ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

698 / 721
679話

 

 

パーティーが始まるとしばらくは誰もが食べることに夢中になり、小腹が満たされるとようやく会話を楽しむようになった。

部屋の各所に3-5人くらいのグループができ、迅は陽太郎とゆりに連れて行かれたのでツグミはひとりになってしまう。

するとそのタイミングを待っていたかのように千佳が彼女に近付いて来た。

 

「ツグミさん、お話したいことがあるんですけど、少しお時間いただいてもいいですか?」

 

千佳は料理の皿も飲み物の入ったグラスも持ってはおらず、表情は真剣そのものでパーティー会場には似つかわしくないものだ。

その様子でツグミは千佳が談笑しようというのではなく、深刻な話をしようとしているのだと推測できた。

 

「ええ、もちろんいいわよ」

 

ツグミはそう答えて、皿を片付けると千佳に言う。

 

「場所を変えましょうか? ここは騒がしいから」

 

「はい。わたしもそのつもりでいました。少し寒いですけど屋上はどうでしょう?」

 

「いいわね。寒いといっても天気は良いし風も弱いからそれほどじゃないと思うけど、いちおうコートを羽織って行きましょうか」

 

「はい」

 

ツグミと千佳は連れ立って屋上へと向かった。

 

 

 

 

「この場所、覚えていますか?」

 

千佳は屋上の一角に置かれているベンチに腰掛けてツグミに訊く。

 

「もちろん。あの時もチカちゃんは今のようにそこに座っていて、わたしがこちらに座ってレイジさんとシオリさんと3人であなたの話を聞いたのよね」

 

「そうです。わたしは臆病で、ランク戦では修くんや遊真くんが頑張っているのに狙撃手(スナイパー)のわたしは人が撃てないと言って逃げてばかりでした。みんなの撃てなくてもいい、自然に撃てるようになるから無理をしなくてもいいという言葉に甘えていました。わたしのトリオンで人を撃てばズルいとか怖いと陰口を言われるだろうから、人を撃たないでも責められないなら撃たずに済ませたい。撃たなくても責められないなら撃つ必要はないと逃げてしまっていました」

 

「誰だって人に嫌われたくないんだから仕方がない。だけどあなたは近界(ネイバーフッド)遠征に参加したいという意思で入隊したのに人を撃ちたくないと言う。そもそもあなたはボーダーで戦闘員になることの覚悟はなく、麟児さんとアオバちゃんを探しに行きたいからというだけで入隊したから問題が発生したのよね。あなたには人を撃たなくても済む道…ボーダーに入らないとか、戦闘員ではなくオペレーターになるといった選択肢があったのに()()戦闘員を選んだ。あなたには覚悟が足りなかったのよ」

 

「はい、それはよくわかっています。やりたいことがあっても()がなければ周りが認めてくれない。わたしには遠征に耐えられるだけの戦う力がないのに遠征に参加したいというエゴを通そうとしていたことは反省しています。わたしは戦う覚悟がなく、実力もないのにトリオン能力が高いというだけで特例によってボーダーに入隊しただけでなくB級昇格も特別扱い。そのことは上層部の決定であっても試験を受けて入隊してC級で頑張ってきた人たちから見ればズルいことに思えるでしょう。だからわたしは自分はズルい人間なんだって意識を持っていました」

 

「でもそれがあなたに勘違いをさせてしまった。ボーダーは実力主義というわけじゃないけど、戦闘員としての力が上であればみんな認めてくれる。強いことは正義で、強いことを責められるようなことは決してない。それなのにあなたは自分で自分をズルい人間だと思い込んでいるから目立つ活躍をすれば責められるのだと考えてしまう。目立ちたくないという気持ちも理解はできる。ただそのために撃ちたくないことを正当化する理由にはならないし、何よりも周りの人間を信用していなかったから騙すようなことになってしまった。一緒に戦う仲間のことを信頼できない人間のことをわたしは信用できないし一緒に戦いたいとも思わない。撃てるかどうかわからない人間に背中を預けることはできないもの」

