ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
12月24日、ツグミは修にクリスマスパーティーを開くので玉狛支部まで来てほしいと頼まれた。
これは修たちが企画したツグミと迅の送別会なのだが、過去にツグミが別れを意識させる言葉やイベントに対して抵抗があったために修たちが気を遣ってクリスマスパーティーだということにしてくれたからである。
もちろんツグミの「別れ」に対する極度な恐怖感や嫌悪感は払拭されている。
ただ10年も帰国できないとなれば今生の別れになる可能性も否定できず、正直に送別会を開くと言えば承諾しても心から楽しめないだろうというのが修の弁であった。
迅から事情を説明されるとツグミは「オサムくんらしい」と苦笑し、その気持ちを尊重して参加する旨を伝えた。
料理や飲み物は全部修たちが手配してくれるということだが、手ぶらで行くわけにもいかないと参加者が持ち帰りできるようにラッピングしたプレーンとチョコレートのマフィンを作ることにした。
そして当日、ツグミは荷物を抱えて迅の運転する車で玉狛支部へと向かった。
この日は日曜日であり、修たち総合外交政策局員も休日 ── ボーダーでも防衛隊員以外の職員は原則として日曜日は休みとなっている ── であったので朝からパーティーの準備に忙しい。
つい1週間ほど前に修の局長昇進祝賀パーティーをやったばかりだというのにまたパーティー行うとなると資金はどこから出ているのかと疑問に思うが、祝賀パーティーは城戸が総司令として使用できる機密費から出ており、今回のクリスマスパーティーは玉狛支部の福利厚生費から出ているそうだ。
そういったお金のことは気にせず子供たちが心から楽しめるようにするのが大人の役目だというのが林藤の考えで、そういう「大人は子供が頑張ってくれることに感謝している」という気持ちを正直に表してくれるので、彼を慕う者が多いのも頷ける。
一方、城戸は同じ気持ちでいても立場上それを素直に表現できないこともあって、彼の心の内を察するのは難しい。
それでもわかる人にはわかってもらえるようになり、普段の表情が柔らかくなったことも功を奏して彼の周りの人間たちは彼の心に深く刻まれた傷跡が少しずつ癒えているのを感じている。
こうした大人たちに見守られて成長していった子供たちも年月を経て
かつてはツグミや迅、レイジたちが住んでいたのでとても賑やかだったが、今では修、遊真、千佳、麟児、陽太郎、レクス、クローニン、ゆり、そして林藤の9人となっている。
そのうち総合外交政策局の4人は遠征が多いために留守がちで、常住しているのは5人だけになってしまった。
玉狛支部の役目はほぼ終わっているのだが、ここが多くの人間にとっての「実家」のようなものであるから廃止にすることはしたくない。
そこで来年度から玉狛支部の建物は総合外交政策局専用の事務所となり、本部基地にあった執務室を閉めることになった。
そうなると修たちは居住地と仕事場が同じ建物内なので非常に便利になり、林藤は玉狛支部長から総合外交政策局顧問という肩書になるそうだ。
ボーダー内で「親
本部所属の防衛隊員にも総合外交政策局への入局希望者がいるというから、ますます
そういった点で玉狛支部を巣立っていったレイジたちも参加するこのクリスマスパーティーはアットホームでユルイ雰囲気の玉狛支部最後のパーティーにもなり、ある意味「玉狛支部さよならパーティー」であるともいえよう。
しかし「さよなら」を意識すると湿っぽくなるため、クリスマスパーティーであることを全面に押し出して騒ごうということになっている。
そのために参加者は全員プレゼント(食べ物以外)を用意することになっていて、プレゼント交換会をするという。
ツグミは自分の
パーティーの開始時間は午後3時で、ツグミと迅はその10分前に玉狛支部に到着した。
玄関では遊真と千佳が招待客を出迎える係をしていて、遊真に案内されて食堂へと向かう。
約2年の間暮らした建物だから案内など必要もないのだが、ここを出て行った彼女にとっては
