ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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69話

 

 

ツグミと忍田がそんな会話をしていると、バンケットルームから城戸が出て来た。

彼もまた一休みしようとパーティーを抜け出してきたようだ。

その姿を見つけたツグミはつい姿勢を正して敬礼してしまい、城戸は忍び笑いしてそばへ寄って来た。

 

「ツグミ、その格好で敬礼は似合わないぞ」

 

「あ…」

 

ツグミは慌てて手を下ろし、照れ隠しに手を後ろに回した。

 

「何か飲み物を取ってこよう。おまえは城戸さんの相手をしていてくれ」

 

そう言い残し、忍田はバンケットルームへと戻って行った。

一方、城戸とふたりきりにされたツグミは忍田の意図がわからず落ち着かないでいる。

そんな彼女に城戸が話しかけてきた。

 

「ツグミ、今日のランク戦…良くやったな」

 

「え? …あ、ありがとうございます」

 

城戸が自分のことを褒めるとは思っておらず、面食らいながらも礼を言うツグミ。

 

「どうした、その顔は?」

 

「いえ…城戸司令からお褒めの言葉をいただけるとは思っていなかったものですから、少し戸惑ってしまいました」

 

すると城戸が少し困ったような顔で言う。

 

「…。今はボーダーの司令官だとは思わず、()のように接してくれ」

 

「は、はい…」

 

城戸の言葉はツグミを困惑させるが、「昔=旧ボーダー時代の城戸」という意味だと察し、ツグミは城戸への接し方を5年前のそれに戻した。

 

「今日の試合を談話室で見てくれたことを()()()()()()から聞きました。楽しんでもらえたみたいでよかったです」

 

ツグミが微笑むと、城戸も表情を和らげた。

 

「ああ。おまえがひとりでB級ランク戦に参戦すると聞いた時は無茶をするものだと呆れたが、暫定とはいえ1位まで上り詰めるとはな。おまえの実力を侮っていたわけではないが、現実を突きつけられて驚いている」

 

「そうはいっても次は二宮隊と弓場隊と東隊ですから、今までのように勝たせてもらえるとは思えません。特に二宮さんと東さんはわたしのことを知り尽くしていますし、彼らの率いる部隊(チーム)が常に上位グループにいるのは部隊(チーム)としての総合力が圧倒的に優れているからです。個人(ソロ)戦ならともかくわたしには3部隊(チーム)9人を敵に回して戦うだけの力量はまだありません」

 

「なんだ、随分と弱気だな」

 

「当然です。ですが負けたとしても失うものはありませんから何も恐れるものはありません。わたしの真の目的は彼らに勝つことやA級になることではありませんから」

 

「真の目的というは玉狛の戦力アップによって本部の戦力の底上げを狙うというアレか?」

 

「はい、そのとおりです。でもなぜ城戸さんがそのことを知っているんですか?」

 

「林藤から聞いた」

 

「やっぱり…」

 

「確かにおまえの目覚ましい活躍で、今期のB級ランク戦はいつにも増して盛り上がっている。C級隊員たちは熱心に訓練を行っているし、B級隊員たちの個人(ソロ)ランク戦参加も増えている。これは良い傾向だ。したがっておまえの目的は達成しつつあるということだな」

 

「はい。…でもわたしがB級ランク戦に参戦したきっかけは城戸()()が玉狛支部を…というより玉狛支部の思想を目の敵にしているからですけど」

 

ツグミが意地悪く言うと、城戸は険しい顔で訊いた。

 

「…ならばおまえに訊く。なぜおまえはボーダーの敵である近界民(ネイバー)に肩入れするのだ?」

 

「友好的な近界民(ネイバー)なら仲良くした方がボーダーの利益になると思うからです。無用な争いを避けた上に、近界(ネイバーフッド)の情報や技術を手に入れることができれば万々歳じゃありませんか。実際、玉狛支部では近界民(ネイバー)を受け入れ、本部ではできない武器(トリガー)の研究をしたり、新たな戦力を手に入れることができました。わたしだって城戸()()の考えは理解できるんですけど納得はできません。近界民(ネイバー)はこちらの世界の平和な日常を脅かすものであり、ボーダーが界境()()機関であることを承知でわたしは防衛隊員として働いています。城戸()()がすべての近界民(ネイバー)を敵だとみなして殲滅を目的とする考えを隊員に押し付けることに関しても、彼なりのもっともな理由があるからだということはわかります。しかしどんなに正しい理由であっても、思想の強要や異なる考えを持つ者を排除しようとすることに関しては異議を唱えます。大きな組織になればそれを構成する人間は多くなり、考え方も多様化するものです。三門市民の命と財産を守るという目的はひとつであっても、考え方や手段をひとつに強制することが正しいとは思いません。というよりも異なる考えを持つ人間がいるからこそ組織の自浄能力が作用するとわたしは思うんです」

 

「…!」

 

