイドエフェクト)によって玄界(ミデン)にも影響を与えるかもしれないというのだから無視はできない。

そんなことを考えているうちに短い夜が白々と明けてきて、私たちにとって最悪の4日間が始まろうとしていた。

 

 

 

 

私たちはA国の軍とは別行動をすることになり、19人が3つの小隊に分かれて戦うことにした。

それぞれの小隊は戦力バランスを考えて最上を隊長とした最上隊、忍田の忍田隊、林藤の林藤隊で、私は林藤隊に加わった。

林藤隊は他に風間、鈴村、平良、小南の合計6人の小隊で、主に王都の正門を守護するA国のトリガー使いの後方支援を受け持つことになっていた。

他の2つの小隊も同じように東門と西門を守るトリガー使いの支援で、A国のトリガー使いとの連携も上手くいっていたから1日目は一進一退というところで終了した。

 

 

 

 

2日目になるとB国の軍は()()で全戦力を投入してA国を攻撃してきた。

これまではA国の降伏を促すために手加減をしていたのだが、玄界(ミデン)の援軍を引き入れたとなれば降伏する気はないのだと判断して(マザー)トリガーの制圧、つまり本気で国王一家を捕えてA国を占領してしまうという作戦に変更したということだ。

だから戦力は前日の約3倍という規模となり、その勢いにのまれたA国の兵士たちの士気は一気に下がってしまい、ボーダーとの連携など望むべきもなかった。

それまでは王都を取り囲む城壁の外での戦いが主だったが、このままでは城壁の中に侵入されてしまうというところまで押されてA国のトリガー使いの半数近くが捕虜となってしまう。

まだこの時はボーダー側に被害は出ていないものの、逆にだからこそA国のトリガー使いや兵士たちから「本気で戦っていない」などと謂れのない言葉を投げつけられるようになった。

そうなるとこちらも援軍に来てやったのにその態度はないだろうという気持ちになるのは当然であり、双方の関係は悪化していく。

たぶんこのあたりで国王はこの戦いに勝つことはできないと理解できたのだろうと私は考えたのだが、それは翌日に判明した。

 

 

 

 

3日目の午前中にB国の使者がやって来て降伏を勧めた。

降伏条件はA国の(マザー)トリガーをB国に譲渡し、A国の王族は全員その身分を放棄して一庶民となること。

(マザー)トリガーの操作ができる人物だけは神殿で暮らすことはできるが、他の人間は王都から離れた地方都市に居をかまえること。

そして次期巫女候補の王女はB国の皇太子を婿として迎え、その人物を国王とすること。

この3つの条件をのむのであれば戦闘をただちに中止して、王族と国民すべての生命を保証すると書状には書かれていたそうだ。

A国国王はこの時点でひとつの決断をしていて、時間稼ぎのために返事は翌日の昼にすると答えて使者を帰した。

彼が玄界(ミデン)への亡命を私と最上のふたりに打ち明けたのはその日の夕食の後で、それまで何も事情を知らずにいた私たちは不思議に感じていた。

なにしろあれだけ激しい戦闘を行っていたというのに敵の姿がまったくなかったのだからな。

それはA国国王が返事をするまでの約24時間は停戦になっていたからで、もっと早く知らせてもらえたら仲間たちゆっくりと身体を休めることができたのにと憤慨してしまったよ。

しかしその後に聞かされた玄界(ミデン)への亡命については何とも言えない不快感を覚えた。

彼の言い分ではすでに9割近くの国民の命が失われ、1割の国民は近隣の国へ亡命しているということで、自分たちが一時的に玄界(ミデン)へ亡命して力を蓄えて亡命政権を樹立し、新たに国を興して生き残った国民を受け入れるということであった。

その際に(マザー)トリガーを持ち出すため、現在のA国の国土は崩壊してわずかに残っている王都の住民と兵士たちの国外脱出は不可能となり1000人弱の国民を見捨てるということになる。

国民のうち約5万人は安全な場所に脱出しているから、彼らの受け入れ先を新たに創るために現在王都にいる1000人弱の人間を犠牲にするということだが、その考えが正しいとも間違っているとは言い難い。