 

「…はい。それでわたしはここでツグミさんに厳しく責められました。わたしが覚悟を決めて告白したのに、あなたはそれを嘘つきだと言いましたね」

 

「ええ」

 

「あなたがわたしや修くんに対して厳しい態度だったのは近界(ネイバーフッド)に遠征に行って無事に帰って来ることができるように戦闘員として成長してほしいのだと気付けなかったわたしに対する幻滅というか…絶望ではなかったかと理解しました。期待をしていたからその分だけ裏切られた感が強くてあんな言い方になってしまったのだと思うと、わたしがあなたにした仕打ちはとても残酷なことだったと気付くまでに時間がかかってしまいました」

 

「……」

 

「レイジさんや栞さんはわたしを責めることも追い詰めることもしませんでした。だからわたしは甘えてしまい、やるべきことから逃げてしまっていました。力がなくても頑張って手を伸ばそうとしている修くんと力がないから許してほしいと言って周りに甘えてばかりいる自分。比べてみるとわたしは自分が臆病で卑怯者なんだということを思い知らされたんです。どこの誰ともわからない人間の陰口に怯えてやりたくないことをできないのだと言い換えて逃げていたわたしは身近の親しい人間まで信用できなくて騙していた。あなたに嘘つきだと言われた瞬間はショックでしたけど、後になってそれが真実だったからショックだったのだと気付くとわたしはツグミさんの気持ちが理解できたんです。わたしは自分に幻滅してしまいました。ツグミさんはわたしのことを自分のことのように心配してくれていて、そのためにレイジさんや栞さんといがみ合うような結果になるとわかって厳しいことを言ったのに、わたしはそんなあなたのことを騙していた。そんなつもりはなくても騙していたことに変わりはない。わたしはこの場所へ来るたびにそのことを思い出して反省し、いつまでも忘れないようにと胸に刻むんです」

 

千佳はベンチを手で撫でながらそう言うと続けた。

 

「…わたしはあの時に自分を変えるきっかけをもらいました。でもわたしはまだズルい人間のままです。兄さんと青葉ちゃんが戻って来たのだからボーダーにいる理由はなくなったのに、ここで辞めてしまえば自分の望みさえ叶えば良ければいいのかと周りから責められるんじゃないかと考えてしまうんです。遠征艇のトリオンエネルギーが必要だからその供給源として必要とされているし、修くんが拉致被害者市民救出計画に参加して400人の拉致被害者を助けようとしているのにそれを見捨ててしまえば今度こそみんなから責められると思ってボーダーを続けることにしました。兄さんの罪のことや修くんと遊真くんを手伝いたいという気持ちはもちろんありますが、わたしが拉致被害者市民救出計画に携わっていることを知った両親はわたしを認めてくれているし近所の人にも言っているので辞めると言えばわたしのことをワガママだと言って両親は責めるでしょうし、近所の人にも辞めたら冷たい目で見られるかもしれない。そう思うと怖くて辞められないというのが本心()()()んです」

 

「チカちゃんの入隊に関してご両親は大反対だったものね。勝手に辞めると言えばワガママだと言われても仕方がないかも。だけどあなたの人生はあなた自身のものであって、周囲の視線や声に怯えて本当にやりたいことができないのであれば勇気を持って行動すべきよ。それで今でもボーダーを辞めたら周りから責められると思って我慢して仕事をしているの? そうじゃないわよね?」

 

ツグミがそう訊くと、千佳は少し驚いたような顔になって訊き返した。

 

「どうしてそう思うんですか?」

 

「だって顔に自信が満ち溢れているもの」

 

「え?」

 