「パーティーに誘ってもらってありがとう、ユーマくん。今夜、忍田本部長たちはスポンサーの企業で主催するパーティーに強制参加なんで、ジンさんとふたりきりになるからどうしようかと考えていたところなのよ。助かったわ」
ツグミがそう言うと遊真は意味ありげな目で言う。
「ジンさんとふたりきりでも良かったんじゃないの? もしかしたらおれたち野暮なことをしたかもしれないって思ってたんだ」
「なーに言ってんのよ。変な気の回し方は不要よ。それにこれからずっと一緒にいられるんだから、今はみんなとの時間を目いっぱい楽しまなきゃ」
「だったらよかった。…そうだ、今日はとりまる先輩が仕事で少し遅れるって言ってたから、あとコナミ先輩が来たらパーティーを始めるんだってさ」
「キョウスケは三門スマートシティ内の交番で勤務してるのよね。トリオン体での勤務のサンプルとして頑張ってるみたい。月に一度は必ずキョウスケやレイジさんの活躍のことがテレビのニュースで報道されたり新聞に載ってたりしていて『三門市の守護神』だなんて言われてる。ボーダーの時だって三門市民を守っていたんだけど、
ボーダー隊員以外の人間がトリオン体を使用することについてのサンプルとしてレイジと京介のふたりが消防と警察で働いている。
彼らが活躍すればそれだけトリオン体による
危険な現状での作業や身体能力アップでこれまで生身では不可能だったことも可能となる。
トリオンによる攻撃でなければダメージを受けないのだから現状では無敵の身体を持つわけで、生身なら拳銃の弾を胸部に受けたら致命傷となるだろうが、トリオン体ならまったくのノーダメージとなる。
防弾チョッキなどなくとも銃撃戦の真っただ中に飛び込んで行くこともできる。
火災現場では特別な装備をしなくても火の中に入って人命救助や消火などの作業ができるのだから、殉職という悲劇は起きないはずなのだ。
しばらくは「トリオン特区」の三門市内のみで展開されていくだろうが、ツグミたちが帰国する頃には全国に広がっている可能性もある。
すべては彼らの活躍と「トリガーの管理の徹底」にかかっていると言っていいだろう。
三門市を離れるツグミには何も手伝えることはなく、
◆
ツグミと迅が食堂へ入るとテーブルの上にはたくさんの料理が並べられている。
それは前回の修の祝賀パーティーと同じなのだが、クリスマスだということでケーキがブッシュドノエルだったり、チキンは鶏モモ肉の照り焼きだったりとメニューは微妙に違う。
それに部屋の隅にはクリスマスツリーが置かれ、赤と緑と金の3色を基調とした飾りがクリスマスらしさを醸し出していた。
玉狛支部の住人たちはすでに待機をしていて、ツグミと迅の姿を見付けた修はすぐに近寄って来た。
「いらっしゃい、迅さん、霧科先輩」
「お招きありがとう、オサムくん。これ、プレゼント交換の品とみんなへのお土産にと思って作ったお菓子だから、あなたに預けておくわね」
「気を遣ってもらってすみません、どうもありがとうございます」
「気遣いはお互いさまよ」
「ハハッ、そうですね。…それとお話をしたいことがあるのでパーティーの途中で少し時間をもらえませんか?」
「もちろんかまわないわよ。わたしも話したいことがあるし、あなたの都合の良い時に声をかけてちょうだい」
「わかりました」
パーティーの主催者である修は忙しい。
ツグミとは話の途中であったが食堂に入って来た小南に挨拶をしに行った。
現在の玉狛支部の実動隊のリーダーが彼で、年長の麟児ですら彼の指示に従って適切な働きをしているくらいだ。
この分であればボーダー本部における彼の存在も誰もが認め、次代の指導者になれるかもしれない。
そもそも修の弱点および欠点はトリオン能力が圧倒的に低く、実力もないのに大きな「敵」や「目標」に飛び込んで行ってしまう無鉄砲さ、または身の程知らずであった点だ。
トリオン能力の低さは防衛隊員でなければ問題にはならず、力不足な部分はツグミからそれを嫌というほど思い知らされて「やりたいことがあるなら力を手に入れろ」ということで、現在は総合外交政策局長という肩書によって
弱点や欠点を克服した修にはもう進む先に障害となるものはない。
拉致被害者市民救出計画も終盤となり、残すところあと2ヶ国となっている。