「もし城戸()()の思想が全隊員に浸透したら、ボーダーは単なる近界民(ネイバー)()()機関に成り果ててしまうかもしれません。考え方を異にするある程度の数の『忍田派』と、『城戸派』とは逆の立場の『玉狛支部』がいるからこそ組織が正常に回っていると言えないでしょうか? だからわたしは城戸()()に睨まれても今の考え方とやり方を貫いて玉狛支部を守ります。ボーダーが間違った道に進まないように」

 

「……」

 

「もっとも玉狛支部での暮らしを守りたいという気持ちが原動力なんですけど。だってあそこには大切なものがたくさんあって、それらに囲まれている時間が一番幸せだと感じられるんですから。もちろん哀しい想い出もたくさんあって、思い出すだけで胸が締め付けられることもあります。それでもわたしはあの場所を失いたくはありません。辛い想い出も含めてすべてがかけがえのない宝物であり、今の自分を形成する要素でもあるんですから」

 

そしてツグミは静かに両腕を広げた。

 

「わたしの手の届く範囲はこれだけ…。とても狭いです。だから玉狛支部での暮らしを守るのが精一杯。でも蝶の羽ばたきが大風を起こすという例えもあります。わたしが結果を出せば他の隊員にも影響を与え、こちら側の世界だけでなく近界(ネイバーフッド)近界民(ネイバー)にもその影響は広がっていくでしょう。ただし不確定な要素がいくつも干渉してきますから、結果が良いものになるとは限りません。それでもわたしは自分の信じた未来を目指して戦います」

 

そこまで言い切ると、微笑みながら最後に付け加えた。

 

「このわたしの気持ちが城戸()()に理解され、納得してもらえることを願っています」

 

すると城戸は大きく頷いた。

 

「きっとおまえの気持ちは届くだろう。()だってボーダーという組織の最高司令官だ、彼自身の個人的な恨み辛みで冷静な判断を下せなくなるようなことはない。それに()もおまえの働きには一目置いている。本来の防衛任務だけでなく唐沢くんの手伝いをしていることも良く知っているからな」

 

「それを聞いて安心しました。城戸()()は賢明な方ですから、これ以上玉狛支部に揺さぶりをかけても無駄だとわかってくれるはず。むしろ玉狛支部の隊員を上手く利用してボーダーの利益とするでしょう。そうなればわたしの憂いはなくなります」

 

満面の笑みを浮かべるツグミに、城戸も自然と笑みがこぼれる。

そこに忍田が両手にグラスを持って戻って来た。

そして城戸にワインの入ったグラス、ツグミにはオレンジジュースのグラスを手渡した。

 

「城戸さん、()()()はずいぶんと成長したでしょう?」

 

意味ありげな目で城戸に言う忍田。

そんな彼に城戸は答えた。

 

「ああ。()()()()()はしばらく見ないうちに立派になった。いつまでも子供だと思っていたが、私は思い違いしていたようだ」

 

「だろ? ()()()()()だからな」

 

いつのまにかツグミたちのそばに林藤が来ていた。

3人の()()に囲まれ、ツグミは照れくさくて身の置き所がない。

 

「いつまでも皆さんが良く知っている子供の頃のわたしじゃありませんから! そんなことよりもこんな場所でボーダー関係者が集まっていると不審がられます。わたしはもう戻りますね」

 

そう言い残してツグミはドレスを翻して駆けて行った。

そんな彼女の後ろ姿を見ていた林藤がボソリと言う。

 

「ああいうところはまだ子供だな」

 

そしてその言葉に忍田と城戸は苦笑しながら頷いた。

 

「うっかりすると俺はあいつが16歳の少女だってことを忘れちまう。ボーダーとか近界民(ネイバー)なんて無縁の世界なら、大人に見守られて美しく花開く時期だろうにな…」

 

林藤は続けた。

 

「防衛任務のない日には朝5時に起きて自主トレ。みんなの朝飯と弁当を作って送り出し、午前中はネットで高校の授業。午後は自主トレか本部での合同練習。当番でない日にも夕飯作りを手伝い、夕飯の後は夜遅くまでランク戦のことで頭を悩ませている。友達と買い物に行ったり、彼氏を作るなんていう年頃の娘らしい時間なんてこれっぽっちもない。前にどうしてそこまでボーダーの活動にのめり込めるのか訊いたことがあるんだが、そしたらあいつは『わたしがもっと強くなって、ボーダーのみんなが強くなれば、ジンさんが辛い思いをしなくて済むようになるから』だとさ」

 

「「…!」」

 

「俺たちは迅の未来視(サイドエフェクト)で何度も助けられている。だがそれは奴の精神的な犠牲の上に成り立っているわけだ。だからツグミはボーダー全体の戦力アップさせることで、迅に隊員(なかま)や民間人が死んだり傷付いたりする未来をできるだけ視させないようにしたいんだろう。もちろんそれが簡単なことじゃねえってことはツグミもわかっている。だがそんなあいつの気持ちが愛おしくてさ、俺も黙って見守っているんだ。だからあいつの好きなようにやらせてやろうや。それでもし挫けて泣いていたら何も言わずに抱きしめてやる。父親なんてものはそれだけで十分なんだよ」

 

林藤の言葉に城戸と忍田は黙って頷いた。

 

 

 

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