「以前のあなたは何事においてもそれが正しいのかそうでないのかわからないから不安でいて、それが顔に表れていた。せっかくの()()を活かし切れずにいて、周囲の目を気にしてばかりでいて、やるべきことだと思ってもやったらみんながどう思うかとすぐに考えちゃう。それで足が止まってしまって自分は何もできないのだと落ち込む。でも今は違う。自分本位の目的ではなくボーダーとして果たすべき拉致被害者の早期全員救出及び帰国という目的に向かっているから迷いがない。それはオサムくんたちの手伝いではなく、自分が本心から拉致された三門市民に早く帰って来てもらいたいと思っているから、でしょ?」

 

「はい。拉致被害者市民救出計画で帰国するとその度に記者会見を開き、そこにわたしも総合外交政策局員として出席しています。そしてその様子がテレビで放映されるので、街を歩いていると時々知らない人からも声をかけられるようになりました。わたしなんてほとんど何もやっていないのに『頑張ってね』って応援してくれるんです。そうやってわたしに期待をしてくれる人がいるならそれに応えたい。もう誰かを裏切ったり失望させたりはしたくありません。そう思うとわたしはボーダーの総合外交政策局で働くことが自分のやるべきことなんだって確信を得ることができたんです。わたしには拉致被害者に対して青葉ちゃんの時のように『わたしのせいで拉致されてしまった』なんていう加害者妄想を抱くことはありません。でもそれが逆に良い効果を与えているんだと思っています。だって『おまえのせいで近界民(ネイバー)に拉致されたんだ』って責める人は絶対にいないって言い切れるんですから」

 

千佳はそう言って微笑んだ。

 

「わたしは迅さんからツグミさんがどうしてわたしや修くんに厳しく接するのかの理由を教えてもらいました。近界(ネイバーフッド)へ行って近界民(ネイバー)と戦う力がないと判断されたことで同盟国への遠征に参加できなくて悔しい思いをしたことや大勢の仲間を喪ったことを後悔していて、二度とそんな悔しい思いをしたくないからと厳しい訓練をすることで自分自身を高め、同時に同じように遠征に参加する後輩がいればその人を死なせないように厳しい指導をするんだって、迅さんは言っていました」

 

「そう…そんなこともあったのね。それであなたはこれまでの経験の中で得たものは何?」

 

近界民(ネイバー)と戦いたいとは思いませんが、いざ戦うことになった時に引き金(トリガー)を引くことを躊躇することはもうありません。目的を果たすためにはやらなければならないことがあって、それを他人がどう思うかなんていちいち気にせずに自分が正しいと思ったことをやるだけ。そのために必要な自信と力を持つことが重要だとわかりました。そしてそれをツグミさんがエウクラートンへ発つ前に伝えたかったんです」

 

そう断言する千佳の姿にツグミは感無量となってしまった。

 

「ありがとう、チカちゃん。その言葉は最高の餞別だわ。それにその覚悟ならオサムくんたちと一緒に近界(ネイバーフッド)のどこまでも行くことができる。近界(ネイバーフッド)へ行くということは三門市に無事に帰って来るということも含めているの。片道だけの旅ではダメ。待っている人がいるなら必ず戻って来なきゃ。わたしとジンさんも同じ思いだから、役目を終えたら必ず帰って来る。それが10年後でも20年後でも帰って来ると約束できるから見送ってくれる人も安心していられるんだもの」

 

「はい。わたしもツグミさんたちとはこれが最後の別れになるのではないとわかっているから笑顔で見送ることができると思います。行ってらっしゃいと言って泣くことはありません」

 

ツグミが「別れ」に対してネガティブなイメージを抱いていた原因はアリステラ遠征の件で帰って来ると信じていた仲間が死んでしまって二度と会えなかったことにある。

幼い少女だった頃の彼女には耐えられないことで、それがずっと後までトラウマとなって残っていた。

しかしこれまでに何度も出会いと別れを繰り返してきて、一時の別れを一生の別れにしないためにはどちらも絶対に死なない、必ず帰って来ることができればいいのだと理解し、まずは自分が死なずにいられるよう強いトリガー使いとなり、相手にも近界(ネイバーフッド)で戦っても生き残ることができるよう強いトリガー使いになってもらうために厳しい訓練を施した。