命の数でいえば5万人を救う方が正しいのかもしれないが、切り捨てられる側の人間にも生きる権利はある。

それにB国の条件をのめばA国はB国の属国となるだろうが国土を維持できるのだから国民をこれ以上誰も犠牲にする必要はなくなる。

私と最上はB国の条件をのんで降伏をすべきだと勧めたのだがA国国王は頑として亡命の意思を曲げない。

相互内政不干渉の原則からA国のことはA国国王の決定が絶対でありボーダー側も同盟国の要請には応えなければならず、私たちは予定を変更してただちにA国から離れることになった。

それはまだ被害を受けていない遠征メンバーを守るためでもあり、私たちの判断は正しいと信じていた。

遠征艇のトリオン補給にはA国のトリガー使いも動員されて整備も大至急で行われた。

そのおかげで翌日の午後には発つことができる目処が立ったのだが、この4日目こそが私たちにとっての悪夢の1日となるのだった。

 

 

 

 

4日目の朝は空に雲ひとつない快晴で、これから起きる悲劇の幕開けには似つかわしくない清々しいものであった。

いや、今になって思えばむしろ相応しいものであったのかもしれない。

前途ある若者を含めた尊い10人の命が消えた日であり、彼らの最期が土砂降りの雨であったのなら泥にまみれて無残な姿を異国の大地に晒すことになっただろうからな。

 

タイムリミットは正午。

その時間になればB国の使者が返事をもらうために登城してくるのだから、そこでA国国王は降伏しないことを告げて再び戦闘が始まることになる。

遠征艇が発つまでの数時間をどうにかやり過ごして国王一家4人を脱出させることが私たちボーダー遠征部隊の役目となった。

 

 

王都を取り囲むB国の軍勢の様子は私たちが待機していた部屋からも良く見えたよ。

数百体のモールモッドやバンダー、約300人のトリガー使いや一般兵が3つの門にそれぞれ配置されていて蟻の這い出る隙もない状態だ。

降伏をしないとわかれば総攻撃を仕掛けてくることは明白で、A国側の残存兵力をすべて投入してもこの作戦の成功は神のみぞ知るというものであった。

せめてもの救いは遠征艇が王都の城壁の中にあったことで、国王一家にはすぐに艇の中に避難してもらい、その周囲を私たちが守ることができるということ。

出発準備完了次第全員が乗り込んで艇を発進させれば逃げ切ることができて、あとは玄界(ミデン)へ帰還するだけなのだが不安は残っていた。

というのはA国の国王一家を玄界(ミデン)に連れて行くことによって迅の視た「近界民(ネイバー)の手が玄界(ミデン)に及ぶ」未来につながるのではないかということだ。

これが敵性近界民(ネイバー)玄界(ミデン)へ招き入れてしまう原因にもなりかねない。

そう私は考えたが、時はすでに遅かった。

国王一家の玄界(ミデン)亡命を全力で支援するという作戦は開始されていたのだから。

 

 

A国国王は使者に対して降伏しない旨を告げたのが正午で、その30分後には戦闘は再開された。

城門は固く閉ざされていたもののバンダーの砲撃を何十発も受ければ破壊されるのは当然で、ほぼ同時に開かれた3つの城門からトリオン兵や敵兵士がなだれ込んで来た。

そこから先は事前に立てた作戦など意味のないものになった。

最優先で考えるのは自分の命を守ることで、ただ目の前の敵を倒すことだけに専念するしかない状態だったのだ。

3つの小隊に分かれた私たちは頻繁に連絡を取り合うことができず、別の小隊で起きたことはそれぞれの生存者の伝聞でしかない。

 

 

最上隊は迅、木崎、ゆり、脇坂、行方の6人の小隊だ。

迅と木崎の証言によると戦闘開始から1時間も経たないうちに東門を守っていた彼らの陣は総崩れとなってしまったらしい。

A国の兵士の士気の低さが敗因であり、国王一家を守るために死力を尽くすというよりもこれまで崇拝していた国王に見捨てられたという意識が強かったのだろうとのこと。

もっと早く負けを認めて降伏すれば命までは奪われることはなく、国が滅びるという最悪の未来を防げたかもしれない。

そう考えるのは当然で、そうなれば自分が戦う意義をも失ってしまう。

だからといって逃げることもできない状況で、A国の兵士はB国のトリガー使いに蹂躙されていった。

ただし命まで奪われることはなく、換装の解けたトリガー使いたちは茫然自失で敵兵やトリオン兵の進軍を見つめるしかなかった。

そうなると最上たちは遠征艇に近い場所で防衛に就いていたものの、A国の兵士では処理しきれなかった大量の敵をわずかな数でせき止めるしかない。

彼らはトリガー使いといっても実戦経験が少ない上に、当時はまだ緊急脱出(ベイルアウト)ができないので今のように緊急脱出(ベイルアウト)ありきの戦いができなかったので戦闘も慎重にならざるをえない。