来年6月の第一次
該当する市民の数は少ないものの手掛かりがまったくないことから手探りで行わなければならない。
しかし修は「最後のひとりまで必ず探して帰国させる」という覚悟でいるから皆が彼に期待をし、彼の手伝いをしたり応援をしようということになる。
唐沢は早いうちから彼に「ヒーローとなる資質」を見出していて、それが証明されたといって過言ではないはずだ。
実際に今の彼は大勢の仲間たちに囲まれてその中心にいる。
その存在感も増し、4年前のC級でくすぶっていた彼と同一人物だとは誰も思わないほど成長した。
ツグミにとって一番苦労した「修の成長」見届けてからエウクラートンへ発つことができるものだから、彼女は感慨無量で修の姿を見つめている。
そんな彼女に迅が声をかけた。
「ツグミ、メガネくんも立派になったな」
「ええ。彼らが玉狛支部へ来るまでは弟分はヨータローしかいなかったけど、急に弟がふたりと妹がひとりできてしまいました。それもオサムくんとチカちゃんのふたりは戦闘に関して素人そのもので、それなのに遠征に行きたいなんて無謀なことを言うものだから少々手荒なやり方を使うしかありませんでした」
「でもそのおかげでアフト遠征では怪我もせずに帰国でき、記者会見で大きな口をたたいたメガネくんも面目躍如を果たした。それだっておまえが『メガネくんは遠征に参加できるだけの力はない』って理解させたおかげだぜ。あの時おまえが何もしなければメガネくんは遠征参加資格は得られず、鳩原みたいに密航した可能性だってある。それを阻止しただけでも十分意味はあった」
「香澄さんと約束しましたから。オサムくんは絶対に死なせないって。アフトの大規模侵攻の時のような思いはしたくないし、香澄さんにはさせたくなかったですから。チカちゃんのことだっていつまでも弱い心のままで他人の視線に怯えながらボーダー隊員を続けるのは不可能。ボーダーを辞めるなら放っておきましたけど、自分の力でお兄さんと友人を捜したいという強い意思を折ることはできません。だから彼女に対してここまでするかという厳しい接し方をするしかなかったんです。結果的にどちらも上手く成長してくれたので良かったですが、一歩間違えたらふたりの人間の人生に消えない傷を負わせるところでした。そうならなかったのは彼らの思いが純粋で、どんな困難にもくじけない根性があったからにすぎません。それにオサムくんは地頭は悪くありませんから、理解して納得できればぐんぐん成長する素質はありました。チカちゃんも他人の視線を気にしなければいいだけのこと。彼女のトリオン能力は人のために役立つもので、この力で自分が誰かを傷付けてしまうと怯えることさえなければ堂々と誇ることができるとわかってくれたから今こうしてみんなと笑い合っていられるんです」
ツグミの視線の先にある千佳は陽太郎と何かを話していて朗らかに笑っている。
昔の彼女は内向的で、他人と接する時は消極的で物静かで心からの笑顔を見せることは少ない少女だった。
それが今では自然に笑い、泣く時には泣くという心の動きを正直に表すことができるようになっている。
他人に嫌われたくないという気持ちで自分を偽っていたものの、自分が想像していたよりも他人が優しくて寄り添ってくれる存在だと知ったことが彼女を大きく変えたのだ。
「一番変わったのは千佳ちゃんかもな。果たすべき目的が自分の力ではなく自然に解決してしまったことでボーダーを辞めてしまうかもしれないって時もあったが、結局続けてくれている。まあ、ボーダーでは彼女が必要だし、辞めてしまうと誰かが困るとなれば辞められないっていう事情もあったからだけど、やっぱ信頼できる仲間がボーダーを続けるとなれば自分だけ辞めることはできないよな。また友人がいなくなるかもしれないって不安になるだろうし、拉致被害者市民救出計画に明らかな遅延が生じるのは誰の目にも明らかで、そのことを責められたくないという気持ちもあったと思う」