それが間違っていなかったのだという確信を得て、ようやく素直に見送られる側の立場になったのだった。

 

沈んでいく西日が目に眩しく、後輩の成長はもっと眩しくてツグミは目をそっと閉じた。

 

(よかった…。人を撃てるようになったことでチカちゃんが防衛隊員を続けることも不可能ではなくなったけど、戦わずに済む未来の方がずっといいに決まっているもの。総合外交政策局の仕事は戦争ではなく対話によって互いに利益の生じる関係を築くこと。元々戦闘には不向きだったオサムくんとチカちゃん、それに実戦はできなくなったユーマくんにとってこれが最善の未来であったのは間違いない。みんなにはもう二度と近界民(ネイバー)武器(トリガー)を向けることはしてほしくない。こちらが戦う姿勢を見せてしまったら相手だって警戒するし、なによりもトリガーは武器ではなく生活をより良いものにするための道具の総称なんだから。そしてあなたの恵まれたトリオン能力は戦うためではなく、戦いに巻き込まれた被害者を救出したり新たな犠牲者を出さないためにあるのよ、チカちゃん。でもあなたにそんなことを言う必要はなさそう。だってあなたならきっとそのことに気付いているはずだもの)

 

ツグミはもう千佳に言葉はいらないと思った。

いつまでも進む先を導いてやらなければならない後輩ではなく、一個の人間として付き合っていける対等な同志を得た気分にもなった。

それがとても嬉しくて、気を緩めたら涙が溢れてきそうになるものだからじっとそれを堪える。

そして目を瞑ったままで千佳に言った。

 

「あなたがこの先どのような道を歩いて行くのかはわからない。でも目指す先は同じものだと信じている。以前のように信じて裏切られることはなく、あなたが信頼に足る人物だから。そして再び会えるという確信もある。だからわたしは安心して役目を果たして帰って来るわね」

 

「はい!」

 

「もっと話をしたいけどそろそろ戻らないとオサムくんが心配するわ。このあと彼と話をすることになってるし、風が吹いてきて少し寒くなってもきたから部屋に戻った方がいいと思う」

 

「そうですね。名残惜しいですけど、これが最後ではないですし。…あの、もしわたしたちがエウクラートンへ行った時には会ってもらえるでしょうか?」

 

近界(ネイバーフッド)の国では女王は王族以外の人間と接触することを禁じていることが多い。

それは無用な接触によって女王に危険が及ぶ可能性があるために、女王が接することのできる人間を極力減らしているのだ。

しかしそんな慣習は玄界(ミデン)育ちのツグミは不合理でありバカバカしいと考えている。

病気に罹ってしまうというのならトリオン体で面会すればいいのだし、多少の病気なら医療面を充実させれば問題はない。

また少なくとも彼女を暗殺しようとして神殿に入ることができたとしても、彼女を上回るトリガー使いでなければ返り討ちにされるのは目に見えている。

ツグミはエウクラートンで女王に就任したらまずはこんな下らない規定(ルール)は廃止して、一般庶民であっても理由さえあれば面会できるようなシステムにしようと考えているくらいだ。

だから答えはひとつしかない。

 

「もちろんOKよ。女王になったからといって友人と会うことを禁じられるなんて理不尽だもの。それにわたしはエウクラートンの女王になると同時に近界(ネイバーフッド)側の情報収集やボーダーと近界(ネイバーフッド)の国との橋渡し役をしたいと思っているの。わたしが自ら行動したり直接手を出すことはできないけど、信頼できる家臣がいれば十分よ」

 

「それならボーダーと関わりが途絶えてしまうことはないってことですよね?」

 

「当たり前じゃない。エウクラートンは同盟国なんだもの。ボーダーに何かあれば協力することになっているんだし」

 

「そうでしたね。へへっ、すっかり忘れてました」

 

そう言って千佳はぺろりと舌を出して顔を赤らめた。

そして一緒に立ち上がると仲間の待つ食堂へと戻って行った。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。