もちろん彼らは遠征に耐えうると判断したトリガー使いだ、むざむざやられるようなことはないという自信はあった。

しかし物量に敵うはずもなく、次々にトリオン体が破壊されて生身の状態になってしまう。

その時点で撤退をして遠征艇に逃げ込めば命だけは守ることができたはずなのだが、生身の身体で戦場の大混乱の中を移動するのは困難だ。

そしてまだ戦える者が戦えなくなった仲間を庇いながら後退をしていき、脇坂と行方の換装が解けてしまった時点で最上は戦闘を中止して撤退に専念することに決めた。

ところが行方が見当たらないことで、撤退は一時中止して彼女を捜すことを優先した。

この時の判断が被害を拡大してしまったのだ。

単独行動は危険であるためふたりでバディを組んで行動していたところ迅と脇坂までもが行方不明になってしまう。

当時の戦闘体でも通信機能はついているので迅が戦闘体であったおかげで通信は可能だった。

それによると民家の倒壊に巻き込まれてしまって脇坂が身動きできない状態だということで、最上が救援に向かって3人は合流できた。

ただしトリオン体なのは最上と迅のふたりだけなので瓦礫の撤去には時間がかかる。

木崎とゆりは行方を捜しているので救援要請はせず、最上と迅のふたりだけで敵と戦いながら仲間の救出をすることに決めた。

 

 

忍田隊は梅咲、甲斐、相馬、千尋、九條の6人の小隊で、こちらは西門を守っていたのだが状況は最上隊と似たようなものであった。

いや、最も過酷な状態であっただろう。

というのも西門はB国のトリガー使いの精鋭部隊によって他の門の防衛部隊よりも早く突破されていた。

忍田の話では(ブラック)トリガーがひとりいて、自分たちでは手も足も出なかったという。

それでも辛うじて忍田と梅咲と九條は戦闘体を維持し、生身となった甲斐と相馬と千尋を守りながら遠征艇への撤退戦を行っていた。

 

 

そして私がいた林藤隊は正門の守護であったために敵の数は一番多かったのだが、雑魚兵士とトリオン兵ばかりで時間はかかったものの順調に敵の数を減らしていた。

それでも1時間も経つと鈴村と平良のふたりが戦闘体を破壊されてしまい撤退を余儀なくされる。

しかし彼らの護衛に人員を割くことができず、林藤と風間、小南と私の4人でふたりを守りながら後退した。

 

 

この時点で戦闘不能となった隊員はいたが全員が存命していた。

まだ私は全員が無事に帰還できるという楽観的な思考でおり、それが10人という半数以上の仲間を失う結果を招いたのではないかと思うのだ。

私はボーダーが新体制で再出発した時に犠牲になった仲間に誓ったのだよ。

近界民(ネイバー)のすべてが敵ではないが、敵となる近界民(ネイバー)がいる以上は警戒をしなければ再び悲劇を招くことになるだろう。

だから近界民(ネイバー)は不用意に心を開いてはならない。

近界民(ネイバー)に安易に近付いてはいけない。

ボーダーは敵性近界民(ネイバー)から三門市民を守るために存在するのであり、近界民(ネイバー)と交流しようとするのならそれなりの覚悟を決めよ、とな。

しかしおまえは近界民(ネイバー)を友とし、積極的に友好的な交流の輪を広げていった。

それを私は()()()()()()()に逆らう行為だと決めつけてしまったが、それこそがボーダー創設時の理念であったことを思い出させてくれた。

私が道を間違えてしまったのはやはりあの遠征で経験したことが原因であることは間違いないのだ。

その話を聞いてもらって私の過ちの言い訳をしたいのではない。

もうしばらく私の昔話を聞いてくれ、ツグミ。

 

 

 

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