ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
12月31日、ツグミは忍田家の台所に立っている。
彼女の祖母が1週間ほど前に腰を痛めてしまい、大掃除やおせち作りができなくなっていた。
そこでツグミは28日に仕事納めをしてから急いで忍田家に帰り、2日間かけて大掃除と買い物を済ませた。
そして現在、料理を重箱に詰めているところだ。
すると玄関のチャイムが鳴り、ツグミが出ると林藤がいた。
「よう、久しぶり。元気にしてたか?」
「いらっしゃい、林藤さん。でも3日前まで玉狛にいた人間に『久しぶり』はないですよ。まあぼちぼちやってます。もう少しだけ時間がかかりますので、上がって待っていてください。真史叔父さんがもうすぐ帰ってくるはずです。それからウチは全面禁煙ですから、タバコはダメですよ。吸いたいなら寒くても庭に出て吸ってください」
林藤を家に上げると、ツグミは台所で作業を続けた。
玉狛支部では上司だが、プライベートでは「叔父の友人」という立場なので、「
だから接する態度も容赦がなくなるのだ。
それから10分もしないうちに忍田が帰宅した。
「お帰りなさい、真史叔父さん。お疲れさまでした」
玄関で出迎えるツグミの後ろから林藤が顔出す。
「おう、お邪魔してるぜ」
「林藤、なぜおまえがいるんだ? 私に何か用か?」
「おまえじゃなくてツグミに用事があんだ」
怪訝そうな顔をする忍田にツグミが答えた。
「玉狛で食べるおせちを取りに来てくださったんです。林藤さんとヨータローの他にレイジさんとジンさんが残ってくれているので、みんなで食べてもらうんですよ」
「ほう…」
「毎年レイジさんが作っていたんですけど、今年はチカちゃんの特訓で忙しいからなかなか時間が取れなくて。だからわたしがウチの分と一緒に作って、今日渡す約束になっていたんです」
「ツグミの
林藤は煮〆のレンコンを噛じりながら言う。
いつの間にか台所へ入って、ツグミに知られることなくレンコンをつまんでいたのだ。
「ああっ、また盗み食いしましたね! もう…おせち料理というのは重箱に詰めた時の見栄えが大事なんですから、いつもみたいに勝手に食べないでくださいよ」
「悪ぃ、悪ぃ」
口ではそう言いながらも反省していないのは顔でわかる。
「ったく、盗み食いだなんて大の大人がやることじゃないわよ…」
ツグミはブツブツ文句を言いながら台所に戻って行く。
忍田は林藤を伴って居間へ行くと、ソファに向かい合って腰掛けた。
「すまないな、林藤。ツグミが世話になってばかりで」
忍田の言葉に林藤が首を横に振る。
「バカ言うな。世話になってるのはこっちだ。あいつはいろいろな面で規格外の玉狛の連中と上手く付き合ってくれている。面倒見がいいから新人たちのこともいろいろ気ぃ配ってくれてな。例のことがあるから自分は遠征部隊を目指す修たちには直接指導できないと言って、レイジたちに代わって賄いとか玉狛の雑務を引き受けてくれている。ホントにありがたいよ。それに本人も好きだからやっているんだって言って楽しそうにやってるから、おまえが心配するようなことはひとつもない」
「そうか…」
心から安堵するような表情の忍田。
幼いツグミを引き取って育てた忍田にとって彼女の成長は嬉しいもので、そんな娘同様の彼女が楽しい毎日を過ごしていると聞けばほっとするのは当然だ。
「俺もあいつが小っせぇ頃から見てる。いわばおまえと同じで父親のつもりだ。だからおまえの分もあいつを大事にしてやる。安心しろ」
「感謝する、林藤」
そう言って忍田は頭を下げる。
しかし怖い顔で付け加えた。
「ただし…もしツグミに何かあったら、おまえでも容赦しないぞ。それから馴れ馴れしすぎるのも厳禁だ。ツグミの