「たしかにそうですね。もし市民の中にその事実を知る者がいたらボーダーを辞めて一般人になった彼女であっても責めるでしょう。まだ全員帰って来ていないのに自分の家族や友人さえ帰って来たならもう後はどうでもいいのかと声を上げる人間はいると思います。そうなったらまた自己嫌悪に陥って他人の視線に怯える元の彼女に逆戻り。…これは悪意のある言い方ですが、彼女はボーダーにいる限り世間の声から守られていると言えるんです」
「世間の声から守られている?」
「はい。現状でボーダーを辞めれば彼女は自分の仕事を中途半端な状態で放り出したということになりますが、ボーダーにいる間は仮に何もしなくても
「…そういう考えもあるな」
「でもチカちゃんがそんな打算でボーダーを続けているなんてこれっぽっちも思ってはいませんよ。ただ…何が正しいとか何をすべきなのかなどわからないでいて、オサムくんが頑張っているからそばで手伝いたいというレベルの気持ちでいるだけかもしれません。自分のやるべきことを見付けて、それがボーダーに関係することなら現状維持でしょうし、ボーダーを辞めなければ叶わないことであれば辞める決心をすると思います。もしかしたらボーダーは彼女にとって自分自身を見付けるまでの…心理社会的モラトリアムを楽しむ場なのかもしれませんね。…っと、パーティーが始まるみたいです」
修がオレンジジュースの入ったグラスを手に舞台中央へ向かうと、会場にいたメンバーも同様に自分のグラスを持つ。
ツグミは迅にシードルの注がれたグラスを手渡し、自分も同じものを持って修の声に耳を傾けた。
「えー、今夜はクリスマスイブです。キリスト教の信者ではありませんが、誰かの誕生日を祝うという大義名分を掲げることでこうしてみんなで楽しいパーティーを開くことができるのですから、会ったこともない赤の他人であるイエス・キリストの誕生日を大いに祝って楽しみましょう。…じゃあ、乾杯!」
「乾杯!」
みんなで乾杯をするとクリスマスソングが会場内に流れ、それぞれが自分の好きな料理を取ろうとテーブルに近付いて行く。
「たしかに理由なんてどうでもいいのよね。でもやりたいからやるというだけで十分なのは子供まで。本当は理由などなくてもいいんだけど大人の世界は自分に対してではなく対外的には理由が必要となることが多い。オサムくんも大人になったということかしら? ねえ、ジンさんはどう思う?」
フライドポテトとエビチリを皿に盛り、それを迅に手渡しながらツグミは訊く。
その皿を受け取った迅は修の方をチラリと見てから答えた。
「それが大人になることだっていうなら、おまえは15-6の頃から大人だったことになる」
「どういう意味?」
「おまえは何かやりたいことがあると城戸さんたち大人に認めさせるためにもっともな理由をでっち上げて無理を通そうとすることが時々あった」
「そうだったかしら?」
「そうだよ。逆にメガネくんは自分がそうするべきと思ったら周りのことなどそっちのけで突っ走ってトラブルになり城戸さんたち上層部から目を付けられてしまう。でもいろいろ経験していくうちに上層部のメンバーと交渉して認めさせることができるようになった。アフト遠征だってヒュースの案内などなくても大丈夫だったのに玉狛第2に入れるために案内役にするという理由を掲げて認めさせたじゃないか」
「そういえばそうでしたね」
「多少の嘘も交えても相手が納得する理由を考える…なんておまえのやってたことを見習ったんじゃなかな。メガネくんの防衛隊員としての師匠は京介だけど人生の師匠はおまえだな、ツグミ」
そう言ってフライドポテトを口に入れる迅。
「人生の師匠は大袈裟ですけど、たしかにオサムくんに大きな影響を与えたことは否定しません。でもジンさんだって彼に影響を与えるどころかボーダーに引っ張り込んだくらいで、彼の人生の導き手になったんですよ。あなたがいなければ入隊できず、トリオン兵に食われてジ・エンドだったくらいですからね」
「俺がメガネくんの人生の分かれ道で命を救い、生き残った彼を正しく生きることができるよう導いたのがおまえ。つまり俺たちはふたりで協力して三雲修という人間を育てたってことか。それって俺たちの子供…みたいだな?」
迅がふざけて言うと、ツグミは彼にだけ聞こえるよう耳打ちした。
「…バカ!」
ニヤニヤする迅を放っておき、自分の食べたいものを探しに行くツグミであった。