「わ、わかってるって…。それは玉狛支部であいつを預かることになった時におまえに念を押されたことだぞ。今更そんなこと言わずとも大丈夫だから」
「ならば良し」
忍田の親バカ加減を知っている林藤だから、彼の言葉に嘘偽りがないこともわかっているのだ。
そんな会話をしているうちに、ツグミが風呂敷に包まれた重箱を抱えて持って来た。
「お待たせしました」
「おー、サンキュー。…じゃ、これな。領収書通りの金額が入ってる」
ツグミは重箱を渡すのと引き換えに、林藤から茶封筒に入った現金を受け取った。
それを見た忍田が驚く。
「ツグミ、おまえは林藤から金を取るのか?」
「そうですよ。人数が多いから材料費だって馬鹿になりません。玉狛の分の材料はウチのとは別会計で領収書を書いてもらっているです」
そして大きめの弁当箱のような器を林藤に手渡した。
「これはかき揚げです。人数分入れてありますので、年越し蕎麦を食べる時にどうぞ。お蕎麦はレイジさんが用意してくれているはずです」
「おう、助かるぜ。じゃあな、ツグミ、忍田。良いお年を」
林藤はそう言って出て行った。
その後、ツグミはさっきの会話のフォローをする。
「ここだけの話ですけど…あのおせちも玉狛支部の賄いの一部として、経費で落としているんです。キョウスケのバイト先のスーパーと契約していて、普段使う食材や日用品を他の店より安く売ってもらっています。ついでにウチの分のおせちの材料も安く分けてもらいました。あそこの店長さんはボーダーの活動に理解があって、本社には内緒でやってくれているので、このことは絶対に秘密なんです」
「…そうだったのか」
「玉狛は家族経営の会社みたいで楽しいですよ。2日の午後には全員で集まって新年会と三門神社へ初詣の予定です。だからわたしも明後日の午前中には戻ります。新年会の準備がありますから」
「新年会と初詣か…。楽しそうだな。私も一緒に行ってもいいか?」
「う~ん…」
ツグミは少し悩んでから答えた。
「申し訳ないですけど遠慮してもらいます。だってわたしにとっては叔父さんだけど、他の人にとっては『忍田本部長』ですもの。特に新人たちが萎縮しちゃいそうです。まだ叔父さんのことは彼らに話していませんから、いきなり本部長が玉狛支部に顔を出したら何事かって騒ぎになるかも」
「それもそうか」
「それに2日は上層部とS級とA級
「ハハハ…当然だ。これも仕事だからな。しかしもう少しこっちにいられないのか? 初詣の後に戻って来るとか」
「残念ですが、3日の朝には防衛任務が入っているので、そのまま玉狛にいるつもりです」
きっぱりと答えるツグミだが、忍田の内心は複雑なものだった。
ボーダー本部長としては彼女が任務に忠実で真面目な隊員であって心強いのだが、父親代わりとしては寂しいかぎりである。
ツグミも寂しそうな忍田の顔を見るにしのびなく、ささやかな提案をした。
「じゃあ、年が明けたら一緒に初詣に行きませんか? 地元だと誰かに見られるかもしれないので、久しぶりにバイクでちょっと遠出しましょうよ。海岸まで行って初日の出を見るのもいいかも」
「ああ、それはいいな」
ツグミに誘われたというたったそれだけのことなのに、忍田は満面の笑みを浮かべた。
「さあ、着替えてきてください。年越し蕎麦を作りますから」
エプロンのリボンを締め直し、気合を入れて蕎麦を茹で始めるツグミ。
それから忍田と祖母とツグミの3人で年末恒例の歌番組を見ながら年越し蕎麦を食べ、除夜の鐘を聞いて新しい年を迎えた。
そしてツグミと一緒に初詣に出かけた忍田は神様に「
その願いは意外な形で叶えられるのだが、もう少しだけ先のこととなる。